【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 『神』の降臨 後編

公開日時: 2022年8月7日(日) 11:52
更新日時: 2022年8月11日(木) 09:09
文字数:3,932

 地面に這いつくばり、必死で重圧に耐えるライオット皇子とリオン。

 昂然とした笑みでそれを、場を見下ろすマリカの容をした存在に


「輝かしき御方よ」

『ん?』

「恐れ多くも尊き方に下から声をかける無礼をお許し願いたく」


 声をかける者がいた。

 ライオット皇子のように喧嘩を売るでもなく、静かに礼節を守ってかけられた声にマリカの姿をした『神』は顔を向ける。

 微かに声と空気が弛緩した。


『ほう…。

『神』への礼節を守って対せる者がいたか。

 良い。許す。我に何用だ?』


 やっと自分に相応しき遇を得た、と満悦の笑みを浮かべ応じたそれにこの国において、誰にも膝を付く必要のない存在。


「私はこのアルケディウスを精霊神より預かりし、皇王 シュヴェールヴァッフェにございます」


 皇王は今、己の孫、少女の姿をした存在に両膝を付き、上位者にするように拝していた。


「偉大なる『神』よ。何故、ここに降臨なされましたのでしょうか?」

『それは、我が依代。我が巫女。

 我が乙女を迎えにだ』


 その礼に応えるように『神』は答えを賜す。


『この娘は『星』が作り出した今現在、最高の器。

『神』と『精霊』と人を繋ぐ者。

 この身体と精神があれば、我が念願に近づく。

 我が子達を、真実の輝かしき未来へと導くことが叶うのだ…』


 恍惚とした表情は己の言葉、己の紡ぎ出す『未来』とやらに酔っているようにさえ見える。


「では『神』がマリカを召されましたなら、我が皇女 マリカはどうなりましょう?」

『愚かなことを問うな』


 解りきったことを。

 その深碧の瞳が暗く揺れた。


『これは我が依代、我が手足。我が花嫁。

 その全ては我が物に』

「それはつまり…」

『抱かれ、我が身に溶け、大いなる『神』の一部となる。

 不服か?』

「そんな!」

『手足に、道具に心など不要。

 我はそれをよく知っている』


 悲痛な声を上げたのはティラトリーツェ妃だった。

 けれど言葉に発しなくても誰もが同じ思いで『神』と名乗る者を見ている。

 僕だって怒りに体が震えた。

 奴は言ってのけたのだ。

 このまま奴を見過ごせば、マリカという存在は『神』に呑み込まれその一部となり、失われるのだと。


「…フェイ」

「リオン」


 僕を呼ぶ声がする。

 皇王陛下と『神』の会話に皆が気を取られている微かな隙。

 それをついてリオンが僕に向けた声に、気付いてそっと顔を向けた。


「どうしたんですか? リオン」

「これを…」

「え?」


 苦し気に息を荒げるリオンが僕に向けて差し出したのは、カレドナイトの短剣だった。

 

「隙を見てそれを風の術で射てくれ。

 そして…サークレットの額の緑柱石を壊すんだ」

「え?」

『あの緑柱石が端末のコア。

 コアが壊れれば接続が切れて『神』はこの世界に力を発揮できなくなる筈だ』

「俺はあいつに…マリカに刃を突き立てることができない。

 そうしようと近寄っても、奴に阻まれてしまうだろう」

『だが、魔術師。貴様なら奴の注意の外から、それを射出して石を砕く事ができる筈だ』


 精霊獣、いや精霊神がくいと顔を動かす。

 それしかマリカを救い出す方法はない、と。


「でも…」


 僕は手がみっともなく震えている事に気付いた。

 サークレットは文字通りマリカの額にある。

 手元が狂えば顔や頭を傷つけ命を奪う可能性がある。

 そうでなくても、万が一失敗すれば、今はまだ油断が見える『神』が警戒しマリカを本当に連れ去ってしまうかもしれない。


「やらないと、マリカは『神』に連れ去られてしまう。

『向こう』に連れていかれたら、本当にマリカを連れ戻す事はできなくなってしまう。

 頼む…フェイ」


 唇を噛みしめるリオンの声がやたらと大きく僕の耳に、胸に、心に響いた。

 本当に潜められた小さなものであったのに、はっきりと僕に決意を刻む。

 何を迷う必要があるだろう。

 二人を救う為なら『神』であろうと弓を引くと決めた筈だ。

 僕は、二人に命と、運命の全てを捧げたのだから。


 マリカを、リオンを。

 大事な二人をあんなよく解らない存在に渡してなるものか。



「解りました」

「フェイ!」

「ただ杖を出す、一瞬。

 呪文を紡ぐ時間を僕に下さい。二、いえ一呼吸で構いません。それでやりとげて見せます」

「解った…」

「俺にも…やらせろ」

「皇子…」「ライオ…」


 僕らの会話を聞いていたのだろう。

 ライオット皇子が顔をこちらに向けた。その闇の双眸には明らかな怒りの炎が宿っているのが見て取れた。


「これ以上…あいつに俺の国で、いいようにされて…たまるか。

 大事なものを、目の前でまた奪われるのは御免だ…」

「解った。頼む」


 親友にして戦友の言葉にならない会話は、ただの一言で終わる。

 彼らは、その言葉通りやりとげるだろう。

 ならば僕はその一瞬を、決して逃しはしない。



『…ん?』


 皇王陛下と会話をしていた『神』が自分の、マリカの手を眇める。

 何か、予想外というように。

 見れば、マリカの指先で光がチリチリと不思議な音を立てて爆ぜている。


「どうか…なさいましたか?」

『いや、マリカの身体がどうやら、もたぬようだ。

 未発達の子どもというのは、脆いものだな』


 伺う皇王陛下に『神』はなんでもないことのように、とんでもないことを言い放つ。 


「な、なんと?」

『これくらいで、限界を迎えるとは。

 私の力を受け止め、変化に堪えられるようになるまで、あと数年はかかりそうだ…』 

「では、今は、マリカの身体をお返しください。

 まだマリカは十一。

『神』の花嫁となるには世を知らず、また幼すぎます。

 大切に…『神』に相応しき身体に育ててご覧に入れますから」


 マリカを何とか取り戻そうと、皇王陛下が話を持ち掛けてくれているのが解った。

 だが『神』は頭を振る。


『その必要は無い。これは持ち帰り、我が元で作り変える』

「!」

『いつまでも、穢れた『星』に関わってはいられぬし、今手放せば今度はアーレリオスのように『精霊神』どもや『星』も邪魔しに来るだろうしな。

 …お前達も、いい加減に…?』


 鷹揚に顔を皇王陛下から、リオン達の方に向けかけた『神』はその瞬間目を見開いた。

 


「ウーーーー、ウオオオッーーー!」



 まるで、獅子が吼えるような唸り声が部屋に轟いたから。

 空間全てを支配するような獅子の咆哮リーガ・ルッシード

 ありとあらゆるモノを引き付ける挑発の雄叫びに部屋中の人間、そして『神』の目視も一点に集まる。

 声の主、ライオット皇子へと。

 その、次の瞬間


『な、なんだ!!!』


 シュッ!

 風を裂く音と共に、リオンがマリカの背後に現れる。

 足場も無い空中に跳んだリオンは、マリカのいや『神』の背中にしがみ付き、己の両腕で固く、羽交い締めにした。


『お前! まだ…』


 光がまたマリカの周りに集まり、リオンを焼くけれど、苦痛に歪みながらもリオンはその腕を放しはしない。

「マリカを、返せ!」


『ええい! いつまでも遊びに付き合ってやっている暇はない!

 お前達も纏めて………』


 二人の連携に『神』の意識が逸れた。

 出来た時間は刹那。

 けれど僕が杖を出し、精神を整え、狙いを定めるのに十二分な時間を与えて貰った。

 ならば、後は狙い違えず、射抜くのみ。


「シュルートスレローク!!」

『なに!!!』


 風を纏い、打ちだされた短剣は放たれた矢の様に一直線に飛翔。

 マリカの額の緑柱石中央、黒点を正確に射抜き、打ち砕いた。


『がっ…』


 砕け散った破片が、星の様にキラキラと光となって煌めく。その中で


『ぐ、ぐあああああっ!!』


 靄の様な何かが、マリカの身体から離れ、サークレットが床に落ちた。

 眩しいまでに輝いていたマリカの身体から、光が消えると同時浮かんでいた身体が落下する。


「うっ…」

「マリカ!」「リオン!!」

「大丈夫だ…。マリカ!?」


 マリカを抱えていたリオンが、空中で身体を抱え直して着地したので、床に叩き付けられることは免れたようだ。


 心配そうにマリカを撫でるリオンの元に、圧力が完全に消えたのだろう。

 ティラトリーツェ妃や皇王陛下、他の皇子やカマラも集まって来る。

 サークレットが離れた瞬間、マリカの頭から金髪は抜けるように落ち、元の、夜を宿したような艶やかな黒髪に戻っていた。

 抜け落ちた髪は床でほんの数瞬揺れ蠢いた後、空気中に溶けるように消えて行く。



「な、なんだ? これは?」


 声を上げたケントニス皇子の見据える先。

 落ちたサークレットの裏側を見れば細い錦糸の様な、虫のような。

 金色の何かがウネウネと蠢いている。

 直ぐにそれも消えて行ったけれども、あれがもしかしたらマリカを変質させていたもの、なのだろうか。


『やってくれたな…人間ども…』

「!」


 微かな声が部屋の、どこともしれぬところから聞こえた、気がした。

 さっきまでのマリカの唇から紡がれた、明瞭なもの、ではない。

 遠く、遠く、ここではない場所から聞こえるように微かに…。


『…暫く、それは預け…。

 言葉通り…育て…守れ……。三………』


 もう聞き取れない位に小さくなった声を必死で捕まえようとしてみるが…。



「う…」


 そんな思いは一瞬で消え去った。

 首を苦し気に左右に動かしたマリカの眉がぴくりと、揺れ動いたのだから。


「あ…、う…ううん…」


 リオンの腕の中、マリカはゆっくりとその瞼を開ける。

 輝いた瞳の色は、碧ではなく紫。

 僕達の、マリカの色、だった。


「マリカ!!!」

「おか…あ…さ…ま? り…おん?」


 マリカの首に抱き付き、涙を流すティラトリーツェ妃。


 まだ状況が解っていないのか、それとも身体がかけられた負荷に動かないのか、その両方なのか。

 蕩けるような眼差しで笑みを浮かべた彼女はまた目を閉じる。

 けれど、呼吸はしっかりとしていた。

 心臓もリズミカルに拍動している。


「良かった…。本当に良かった」


 張り詰めていた空気が解け消え、安堵の息が幾重にも重なった。

 正直何がどうして、どうなったのか。

 今も混乱の海を漂う。



 ただ、一つ確かな事はマリカはここに在ること。

 我々の腕の中に残ったこと。


 でも今は、それだけで十分な気がした。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート