その後も、夢のような、楽しい事だけのパーティはあっという間に過ぎて行った。
食事の区切りがついた所で、アレクが楽しい円舞曲を弾いてくれた。
踊り出しそうなくらい、明るいテンポ、楽しいリズム。
大祭とかで良く踊られる、フォークダンスのような舞踏曲は本来、大人の為のものだけれど、
「マリカ。リオンと一緒に踊るがいい。フェイも、ソレルティアをエスコートせよ」
「はーい。お祖父様は踊らないんですか?」
「この歳でダンスもなかろう?」
『せっかくなんですもの。踊ってきたら?』
「ステラ様?」
「フェイ。教えたダンスは覚えていますか?」
「当然です。僕の記憶力を舐めて貰ってはこまりますよ」
「ギル君、私と一緒に踊らないかい?」
「いいの? じょおうさま?」
「さっきのお礼。教えてあげよう」
「ラールさん……踊ってくれませんか?」
「エリセちゃん? 僕で良いなら喜んで」
「ティラトリーツェ。久しぶりに一緒に踊るか?」
「光栄ですわね。あなた」
「ぼくもおどる!」「レヴィーナも!」
音楽を聴いてうずうずと、身体が動き出した子ども達。
女王陛下がギルを誘って下さったのを皮切りに、男と女のパートナーダンスが基本だけれど。最後には輪になってマイムマイムのように。
花嫁も、花婿も、女王様も。最後には皇王陛下や皇王様も。みんなで手を繋いで、楽しんで踊った。笑って、笑って、笑って。
皆でのダンスが終わった後は冷たい飲み物を飲んで一休み。
そこで、ザーフトラク様が小さく合図をしたので、私はこくりと返事を返した。
そして、司会役をやっていてくれたクラージュさんに、視線を送る。
「さて、楽しい時間もそろそろ終わり。
最後の、我々皆からの贈り物を花嫁と花婿に贈るとしましょう」
「最後の贈り物?」
二人には話していなかったら。怪訝そうな顔を浮かべる二人の前で、ホールの扉が開く。
奥から料理用のカートを押してくるのはジョイだ。
倒れたりしないようにザーフトラク様とラールさんも支えてくれているけれど。
「これは?」
「三段に重ねられていますけれど、ケーキ、ですか?」
「そう。ウェディングケーキ。
結婚式をお祝いする特別なケーキなの。アルケディウスが誇る三人の料理人がね、ホントに頑張って作ってくれたんだよ」
この世界にはまず伝わっていないか、絶滅している筈だからきっと初めてのウェディングケーキ。アイデアを相談したら、ザーフトラク様を中心にみんなで、ビックリするくらいカッコよく仕上げてくれた。
フェイの好物のチョコレートをたっぷり使ったザッハトルテ風。
これくらい固いケーキじゃないと重ねた時に自重で潰れちゃうからね。
艶々のチョコでコーティングして、横にはチョコレートとミルクを混ぜたガナッシュでレースのような模様を描いた。
所々にシュトルムスルフトから取り寄せたデーツのチョコかけとフルーツで作った花を飾ってあるの。そして一番上には可愛い白いハトが二羽寄り添っている。これは砂糖と魔王城のアヴェンドラ。所謂アーモンドの粉末を混ぜて作ったマジパンで作ったもの。
向こうの世界ではお菓子人形とかによく使われていたやつでね。アルケディウスでは、これを使った細工物が最近流行ってたりする。
「こ、こんな豪華で美しいケーキ。とんでもないお金がかかったんじゃないですか?」
「結婚式にそんな野暮な事いいっこなしですよ。ソレルティア様」
実際かかった。凄く。
だいぶ値段は下がってきたとはいえ、カカオの実も砂糖もプラーミァからの輸入品でお高いからね。
一般人が簡単には今も口に入れられない。
それをこの日の為に兄王様に無理を言って、纏まった量譲って貰ったのだ。
ちょっと、足元見られたけど。
材料費だけで金貨1枚。100万円クラスかな、とは言わないよ。
「じゃあ、フェイ。ソレルティア様。このケーキに二人でナイフを入れて下さい。
夫婦での最初の共同作業、って意味があるんですって」
「夫婦最初の共同作業……」
私が渡したリボンと華で飾ったケーキ用ナイフを二人で握り、寄り添った二人はそっとナイフを入れた。表面艶々、冷たいケーキなのに。表面のチョコは柔らか。
グラッサージュといって、チョコにゼラチンとココアと砂糖を混ぜた艶出しの技法なのでスッと、ナイフが吸い込まれて行く。
みんなからの拍手の渦が沸き上がったし、その後のファーストバイト。
互いにケーキを一口ずつ食べさせ合う二人の姿も見ていて幸せになるくらい、の良い笑顔だった。
「……こんな、美味しいケーキを、食べたことありません」
「見て下さい。フェイ。この鳥は下に卵を抱いていますよ。
もしかして、私達と子どもという意味なんでしょうか?」
流石、ソレルティア様。観察眼が凄い。
こっそり秘めたメッセージも伝わったみたいだ。
向こうの世界には比翼連理という言葉がある。
比翼とは互いに翼と瞳を共有し、共に飛ぶ鳥の事。転じて睦まじい夫婦仲を表す。
そんな思いが込められている。
「みんなも食べて」
「うわー、ホントに美味しい」
「うむ、良くできた。これは宮廷晩餐会でも出せるな」
「子どもも食べるのでちょっと甘さ強めですけど、今日は特別ってことで」
「いや、そこがいいですよ。
それに濃厚な味のチョコレートスポンジに挟まれたオランジュのジャムがさっぱり感を与えている」
「技術や、味もですけれどこのような思いの籠った菓子は他のどこでも食べられませんね」
子ども達も大人もみんな大喜び。
最後のサプライズイベントも大成功になったと自負している。
「このケーキと、宴に集まってくれた人たちに誓います。
僕達は、この日を忘れず死が二人を分かつ時まで、互いを愛し家族として共に生きていきますから」
「今日の感謝は、これから、仕事や色々な事で必ず返していきます。
本当にありがとうございました」
最後まで楽しく、輝かしい光だけが溢れる、本当に素敵な結婚式になったと思う。
幸せそうに寄り添う二人を見て、私は、自分の事のように嬉しく思ったのだった。
「マリカ」
魔王城からお客様を送って帰る馬車の中で。
お父様、ライオット皇子は私に静かな声をかけた。
「はい。お父様」
「満足したか?」
「ええ、まあ、概ね理想通りの結婚式になったかなあ、と思ってます」
「そうか。……悪いな。これがお前の理想とする結婚式なら、お前達にはこんなことは、してやれんかもしれん」
「解ってます。だから、今回、思いっきり頑張ったところもあるので」
どこか、申し訳なさそうな感情が声に滲む。
お父様察し良すぎ。
そう。フェイとソレルティア様の為、というのは勿論あるけれど。
私は今回の結婚式には私の憧れや理想を全部詰め込んだから
お父様がおっしゃるとおり、私とリオンの結婚式は、こんなアットホームなパーティには多分できない。大神殿での国王会議会場で各国の王様を招いたりして、格式に添ったものをすることになる。
もう手配にたくさんの人が動いているし。
結婚式の披露宴とかも、きっとね。色々な思惑が絡まってくる。
最終確認くらいはさせてくれると思うけれど私の希望が入る余地は多分ない。
だから、多分、親しい人たちに祝福されたフェイとソレルティア様に、自分の夢を投影したのだ。自分で言ってて他人事のようだけれど。
でも、少し俯いた私の頭をぽぽん、とお父様は撫でるように優しく叩く。
「だが、儀式が終わった後には、また魔王城に来て、今日のような祝いを皆でしよう」
「結婚式、二回やることになっちゃいますよ」
ぽすん、とお父様の肩に頭を寄せた私にお父様は笑う。
「それくらい構わんだろう?」
「そうね。私も今日の結婚式はとても楽しかったし、気に入りました。
また魔王城で、家族や親しい者達が集まって、今日のような、いいえ、もっと楽しいお祝いの宴をしましょう。今日の宴で、私も神の国の結婚式を学びましたから、貴女の時には、皇王妃様と相談して、もっと素敵な祝いをしてあげるわ」
「お母様……」
「レヴィーナも手伝う! おはなまきたい!」
「ぼくは、ゆびわはこぶ! あと、ケーキも食べる!」
「……その時はお願いしますね」
うん。結婚式の後、魔王城でお披露目はしたいと思っていたし、エルフィリーネにもドレスを見せてあげたいし、結婚式二回目も、やっていいなら、やれるかな? いいよね?
「はい。ありがとうございます。お父様、お母様。
それを楽しみに本番、頑張ります!」
よし、元気出てきた。
それに……。
窓をちらりと開けて見ると、馬で護衛してくれるリオンが見える。
例え、形式優先の儀式であろうとも、リオンと結ばれる大事な結婚式だもの。
二人のお父様の用意してくれたドレスを纏い、リオンの花嫁になる。
それだけで、私は幸せになれる筈、なのだから。
そしてこれは神の領域内。
精霊達の内緒話。
『おーい。アーレリオス~』
『なんだ? ジャハール』
『これ、マリカからの差し入れ。フェイの結婚式のウェディングケーキだとさ』
『何故、私に? 我らには味覚など無いから貴重な食材を無駄にするなと』
『俺も言ったぜ。食べても意味無いから、いいって言ったのに、ぜひにってさ。
マリカの結婚式の時にはウェディングケーキ入刀なんてできないだろーから。
『お父さん』に食べて貰いたかったんじゃねえの?』
『ズルい! 僕も欲しい!』
『ラス!』
『おまえの分もあるよ。つーか、皆の分マリカは寄越してきたし。
「食べる、っていうか、取り込むことはできるんですよね? ただのデータになってしまうかもしれないですけど、気力っていうか、皆の幸せな思いは籠ってますから」
だってさ』
『そうか……。なら、皆で頂くか。
ジャハール、皆を読んで来い。
堪能させてもらおう。
この星の、子ども達の、マリカの『幸せ』のケーキをな』
こちらは、某所、某所。
星の母神と、精霊の会話。
『エルフィリーネ。
このケーキ、美味しいわね』
「はい。マリカ様の、リオン様の。
そして皆の喜びの気力が、何よりも……美味しく、うれしゅうございます」
『ホント。真理香先生にも食べさせてあげたかったなあ』
「はい。あの方の忘れ形見。
同じ魂の色を持つマリカ様。
後は、マリカ様の花嫁衣装と、御子が見られたら……私は……」
そうして、夢のような結婚式の一日は終わりを告げた。
私達のみんなの心に、永遠に忘れられない最良。
唯一無二の輝きの日として。
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