私が大聖都へ問い合わせた返答は三日後に届いた。
来月初めの礼大祭への側近の同行について。
最初は私一人で、転移陣を使って大神殿に入れ、ということだったんだけれどもそれは絶対に嫌だ。
同伴者連れて行くことを許可して欲しい。
と頼み込んだのだ。
「思いっきり駄々をこねて構いません。
大聖都の思惑に流されないように。
本当なら、私がついてあげられればいいのだけれど……」
とはお母様の談。
以前(私はあんまり覚えていないけれど)神の額冠を付けさせられて、身体を神に乗っ取られかけた時から、アルケディウス皇王家における大神殿の信用度は低い。
明確に地を這っている。
私だって危険だから、行きたくない、という想いは山脈山々であるのだけれど、世界全ての人々を『不老不死』という形で支配下に置いている『神』『神殿』を明確に敵に回すとアルケディウスの立場が色々と拙くなる。
『神殿長』を受けたこともあるし、ここは行くしかない。
「名目上は『神官長』より『聖なる乙女』の方が上なのだ。
要望が通じぬのなら仕事はしない、と意思を押し通せ!」
とおっしゃったのは皇王陛下だ。
礼大祭には各国の王族、皇族の立ち入りが禁止されているので皆、詳しい事を知らないらしい。
実際に仕事をしない、という訳にはいかないだろうけれど、あちらも私の機嫌を明確には損なえないだろう、という。
で、その返答の返事は中世異世界としては多分、最速に近い形で到着した。
転移陣を使えない神殿側が早馬で確認の手紙を送り、転移陣を使って返答が来たんだって。
まどろっこしいとは思うけれど確かに、この時代的にはそれが最速。
フェイが転移術を使えばもっと早いんだろうけれど、敵にそんな情報は与えられない。
通信鏡の件はもっと知らせられない。
大神殿は『敵』なのだから。
『今年、初めて『聖なる乙女』としての職務を行われる若年の皇女に配慮し、特別に同性の護衛一名、側近一名の同伴を許可する。
但し、原則として姫君の身の回りのお世話に専念することとし、行事における準備には手出し無用の事。
儀式に使用する衣装は、アルケディウスで誂えたものの使用を許可するが、聖別の儀式を行うので出発に先立ち、神殿に預けるように。
『精霊獣』の大聖都への同行は許可するが、儀式への参列は本祭、前後夜祭合わせて禁止とする。
礼大祭における『聖なる乙女』の職務期間は三日。
近年、諸国、そして大聖都でも魔性の目撃事例、襲撃が報告されているので転移陣での移動を推奨するが、馬車での移動も妨げない。
初年度であり、打ち合わせと準備がある為、来週の風の日までに大聖都に御行幸を賜れたし』
……。
届けられた返事の確認検討に集まった皇王家と私の随員達の皆で顔を見合わせる。
「概ね、こちらの要求は通ったが、油断は禁物と言った感じだな」
同性の同伴者二名。
ってことはリオンは儀式期間中、側にいて貰う事はできないってことだ。
儀式であるから、想定の範囲内ではあるけれど、辛さはある。
「ミュールズ。其方の目に、マリカの安全がかかっている。
マリカの衣装などに変な細工など施されないように細心の注意を払え」
側近一名しか入れないとなれば、行く人物は自ずと決まって来る。
セリーナやノアールの方が秘密を知っているので安心できるけれど、大聖都で身の回りの世話をする『神官』達と対等に相手ができるのはミュールズさんだけだろう。
「心得てございます」
ミュールズさんには『神の額冠』による乗っ取り事件まで知らされている。
衣装などに不審な細工が施されていないか、注意して見て、気付いて下さるだろう。
「カマラ、其方の責任は重大だぞ」
護衛はカマラになる。ミーティラ様はリオン達と共に、外で待機する事となった。
「マリカに可能な限り貼りつき、何か不審な事をされないか。
マリカの様子におかしい事は無いか、十二分に確認するのだ」
「了解しました」
「宜しくお願いしますね。カマラ」
「我が全身全霊にかけて」
腰に下げたショートソードに触れる手も震えている。
大神殿も、アルケディウスとの国交断絶、他国も敵に回して私をなりふり構わず手に入れる、ということは『まだ』してこないだろう。
とは思うけれど注意するに超したことはない。
「舞と、前夜祭、後夜祭用の衣装の仕上がりはどうだ」
皇王陛下の問いかけにお母様が頭を下げて応じた。
私の衣装作成はお母様がほぼ取り仕切って下さっている。
最終的に今回の舞の為に、衣装は三枚誂えることになってしまっている。
礼大祭の舞用衣装と、前後夜祭用の衣装と、旅用兼滞在用。
特急で仕上げて貰ったので、金貨十枚とかそれ以上になったっぽい。
成長して来年以降着れるかどうか解らないのにもったいない。
「整っております。明日、納品される予定ですので最終確認をして大神殿に送ります」
「事前に送れなど、何か細工をすると言っているようなものだが……」
「見えない所に仕掛けられた細工は『精霊獣』様が見て教えて下さるそうです」
「それは助かるな。
何事も無いに越したことはないのだが……」
「何もないのが一番ですわ」
お母様の言う通りこれだけ警戒して、何もなしで終わって帰して貰えたら肩透かしだけれど、その方がむしろいい。
と、私も思う。
「マリカ。今回は様子見。
十分に注意して大神殿の内情を内から見て参れ。
無礼、非礼、不審点があれば次年度からの参加は見合わせることもありうるとこちらからも言っておく。
我が身の安全を第一に考えよ」
「解りました」
「出発は来週の木の日になるだろう。それまでに細かい準備、仕事などの目途を付けておくように」
「はい」
大神殿とは『神』を倒すまで。
最低でもリオンが斃した『大神官』が戻ってくるまでつかず離れずの関係が続く。
今年で終わりではなく、来年もその次も、あるのだから。
翌日、シュライフェ商会の衣装の納品に私は立ち会った。
ウエディングドレスもかくやの、超豪華な衣装は文句の付けようもなく美しくて、ビックリしてしまったけれど。
その後のミュールズさんの言葉にはもっと驚いた。
「マリカ様。
今年の礼大祭には、私とシュライフェ商会の商会長も参ずる予定でございますので、宜しくお願いします」
「え? 礼大祭の参加って、とってもお金がかかるんじゃありませんでしたっけ?」
「マリカ様が、当商会の舞衣装を身に纏って踊られるのですもの。
これを多少の金銭を惜しんで見逃すなど在りえませんわ」
当たり前のようにプリーツィエは微笑む。
行くのは商会のトップだけだそうけれど、それにしたって……。
「ギルド長には『ふん、礼大祭の何たるかも知らぬ者が『聖なる乙女』の衣装を設えるなど』と嫌味を言われましたし、来年はもっと素晴らしい衣装をご用意できるように今回は、しっかり研究させて頂く所存にございます」
「来年は新しく仕立てる予定はありませんよ」
「あら、でもマリカ様も成長なされますでしょうし。
まったく同じ衣装で踊るなど、アルケディウスの立場上あまり良くないと思いますし」
プリーツィエは頬に手を当てて首を傾げてる。
彼女の立場からすれば、毎年金貨十枚クラスの大仕事を失いたくはないのだろう。
アーヴェントルクでアンヌティーレ皇女もそんな事を言ってたけど、一年に一度しか着られず、普段着に直す事も出来ない高価な服を何度も仕立てるとか無駄だと思う。
「まあ、それは後で改めて考えます。
完全な仕立て直しではなくリフォームするとか。
今はとりあえず、礼大祭を無事に終える、で頭がいっぱいなので」
「それもそうですわね。
では、当日を楽しみにしております。
ガルフ様も、我が子同様に思う姫君の舞を見るのをきっと楽しみにしていると思いますわ」
「へ? ガルフ?」
あまりにもさらりと言われたので聞き流すところだった。
「はい。ガルフ様も礼大祭に行かれる筈ですわ。商会長が誘っておりましたので。
ガルフのみならず、アルケディウスの大店の商会長は軒並み向かうのではないでしょうか?」
「なんですと~~?」
前にも似たようなことがあったような気もするけれど。
私の知らない所で広がっていく状況に、私はお母様にはしたないと怒られようと上がった声を押さえる事はできなかった。
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