「姫君は、いつもあのような経験をなさっておいでなのですか?」
私にソレイル様がそんなこえをかけて来たのは帰りの馬車の中だった。
最終的に私達は農園で、五ルーク位の生のオリーヴァの実を頂いてきた。
お金についてはしっかりと払うつもりだったのだけれども
「この実については献上と言う形にさせて下さい」
と農園主のカージュさんは断固として受け取ってくれなかったのだ。
「もし、姫君の知識によってこの実が良い形で活用されることがあれば、その方法を教えて下さい。それで、十分でございます」
「解りました。フリュッスカイトの最後の晩餐会の時までには結果が出るかと思います。
楽しみになさっていて下さい」
「姫君は、いつもあのような経験をなさっておいでなのですか?」
確か、私が見たマンガによれば、生のオリーブ、オリーヴァの実を食べられるようにするには薬品につけて灰汁抜きを約一週間。
それから少しずつ塩分濃度を上げて三~五パーセントくらいに味を調節する。と……ん?
「え? あ、ソレイル様?」
頭の中が塩漬けオリーヴァでいっぱいになっていた私。
カマラがわき腹をつんつんと突いてくれるまで、気が付かなかった。
ハッとして前を見ると瞳に映る。
ソレイル様の真っ直ぐな緑の瞳が。
「いつも、ってどういうことです?」
「さっきのオリーヴァの摘み取りのような、城の中では体験できない事を、です」
「ああ、そういう意味ならそうかもしれないですね。
各国にお邪魔しお仕事をする傍ら、貴重な経験はさせて頂いていると思います」
私は思い返す。
プラーミァでは街中で王子、王子妃同伴で買い物をした。
エルディランドでは森でフィールドワークをして野菜探ししたり、醤油工場を見学したり。
「他にはどんなところに行かれたんですか?」
私が指を折るとなんだかソレイル様、目を輝かせて私を見ている。
「お聞きになりたいんですか?」
「ぜひ!」
自慢話にならないかなあ、と思うのだけれど、聞きたいと望まれるなら話してもいいかな?
同じ年頃の話し相手に飢えてもいたのだろうし
「フリュッスカイトに来る前は大聖都に呼ばれて『聖なる乙女』の舞を奉納して参りました。数日間の間、潔斎と言う名目で閉じ込められて、大変でした。
アーヴェントルクでは、モイルゲンロートスという朝焼けを見て参りました。山全体が朝の光を浴びて輝く様はとても美しく……」
「朝焼け、とは?」
ああ、そこからか、と正直思う。
お城暮らし、外に出るのも両手に足りるくらい、というのなら、日の出日の入りをじっくり見たことも無いのかもしれない。
「朝焼けとは、日が昇る時に太陽が、昼間とは違う不思議な色合いを大地に投げかけることです。アーヴェントルクの切り立った白い岩肌が、薄紫から薄紅に、そして黄金に輝く様は驚くほどに美しいのものでした」
私の話にソレイル様は真剣に、一言も聞き逃すまいという様に耳を傾けて下さっている。
うーん……。
「……もし、よろしければヴェーネに戻るまでの時間つぶしに各国のお話でも致しましょうか?」
「聞きたいです! どうぞよろしくお願いします」
せっかくなので私は今までアルケディウスを含む、各国の思い出深い場所や、経験などを話して聞かせた。
勿論、魔性に襲われたとか、誘拐されかけたなんて話はしないけれど、どの国でも忘れられない風景や、出会いはたくさんあったから。
「……と言う感じで、アーヴェントルクでは農地に恵まれないながらも色々と工夫しておいでなのだな、と思いました」
「花しか育たないから、その花を使った産業を行う。
アーヴェントルクは強かですね」
「今後、花の香り水や、蜂蜜などは需要が高まるでしょうから、目の付け所はとてもいいと思います」
気が付いたら、もうすぐヴェーネと言うくらいまで、話し込んでしまった。
諸国訪問は思い出が多すぎる。
「はあ~、姫君が羨ましいです」
「ソレイル様?」
話の切れ目、嘆息するように呟いたソレイル公。
見れば、言葉通り、眼差しには隠す事のできない羨望が宿っている。
「お仕事とはいえ、各国に招かれその国ならではのモノを見て、余人には叶わぬ経験をされて来られたなんて……。
それに比べて僕は……」
「ソレイル様は、公として見込まれて、勉強をなさっておいでなのでしょう?」
「国務の傍ら、さまざまな研究もしている兄上を助けたいと思ってはいますが、僕がいなくても兄上は次期国王として、確固たる立場を得ておられますから。
公子を目指すのは義務ですが、僕が仮に試練を潜り抜け『公子』の資格を得たとしても、公主になれる訳でもありませんし」
確かにその通りなのだろうな、とは思う。
不老不死社会なので、永遠の王位継承者なのは変わらないけれど、現公主の長男。博識で行動力もある第一公子がいる以上、第四子が君主になれる可能性は……例え資格を得たとしても……無いに等しい。
なら……
「ソレイル様は何かやりたいこと、などは無いのですか?」
「やりたいこと、ですか?」
公子はきょとんと、目を丸くした。
「ええ、ソレイル様がやってみたいこと。
公子を目指す、と言うのは勿論でしょうけれど、騎士になりたいとか商人になってみたいとか、魔術師になりたいとか。
もっと漠然と、知らない国に行ってみたい、でもいいですけれど。
そういう将来の夢、お有りになりませんか?」
「考えたことも……ありませんでした。公子になる。
母上や兄上を支えられる存在に。それ以外の自分なんて……」
ため息が、零れた。
私のものかソレイル様のものか。
きっと両方だ。
公主家に生まれた以上、公子となり国の役に立つ存在になる、以外の選択肢は最初から無かったのかもしれないけれど、ちょっと寂しいと思う。
「失礼な言いぐさであるとは承知ですが、メルクーリオ様という後継者がいる以上、ソレイル様がご自身でおっしゃったとおり、公主になられることは難しいと思います。
なら、ソレイル様にやりたいことがあるのならそれを目指されても、公主様はお許し下さるのではありませんか?」
「僕の……やりたいこと……」
それっきり、ソレイル様は口を閉ざして俯いてしまわれた。
何やら考えに耽っておられる様子。
余計な事、言っちゃったかな?
でも、ちょっと気がかりだったんだもん。
せっかくの若い才能が、飼い殺しにされたら勿体ないなあって。
と、そんな事を考えていたら
ガタン!
馬車が一際大きな音を立てて揺れ、止まった。
もうヴェーネに着いたのか、と思って窓を開けようとしたら
「お止めなさい。下がっていて。
カマラ!」
「畏まりました」
ミーティラ様が私を引き留めた。
と同時カマラが腰を上げて、馬車の窓カーテンをシャッと引く。
二人が外に何やらただならない気配を感じている事に、この時ようやく気付いたのだ。
外から、聞こえて来る声に耳を欹てた。
多分、誰かに馬車を止められて、リオンが誰何している?
「時間は長くは取らぬ。
我らは姫君との謁見をフリュッスカイト公爵として要請する」
「公爵? 兄上?」
「あ、ソレイル様!」
ミーティラ様が止める間もなく、馬車の扉を開けて、ソレイル様が外に飛び出していく。
「何をしておられるんですか! お二人共!」
「ソレイル?」「何故、お前がここに?」
兄上と、
ソレイル様が言った通り、馬車の外にはフリュッスカイトの二人の公爵が明らかな不機嫌を顔に浮かべ、立っていた。
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