私がアルケディウスに通信鏡を開くと皇王陛下が直ぐに応じて下さった。
多分、定時連絡が無いので心配して下さったのかな?
『一体、何があったのだ? マリカ。今日は歓迎の晩餐会だけという話では無かったのか?』
通信鏡を使うには魔術師がいないと無理なので、側にはソレルティア様。
心配かけちゃったかも?
「それが色々、ありまして……。御相談しなければならないことも」
『色々、とは何です? また何かしでかしたのですか?』
「あ、お母様。いらっしゃったんですか?
って、しでかしたは酷い。私、何にも悪いことしていないのに」
『晩餐会が終了しても直ぐに戻らず、深夜の連絡。
何かまた有ったのかと心配するのは当然でしょう?』
『俺もいる。昨日、フェイの出生がどうの、という話があったらしいからな。気になって来てみたのだが、また騒動があったようだな』
「お父様も。心配をおかけしたのならすみません」
また、という所に私に対する信頼度の低さが現れる。
まあ、何かあったのはその通りなのだけれど。
「シュトルムスルフトから、儀式の要請を受けました。明日です」
『それは早いな。国王陛下は神殿よりであまり『精霊神』への敬意は少ない、と感じていたのだが』
「あ、精霊神復活の儀式では無いんです。
なんだかシュトルムスルフト独特の儀式のようで。オアシスを作りたいのだそうです」
『オアシス? そんなもの人が作ろうと思って作れるものではないだろう?』
「私もそう思うのですけれど、シュトルムスルフトの話を聞くにできるっぽいんですよね。
ただ、その為には『聖なる乙女』が血を捧げる必要があるとかなんとか」
『『『『血?』』』』
あ、鏡の向こうで四つ目の声が重なった。ソレルティア様かな?
まあ、驚いて当然だ。
血を使った儀式なんてどう考えても穏やかじゃない。
「シュトルムスルフトの国王陛下がおっしゃるには『聖なる乙女』が祈りと共に血を捧げると砂漠にオアシスが生まれる、のだそうです。よく解りませんが」
私はさっきの国王陛下との会話を思い出しながらなるべく丁寧に説明した。
「シュトルムスルフトは『精霊神の復活』はあんまり望んでいないっぽいです。
アレですかね。悪い事をした子どもが親に叱られるのを怖がる感じ?」
復活したらまた怒りをかって、罰を下されるかもと怯えていた。
でも、精霊の恵みは欲しいって我儘だよなあ、とちょっと思う。
『それで、貴女はその怪しい儀式を引き受けたのですか?』
「引き受けました。引き受けないと城で働いている女性達を全員首にするとか言い出したので頭にきて」
『なぜ、その流れで引き受ける話になる? 脅迫を受けたのであるのなら断るのが当然であろう? まして何の関係も無い他国の女の為に其方がそのような事をしなければならない!』
「だって、私が断ったら何十人もの女性が路頭に迷うんです。
勿論、今後脅迫なんか許さない。同じことをしたら、契約破棄して帰るしシュトルムスルフトの悪事を世界中に言いふらすって脅しはきっちりかけておきましたけど」
『当然です。血を使う、ということは身体に傷をつける、という事でしょう?
シュトルムスルフトもなんということを他国の皇女に要求するのか。これは厳重抗議するべき案件ですよ』
「私もそう思ったのですが、シュトルムスルフトの儀式というのがどういうものなのか。
本当に『聖なる乙女』の血と祈りとやらでオアシスが生まれるのか?
少し興味が湧いたのでやってみようと……」
『止めろ』
「お父様?」
深く、重いお父様の声が耳に響いた。
私の説明を聞いて、シュトルムスルフトのやり様に皇王陛下もお母様も怒っていたけれど、お二人を押しのけて鏡の前に出てきたお父様の表情はその比じゃない。
明らかに憤怒の表情。声が静かなだけに圧がすさまじい。
『女子どもの血を使ってやる儀式なんて、どう考えてもまっとうな話じゃない。
断れ。そして帰ってこい。
契約違反とか言われたら俺が全部対応してやってもいい』
「リオンと同じような事をおっしゃるんですね。さっき、リオンも今からでも断れないか? 危険すぎるって言ってましたけど」
会談の後、リオンはかなり真剣な顔で私の無茶を諫め、そう言ってきた。
「ただ、まあ、私も興味がありまして。
『聖なる乙女』の血と祈りでオアシスができる、なんてシュトルムスルフトも根拠なしに言っているわけでは無いでしょうし、やってみたら何か起きるのかなって?
私はシュトルムスルフトの『聖なる乙女』じゃないから何も起きないかもしれないですけど」
『何かが起きたらどうする?』
「え?」
『奴らの思い通り、もしくはそれ以上の何かが起きたらどうする、と言ってるんだ。
お前の血を使って本当にオアシスが生えたとしたら、奴らはお前を手放さないぞ』
「それは……。でも私を捕らえて独り占め、なんてどこの国も許さないかなあって。
アルケディウスだって厳重抗議して取り戻してくれますよね」
『当然だ。だが、お前が人質になっていたら助けようにも助けられまい?』
「その点は心配していないんです。こっちにはリオンもいるし、フェイもいるし頼りになる護衛達もいるしそれに、『精霊神』様もいますから」
自分の身を囮にする割と危ない作戦だと解ってはいる。
ただ、自分の身に危険は起きないと信じてもいるから決断したというのもあるのだ。
みんな、私を助けてくれると信じているから。
「私、右頬を叩かれたら左も出す、なんて殊勝な性格はしてないんです。
右頬を叩かれたら、逆に相手を蹴り飛ばして往復ビンタします。
相手の手の内に乗ったふりをしてシュトルムスルフトの極秘情報、フェイのお母さんかもしれない人の話をしっかりがっちり、集めて来るつもりです」
「マリカ……」
「他にもオアシスが本当にできれば助かる人もいるかな、とか。
シュトルムスルフトに貸しを作ってこの国独自の食材ゲットしたいな、とかもあります。
あと、個人的に『精霊に見捨てられた国』なんて自嘲する国を、助けてあげたいなとも思ってはいるんです」
せっかく来たのに料理や『新しい味』を教えるだけで、この国の人達が幸せになれなかったら意味がない。物を食べる幸せや、生きる喜びを貴族やお偉いさんや、この国で言うなら男性だけのものにしたくはない。
皆が笑顔になれるお手伝いが、私はしたいのだ。
「十分に注意します。リオンやフェイの指示も守り『精霊神』様達にも相談し、お力をお貸りします。だから、やらせて下さい」
お願いします。
私はそう深く頭を下げた。
しばらくの沈黙の後、諦めたようなため息が聞こえてくる。いくつも。
鏡の向こうからも、こちらからも。
『まったく、其方という娘は、どうしてそうも都合の良い性格をしておるのだ?』
「都合がいい? 誰にですか?」
「いや、気にするな。単なる愚痴だ。
『精霊神』様。どうか、我らが娘をよろしくお願いいたします」
『いいよ。任された。僕も、ちょっと腹に据えかねたし』
「わ、ラス様!」
気が付けば、どこから出てきたのか、いつからいたのか。
私の肩の上にぴょっこり、ぬくぬくの灰色短耳兎。アルケディウスの精霊獣がいる。いや、今の返事からすると『精霊神』ラス様だ。
『リオスもいつまでも拗ねてないで。これも僕達の仕事だよ』
『解っている。怠惰の責任はとらぬわけにはいかぬだろう』
「アーレリオス様も? 怠惰の責任?」
拗ねた、というかむくれたというか?
本当に白い精霊獣、プラーミァの『精霊神』アーレリオス様は顔を鏡に向けないまま、私の反対肩に乗っている。
でも、協力して下さるつもりなのは間違いないようだ。
『皆と連携し『精霊神』様方の指示を仰ぎ、十分に注意をして儀式に臨むこと。
それを条件として、シュトルムスルフトの要請を受けることを許可する』
『気を付けて、本当に気を付けるのですよ』
「はい。皇王陛下。お母様。そして……お父様」
お父様も拗ねているのかな?
ここから顔も見えないし声も聞こえない。
でも
「ありがとうございます。精一杯注意して頑張ります。
そして、がっちりしっかり、シュトルムスルフトに貸しを作ってきますから」
「貸しよりも何よりも、其方の安全。それを一番に考えろ。良いな」
「はい。皇王陛下。心して」
私の声はきっと聞こえただろうと思う。
通信鏡が消える直前、一瞬、皇王陛下の後ろからこちらに向けていや、多分、リオンに向けて指を動かしたのが見えたから。
人差し指と中指を重ねて、前に向かって切る。
何かのサインかな?
一方、私の後ろにいたリオンは頷き返した気配。
「何か、お父様言ってたの?」
通信鏡が消えてから、私はリオンに聞いてみた。
「こっちは任せろ。そっちは頼む。って伝えてきただけだ。
あいつは俺達の事を本当に心配してくれているし、信じてくれている。裏切ることはできないぞ」
「うん」
相談が終わった頃にはもう夜の刻も終わり。
運命の儀式の時間まで、後数刻しかない。
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