【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 女の子達の恋愛事情

公開日時: 2024年5月23日(木) 09:31
文字数:3,818

 私には男性経験と言うものがない。

 きっぱりない。

 この場合の男性経験とは、所謂男女交際も含まれる。



 前世での向こうの世界の記憶でも、女子高→女子大のコンボで彼氏がいた期間はほぼ0。

 人生で一番長く話した男性が職場の海斗先生っていうくらいだから、察して欲しい。

 まあ、女子校だろうと適性のある人達は、普通に彼氏を作って恋愛を楽しんでいたから、そこは私の適正の問題だと解っている。

 男性と接触する自分と言うのが、想像できないのは、私の中で男性とそういうことをする、ということに対する優先度が低かっただけ。

 興味が無いわけでは無いのだけれど……。


 お父様と、リオン奪還作戦について話し合った日の夜。

 私は久しぶりに第三皇子家に泊まることになった。

 お母様は私が大聖都に戻った後も私の部屋をそのままにして、いつ戻っても使えるようにして下さっているのがありがたい。


 食事を終え、お風呂に入り、夜着に着替えてセリーナに髪をとかしてもらう。

 これから寝るだけだから、髪をとかす必要はあんまりないと思うのだけれど、まあ皇女の嗜みってものかな。逆らうのも申し訳ないので何時も為されるがままの私。


「ねえ、セリーナ?」

「なんでしょう?」

「あ……ごめん。なんでもない」


 私は喉元まで出かかった質問を呑み込んだ。

 男性を悦ばせる女の技法。

 セリーナは知っているかな、と思ったのだ。

 カマラは、男性との関りを持っていないことは解っている。言っちゃ悪いけど、仕事一筋。

 向こう時代の私とどっこいどっこい。

 セリーナは逆に娼館育ちだから、そういう技術を教えられて育ったかもしれないな。だったら教えて貰えるかな、と思ったのだけれど、彼女が娼館での時代。

 酷い目にあったことは知っている。

 思い出したくもない事だろう。きっと。


「プリエラとヤール君は最近、仲がいいようですね」


 プリエラ、というのは私の護衛見習い。彼女が育ってきたおかげで、カマラにも少しお休みをあげやすくなったので助かっている。


「ええ。元々、ヤール少年はマリカ様の関係者と好を繋ぐ為に派遣された子ですから。

 プリエラにずっとアプローチをし続けていて。最近、プリエラも彼をパートナーとして意識し始めたようです。

 ウルクス様は、不機嫌でいらっしゃいますけど」


 プリエラももう十一歳。

 まだ本格的な色恋には早いと思うけれど、そういうことに興味を持ち始めても可笑しくはない。それに……


「セリーナも、結婚したい人ができたなら遠慮しなくていいから言って下さいね。

 最近、ヴァルさんと親しくしているのでしょう?」

「! そんなことまでマリカ様のお耳に入っているのですか?」

「噂程度、ですけれどね」


 ブラシが床に落ちる。

 思いもかけず自分に話題が振られ、焦ったセリーナは頬を赤らめ、少し逡巡した後、はい。と頷いた


「マリカ様と好を繋ぎたいという意図からか、ありがたくも色々とお話は頂くのです。

 その中で……ヴァル様は、一番誠実でお優しくて……」


 ヴァルさんはリオンの元部下だ。私の皇女時代、旅の護衛にも良く入ってくれた。

 子ども上がりなので元孤児であったセリーナにも偏見が無く、優しく接してくれていたことを知っている。


「私が、娼館育ちであることを知っても気にすることはない、と言って下さり、シュトルムスルフトでの騒動の後も、陰日向なく接して下さいました」


 セリーナが私の信頼厚い事、スタイルが良い美人なの事、シュトルムスルフトの油田の権利者で貴族なみの資産を持っている事などからか、下世話な思いから付きまとってくる男もいる。

 そんな中、雑音に捕らわれず、誠実な態度で接してくれるヴァルさんに心を惹かれても無理はない。


「ただ、ヴァル様は今、王都の騎士団。その統括を務めていらっしゃいます。

 今年の騎士試験ではそろそろ優勝し、貴族の資格を得るだろうとも。

 貴族の資格を取れたら、正式に求婚すると言って下さったのですが」

「まあ、そこまで話が進んでいるのですね」


 喜ばしい話だ。

 ヴァルさんは騎士試験本戦常連という本人にとってはあまりありがたくないあだ名が有る。騎士試験は優勝すれば貴族になれる戦士の登竜門。出場するだけでも名誉な事だけれど。

 でも、逆に言えば何度挑んでも貴族に届かないということでもあるからね。


「ただ、そうなると逆に少し困るな、とも思っております」

「どうして?」

「私のような下民上りが貴族の夫人になることが許されるかということ、です」

「気にしなくてもいいよ。セリーナは魔術師資格と文官試験で準貴族の地位をちゃんと取ったんだから」

「それは、マリカ様の御厚意で教育を受けさせて頂いたからで。でも、私が元娼婦であることに代わりはありませんから」


 セリーナは寂しそうに微笑む。

 貴族となると小さな村の代官などになることも珍しくない。

 そうなると女主人として領地や家を仕切る力が女性には求められる。

 確かに謂れのない陰口にさらされることもあるかもしれない。


「それに、貴族と結婚するとなると、不老不死を得てマリカ様のお側を離れなくてはならなくなる。それが、一番悩んでいる所です」

「あ……そっか」


 セリーナに向けられる理不尽は、私の後ろ盾や本人の実力で退けることができる。

 ただ、結婚により変わってしまう環境の変化に関してはどうしようもできない話だ。

 実際問題、私が全てを明かして相談できる侍女はカマラとセリーナしかいない。

 セリーナに抜けられて困るのは私なのだ。


「セリーナがヴァルさんとの結婚を望んでいるのなら、方法などを考えます。

 お父様やお母様とも相談してみますね」

「ありがとうございます。

 ただ、私は自分が結婚できる、とは正直思っておりませんでしたので。

 ヴァル様にも、このままマリカ様にお仕えしていきたいと伝えてありますので、どうかあまりお気になさらず」


 セリーナには幸せになって欲しい。

 でも、結婚されて側近から抜けられるのも困る。

 お母様と本当に要相談、かな?


「そう言えば、カマラはそう言う話はまだない?」

「ございません。私はマリカ様に剣を捧げた騎士。

 生涯お仕えする所存でございますから」

「でも、クラージュさんといい関係だったりしてない?」

「え? なんでそれを?」

「いや、なんとなく」


 職業柄、人間観察はできる方だと思っている。

 カマラは『自分より弱い男性は対象外だ』と昔言っていたけれど、クラージュさんはカマラより強いし、同じ精霊国の騎士として訓練してたり、色々教えて貰ったりしてけっこう距離も近い。

 セリーナ以上に私はカマラに去られると困るので、もし結婚してくれるならクラージュさんのように事情を解ってくれる人がいいなと思ってるのだけれど……。


「そ。その……クラージュ様は、本当に大人、でいらっしゃいますから」

「外見年齢はほぼ同じ、生きてきた時間で言うならカマラの方が年上じゃない?」

「そう言う話では無く、あの方は本当の意味での大人、なのです。

 あの方にとっては私など、本当に子どもで……掌の中で転がされるばかりで……」


 顔を真っ赤に染めながらも俯くカマラ。

 まだ、セリーナのように具体的な話が出ているわけでは無く、カマラが個人的にクラージュさんを慕っているだけ、ということなのかな?


「そもそも、主を差し置いて結婚などできません。

 まずはリオン様を取り戻すことが最優先ではありませんか?」

「勿論、それはそう」

「私達のことなど気になさらず、ご自分がまず幸せになることをお考えになって下さいませ」


 セリーナとカマラはそう言ってくれたけれど、私は本当に男女の色のある関係というものが解らない。

 リオンは好きだし、キスをしたこともある。

 幸せな気分で、ずっと一緒にいたい。大事にしたいと思ったのだ。


 ただ。

 無意識に唇に指が触れた。

 思い出すのはリオンが魔王になってすぐ、忍び込んできた彼の強引な口づけと言葉。


「『精霊の獣』は『精霊の貴人』の番となるべく生まれた」


 今まで、リオンとしてきたキスは、甘く、ただただ優しいものだったけれど。

 魔王のキスは、そんな概念をぶち壊す様な強引で乱暴で。

 でも、不思議と忘れられない快楽を私の脳に送り込んだ。

 私のキャパシティではあのキスだけで、いっぱいいっぱいなのに。

 実際に『そういうこと』になったらどうなるのだろうか?ノアールののろけに、本当にあてられてしまったのか。

 ちょっと『そっち側の思考』が止まらない。


「ごめんなさい。変な話になって。もう寝ます。

 ありがとう」

「いえ。失礼しました」「おやすみなさいませ」


 二人が退室していったのを確かめて、私は寝台に潜り込んだ。

 夜着の間から、殆どふくらみの無い胸に触れる。

 同い年なのにはちきれんばかりに豊かに育った魔女王の谷間を思い出しながら。


「やっぱり、そういう経験の差かなあ?」


 魔王は私とリオンは番となるべく、生み出されたと言っていた。

 でも、リオンは生涯、誰も抱かないと決めているという。

 私はリオンと一緒にいられるなら、それでもいいと思ってはいるけれど……。


「あ……うっ……」


 先端に指先で触れると、電流が流れるような感覚が神経を焼く。

 もっと触れていたいような。怖いような。

 私はとっさに肌から、両手を外に出した。


 最近。特に、魔王の夜這いの後から、胸の内側に燻り始めた小さな疼き。

 ドロドロと澱む澱の様な熱が私の中で蟠る。


「なんなんだろう。これ……。昔、覚えがあるような……無いような。気持ちが悪い」


 その正体も、押さえる術も知らず私はただ。

 逃げるように目を閉じて布団にくるまったのだった。




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