割と昔から、私は人の美醜というものにあまり興味が無い。
いや、もちろん、俳優さんとか女優さんを見ればキレイだなとは思うけど。こっちの世界でも「お母様、お綺麗だな」とか「メリーディエーラ様美人」とかは思ったりする。
リオンの成長した姿を見ればいつもドキドキするし。
でも、正直に言えば特にこの世界に来てから、私の美的感覚は麻痺しているのだ。多分。
魔王城の守護精霊や、フェイの杖、エリセの首飾りに、リオンの短剣。それに『精霊神』様も含めて。『精霊』は美しいって決められているように超絶美形ばっかりだから。
それが基準であんまり普通の人にキレイとか感じなくなっているのかもしれない。
『大祭の精霊』ではなく『大祭の二人』と名乗るガルナシア商会の売り子達は、『精霊』をイメージしているだけあってかなりの美形。
ただ男性も女性も、自分が美形だってわかっているようで、客をちょっと下に見ている感がある。自分が祝福を『与えてやっている』という感じだ。
「あの、握手していただけますか?」
「私達と握手ですか? 別料金になりますがよろしいですね?」
「え? 握手にもお金が必要なんですか?」
「実際に触れた方が間違いなくご利益は上がると思いますよ」
握手にまでお金を取るとかない。絶対に無い。
大祭の精霊はアイドルじゃないんだから。
「行くね。リオン」
「ああ、お前の好きにやれ」
私はリオンと一緒に店先に立つ。
「すみません。ちょっと見せて頂けますか?」
「はい、どうぞ。人々に祝福を与える『大祭の精霊』。その絵姿ですよ。
二人の祝福を受けた絵を持っていれば幸運が訪れること間違いな……」
「ふーん、見てみて。面白いね。こういうのが売ってるんだ」
「……あんまり似ていない気はするがな」
手招きする私の側に立つリオンが帽子を脱ぎ、絵を手に取ると呼び込みの男性が押し黙ったのが解った。息を呑みこんで絶句したのは売り子の、多分男の方。
ちょっと血走った目で私達、正確にはリオンを見ている。
そうだろう、そうだろう。大人になったリオンは超かっこいいんだから。
女性店員も明らかに動揺している様子。
「買うつもりなのか?」
「面白いじゃない? すみません。これ、下さい」
「あ、はい。少額銀貨二枚です」
お金を渡して、一番安い絵を買う。
ついでに視覚効果。ちょっとだけ、手元に光の精霊に来てもらうと。
弾けるような輝きに見ている人達がざわついた。
女性店員と私、男性店員とリオンを見比べているっぽい。
同じ『大祭の精霊』のコスプレ衣装着ているから皇王陛下の言っていた通り、差がはっきりと解ると思う。
私はともかく、リオンは並べば差は歴然の筈だ。
顔だけ整った男性店員とリオン。どっちが目を引くかは一目瞭然。
どこか震える手で、女性店員が絵を渡してくれる。
そのまま。『祝福』とやらは無い。
「あれ? なんかサービスがあったんじゃないんですか?」
「あ……私達からの祝福を少額銀貨一枚で……ご入用ですか?」
「うーん、やっぱりいいてす」
私はくるくるっとアーヴェントルク紙で描かれた絵を丸めて服の隠しに入れる。
「もう行こう!」
「お待ちを。美しいお嬢さん」
硬直している人々を気にせず、店に背を向けかけた私は、呼び声に振りかえる。
いや、美しいって言われたから振り返ったわけじゃないけど、気が付けばそこにはガルナシア商会の商会長 アインカウフの禿頭が夜にも明るく煌めいている。
「私のことですか? 呼びました?」
「はい。我が商会の守り絵はお気に召しましたか?」
「お気に召した、というか……まあ、面白いな……って」
「話を聞いて良く似せたつもりですが、本物を前にしてはやはり霞むようですな?」
「何のことでしょう? 私は彼と一緒に大祭見物に来ているだけの小娘なんですよ?」
近づいてくるアインカウフを遮るようにリオンが私の前に立ってくれた。
私は彼の大きな背中に隠れてアインカウフを見る。
やっば。
店主の合図で店からはわらわらと人が出てくる。
警備員ポジなのか武器を帯びている人もいて私達を捕まえる気満々、って感じだ。
「そうですか。
大祭見物でお疲れではありませんか?
お茶でもごちそういたしましょう。
ぜひ、奥へどうぞ。もしよろしければその、麗しいお姿を改めて写させて頂きたく」
「嫌です」
私は、手を伸ばして私の腕を掴もうとするアインカウフの手を思いっきり、もう全力で払った。
「人の絵を勝手に作って売りさばく人に、なんで協力しなきゃならないんですか?
こっちには何の利益もないのに!」
「正式な許諾を頂けるのであれば、権利料などをお支払いする用意はございますが?
とりあえず、ゆっくりとお話いたしましょう『大祭の精霊』よ」
「そこまでにしておけ。強欲は身を亡ぼすぞ」
拒絶にも怯むことなく脂ぎった笑みで私達に再び延ばされた手を、今度はリオンがパシンと払いのける。
今日はお祭りだし、私の指輪以上に身元が割れてしまうからリオンの短剣は置いてきてある。今日の彼は無手。
でもその強さ、力の差は解るのだろう。警備兵達は萎縮ぎみだ。
「『大祭の精霊』を店にお招きしろ。幸運を招く本物だ!」
「それが解ってて、強引に捕まえようとするなんてないですよ! もう! お願い!」
雇い主の命令で渋々攻撃してくる警備兵達。
それをリオンは私の願いを聞いて片付けてくれる。
ひらり、ひらりとまるで闘牛士のように身をひるがえしては蹴りや拳を入れて、相手を無力化させていく様子はまるでダンスを見ているようだ。
ものの数分で、襲い掛かってきた警備兵は全部地面にキスして気絶している。
「な……!」
「別に、人間の逞しい商魂嫌いじゃないですけど、もうちょっとやられたら相手がどう思うか考えて下さいな」
「あ、お待ちを!」
私はリオンの胸に縋りつくように身を寄せ、目を閉じた。
(おねがいします。アーレリオス様)
私の手が意思とは関係なしに横に動き、赤い光の球を掌に生み出す。
と、同時。
パシン! と光が弾けた。閃光弾かなにかのように光が散った瞬間、リオンが転移を使ってくれたから、彼らは私達を見失った、と思う。
思う、っていうのはそのあと、私達は大広場の人ごみに紛れ店近辺に近づかなかったから。
そのあとは、ガルナシア商会の追手はかからなかったみたい。
騒ぎを起こしたから、戻らなきゃいけないかな、と思ったんだけど、大広場には最後までアインカウフの手の者達は来なかったので、私達はそのまま祭りを楽しむことにした。
後で聞いたら街で噂にもならなかったようなので、多分、あの路地だけのこととしてアインカウフは口留めでもしたのかもしれない。
「あー、もう、最低!」
「これで、少しは懲りるといいんだけどな」
もちろん、アインカウフは懲りてなんかいなかったし、より『大祭の精霊』に興味と執着を示し、私達を困らせることになるのだけれど。
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