『愛しきわが娘。マイアよ。忠心大義である』
鷹揚と声をかける『彼』を前に、呼びかけられたマイアさんは感極まった顔つきをしている。涙を流さんばかりだ。
「ああ、父上。
何年、何百年振りでございましょうか。
こうして直接お会いし、お言葉を賜れますのは」
『お前が大神殿にて、留守を守っていてくれたからこそ、私も安心して星を導く事ができた。礼を言う』
「勿体ないお言葉、ありがとうございます!」
忠心、といった通り、『彼』とマイアさんの関係は親子というより臣下と王と言った感じに思える。
でも、今、一体どうなっているのだろう? とちょっと思う。
リオンの口から紡がれる『神』の言葉は微かなノイズというか、私達とは違う世界から聞こえてくるような重みを宿している。
そう言えば、昔から『精霊神』様達の声はこんなだったのだ。
最近、私は気にならなくなっただけで。
『また、器用な事を……』
「ピュール、じゃなくってアーレリオス様? アレは何をしているんですか?」
ぴょぴょんと、私の肩上に精霊獣ピュールが飛び乗った。
聞こえてくる声はアーレリオス様。
うっすらと、私の身体からアーレリオス様に力が流れていくのが解る。
『神』の結界内である大神殿の中では精霊神様達は上手く力を発揮できないそうだけれど私に直接くっついていれば大丈夫?
なのかな?
『リオンの身体に一時的にレルギディオスの外装を纏っていると思えばいい。
我々が良くお前の身体を借りているのと基本は同じ。ただ、ナノマシンウイルスで作った着ぐるみを着て外見も真似ているだけだ』
「リオンが『神』に乗っ取られることはないですよね?」
『完全に切り離されているから、そう長くは持たない。あの腕輪の中に入っているのは奴の意志、権能、そのコピーに過ぎない。リオンがしっかりと自意識を持っていれば大丈夫の筈だ』
「筈って……」
そんな私とお父さんの会話の間に、リオンの身体を借りた『神』のコピーは跪くマイアさんの前に自分も膝を落とした。
『私は、今、『星』の御許にある。大母神たる『星』と和解し、共に、この星と民をより良い形に導く為に力を尽くすと約束した』
「! では『神の国』への帰還は? もう戻ることはできないのですか?」
眉根を寄せ眦に理には涙さえ見える。
「私は……ずっと、ずっと憧れていたのです。
朧げな記憶の向こうにしかない『神の国』 夜も尽きることない光、この世界には無い華やかな音楽、起きて見る夢の数々、マリカ様が生み出したのと同じかそれ以上の味。
尽きぬ輝きの溢れる星に、いつか戻り立ち、自分もそれに触れるのだと」
少し、もやっとした。
……ラールさんに、確か言ってたよね。彼。
一度冷凍睡眠から目覚めてしまったらもう二度と宙には出られないって。
彼女がここまで『神の国』地球に憧れているのに、もし望みのまま力を取り戻していたとしてもマイアさんは、地球に戻れなかった筈。
その時、どう説明するつもりだったんだろう?
『いや。『神の国』は取り戻す。我々はそう遠くない将来、かつての栄光を取り戻すだろう』
でも、彼は迷いの無い顔で告げる。
「ですが、不老不死を失った今、それが叶うのでしょうか?」
『叶う。いや、不老不死を失ったからこそ、叶うのだ。この星に『神の国』地球の『科学文明』を取り戻すということが』
「この星に……『神の国』を……」
『マリカが齎した食によって人々の生きる力が戻りつつある。
加えて各国が科学に興味を示し学んだことで、科学力も一気に上昇した』
一瞬、まだ地球への帰還を諦めていないのかな、と思ったけれどどうやらそうではないようだと安堵したけれど……
『そう遠くない将来、神殿にフェデリクスも戻り来る。
勇者の転生にして、我が代行の力を授けた息子、リオンもいる。星の娘、マリカと婚姻すれば、その子もまた『神の子』となろう。
彼らはこの星に『神の国』を再生させる。
お前には、その力になって欲しい』
「それは! 私の望んでいた事でもあります!」
ちょーっと、待って。
リオンを『神の息子』と言っちゃうとか、私と結婚して生まれた子が『神の子』とか勝手に決めないで、と思う。
でも淀みない『神』の言葉と、目を輝かせるマイアさんの熱気にちょっと止める隙が無い。
『其方には選ぶ権利を与えよう。
地に降り、星の一員として自由に生きるか、それとも今後も私とその族に仕え星を支える者となるか?』
「であるのなら、私は今後も神殿に残り『神』の一族にお仕えします」
一瞬の逡巡なく彼女は頷き首を垂れた。
彼女のように自分一人ではなかなか動けないけれど、指示を貰ったりやることがあると凄いハマった活躍をする人は少なくない。
それがいいことか、悪い事かはともかく。
ちゃんと使いこなせば便利、基、必要な人でもある。彼女の有能さ、真面目さは十二分に証明されているし。
「我が忠誠、我が命は今もお父様の御為に」
『礼を言う。今後の忠義に期待する。いつか、必ずその労苦に報いよう』
「ありがとうございます。お父様!」
話の区切りがついた所で、光はスーッと、波が引くように腕輪に戻り、リオンは本当に着ぐるみか服を脱いだかのように元のリオンに戻っていた。
「……ったく、だから嫌だったんだ」
目を開くと同時、軽く毒づくリオン。
黒い、露に濡れた黒曜石の瞳。良かった。私達のリオンだ。
「リオン! 戻ってきたの? 意識はあった?」
「意識はあったし見ていた。マリカが精霊神達に力を貸していた時とほぼ同じだと思う。
ただ、一度身体を貸すと用事が済むまでは好き勝手されるから、外堀を埋められたらと思うと気が進まなかった。
思った通り、俺の逃げ場を塞ぎやがったし」
リオンが小さく舌打つ。確かにあそこまで派手にやられると『神の息子』を否定できない。
「まあ……覚悟はしていたけどな。……マイア!」
「は、はい!!」
大きく息を吐きだすと同時、リオンはまだ手を祈りに組み、涙ぐむようなマイアさんを見下ろした。
マイアさんは慌てて、リオンに拝する。『神』にしていたのとほぼ同じ態度で。
リオンの方も今までは神殿の先輩、上司として見て立てていただけど、今は違う。
腕を組み、容赦の見えない表情は完全に上位者としてのモードに入っている。
完全に開き直った、というか腹を据えたみたい。
「お前は本当に自由を望まず『神』に生涯を捧げるのだな?」
「それが私の望みで願いにございますれば」
「なら、命令だ。今後も『神』と『星』の愛し子であるマリカに忠実に仕えろ」
「かしこまりました。この命の全てを『神』とマリカ様とリオン様に」
「俺にはいい。その分の忠をマリカに尽くしてくれ」
なんか、凄いな。リオン。
今まで、滅多に他人に完全な頭上から命令するなんてことしたのを見たこと無かったのに不思議に板についてる。
兄王様とか皇王陛下とかにも勝るとも劣らない王の威厳だ。
ただ本人は、それを望ましいモノとは思っていないようだけれど。
ちょっと表情が苦々しい。
私も少し、嫌だなと思う。
リオンが、私の知るリオンじゃなくなってしまうみたいで。
でもそんな葛藤はおくびにも出さず、マイアさん。
『神の子ども』に上位者としてリオンは再び指示を下す。
「それから、マイア」
「何でございましょうか? リオン様?」
「お前は、他国に有るという他の『神の子ども』がどこの誰か知っているか?」
「基本的には存じません。ほぼ全員、私よりも100年単位で年下でございますので。
私より上の者達は既に一名を除きシュロノスの野に還ったと、フェデリクス様は申しておられました」
その一名は多分、アルケディウスのラールさん。
大神殿から滅多な事で外には出ないマイアさんから情報を得ることは難しいか。『子ども』同士の交流もあんまりないのかな?
と思った次の瞬間、新情報。
「ですが、新年の参賀の時に来た二人に関しては、話をしないまでも、ああ、そこにいるのだな、と感じたことはございます。
『神の子』として形は違えど、務めを果たしているのだと、軽い親近感のようなものを」
「新年の参賀に来た二人?」
この時、私はヒンメルヴェルエクトのマルガレーテ様とオルクスさんかと思った。
でも、続く言葉は、私の想像を超えるもの。
「はい。ヒンメルヴェルエクトとエルディランドの両妃。
彼女達はどちらも私と同じ『神の娘』にございます」
「え? ええええっ!!!」
私が思わず上げてしまった声は、応接室に高らかなラッパのように響いたのだった。
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