オルトザム商会との騒動の後、転移術で逃げ出した私達。
なんとか祭りの人ごみの中に紛れることに成功した。
「アインカウフ達諦めてくれたのかな?」
「諦めてはいないと思う。
ただ、下手に追いかけて騒ぎを大きくしたり『大祭の精霊』に完全にそっぽを向かれるのは拙い、とは思ったかもしれないな」
「ホントにちょっと怖かったよ。
お客さんや偽大祭の精霊のいる前で、あそこまでなりふり構わず捕まえに来るとは思わなかった」
ちょっと、さっきのことを思い出すだけでも震えが来る。
はっきり大祭の精霊です、って言いきって商売していた訳ではないにしても、一般客もいる前でのあの騒動。
本物の大祭の精霊が来たと解った途端に彼らを切り捨ててでも私達を手に入れようとしたあたりの躊躇いの無さは怖すぎる。
「とにかくあの偽物二人を使った阿漕な商売はもうできないと思うからそれで良しとしよう!」
「そうだな。あの後どうなったかはガルフに調べて貰うことにして今は、騒ぎにならないうちにもう少し祭りを楽しむとしよう」
騒ぎを起こしたら即戻れ、と皇王陛下からは言われているけれど、リオンはもう終わり、戻ろう、とは言わずにいてくれた。
最低限の目的は果たしたと思うけれど、まだ祭りはこれからだ。
ここで帰るのは悲しすぎる。
『ここから先は本当に注意するんだよ』
『さっきのは見なかったことにしてやってもいいが、次に騒ぎを起こしたらそこで終わりにする』
「ラス様、アーレリオス様」
私達の中で力を貸して下さっている『精霊神』様達の声に、私は言葉に出さず頷いた。
「解りました。心します」
『よし。では次は他の屋台と大広場の出し物を見に行くのだろう?』
「はい。行こう。リオン」
「ああ」
『精霊神』様達もなんだかんだでお祭りは好きみたい。
どこか明るい声でおっしゃるので私は、もう一度リオンと手を繋いで祭りの人ごみに戻る。
普通に、堂々としていれば気にする人はそういない筈だ。
アルケディウスの大祭名物、城壁市場を冷やかして回る。
城壁近辺に配置されているのは他国からの行商人が多い。
冬に向けて暖かいショールやマフラー、靴下や手袋などの毛織物や編み物系が目立っている。
「あ、フェリーチェ様がまた来てる」
「顔をあんまりそっち向けるな。気付かれるだろう?」
リオンに突かれ、私は素知らぬ顔で通り過ぎだ。
昨年の秋大祭にも来ていたフリュッスカイトの石鹸やクリームなど美容品を扱うスメーチカ商会が今年も同じ場所に店を出している。
オルトザム商会の専売だったクリームや髪油などは少しずつシュライフェ商会を通して広がりつつあるけれど、まだ誰もが気軽にというわけにはいかない。
庶民層でもその化粧品が入手できる機会なので、私が買った時よりも人気は高まっているようだ。
店の前には女性たちが集まってきている。
もう一つ、目立って人だかりができていたのはやはりフリュッスカイトのガラス細工の店。
レフィッツィオ商会、だったっけ?
夏に私が花の髪飾りを貰ったお店は、今年主力商品として、同じ髪飾りを並べている。
カラーバリエーションも豊富で見ていて楽しい。
一つ少額銀貨二枚で安くは無いけれど、さっきの絵と比べれば絶対にこちらの方がお買い得だと思う。私が遠目に見ている間に何人もが買いに来て、飛ぶように売れている。
「アルケディウスの『聖なる乙女』マリカ様にも献上し、お気に召して頂いた新作だよ!」
思わず笑みが零れた。アインカウフはやりすぎだけど、こういう逞しい商魂は嫌いじゃない。
「おや? あんたは……」
いけないいけない。
店主になんだか、顔バレしそうになったので大急ぎで撤収する。
ざっと見て歩いた感覚だけれど、どの店も去年の夏。初めて大祭を見たときよりも活気に溢れている気がした。ただ、品物を並べるだけではなく、より良いものを作って売ろうとする意志、願い、思い。そんなものが伝わってくる気がした。
プラーミァからはヤシの実の繊維で作ったマットやたわしなどを売っているお店があったし、アーヴェントルクのチーズフォンデュをその場での串刺しという形で食べさせている店を見て商売上手だな、と思えた。
エルディランドも去年も出ていたせんべいと焼き鳥の屋台が今年も好評だったし、最初に見た大祭が敗戦だったことを考えても雲泥の差だ。
中央広場に戻ればアルケディウスの屋台もみんな元気に呼び込みをしている。
特に目立つのは食器類だろうか?
一昨年は殆ど無いように感じたけれど、最近多く見かける。
シンプルな木皿にコップから、かなり精密に作られたピューターの鍋。
白地に青い色で描かれた陶器のお皿は王宮の晩餐会に並べられても不思議はない出来だ。
「うわ~、この木匙凄い。凄く艶やかで色が深いね」
「ノウレ塗りって知ってるかい? 特別な木の樹液で家具を艶やかに丈夫にするのに塗ったりするんだけどね。絵を描いた後、上から塗る。乾くと水を弾く上につやつやと美しくなるのさ」
天然のラッカーとかニス、あるいは漆系だろうか?
家具に使われていた技術を応用して、小物を作る発想がいいと思う。
大祭では大物は買えないけれど、こういうのならお手軽に買える。
ポケットに入るくらいの小さな木のスプーンをものを一つ購入した。
スプーンなら実用にも、装飾にもいいしね。
より精巧な絵の描かれた木箱とかもあったけれど、それはまた今度、かな?
それに『菜箸』『トング』『お玉』『泡だて器』『皮むきピーラー』など料理雑貨を売る店もあった。トングやお玉が人気みたいだ。
気付いたんだけれど、アルケディウスは冬が厳しく家の中に閉じ込められるせいか、明るい色合いの置物などを売る店が多かった。人の絵は殆どないのだけれど、花や風景、動物などの意匠が目立つ。最近は果物なども題材に使われて、しかも料理器具にそういう色細工を施すものもあるようだ。
さっきのノウレ塗みたいに。
料理を食べる、そして何より家で作ってみようとする人の裾野が広がってきたということみたいで嬉しい。
流石にお土産にはちょっと買ってはいけないけれど。
大祭は楽しい。
本当に大好きだ。
『人の熱気、活気が伝わってくるのが良いな』
『人々が気力を取り戻しつつあるからね』
私の心を読むように呟いた『精霊神』様に完全同意。
アインカウフや、悪どい射的屋、賭け事の店もあるけれど、それも人の前向きな思いの表れだと思えば許容できないこともない。
去年より今年、今年よりきっと来年、賑やかになる。
賑やかになって欲しいな、と思う。
アルケディウスを皮切りにこういう元気が広がっていけばいいと、心から思う。
「そろそろ、舞台劇が始まるみたいだ。行くか?」
「うん」
私を誘うリオンの顔が明るい。
今年の大祭の舞台劇はアルフィリーガ伝説ではなく、エンテシウスの劇団の新作だ。
「何を笑ってるんだ?」
「なんでもないよ。ただちょっと嬉しいだけ」
「?」
うん、嬉しい。
いつも大祭の劇というと、自分の罪を見せつけられる『勇者伝説』
苦しげで悲しげな顔しか見せなかったリオンが、舞台を見るのにこんな朗らかな顔を見せてくれる。
それだけで、私は頑張って劇団作りをしたかいがあったな、と思うのだ。
まあ、大変だったのは私ではなくエンテシウス達だったと解っているけれど。
広場を埋め尽くす大観衆は劇の開始を今や遅しと待っている。
事実上のグローブ座の初公演。
私達も端の方でそれを見守ることにする。
新しい劇団の新しい劇。
その初演の幕が今上がろうとしていた。
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