子ども達がお昼寝から起きた後、私はみんなと一緒に果物狩りをすることにした。
今は夏。
豊かな魔王城の森では果物がよく実っている。
リンゴによく似たサフィーレはまだ完熟にはもう少しかな、だけれど、みんなが大好きなピアンの実がそこかしこで甘い香りを漂わせている。
ラズベリーにそのもののグレシュール。
さくらんぼそっくりのチリエージア。
酸味の強いプルーム。
この時期にたくさん集めて一年中使えるようにジャムや、干し果物にしておくのが毎年恒例の魔王城のお仕事だ。
「でも、せっかくの旬の果物だもの。生を生かしたいよね~」
「シュン? ってなあに?」
「その果物が一番たくさん実って、おいしい季節のこと」
私の横でピアンを拾うギルにそう応える。
魔王城の森のピアンの木は、向こうの果樹園とは違って手入れのされていない木なので手の届かない高いところに実がなることも多い。
そういう所の実は以前はリオンが、今はリュウとジャックが木に登って落としてくれる。
私達、体が大きい者が上るより小柄で身軽な二人に任せたほうが安全だと解ってからは、ほぼ任せている。
もちろん、落ちた時にフォローしてくれる精霊獣オルドクスがいてくれてこそ、だけどね。
二人はリオンにきっちり正しい木登りの仕方を教えられているので、無理なところには登らないしちゃんと注意して登り、降りてくる。
最初の最初、無理をして木登りをしてリオンに怪我を負わせてしまったアーサーの教訓が今もちゃんと生きているようだ。
まあ、これを言うとアーサー泣いちゃうんだけどね。
背負いかごいっぱいに採れたピアンの実。
で思い出すのは向こうの世界でのこと。
私は都会育ちだけれど、母の親戚が桃の産地に住んでいて、毎年新鮮な桃を送ってくれた。
その伝手で桃狩りをしたことも何度か。
生の完熟桃を採りたて0秒で齧るとジューシーさが違う。
「うわあっ、口の中が果汁でいっぱいに……」
魔王城に連れてきたカマラは最初に採れたてピアンを齧らせたとき、それ以上しゃべれなくなっていた。
「皮にも栄養があるし、皮と身の間が甘いからね。できれば剥かないでそのまま食べたほうが美味しいよ」
桃狩りの時、農家の人は教えてくれた。
水で濡らしたタオルでよく表面を拭いて産毛をとってから齧りつくのは確かに格別の味だった。
手のひらに滴る濃厚な果汁。
薄紅色の皮と滑らかな薄白色の実に歯を立てれば、口の中が汁気で溢れる。
実の表面がテラテラと果汁に濡れて煌めいているいるようだ。
ほんの一口なのに、なぜこんなにって驚くくらいにジューシー。
それから桃の甘さが口いっぱいに広がる。
さわやかで、透明感があって、しつこくない。
いつまでも口の中に残らず潔く消えていく深い甘さにうっとりする。
皮と一緒に食べると微かな酸味と独特な後味が口の中に残るけれど、それが甘さを引き立てて飽きさせないというのもあるようだ。
最初に皮ごと食べて、その後、皮を剥いて食べると女性でも生で三個は食べられる。
スッキリとした甘さは間違いなく癖になる。実際私も癖になった。
まあ、正直に言えば、果樹園で冷やさずに食べて美味しいのは三個位までで、あとは冷やして食べたりしたほうが美味しいと思うけれど。
ピアンの外見は桃そっくり、味わいは桃と梨を合わせたような感じで少しさっくりとした触感がある。でも溢れる果汁とか、さっぱりとした甘さは桃みを強く感じる。
ほぼほぼ白桃だと理解して同じ使い方をしているのだ。
また暫く留守にしちゃうからせめて美味しいものを作ってあげたいと思う。
でも、あんまり時間はかけられないんだよね。
明日の朝には帰らないといけないから。
うむ、ここはやはり、果物王国育ちの母直伝のメニューでいきましょう。
コンポート、ジャム、シャーベット、スムージーとかはすでにやっているから、アレとアレで。
「カマラ。家の厨房貸してくれる?」
「はい。それはもちろん構いませんが、魔王城の方が設備が整っているのでは?」
「こっちの方が小回りが利くし、みんなを驚かせたいから。
その代わり、カマラに一番先に味見してもらうから」
私はそうお願いしてピアンのデザート作りに入った。
新鮮な桃、じゃなくってピアンでお料理。
魔王城の初期と違って砂糖も、ミルクも色々使える。
腕が鳴るなあ。
まあ、そんな難しい料理じゃないけれどね。
「皆様、今日のデザートはマリカ様のスペシャルですわよ」
魔王城の夕食を終え、一息ついた子ども達。
仕事から戻ってきたリオン達も目を輝かせる。
甘党のフェイなんかはもう、期待いっぱい、胸いっぱいって感じだ。
「はい。旬のピアン氷。練乳仕立てだよ」
「ピアン氷?」
一人一人、小さな器に盛って出したのは皮ごと凍らせたピアンを薄切りにしたもの。
ギリギリまで器ごと冷やしておいたから、まだシャリシャリしてる。
向こうの世界の果樹園で出たメニューだけれどこれは、私のギフトで作った特別製。
かき氷機がないので薄切りを自分でやったから。
桃のスムージーと合わせて、私の向こうの世界でのお気に入りだった。
「うわあ、冷たくて甘い!」「口の中に入れるとふわってピアンになるよ」
魔王城は贅沢に氷室が使えるからアイスやスムージーはよく作ったけれど、果実をそのまま凍らせたのはやってなかったと思う。
汗ばむこの季節にはピッタリだと自画自賛。
「果物そのものを凍らせただけあって、果物の味が濃いですね。正しくピアン氷」
「でも。なんだか濃くて甘いのが効いてて、冷たくて、ただピアン食べるより旨いと思う」
練乳はミルクに砂糖を混ぜて煮詰めたもの。以外に簡単に手作りできる。
桃は凍らせると甘みが少し薄くなるのだけれど、それを練乳が補ってくれる感じだ。
アイスと混ぜたりしても美味しい。
「こっちの付け合わせは焼き菓子だな。
パウンドケーキ? いや、ちょっと違うか」
「パウンドケーキと似た感じの焼き菓子だけどね。アーモンド、じゃなかったアヴェンドラの粉と生のピアンを入れてしっとりした感じにしてあるの」
コンポートにしたピアンはこの世界の甘味の定番で昔からあったらしく、パウンドケーキを知らせてからは果物や、ミクル、オランジュなど色々混ぜ込んでいる人もいるけれど。
それもとっても美味しいけれど、アーモンドプードル入りの生地は濃厚さが違う。
しっとり味わい深い感じになるのだ。それにさわやかなピアンの甘さがよく合う。
作り方もそんなに難しくないし。
パウンドケーキが作れれば、多分失敗なくできる。
「マリカ姉。これの作り方、教えて?」
「いいよ。やってみる?」
最近、料理に興味を持ちだしたジョイが私を仰ぎ見る。
「あ、私も知りたい、やってみたい!」
「私も教えて頂けますか? マリカ様がお留守の間に作ってあげたいのです」
エリセやティーナも興味を持ったのようなので、夜だけどその後は楽しいクッキングパーティになった。
流石に、真夜中にそれ以上、甘いものを食べさせるわけにはいかなかったけど。
「これは、明日おやつに食べてね」
夜の甘いものは控えめに。
作ったケーキは空気にさらさない様にしておけば、数日はしっとり美味しいし。
その代わり、翌日朝。
向こうに帰る前、皆の朝食に最後のスペシャルメニューを用意した。
「マリカ姉? これは?」
「ピアンのトースト。美味しいよ」
子ども達が起きて来たのに合わせてこんがり焼き上げたトーストに薄切りにして冷やしておいたピアンをたっぷり乗せて練乳をたら~り。
朝だから、ちょっとサービス。
朝の果物は身体を元気にしてくれるし、甘いものは頭を活性化してくれるんだよ。
「うわあっ、ホントに美味しい!」
「カリカリのパンと、ピアンがすごくあう!」
魔王城の子ども達は舌が肥えているけど、喜んでもらえたみたいだ。
生の桃がある時はよく向こうでもやっていた。
何より簡単だしね。パンを焼いて桃を乗せるだけ。
「また、二週間位、出かけるけどこれ食べて、待っててね」
あ、しまった。
せっかく皆で、ワイワイと美味しいもの食べていたのに暗い空気になっちゃった。
「……マリカ姉が帰ってくるころにはピアン終わっちゃうよ……」
「その時は、ジャムやコンポート、また作って食べよ。
今度はサフィーレも美味しくなるし、ミクルやマーロも実るよ」
「……うん。戻ってきたら、美味しいのまた、一緒に作って食べよう」
「約束」
目元を擦るヨハンと指切りして、私は『約束』する。
元気に戻ってきて、また、皆と一緒に美味しいものを食べるんだ!
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