精霊金貨。
精霊国と言われたエルトゥリアの単一貨幣であるという。
「あんまり使われてはいなかったけどな。
エルトゥリアは租税も現物支給でやってたとこが多いし、だいたいが物々交換できてたし。
俺は恥ずかしい話だけど、街に出れば欲しいものは大体、分けて貰えた。
だから、俺は外に出るまで生きていくのにお金が必要、なんて事を思いもしなかったし、知らなかったんだ」
リオンはそう言っていた。
エルトゥリア内だけで使われていたから、外では貴重品扱いされてたのかな、と思う。
私は宝物庫の袋にいくつも、100枚以上残っていたからそんなに価値があるとも思っていなかったけれど、美術品として、そして精霊の祝福と恵みを得た品としてカレドナイトと同様に精霊術の媒介にされることもあるとか。
下手したら金貨50枚以上、もっとの値がつく事もあると聞いてびっくりしたものだ。
皇王陛下から、ビール給仕と説明のご褒美に賜ったこの金貨、表面には小さな紫の宝石が填まっていて、くるり、裏返すと女王陛下の彫像が刻んである。
王国の貨幣にはよくある話だ。
「これ、精霊の貴人、かな?」
精霊の貴人。前世の私。
リオンの育ての親で、精霊国エルトゥリアの最後の女王。
精霊の貴人と精霊の獣は『星』によって生み出された代行者で精霊を司り、守る者、だとエルフィリーネは言っていた。
一対のような存在だと私は認識していたけれど、リオンの話から察するにまるっと二十歳は歳が離れていたような感じで、彼女からずっと『母でも姉でもない』けれど『たった一人の家族』として深い愛情を受けていたらしい。
リオンが国を出たのは一四歳の終わり。神の陰謀で殺されたのが十六歳になって直ぐ。
そしてリオンが旅していた時、長く。十年以上も世界は闇に覆われ魔性が溢れていたと聞く。
その間精霊国エルトゥリアは鎖国して、国を閉ざしていた。とも。
だから私は『世界の暗黒』と『エルトゥリア女王 マリカの即位と鎖国』は長くても二十年くらいのことなのだろうな。
とぼんやり思っていた。金貨の使用期間もほぼ同じくらい、と。
でも…
皇王陛下と皇王妃様の言葉が頭に蘇ってくる。
『我らにとってこの方は憧れであった。幼いころからの…』
不老不死発生時、五十代後半、下手したら六十代のお二人の子ども時代から精霊金貨はあり、その当時にも女王が治めていた。
鎖国はもしかしたらされていたかもしれないけれど、アルケディウスには子どもの皇族貴族が女王に憧れを抱く程度に国交があった…。
女王の在位は下手したら五十年以上?
じゃあ、享年はいくつだったのか? リオンが生まれる前は精霊の貴人は一人で国を治めていたのか?
「あー、もうわけわかんない!」
色々とつじつまが合わなくて混乱する。
何せ五百年以上前のこと、だ。
『どうでもいい日常に埋もれて、特別に胸に刻んだこと以外はもう、殆ど思い出せませんね』
と以前ガルフは言っていた。
それは理解できる。
下手したら一昨日の夕食の事だって忘れるのが人間だ。
一年前の事、十年前の事と積み重なっていく日常の中、五百年も前の事、となればよっぽどのことでもない限り忘れてしまうだろう。
転生を繰り返しても、記憶を持ち続けているリオンと、五百年の間、信念で友を待ち続けたライオット皇子は例外中の例外だ。
五百年前の世界情勢、エルトゥリアの様子、そして何があり、どんな時系列で世界が進んで神の支配する不老不死に帰結したのか。
全てを知るであろう精霊達は『言えない』『言う権利がない』と口を閉ざす。
結果、私達には知る術がない。
「うーん、今は考えても仕方ないな」
私は賜った精霊金貨を大事に箱の中にしまう。
ガルフは私があげた契約の精霊金貨を大事にペンダントにしているらしいけれど、私が身に付けていたら泥棒の餌食だ。
島の精霊金貨と混ざっても困る。
「後で、エルフィリーネと話しよう」
今は、やるべきことがたくさんある。
悩むのは、深く考えるのは後でいい。
そっと箱に蓋をすると、私は部屋を出て、朝ごはんの準備に向かう事にした。
火の一月が終わり、二月に入ると夏の暑さも終盤を迎える。
魔王城の島の小麦の収穫はもう少し先だけれど、果物、野菜はピークなので毎日収穫に忙しい日々だ。
今週は麦酒関係でバタバタしていたけれど、昨日王宮の宴会も終わり、一区切りついた。
だから、ガルフの慰労とゲシュマック商会立ち上げの打ち合わせ兼、お祝い兼遊びでガルフ、リードさん、ラールさんと一緒に島に来ている。
さっきまで私は城にいたのだけれど用事があって降りて来たのだ。
城下町の館に泊まる三人の所に。
朝食を終えたついさっき。
「そっちがパータト、こっちがエナ。サーシュラも集められるだけは集めておいたよ」
「グレシュールと、ピアン。サフィーレも倉庫にいっぱい~。
マリカ姉。ジャム作って!」
保冷倉庫に山のように積まれた収穫物。
留守番農作業組を纏めてくれていたシュウとヨハンが胸を張る。
「凄い! 頑張ってくれたね。ありがとう!」
私は二人を、一緒にぎゅうと腕の中に抱きしめた。
あ、勿論他の子にも一人ずつ。ぎゅう、ってね。
「これで美味しいもの、またいっぱい作れるね。ご褒美は何がいい?」
美味しい料理とか、甘いもの、という返事を期待しての質問だったのだけれど、皆の返事は斜め上だった。
「キレイなマリカ姉!」「マリカ姉のお姫さま」
「はい?」
キラキラに目を輝かせる子ども達に私は首を傾げる。
意味がよくわけわかめ?
「アルが朝、皆に自慢していたようですよ。
王宮の給仕に行った時のマリカの服を。それが見たいと、言っているんです」
眼を瞬かせていた私にくすくすと含み笑いながらフェイが解説してくれた。
そう言えば、最初に作って貰った服も、皆に見せたら喜んでもらえたっけ。
でも~。
「あの礼装着て料理や家事はできないよ? 向こうの家に置いてきちゃったし」
「じゃあ、おりょーりあとでいーから」
「まってるからとってきて!」
「マリカ姉。お姫さまして、お姫さま!」
これは聞いてくれそうにないな。と諦める。
「そういうわけなので、ラールさん。料理の方は任せていいでしょうか?
私、一度家に戻って服、取ってきます」
「了解。君はおチビさん達のリクエストに応えておいで。
僕ももう一度見たいし」
「ラールさんまで」
膨れっ面の私を見るラールさんの目は楽し気に揺れている。
パスタの仕込みをするその手は止まらないけれど。
「ガルフとリードさんは?」
「えっと…ギル君とジョイ君? 彼らと一緒に森の探索に出かけられたよ。
なんだかまだ面白いものがありそうだ、ってね」
ラールさんが目で指示した机の上。リードさんがギルに託し、ギルがいっぱいに書き留めた植物の絵には、丹誠な字で
『アヴェンドラ』『チリエージア』
などと書き込みと説明が描いてある。
この文字は多分、リードさんの手だ。
「あ、アーモンドとサクランボ。
こっちではそう呼ぶのか」
パータト、エナ、シャロにキャロ、サーシュラ、サフィーレ、ピアン、グレシュール。
ローマリア、セージ、ミンス、チスノーク。
正確で、丁寧。ちょっとした植物図鑑のようだ。
「ん? 新しいページもある」
それを探しに行ったのかもしれないなと私は捲ってみる。
生前は町育ちだったから、野菜が直接育っているところなどはあまり見る機会がなかったけれど。
「あ、これそら豆? あと、カブかな?」
特徴的な外見を持つ野菜はなんとか解りそうなものもある。
でも、この絵、本当に上手だ…。
うーん、これはやっぱり…。
「…早く行ってこなくていいのかい?」
「あ、そうですね。行ってきます」
ページをめくるのに夢中になっていた私は、一度紙束を置いて、転移門へと走って行った。
子ども達のリクエストに応えるべく。
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