私が魔王城で目覚めたのは夏の頃だった。
今は春、だからあの頃から丸三年とちょっと過ぎ、もうすぐ四年になるのだなあ、と思う。
色々な事があって、目まぐるしく世界が変わっていってめまいがしそうな程だった。本当に慌ただしい。
でも色々な人との出会いがあったから、ちょっと振り返っておこうかなとも思う。
この先、当たり前だけど出会う人、私と関わる人は増える事はあっても減ることは無い。
ティーナに頼んでいる魔王城の子ども達の保育計画も見直す頃だろうし。
異世界保育士にやっていて、現実と一番違ってホッとすることは毎月、毎週の日誌や保育計画、個票を書いて提出しなくてもいい事。
でも、それが大事な事は解っているから。
私は私の大事な家、魔王城とその子ども達のことを思い返していた。
魔王城には現在、十七人の子どもがいる。
スタートは十四人だったので三人増えた。
アルケディウスの第三皇子にして今の私、マリカの養父ライオット皇子が子どもに人権の無い世界で死にかけていた子ども達を集め、救ってくれたのがこの魔王城。
そして、異世界保育士 マリカの覚醒(自分で言うとなんか気恥ずかしい。中二病みたいだ)のきっかけだった。
私はマリカ。
この世界ではやっと十一歳になった所。
目覚めた時は八歳だったという記憶が朧げに在る。後で捨て子だったという人物の話を聞くにその辺は間違いないのだろう。
最初は何の記憶も無い普通の子どもだったと思うけれど、この世界に来てリオンに名前を貰って、前世の記憶。
北村真理香だった時の事を思い出した。
…思えばこの世界ではちゃんと名前も貰えていなかったんだよね。やれやれ。
私にはこの世界に来る前、別の世界にいた記憶がある。
現代日本で二十五歳の保育士をしていた記憶だ。
所謂異世界転生、という奴だと自分では思っている。
良くある異世界転生系のテンプレートのようにトラックに轢かれたわけでも、転生女神様がチュートリアルをしてくれた訳でもないから、本当に転生したのかはよく解らない。
リアルな夢だった、と言われても否定できない感じもある。
お遊戯会前で衣装作りと月末の書類作成で二徹、いつものように仕事帰り、疲れ果ててちょっと仮眠、と思ったところが最期の記憶だ。
ちなみに私の仕事は取りたててブラック保育所だった、という訳じゃあない。
まあ、二歳児二十一人(特性があると思われる子二名在籍)に加配担任無し。
という時点で地獄ではあったのだけれど、割とどこの保育所にもある状況だったのではないかと思う。
っと、話がずれた。
そんなこんなで異世界で目覚めた私は、誰も大人がいない大きなお城の中で、放置状態だった私を含めた十四人の子どもを放っておくことができず異世界で保育士を始める事になったのだ。
さっき、リオンと言ったけれど、私を除く十三人の子どものうち、十人は私より小さく、明らかに学齢未満の幼児だった。
けれど、三人、自分の意志で動ける子どもがいたのだ。
それが、リオンとフェイとアル。
私の頼もしい、三人の『兄』だった。
最年長で、今もこの城の柱であるリオンは、私が出会った時十歳。今は多分十三歳になる筈。
この世界は存在する大人全てが不老不死を持っていて、五〇〇年前からほぼ文化と世界が停滞している。
子どもが殆どいない上に、迫害されている世界なのだ。
五〇〇年前、世界を滅ぼそうとした『魔王』がいて、それを倒した勇者が命を賭けて『神』に世界の人々が永遠に平和に生きられる世界。
不老不死を願い、叶えて貰った世界なのだ。
リオンはその勇者の転生。
そして私がその『魔王』の転生だというから驚きだけれども完璧に記憶と能力を維持しているリオンと違い、私は今もまったく記憶がないので正直他人事のようにしか思えない。
魔王城の守護精霊、エルフィリーネは、私の事を魔王の転生。この国の元女王である『精霊の貴人』であると断言して私に仕えてくれているし。
能力やその他色々な事が私は本当に『魔王の転生』だと証明しているのだけれど…。
うーん、まあこれを思い出すのはまたにしよう。
私のやらかしの歴史だから、思い返すのも恥ずかしい。
リオンの親友で、相棒ともいえる存在であるのがフェイ。
闇色の髪と、黒い露のような瞳のリオンとは正反対に、虹のような銀髪と、吸い込まれそうな蒼瞳をしていて同い年の二人が並ぶと本当に絵になる一対のようだ。
リオンは今、皇王国 アルケディウスの騎士、フェイは王宮の魔術師をしている。
最近は王宮でもファンが増えているという。
…ちょっと悔しい。
リオンが子どもの頃、って今も子どもだけど、死にかけていたフェイを拾って助けてからずっと一緒に生きて来た、と聞いた。
だからだろう。フェイがリオンに寄せる信頼はとても強い。
リオンの為なら、どんなことでもする、っていう怖さを持っている。
基本はとっても礼儀正しくて、優しくて、誰にでも丁寧口調で、とっても頭のいい頼りになる兄だけど。
ちなみにフェイの頭の良さは『頭がいい』という単純な言葉とは別次元だ。
この世界では子どもは不老不死を持たない代わりに異能が目覚める事が多いらしく私達が『能力』と呼ぶその異能は子どもが生きる為の力。
子どもを助け、守ってくれる。
フェイの頭脳はその『能力』の為か異次元。
その気になって覚えたありとあらゆるものを記憶し、脳の中でいつでも思い返せるとフェイは言う。
コンピューター並で現在、魔王城にあった千冊以上の本全てとアルケディウスの王宮の本の半分以上を記憶している。
控えめに言って天才。
私達の知の要だ。
その才能を見込まれて、世界でおそらく今、ただ一人の『精霊に選ばれた魔術師』になっている。
異世界転生らしく、この世界は中世ファンタジーの世界で、世界には『精霊』が溢れ全ての『魔法』『魔術』は精霊の力を借りて行われる。
精霊の力を借りて術を使う存在は、ある程度いるけれどフェイはただ一人『精霊が選び、魔術を行使する存在』として作り変えられた真正の『魔術師』なのだ。
風を司る精霊の長たる精霊石 シュルーストラムと共にその知恵で私達を助けてくれている。
リオンは勇者の転生らしく、剣と格闘術で戦うのでその面でも完璧な一対だ。
二人の間には私にも簡単には入れない絆があって、ちょっとジェラってしまうことも多い。
そして二人に助けられたのがアル。私と同じ今11歳。
未来を先読みしたり、隠れているものを見つけ出したり、良いものを見つけ出したりする、特別な『眼』を持っていて、その『能力』と金髪、緑の瞳。
勇者と同じ色合いで整った容姿の為に貴族に飼われ、奴隷として酷い目に遭わされていた。
今はその主をやっつけたので自由な存在になっているけれど、本当に大変な目に遭っていたのだ。
…そう、この世界には子どもには人権がほぼ無くて。
男女の営みによって子どもはできるけれども、妊娠率はかなり低く、魔術で流す人も多くて生まれて来る子どもはさらに少ない。
そしてその子ども達も大抵は放置、良くて下働きや様々な形で消費され成人まで生き残れる人はごく僅かだという。
以前、成長し、大人となって不老不死を得る子どもは年間10人を切る、と大神殿の神官長は言っていたから大半の子ども達は声も出せぬまま『平和』な不老不死世界の影に埋もれて死んでいく。
最初は、魔王城の子ども達を守り、助ける事しか考えられなかったけれど今は、世界の子ども達を救い、彼らが幸せに生きられる世界を作る為に、この不老不死世界を打倒したいと思っている。
アーサー、アレク、エリセの三人は、私がこの島で最初に見た時には五歳前後に思えた。
今は八歳くらい。
それぞれに才能を発揮して今は頼りになる戦力として、魔王城から出して外で働いて貰っている。
魔王城は結界と、自然環境に守られた孤島で安全だけれど、外に出ると子ども達には偏見や色々な意味での危険があるから、最低でもこのくらいにならないと外に出すのは危険だ。
アーサーは、兄であるリオンを心から慕って同じ戦士を目指している。
昔、周囲の見えない子どもならではの無茶をして、リオンに怪我をさせたことが今もトラウマのようだ。
手にかかるものの重さを感じず、どんな重いものでも手で持てる範囲のものであれば持ち上げる『能力』を持っているので戦士には向いていると思う。
今までは孤児院の子ども達と遊んで貰うのが仕事だったけれど、この春からはリオンの従卒見習いとして騎士団に入ることになっている。
あ、まだリオンにはちゃんと話してなかったっけ? 改めて相談しないと。
アレクは音楽の天才だ。
初めて私達四人以外で『能力』を発現させたのはアレクだった。
アレクの声とリュートは、人間だけでなくありとあらゆる生き物を魅了し、心を安らがせる。
今年から宮廷楽師としてデビューさせる予定。
この才能を島に閉じ込めておきたくない、と思ったのが、私が島を出て、世界を変えたいと思ったきっかけだった。
エリセは精霊術士見習い。
エルストラーシェという精霊石に見込まれて、精霊術士としての道を歩み始めた。
普通の人には聞こえない『声なき者の声を聴く』『能力』があって自分の精霊とまるで友達のように仲良くしている。
まだ見習いだけどフェイ曰く、外世の精霊術士と比較して考えればかなりの上位、だそうだ。
今は、私達の外世界の拠点『ゲシュマック商会』で魔術師として仕事をしている。
クリス、シュウ、ヨハンは今七歳、小学校一年生くらいだろうか。
でも、みんなしっかりとした意志と自覚をもって頑張ってくれている。
私達や年長組がいなくなってからももっと小さい子ども達の面倒を見てくれているのは凄く偉くて助かる。
クリスには人よりも遙かに早く走る『能力』が。
シュウにはものの構造を理解して、作りあげる『能力』が。
そしてヨハンには動物と意志を通わせる『能力』がそれぞれある。
みんな島の中にいるよりも外の世界の方が輝ける能力なのでいつかは外に出してあげたいと思っている。
いや、いつかは絶対に外に出す。
そんな世界を作るのだ。
ギルとジョイは六歳くらい。
幼稚園年長児と感覚的に思っている。
もっと小さい子がいるのでなかなか甘えさせてあげられず寂しい思いをさせたけれど、最近、同じくらいの女の子ファミーちゃんが来てぐっと大人びた。
『能力』とはっきり検証できている訳ではないけれど、ギルは六歳とは思えない。
大人でも滅多にいないような精緻精密な絵を描く。物の特徴を良くとらえて描ける天才だと思う。
ジョイは料理の才能がある。最近は魔王城の料理当番のローテーションにファミーちゃんと一緒に加わっているのだそうだ。
そして危険植物、生き物を敏感に見分ける。
秋にキノコ狩りをしたとき
「これはダメ、こっちは美味しい。コレもダメ」
と今まであやふやだったキノコと毒キノコを完璧に見分けてくれた。
今はジョイが見分け、ギルが描いてくれたキノコ図鑑のキノコ以外は採ってはいけないと言明してある。
外から持ってきた魚も、見た事が無い筈なのに
「これ、このトゲトゲ、さわると痛い。こっちはお腹の中、食べるとダメ」
と教えてくれた。
多分危機感知の『能力』じゃないかと思っている。
元最年少がジャックとリュウ。
多分双子らしい二人はとっても仲が良く、解りあっている。
『能力』はまだ見えないし、長く最年少だったので甘えはあるけど、魔王城の躾の厳しい生活を生きて来たのでやるべきことはちゃんと何でもふざけないでやってくれるのが頼もしい。
で、現在の最年少はリグだ。魔王城で生まれた子。
今、一歳半から二歳と言ったところで言葉はまだ片言だけれど、兄弟がいっぱいいるので多分、これから猛烈にしゃべり始める。
遠慮も何もなく思うままちっちゃな体で、城を駆け回るかわいい怪獣だ。
リグを産んだ母親がティーナ。
今、魔王城の子ども達を母親代わり、保育士代わりに見てくれている私の頼りになる親友で、彼女がいなければ、私は魔王城を出る事を決心できなかった。
優しくて、でも厳しい所もちゃんとあってやんちゃな男の子ばかりの魔王城の子ども達をエルフィリーネと一緒に支えてくれている。
彼女は元不老不死者だけど今はそれを失っているので、今はまだ魔王城の外には出せない。
でも、いつかは彼女も外に戻れる方法がないか、探してみるつもりだ。
それに私達の外の拠点、ゲシュマック商会を率いるガルフの養女 八歳のミルカと、外の妓楼から救出された女の子、五歳のファミーちゃんで十七人だ。
少し前までファミーちゃんの姉のセリーナがいたのだけれど、今は皇女となった私の侍女見習いとして外に出ている。
ミルカには『変身』の『能力』があって自分の身体を成長させることと、良く見知った他人に変身することができる。
前は親友であり、妹であるエリセにしか変身できなかったけれど、最近はガルフにも姿を変えられるようになったそうだ。
ただ、
「ホントに形だけ、だと思います。あそこに…その…無いんです」
と頬を赤らめて言っていた。
フェイは興味津々と言った様子だったけど、それ以上の確認検証は当面、絶対許さない。
ファミーちゃんは精霊術士としての勉強を始めた。エリセと同じく、精霊と仲良くしたい、という思いかららしい。
精霊をうっすらとだが見ているようだ、との話も聞いている。
そういう『能力』を持つ人が外にはいた、という話だし、時間が出来たら調べてみた方がいいかもしれない。
最近はなんだかんだで外に出て行くことが多くて寂しい思いをさせているけれど、この魔王城が私の原点で帰る場所。
守るべきところ。
絶対に島の子ども達は守り、そしていつか、外の世界に羽ばたけるようにする。
それが私の絶対の目標で、望み。
その為には私は何でもするつもりだし、何が有ろうともやり遂げると決めている。
世界を支配する『神』を倒す『魔王』になっても…。
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