【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 兄王の思惑

公開日時: 2021年9月20日(月) 10:20
文字数:4,279

 新鮮で瑞々しい南国フルーツの芳香は王宮の厨房に一気に輝かしい南の空気を纏わせる。


「生まれて初めて見た。

 これがプラーミァ国の果実、か。香り高く鮮烈だな」


 皇家の料理を司る料理人、ザーフトラク様が言うのだから、本当に珍しいものなのだろう。

 私だって近代日本に生まれなければ、南国で実物を食べるなんて無かったと思うし。


「僕は、皇子妃様の所に届いたお土産をご相伴に預かったことがあるよ。

 でも料理に使った事は無いなあ」

 とは、第三皇子家の料理人カルネさん。



 今日の夜の晩餐会は少人数、しかも特別なお客なので、少数精鋭でザーフトラク様の助手を私とカルネさんが勤めて行う事になったのだ。


「家族水入らずで」


 という兄王様のご要望で、給仕の人数も最小限。

 それぞれの給仕は毒見を兼ねて側近が行う。

 皇王陛下の給仕は、ザーフトラク様。皇王妃様の給仕はカルネさん。

 私はお酒を注いだり、全体的なお手伝いだ。

 護衛騎士も、連れて来なかった兄王様に合わせて、皇王陛下達も入れない。


 

 …多分、皇王陛下達も解っておいでなのだ。

 兄王様が、この宴会で何か言いたいことがあるのだということを…。




「味わいも独特です。お味見なさいますか?」


 味を知らないと調理はできない。

 私は果物の一つを手に取ると、端を少し切り落として皮を剥いた。

 どうやらどの果物も、向こうの世界のそれと性質は変わらないっぽい。


「こちらの黄色くて、柔らかいものがナバナ。生食に向いています。

 こっちの暁色が美しい果物がヴェリココ。これも完熟しているので生食がいいと思います。

 黄色いキトロンはオランジュと似ていますが、酸味がさらに強いので果汁を料理の風味づけなどに使うのが最適です。

 メローネ、アナナス、キーニャも加工しても素晴らしいですが、これだけ完熟した甘みの強いモノだと、少しもったいないですね」


「…凄いな。

 本当にどれも味わいが強く、鮮やかで、南の国そのもののような味だ」

「完熟しているね。王様が最高の味わいになるように計算して運んできたようだ」


 味見用の果物を噛みしめるお二人の顔には驚嘆の表情が浮かぶ。

 私も少し食べさせてもらったけれども、眩しい、向こうの世界とほぼ同じトロピカルフルーツだ。

 バナナのねっとりした甘さ、マンゴーの蕩けるような滋味。レモンの目が覚めるような酸味。

 メローネはそのものメロン。果肉が緑で向こうの世界のマスクメロンか、プリンスメロンという感じだ。

 パイナップルそっくりのアナナスはやっぱり皮が硬かったけれども、ギフトでこっそりズルをしながら切り落とすと果汁が、カッティングボードの上に溢れる程瑞々しかった。

 キーニャはやっぱりキウイ。

 緑で甘みと酸味が強い。後に残る種の食感と不思議な渋みもキウイそのものだ。

  

「ザーフトラク様。依頼された材料は持って参りました。

 ですが、第三皇子妃様とプラーミァ国王陛下のご要望なので、いくつかメニューをこれらの果物を使ったものに変更してもよろしいでしょうか?」


 昨夜、晩餐会に向けての材料の確保と献立の相談、ということで私は王宮から依頼を受けてザーフトラク様とメニューを立てた。

 親交国の国王を迎える宴席。


「皇王陛下からは麦酒、新しい味を含むこの国の今できる最高のもてなしを、というご指示を頂いている。

 其方ならどうする?」


 そう、問われて新しい料理法込み、加えて妊娠中のティラトリーツェ様の体調に配慮したものをと意見を出させて貰ったのだ。

 

「これだけ、強烈な個性を持つ果実だと料理に使うのも難しかろう?

 どう使う?」


 トロピカルフルーツを始めて見るザーフトラク様、料理に使った事は無いというカルネさんが試す様な眼差しで私を見る。


「前菜は生ハムメロン、じゃなかったメローネ、サラダはキーニャと茹でホタテ、甘酢蕪のおろし合えにします。

 スープ、パスタとメインのフライ、ハンバーグは予定通りに。

 デザートはパンケーキを変更して、ヴェリココとヨーグルトアイスを使ってパフェを作る予定です。

 それほど難しくないので、私一人でも大丈夫かと」

「では、任せよう。だが、盛り付けの時は見せて教えるように。

 カルネは私とメイン回りだ。特にフライは宴席で披露するのは初めてになる。失敗は許されないぞ」

「はい」


 真剣に料理に向かうお二人にメインはお任せして、私は自分が預かる料理を丁寧に作る。

 難しい手順はそんなに無いけれど、丁寧に、慎重に。

 遠い南の国から、妹思いのお兄さんが一生懸命運んでくれた品物を、大切に無駄にしないように…。




 そして夜。

 王宮の晩餐会が始まった。

 主催は皇王陛下ご夫妻。来賓はプラーミァ国王陛下。

 後は第三皇子のご夫婦だけの内輪だけの小さな宴。

 そもそも国王陛下


『護衛や余計な人員は要らん。

 相手を警戒させるし、動き辛い』

 と、片手に収まる程度のお付き以外連れて来なかったのだ。

 

 この宴席にも同伴しているのは給仕役と思われる側仕え兼、護衛士一人だけ。

 ティラトリーツェ様にとっての多分、ミーティラ様ポジションなのだろう。



「ほう! これが噂に聞くアルケディウスの『新しい食』か」


 幸いな事に、兄王様も前菜、いや食前酒のビールから目を丸くして楽しんで下さっている様子。

 略式ではあるがアルケディウスとは違う南国風の民族衣裳を身にまとい、凛々しくもカッコいい。流石王様。


「皇王陛下。この酒は? 葡萄酒以外にも酒というのは造れるものだったのか?」

「不老不死以前には、確かにそのようなものがあったのです。

 これは500年の長きに渡りその製法を守り続けていた一族が作った麦酒 ビールと申す」

「いや、素晴らしい。こののど越し、キレ。私は大聖都の葡萄酒より気に入った」


 あっという間に飲み干し、もっとと言わんばかりの兄をティラトリーツェ様が窘める。


「まだ、食事は始まったばかりです。

 マリカ達がせっかくプラーミァの果実で工夫してくれた料理も楽しんで下さいませ」

「うむ、すまぬな。失礼をした」


 その言葉通り、兄王様は出される料理を全力で堪能してくれる。


「これは、メローネに何を乗せているのだ?」

「生ハム、という塩漬けにした肉を乗せています」

「メローネの甘さと爽やかさが、肉のおかげでさらに引き立ちますね」

「面白い。甘さと塩気、正反対のものがケンカするどころか引き立つとは」


 皇王陛下や皇王妃様もお気に召したようだ。

 向こうの世界でもパーティの定番というくらいの人気メニューだもんね。


 キウイは甘酢で漬けた蕪おろしと茹でホタテを合えた。風味付けは柚子胡椒ならぬレモン胡椒で。

 酸味でさっぱりと食べられる。

 天然酵母のクロワッサン、野菜たっぷりのスープ。エナソースのパスタ。

 メインその1は 本邦初公開の牡蠣…ユイットルのフライだ。

「北の海、トランスヴァール伯爵領 ビエイリークから朝上がったばかりの新鮮なものです。

 ウスターソース、タルタルソースのどちらかをどうぞ。キトロンを絞るだけでもさっぱりと美味しいですが」


 まだまだ希少なナーハの食油なので大人数用の調理には向かないけれど、今回位なら行ける筈。

 フライはありとあらゆるものを美味しくする料理法。


「こ、これは何なのだ?」

「海の中にいる貝という生き物です。貝そのものはプラーミァの海にもいませんか?」

「貝というのは固い殻を纏って海の底にいる生き物だろう? いろいろといる事はいるが食べる習慣は無い」

 

 得体のしれない食材と、引いていた王様も妹が平然と食べる様子を見れば、警戒よりも興味が勝る。

 タルタルソースをたっぷりとつけて、一口に口に含んだ。

 サクッ。

 軽い、乾いた舌触りの後に口の中に流れ込むような濃厚な味わいに大きく目を見開いた。

 

「貝というのはこれほどまでに美味なものだったのか?」

「全ての貝が同じ味わいではありませんが、サラダの中に入っていたものも、貝の仲間です」


 南国だとシャコ貝とかが美味しそう。

 あと、エビとか採れたりしないかな?


 メインは定番のハンバーグinチーズ。


 そしてデザートはこの場でしか食べられないアシェット。

 マンゴーパフェを作った…。

 まあもどきだけど。


 マンゴーソースと、パンケーキを小さく切ったもの、生クリームとヨーグルトアイスを口広のグラスに重ねて、一番上にバナナと飾り切りにしたマンゴー、それからミントの葉を添えた。

 イメージは向こうの世界のコンビニスイーツ。

 こっちで最高のマンゴーを扱って食べられる機会なんて滅多にないから頑張った。


「これは…素晴らしいわね」

「美しく、冷たく、甘く…。ヴェリココは美味な果実ではあるが、まさかここまでの品になるとは」

「今まで幾度か氷菓は頂く機会がありましたが、果物とこのように組み合わせるとなお素晴らしい逸品となるのですね」

「見事だ」

「これはペアンや他の果物でも作れるのではないか?」


 お客様の評判も上々。

 良かった。

 一安心だ。




「さて、困ったことになったものだ」

「?」


 無事、宴が終わり、食器も片付けられ、何も無くなったテーブルは、飾り兼、談笑のつまみにと用意したフルーツ盛りだけになった。

 余分なものが無いだけにそれぞれの様子をはっきりと知らせる。

 独り言のように、でも、ハッキリとした声でそう顎を撫でたプラーミァ国王陛下の声を、場にいた全員が、だから聞く事が出来た。


「困った、とは?

 何か、今日の席に不具合でもありましたかな? ベフェルディルング殿?」


 宴席の賓客。

 場の最上位者の一人のからの発言は原則として、下位の者から上位者への発言が禁じられているアルケディウスのしきたりで言えば、他の者は問いただすことができない。

 だからだろう。

 この席の最上位者。皇王陛下は、庇う様にそう問いかけてくれた。


「いや、違います。皇王陛下。

 アルケディウスの真心と誠実の伝わる、素晴らしき宴でありました。

 殆ど扱ったことも無かろう異国の食材を、大切に取り入れ新しき、素晴らしい味を作り出す。

 食材でさえ、こうなのです。

 ティラトリーツェがこの国で愛され、大切にされているのはよく解る。

 兄として感謝の念に堪えぬ程に」


 手放しのほめ言葉ではある。

 嬉しいけれど、謎は解けない。

 では『困った』とは?


「であるが故に、言いにくくなったのです。この国に、私が来た真の目的を」

「真の目的?」

「お兄様! それは、さっきはっきりとお断りした筈です!」

「黙れ、ティラトリーツェ」


 静かな、でも大地に響く地響きのような声で妹を制すると、


「皇王陛下、皇王妃様。

 プラーミァ国王 ベフェルティルングの名において要請する」


 立ち上がり、兄王様、いや、プラーミァ国王陛下は口にする。

 本人が言う通り、アルケディウスに来た真の目的を。




「王妹 ティラトリーツェをプラーミァにお返し願いたい」


 と。  

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