その日の夜は流石に、ぶっつけ本番のカレー、は作れなかった。
採ってきた香辛料を乾燥させたり、味が使い勝手が向こうと同じか調べてみないといけなかったからね。
私もスパイスカレーはそんなに得意な程作ってた訳でもないし。
でも、採ってきた香辛料はおおむね、向こうと同じような感じに使えそうだと思った。
なので、今日の所はデザートのパウンドケーキにカルダモンとシナモンを少々。
シチューも作って、スパイスを入れたものと入れてないものを二種類出してみる。
「なるほど。香辛料、というのは味を大きく変えるものではないが、間違いなく料理の味を支え高めるものなのだな」
「はい。その通りです。
料理に必須、ではありませんが、より良いものを、と目指すのであれば欠かす事のできないものです」
流石兄王様。
本質を突いた表現に、私は素直に頷いた。
「ですので、色々発見はありましたが、当面は砂糖、胡椒、カカオなどのように直ぐに大きな需要が出て来るものではないかもしれません。
今後、食が広まれば広まる程に価値が高まっていくものですので、国王陛下におかれましては少しずつで構いません。
栽培を開始して頂ければと存じます」
粉にしてしまうと香りが飛ぶけど、そうでなければ保存も効くしね。
スパイスの安定供給が可能になれば、プラーミァはインド気候だし、カレーとかが人気がでるかもしれない。
プラーミァを離れるまでにスパイスカレーの、試作品ができればいいんだけど。
「解った。検討しよう。
食事が終わったら採取したという見本と詳細を持って執務室へ」
「かしこまりました」
食事を終え、報告に向かった執務室。
大よその説明を聞き終える、標本を確認すると王様は私の方を見て
「色々、騒がせたようですまなかったな」
静かな声でそう言って下さった。
ここにいるのはリオンとフェイ、カマラ。
私の護衛と、王様の護衛、カーンさんだ。
傍若無人、不倶戴天。
いつも自信満々に見える兄王様の眼は、私の…保育士の…見慣れた光を宿している。
すなわち、子どもを心配する親の瞳。
「グランダルフィから大よその話は聞いている。
ヘスペリオスが迷惑をかけたな」
「王様が謝るような事ではありませんよ」
「いや、アレは本来なら俺より二つ年上である為か、親の威光を笠に着て、俺に反抗したりグランダルフィを見下す傾向がある。
戦士としても実力がない訳ではないが、親に甘やかされ、かつ、親に頭を押さえつけられているからな。
よく騒ぎを引き起こすんだ」
つまりはやっかいな王様の幼馴染。
本来なら領主としてバリバリやれていた筈が、片や王様、片や騎士貴族ではあっても無冠。
確かに色々と面白くない思いはあるのだろう。
「お前に舞踏会でちょっかいをかけてきた連中は、ほぼほぼそんな感じの奴らだ。
何をやっても上に押しつけられて芽が出せない。お前を手に入れて俺や親を一泡吹かせたいのだろう」
なるほど納得。
元々地位は椅子取りゲーム。
既に先に座られていれば後から来る人は座れない。
だから、私と言う武器を手に入れて、誰かを蹴り飛ばすか、新しい椅子を手に入れたいのか。
「正直に言えば、俺も同じ考えで行動していた。
リュゼ・フィーヤ」
「え?」
「グランダルフィにお前を口説き落として、プラーミァに引き止めろと命じたのはお前を気に入って、手元に置きたいと同じくらいにグランダルフィに手柄を立てさせたいという思いがある。
あれは、有能だが今一つ覇気に欠ける。
誰か、何かを押しのけても自分の意志を通そうという意欲が少ない。
周囲を気遣う優しさは美徳ではあるが、次期王としてはそれでは足りぬからな…」
王様の気持ちは解るけれど、でもその心配には根本的、かつ一番大事なところがすっぽ抜けている。
「国王陛下、グランダルフィ王子が、次期王として立たれる可能性はあるんですか?」
「…いや」
王様は静かに首を横に振った。
「不老不死世界が続く限り、グランダルフィが王位に付く事は無い。
他国の、私より年上の王達を差し置いてプラーミァが王位交代などできぬからな」
それはそうだ。
だからこそ、アルケディウスだってケントニス皇子が拗ねるのだ。
永遠の『王位継承者』
それがどんなに苦しい事か、実際には解らなくても想像する事くらいはできる。
不老不死社会が産むこれは、本当にどうしようもできない歪みだ。
解決する事はできない。
「だが、それでも俺はグランダルフィに期待している。
王位を与えてやるわけにはいかないが、奴には国と俺を支えてくれる存在になって欲しいのだ。
それこそ、料理に大きく顔を出さないが、静かに支え深みと味わいを与える香辛料のような俺の右腕にな」
「そうすることができれば、いいですね」
王様にとってこれは他の人には言えない本心からの吐露だろう。
これを聞いたら王子は喜ぶだろうか? それともやはり自分は王にはなれない王子だと落ち込むのだろうか。
「ヘスペリオスの暴走で俺も頭が冷えた。
お前がグランダルフィを愛し、プラーミァに残ることを選択しない限りは結婚は強要せぬので安心しろ。
大貴族達の子達の暴走も、なんとかする」
「ありがとうございます。グランダルフィ王子もプラーミァも好きですが、私の故郷は父母家族の待つアルケディウスです。
少なくとも今は。誰に申し込まれようと結婚する意志はございません」
「解った」
はっきりとした意志表明。
見ようによっては相当無礼なことだけど、納得して下さった王様に少しホッとした。
と、その横で
「怖れながら…国王陛下、お願いの儀がございます」
「なんだ?」
「リオン?」
今までずっと黙って話を聞いていたリオンが、声を上げる。
珍しい。リオンがこういう場で自分の意志を、願いを言うなんて。
「もし、今後も、マリカ姫に愛ではなく、欲で求婚を迫り、国や心を乱す輩が現れるのであれば、お伝え下さい。
『子どもである婚約者。それも倒せぬような弱者に求婚者の資格なし、と』」
「ほほう…。言うな。少年」
「ちょ、ちょっとリオン!」
王様の眼が紅く、楽し気に揺れた。
王様の後ろでカーンさんは目を丸くしてるし、カマラはなんだか、凄く楽しそうな顔をしている。
私はと言えば、顔が真っ赤になってるのが自覚できる。
ほてりが止まらない。
つまりリオンは
『私に求婚するつもりなら、自分を倒してから言え』
と言ったのだ。
「いいのか? それで?
仮にも戦士国の貴族達だ。お前を倒してマリカを手に入れる大義名分になるというのなら大喜びで、大挙して仕掛けて来るぞ」
「承知の上。無礼な輩は蹴散らしてご覧に入れましょう」
くすっ、と小さな笑みが王様から零れる。
「いいだろう。そう伝えておく。
一度痛い目にあって身の程を知れば確かに、あいつらも大人しくなるだろうからな」
「ありがとうございます」
「簡単に負けてくれるなよ」
「無論」
そんな話を終えて、部屋を出た私はリオンに顔と声を向ける。
「いいの? リオン」
「ああ、いい加減俺も連中の無礼に腹に据えかねていた。
いい機会だ。みんな蹴散らす」
「…解った。お願い」
「ステキですわね。まるで騎士物語かアルフィリーガのよう。
ミリアソリスやセリーナにも教えてあげなくては」
「カマラ!」
恍惚といった顔で夢見るように妄想に浸るカマラに怒りながらも、私も…その。
ほんの少しだけ、そう思ったから。
「俺も本当は香辛料でいいんだ。
お前とお前の作る未来を手助けする香辛料で。
…でも、たまには香辛料が主張する料理があってもいい」
そしてリオンの思いが嬉しかったから。
私の大切な婚約者で守護騎士を、信頼と共に見上げたのだった。
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