我ながら、低い声が出たと思う。
緩んでいた気持ちが切り替わった事には感謝しないといけない。
この瞬間、私は不純物の無い『魔王』に戻っていたと、自分ではっきりと感じられた。
ピクン、とフェイの肩が爆ぜるように跳ね、そのまま膝を折って頭を下げる。
「そんなつもりはありません。
貴方の気に障ったのでしたら、心から謝罪いたします」
「私は『神』に作られた『人型精霊』。この精神が『私』である限り創造主である『神』に叛旗を翻すつもりはない」
言葉に出したことで、自分の中ではっきりと自覚、定義できた。
『精霊の獣』と違い『魔王マリク』は『神』の側の存在であると。
そんな私を見てフェイは不満そうな表情を浮かべている。
謝罪し、頭を下げる、という体を取っていても解るほどにそれはあからさまなものに見える。
「言いたいことがあるのか?」
「……『神』がそんなに偉いのですか?」
「何?」
「『神』は貴方が忠誠を捧げるに相応しい相手なのですか!」
私が怒ると思ったのかもしれない?
顔色や様子を伺いながらもはっきりと奴は私に言ってのけた。
「僕は……どうしても納得がいかない。
『精霊神』や『星』はまだ、解ります。マリカやリオン、子ども達に過干渉することなく、でも、確かな愛で見守っている。でも『神』は貴方に汚れ役を押し付け、自分の我儘を押し通そうとする『子ども』にしか見えない!」
「さっきも言ったが『神』への侮辱は、私への侮辱に等しいぞ」
思いっきり眉を上げ、怒りの空気を纏い威嚇してやったがそれでもフェイは怯まない。
むしろ、真摯で強い眼差しを私に向けている。
「貴方やリオンを侮辱するつもりはありません。
それにこんなことを言うと、リオンはがっかりするかもしれませんが、僕は……貴方の事が嫌いには……なれないのです」
「ほう……」
少し、驚いた。
フェイもどうせ、私のことなど見てはいないと思っていた。
「貴方は、僕が出会い親愛と忠誠を捧げたリオンと同じ輝きを持つ者。
いいえ。リオンの根本であり、本質。
深い思慮、人への友愛。そして強い信念と目的への行動力
貴方を元にしたからこそ、僕が敬愛するリオンが形作られたのだと解るのです」
リオンに寄生し、乗っ取った悪魔と蛇蝎のごとく嫌っている。
表向き、従っているが腹の中では私の事を呪っているだろうと思ったのに。
口先だけではない。本気でそう考えているとはっきりと『解った』
「僕はリオンが大事で、リオンに戻ってきて欲しい。でも、貴方を潰してリオンを取り戻して、それでいいのか、と思う気持ちもあるのです」
私の無言をどうとったのか。フェイは私の顔を見つめ静かに言葉を繋げていく。
「リオンと貴方が共存する方法は無いのですか?
貴方が『神』との決別を望めば『星』もリオンも貴方を受け入れ、共に生きる道があると思うのですが……」
縋るような、伺うようなフェイの眼差しは多分、本気で『私』を案じている。
だが
「無い。共存の条件が私と『神』の決別であるというのなら」
答えは変わらない。変えようがない。
『私』が私である限り。
「何故ですか? リオンは言っていました。『神』にとって、自分は結局、便利な道具にしか過ぎないのだろうと」
「ああ、そうだろうな。リオンには、そう見え、そう思えるだろう。
あの人の『神』の記憶が無いあいつには」
フェイは勿論、奴にも理解は叶うまい。
わたしにとって奴の今までの記憶が、頭の中に残っていても。
どこか本を読んでいるかのようで実感の持てないものであるように。
奴にとってもきっと自分にただ向けられた命令だけの『神』の行為は、創造主の虐待にしか思えなかったかもしれない。
「そうではない、というのですか?」
「ああ。私にとってあの方は、紛れもない創造主であり『親』
私は自分の意志で、あの人の側にあり、手を貸したいと思った。そして今も思っている」
例え、あの人の抱く思いが、行動が間違っているとしても。
そんなことをフェイに話してやる義理はないので言うつもりもないが。
「あの方と、ただ二人。
私は長く共に有った」
別の事はほんの少しだけ零してみようか。
私は、薄く目を閉じた。
「先の見えない孤独な旅の中。あの方は幾度となく、私に話してくれた。
遠い故郷での輝かしい日々を。
豊かで実り深き大地、進んだ文化に娯楽、誰もが平等で幸せに生きられる権利を有する幸せの星の思い出を」
「え?」
「帰りたい。皆と、子ども達と共に還るのだと。
繰り返し語られた思いは、いつしか私自身の思い、存在意義となった」
それは、忘れがたい遠い記憶。
『いつか、君にも見せてあげたいな。美しい大海原、緑深き山並み、紅に染まる秋の山。
何よりも人々が長き年月繋ぎ、築き上げてきた先の文明を。
生命の輝きを』
そう語るあの人の面影はいつも優し気で、慈愛に満ちていた。
『俺には、もう命も、君や子ども達を抱きしめる腕もない。
だから、君には僕に変わって愛し、守ってやって欲しい。子ども達を。
『星』を。みんなを……』
自分はこの優しいヒトに必要とされ、求められていることが誇らしかった。
『……今は、もう残っていないかもしれないけれど。君や、みんなや子ども達がいれば、きっと取り戻せるから!』
人型精霊は『神』の手足。
例えこの思いが刷り込まれ、作られたものであるとしても。
「あの方の思いを、夢を否定させない。
その為になら、私は道具でいい。そう決めている。
だから、私は必ず帰るのだ。あの人の所へ」
私の製作理念。
精神が初期化されこの身が『星』の精霊となっても消えることはなかった思いを手放すつもりは無い。
私が、私である限り。
「人の世の輝かしさも、『星』の慈悲も、疑うことはしないし、否定もしない。
だが、私は『魔王』であることを揺るがすことはない。私が、私である限り」
フェイに背を向けて、肩越に言葉を落とす。
「だから、リオンを取り戻したくば実力で取り戻せ。
私がしたように」
「マリク……」
「この身体は具合がいい。
『魔王』この相応しい至高の肉体と力は相応しいものが身に着けてこそ真価を発揮する。
強き者が立ち、弱き者が沈む。
それが理というものだ」
悪役らしく不敵な笑みと共に。
私は孤立無援だ。『神』と同じく。
この星において全てを司る『星』や『精霊神』そして『精霊の貴人』に敵う訳もないことは解っている。
いずれ、私と言う存在はリオンの内にまた沈み、表に出てくることはできなくなるだろう。
だが、それでいい。と今は思える。
私にとって、一番大切なのは『創造主』と彼の夢。
私自身は幸せにならなくても構わない。
その為に、今はできるだけのことをしておこう。
機会をくれた『精霊の貴人』には申し訳ないけれど、私にはやはり幸せになるのはむいていないようだ。
あの人の力になれるように種を蒔く。
いつかくるその日まで。
私が消えても、種は芽吹き、育ち花が咲き、何かを変えるかもしれない。
『星』に『神』の思いを伝えるかもしれない。
いつかその花が、あの人の所に届けばそれでいい。
それが『人型精霊』『魔王』のせめてものプライド。
幸せになるのはリオンに任せよう。
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