【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 精霊石との付き合い方

公開日時: 2023年12月16日(土) 08:13
文字数:4,303

 星の二月に入り、周囲が新年の準備などで慌ただしくなってきた頃。

 私は王宮魔術師ソレルティア様の元へと出向いた。

 理由は


「どう? ノアール? 上手くいってる?」


 ノアールの魔術師修行の様子見。

 

「マリカ様。いらっしゃいませ。

 はい。とても頑張っていると思いますよ」


 私の声にぐったりした様子のノアールの返事は無い。代わりに応えてくれたのはソレルティア様だった。

 

「少し、休憩しませんか? 差し入れを持ってきたのです。

 新年の参賀の為に作ったチョコレート菓子の試作品ですけれど」


 チョコレート。その言葉にソレルティア様の目が輝いた。


「まあ、皇女様ご自慢の高級菓子をご相伴に与れるなんて。

 ノアールも課題は少しお休みして休憩にしましょう?」


 促されて膝をついていたノアールもよろよろと顔を上げる。

 疲れた時には甘いものが一番。これはきっと万国異世界共通。

 お茶、はないけれど細やかな女子会開始と相成ったのだった。

 


「上手くいっています。と大きな口は叩けません。

 どうやってもこうやっても、火の術以外は上手くいかない上に、呪文の発音が難しくて……美味しいですね。これ」


 ため息をつきながらノアールがチョコレートを躊躇いがちに口に入れた。

 チョコレートはプラーミァのカカオで作る。でも、まだ殆どの人は口にしたことが無い筈だ。鮮烈な甘みに疲れに濁っていた瞳が輝く。


「本来、魔術師というのは自分の精霊石の属性の魔術しか使えないのが殆どですからそこまで落ち込む必要はありませんよ。自分の石の属性術をしっかりと使い、後は術道具の起動さえできれば十分優秀です。

まったくの0から始めたのですから焦る必要は無いのですよ」


 息を吐きだすノアールをソレルティア様は微笑みながら励ましてくれているけれどノアールにはチョコレート程の効き目は無い様だ。


「そうは言っても、セリーナやゲシュマック商会の魔術師達も複数種を使うじゃないですか? 精霊石とおはなしする。って魔王城の女の子達言ってましたけど、私には声とか聞こえませんし。やっぱり才能とかってあるんですかね?」

「精霊石に選ばれ、魔術を使えるようになることそのものが才能です。まあ、魔王城のような精霊の祝福の強い所で暮らしているといろいろ麻痺するのかもしれませんが、精霊石の声を聞ける者なんて世界全部でもどれだけいるのか?

後は修練と勉強ですよ。発音と呪文を正しく覚えれば杖無しで術を使う事だってできるのですから。自分を信じ、精霊を信じて精進するのみ」

「そんな簡単に言わないで下さい。私はまだ共通文字の読み書きだってひいひい言っているのに。これだったら、侍女の仕事をしている方がよっぽど楽です」

「大変だね。ノアール。でも、頑張ってると思うよ。

 火の術以外は、ってことは火の術は使えるってことでしょ?」


 国の精霊術師育の一環として素質のありそうな子どもには精霊術師の訓練や教育をさせてみようということになった。皇国にある精霊石と、あと、私が魔王城の宝物蔵からもってきたいくつかの装身具を孤児院の子どもや、魔王城の子、後、私の随員達に引き合わせてみたのだ。

 結果、孤児院の子一人と、ノアール、そしてネアちゃんにいい結果が出た。

 力を貸してくれる精霊石がいたのだ。

 魔王城の子ども達も本人が望めば術師になれそうな子はいるようだけれど


「ぼくは術師にならなくてもいいかなあ。リュートがあるし」

「オレもいい。今から勉強とか嫌だし」


 と言ったアレクやアーサーのように他にやりたいことがあり、自分の道を定めているのでやりたがらない子には無理強いはしない。

 クレスト君やプリエラも剣術や戦士の方に専念するとのことなので除外。

 ネアちゃんは、もう少し魔王城に預けておくことにしたので最終的に二人が魔術師の勉強をすることになったのだ。

 慣れない勉強にぐったりきているノアールを私は勇気づける。

 

「火の術が使いこなせると、今後、重要になってくる科学素材作りが凄く楽になるから頑張って欲しいな」

「あくまで、傾向なのですが自分の生まれたもしくは親の国の精霊術は使いやすかったり、覚えやすかったりすることが多いようですね。勿論、杖の属性が重要ではあるのですが」


 火の国生まれは火の術が、風の国生まれは風の術が覚えやすいってことか。

 

「新しく入ってきた子も、木の術が得意な様子です。今日はフェイが外に連れ出して土壌改良や害虫除け、病気除けなどの術を練習させています」

「フェイも風国生まれだったみたいですからね。あ、ソレルティア様は?」

「私はまあ、天与の才で」

「「…………」」

「冗談ですよ。私の杖が優秀なのです」


 ソレルティア様も明るくなったなあ、と思う。

 元々、美しく賢く輝かしい宮廷の華って言われてた人だけど、杖と契約して力が高まり、術師寿命が遠のいてからはもう本当に自信に満ち溢れて眩しいくらいだ。

 

「魔術師として独り立ちできれば、お給料も上げられますし私の侍女以外の道も開けますから頑張って下さいな。ノアール」

「……私はマリカ様の侍女以外の仕事には付けませんから」

「あ……」


 しまった。軽い気持ちで励ましたけど失敗した。

 寂しそうな顔で微笑するノアールに、私はハッとする。

 確かにノアールは『能力』の関係で私以外の人間に仕えることはできない。

 彼女の『能力』は変身。しかも私に特化しているから。

 万が一、他所で私の姿で何かされたりすると困る、とお父様と皇王陛下が口封じの魔術までかけているのだ。ノアールはそんなことをしないと言っても聞いて下さらなかった。


「でも、お気になさらないで下さい。十分、いい待遇と給料を頂いていますし、男の相手をしなくてもいいってだけでもここは天国です。

 引き立てて頂いた恩は精一杯返していきたいと思います」

「ノアール……」

「さあ、ソレルティア様。続き、よろしくお願いします」

「随分と元気になりましたね。ええ。ではまたビシビシ行くとしましょう」

「頑張って下さいね」


 二人が空気と話題を変えてくれたのが解ったから、私はそれに甘え、その場を後にした。

 ちょっと気になることもできたし。


 そして夜。

 私は寝室で目を閉じた。

 

(ラス様、少し聞きたいことがあるんです。出て来て頂けませんか?)

『呼んだ?』

「はい。聞きたいことがあって」


 七国訪問を終え、アルケディウスに帰って来てから、フリーダムに動いていらっしゃる『精霊獣』様達。必要な時は来て下さるけど、必要ない時にはいないことが多い。

 でも、扱い方のコツは解ってきた。

 心からお願いして、来て下さいってお願いすれば、ダメな時以外は来て下さるのだ。


「フォルトシュトラムをヒンメルヴェルエクトに置いてきて良かったんですか?」


 私から口出しできる事じゃなかったから、言えなかったけれど。

最後まで『精霊神』様達はフォルトシュトラムを連れ戻す、とかオルクスさんから取り上げる。とか言い出さなかった。

特に火の『精霊神』様にとって子孫に与えた、大事な杖。

直属の配下なんじゃないかと思ってちょっと心配になった。

シュトルムスルフトでの風の『精霊神』様とシュルーストラムの様子を見たり、アルケディウスで木の『精霊神』様とアーベルシュトラムの仲良さげな関係を見たりすると色々と複雑なのではなかろうか。


『ああ、うん。まあ、色々と複雑ではあると思うよ。

 精霊石、っていうのは僕らにとっては力を分けた分身であり、頼りにする手足みたいなものだから』

「『星』の手足」


 と精霊石の杖は自己紹介の時よく口にしていた。

 力はあっても自由に動けない『精霊神』様達を助ける存在なのだろう。


「じゃあ……」

『でも、仕方ない。前にも言ったけれど、子ども達の命が最優先だから』

「子ども達の命?」

『あの子には強い精霊石の助けが必要だってこと。

『神』にしてもそんなにたくさん作れるものじゃないから、手に入れたものは有効活用するのも仕方ない。無理に取り上げて命を危険に晒すことはできないから』

「オルクスさんは特別な『神の子ども』だって言ってましたっけ? 能力は高くてある意味では強いけれど、弱いって……」

『そう。この大陸がもう少し住みやすくなって、精霊石の代わりを用意してあげられるようになるまでは様子見かな』

『気にするな』


 ドガッと。寝台の私とラス様の間に割り込む様に白い精霊獣が落ちてきた。


「アーレリオス様」

『フォルトシュトラムの事は気にするな。死んだ訳でもないからな』

「いいんですか?」


 アーレリオス様(の精霊獣)はああ、と静かに頷いて見せる。


『奴は今、自分を封じて魔術師の杖。そしてあの子どもの存在維持の為の補助装置に徹している。人格を表に出している余裕がない。というのが実際の所だろう』


 フェイやエリセ、ソレルティア様のように互いを認め合い、杖の持ち主が気力を与えれば杖にも余裕が出て来て人格を表に出ししゃべることもできる。

 でも、それができない相手の時は、精霊石は力の限界まで魔術師を助け、その後眠りにつく。それがずっと聞いていたこの世界の精霊石と術師の関係の基本だ。

 

『精霊石は人に使われる道具だ。奴が自分の判断で役割を果たしているのであれば、私が余計な口を挟む事では無い』

「無理やりやらされている、とかではないんですか?」

『最初はそうであったかもしれんが、今は自分が手を離せば子どもが危機に陥ることは理解している筈。それが出来ぬほど腑抜けているとは思いたくはない』


 つまり自分の意志でオルクスさんの命を守る為に自分の人格を出したりすることなく杖に専念しているという事か。かなり強い性格の杖らしいけれど、精霊石はみんなやっぱり優しいんだな。

 

「では、本当に様子見でいいんですね」

『ああ。いずれ奴が敵に回る。そんなことになった時は私が責任をもって処理するから心配する』

「処理って……壊したりしちゃだめですよ」

『……善処する』

 この間のリオンといい、『精霊神』様といい、情が深いわりにシビアなんだから。

 ……でも、そうか。


『精霊神』様達との会話でヒントを貰った私は翌日、また術練習に苦戦しているノアールにちょっとアドバイスした。

 結果、ノアールは前よりも術が使いやすくなったらしい。

 発音を少し間違えたりしても、術が発動してくれるとか。


「精霊だけじゃなく、精霊石にも力を借りるつもりでやってみて。一緒に働く同僚みたいな気持ちでお願いしてみるの」


 誠実に石と向かい合ったノアールきっと嬉しかったのだろう。

 いずれ、ノアールが本気で術師を目指したら、契約もしてくれるかもしれない。

 道具は道具。

 でも、大切にすればきっと応えてくれる。

 私が付喪神とか擬人化文化の激しい元日本人だからかもしれないけれど、きっと万国共通、変わらないと思ったのだ。


 

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