厨房で、第一王子に見つかった(見つけさせた)私達は彼が促すまま、その後についていくことになった。
「姫君達が先ほど、部屋からいなくなったと聞いて、城中の者達が必死になって探しておりました。一体、どのような手段を使って逃れられたのですかな?」
「『精霊神』様の思し召しです」
「面白いことをおっしゃる。まあ、後でゆっくりと伺います。
魔術師セリーナは、現在、尋問中です。
彼女は盗難の罪を認めておりませんので姫君から事情を聴いて頂きたい」
「さっきもそんなことを言っていましたが、セリーナが一体何の罪を犯したというのですか?」
私達の方に目線を向けず、王子は勝ち誇ったような口調で語り続ける。
因みに私達の周囲には、驚くくらいにたくさんの武装した男達が取り巻いている。
女の子三人なんて、彼らが本気を出したらたちまち潰されてしまいそうだ
「姫君と離れ、厨房に戻った時に、置き忘れてあったシュトルムスルフトの大貴族の財布に手を付けたのです。それを見つけた私の部下が取り押さえ……、調べたところシュトルムスルフトの失われた国宝を隠し持っていて……」
「適当な嘘は止めて下さい。私の仮にも侍女にして信頼のある魔術師がそのような事をすると思っているのですか?」
「ですが実際に、姫君の魔術師が財布を手にし、服の隠しに国宝を……」
「それは、忘れ物を誰かに届けようとしただけではないのですか? セリーナが、その財布とやらを自分の服の隠しに入れたのを見た人がいるとか、それを持ったまま自室に戻ったとか、そういう確かな証拠はあるのですか?」
「……明確な証拠、と言われると困りますな。財布を持っていた、国宝を服の隠しに持っていたそれで十分でしょう?」
「国宝とは何ですか? 私達はまだこの国に来て一週間。そんな国宝を見たこともありません。どうやって見たことも無いものを盗む気になるのです?
シュトルムスルフトはそんなに国宝を簡単に盗まれるような場所に置いているのですか?」
王子と話をしているのは私、ではなくノアールだ。
影武者として、今、この場を仕切ってくれている。ここしばらく皇女としての振る舞いなども勉強してきたし、私の側で私の言動を見ているだけあって、私も私が自分でしゃべっているような気分になる。
ほぼ完璧だ。
「それに、調理実習が終わって、セリーナが消えてまだ二刻にもなっていないのに、いったいどんな尋問をしたというのですか?
主人である私達に黙って!」
「それは……まあ、認めないのなら身体に聞くしかないでしょう?
着きました。……こちらです」
場内をけっこう歩きまわされて、案内されたのは華やかな王城を支え、隠す明らかな裏側。
地下に程近い場所だった。
「どうぞ」
重く黒い扉が開き、私達は中へと促される。
背後からの兵士に押されるように室内へと入れられた。
プンと、据えた酸っぱいような匂いが鼻腔に届く。これだけでもう嫌な予感が止まらない。
中は冷たく、薄灰色の石で閉ざされ窓も無い、暗い部屋だった。
いくつかの蝋燭やカンテラがぶら下がって灯りをともしているが、この部屋の暗さを少しも払拭してはくれない。
固い石壁には鉄の鎖と手錠のようなものがいくつも下がっている。
周囲に染み付いた匂いと赤黒いシミからしてここがどんな場所で何が行われていたかは簡単に想像がつく。
「セリーナ!」
その壁の一か所に蹲る人影を見つけ、私とカマラは駆け寄った。
第一王子は『皇女マリカ』の手首はしっかり握りしめて離さないけれど、私たち二人は好きにさせている。
「ま、マリカ…様? 申し訳……ありません。
何が……なんだか、解らないまま」
「しゃべらないで。……なんて酷いことを」
ボロボロに引き裂かれたドレスは白や赤黒いシミがついて見る影も無い。
手や足には鈍い色合いの痣がそこかしこに。そして……足と足の間には彼女が明らかに男達の傲慢の犠牲になった証拠がはっきりと残っていた。
虚ろな目で私を見上げるセリーナの頭を私はぎゅっっと胸にかき抱いた。
「元々処女では無かったようですが、この汚れた女をご不要というのであれば、シュトルムスルフトが引き取りますのでご安心を」
「不要なわけないでしょう?
これは、明らかな人権侵害です。未成人とはいえアルケディウス王宮に仕える準貴族待遇の皇女の随員にして良い事ですか?」
王子は今の私が皇女とは気づいていないのだろう。侍女の戯言とふんと、鼻を鳴らして答える様子さえも見せない。
「さて、皇女」
「ヒッ!」
手首を掴んでいた『皇女マリカ』の手を引き寄せると、後ろ手に自分の腕の中にがっちりとホールドする。
大柄な男の胸に背を当てて『皇女』は腕の籠に囚われている形だ。
「姫君から、手を放して!」
私やカマラが助けに行こうとしても、側の男達ががっちりと今度は私達の腕を掴む。
「ここに連れてきた以上、これを見せた以上、もう貴女をアルケディウスに返すわけにはいかない。貴女も、侍女達も私の者として、シュトルムスルフトの一員となって頂こう」
「そんな、そんなことが許されるわけが……」
第一王子の腕の中で『皇女』が身じろぎする。
でも、王子はその手を離さない。
「シュトルムスルフトの国法では許可されている。
男性と婚姻した女性は誰であろうと他国の国籍をもっていようとシュトルムスルフトの籍を得て男性の保有になると」
「そんな……アルケディウスや、他国が黙っているとでも?」
「姫君がこちらの手中にあり、この国に属すると決められればアルケディウスも、他国も、大神殿も文句は言えますまい。大神殿からは内々に許可も得ていることでもあるし」
「私が、……どうして貴方達のいう事を聞くと思うのですか?」
「女、というのは、男の下に在ると決められ生まれた者。そう、できているのですよ。心も、身体も……。今、身体に教えて差し上げる」
「ウグッ!」
王子は『皇女』のスカーフを強引に剥ぎ取り、髪を掴むと顔を引き上げ、唇を重ねた。
「ノアール!」
王子は私の言葉など聞いているのかいないのか『皇女』の口腔を思いっきり蹂躙して何かを飲み込ませたようだった。
「……あっ…」
膝が崩れ、抵抗を失い床に臥す『皇女』の身体を王子は楽し気に笑って見下ろしている。
「な、何をしたのですか?」
「これは、マンドレイクの根から取った薬だ。催淫の効果があり、女の心を蕩かす。これを摂取して男に抱かれれば、どんな強情な女も……な、なんだ? これは!!」
意識を失ったことで、能力が切れたのだろう。
皇女から、ノアールへと戻っていく様子に唖然とする王子とそれを見つめる騎士達の手から一瞬力が抜けた。
その隙を逃すわけにはいかない!
「セリーナ、少しだけ我慢してて。カマラ!」
「はい! マリカ様! エル・シュトルム!!」
「なっ!」
カマラが周囲に引き起こした小さな風、それに驚いた男達の手を全力で振りほどいて、私はノアールの側に駆け寄った。
カマラは服の胸ポケットから水の入った小瓶を取り出して、周囲にまき散らす。
「エル・ミュートウム!」
私は必死にノアールの側に駆け寄ると王子に体当たり。
蹴りを入れてよろめかせた。キーン!
「がああっ!」
中央は狙ったけど、ワザとじゃないよ。
王子が呻く、その一瞬にカマラから事前に借りていた水の小瓶、その中身を私もまき散らし、祈りを捧げた。
「お願い、リカチャン、力を貸して」
『了解! エル・ミュートウム 発動』
「な、なんだ。貴様ら!」
騎士の一人がセリーナとカマラの方に吶喊していくけれど、一瞬早く発動した水のシャボン玉は固く、でも柔らかく騎士を弾き飛ばす。
「不老不死を持たないとはいえ、一国の『皇女』に毒を盛り、意識を奪って強姦しようとしたなんて。絶対に許しませんから!」
「お前、まさか……」
怒りと驚愕に震える王子が私達を見つめる中、
バン!!
閉ざされていた扉が蹴り破られるかのような勢いで飛んだ。
「マリカ!」「姫君!!」
「な、マクハーン! 貴様、何故ここに!!」
けれど、応えたのはマクハーン王太子ではなかった。
風が吹き抜ける。
「ガ……ッ、ハッ……」
気が付いた時には問答無用、一撃必殺のパンチが、第一王子の腹にめり込んでいる。
『お前達は……本当に、あれだけ言っても、まだ解らないのか!』
その身に風を纏い、怒りに新緑の瞳を燃やす『精霊神』がそこに立っていた。
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