【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

空国 ライオット&マリカ視点 不老不死が終わる時 1

公開日時: 2024年9月15日(日) 08:19
文字数:2,779

 相変わらず、無茶をする。

 と思った。

 昨晩、話を聞いて正直、お前は自分の身をなんだと思っているんだ!

 と怒鳴りつけてやりたくなった。

 実際、ティラトリーツェは怒鳴りつけていた。

 でも。


 今までに比べればまだ、マシかもしれないと思う。

 全てにおいて、一人で悩み抱え込み続けてきたこいつらが、多少なりとも俺達を信じて力を借りようという思いを持ったのなら。

 父上や兄上、義兄上や、ヴェートリッヒの力も借りて手を打った。

 後は、戦い守り抜くだけだ。

 星の宝を、俺の娘を。

 俺は一度だけ、隣に立つアルフィリーガと視線を合せ、前を見た。


 ヒンメルヴァルエクトの王城、応接室では『神』と『星』

 その前哨戦とも言える戦いが始まっていた。



「つまり、その少女は最初から、妊娠していたのですね?」

「はい。夫は既にこの世にはいない。なんとしても生みたい。と」


 話をしているのは俺の娘マリカと、ヒンメルヴェルエクトの公子妃マルガレーテ。

 二人の会話は一見穏やかなものに見える。


「不老不死になってから出産したら、という話もしたのですが、不老不死は身体の状態を固定するもの。

 妊娠している者が不老不死の儀式をすると、どんな影響が出るか前例がない、と言われて断念しました。

 そもそも出産そのものの知識も途絶していて。

 私も具体的な知識を持ち合わせてはおらず。

 今であれば、マリカ様の書物など知識や助け手もありますが、当時は私の侍女などですら殆ど手を差し伸べてはくれることもなくて。

 孤児院の一角で、子ども達と必死になって出産を助け、赤子を取り上げました」

「そして、出産後、亡くなった、と」

「はい。最近発行された出産の覚書を見るに、私達の介助には問題が多かったのでしょう。

 出産はなんとか終えたものの両者虫の息。

 己の力、『神』の加護。全てを我が子に譲り渡した母は。

 彼女は微笑みながら目を閉じ、そして二度と目覚めることはありませんでした。

 ……酷い、話ですよね」

「はい。辛かったですよね」

「もっと、早くマリカ様がいてくれたら。助けてくれる人がもっといたら。

 近年、そう思わない日は無かった程です。私を無垢に慕ってくれたベス……。

 守ってあげたかったのに。一緒に、笑いあいたかったのに……」


 失踪、いや誘拐された魔王城の子ども。

 アルの母親らしき人物の事を知っている。

 そういう公子妃マルガレーテの話を聞く為に、マリカはこの国にやってきていた。


「母を亡くした子には、辛い人生しか待っていません。

 私の養子に迎えたいと願ったのですが、公子妃という立場上無理なのは解っておりました。

 貴族や私の周りにも頭を下げ、なんとか引き取って育ててもいいという里親候補が見つかって、迎えに行った時には……あの子は売られていたのです」


 不老不死世の弊害。犠牲者であるとは思う。

 泣きじゃくり訴えるマルガレーテの言葉に嘘は無いと解るし、哀れだとも思う。心情を理解もできる。


「どうして、私達はこんな世界に生きなければならないのだろう。

 心から、そう思いました。私は公子妃として引き立てられ、まだ幸せな方だと理解はしています。けれど……どうして。そう思わずにはいられなかったのです」

「ヒンメルヴェルエクトだけでなく、世界全体が、子ども達が生きるには厳しい世界、でしたから」


 同調と、共感。というのは良くマリカが言うセリフだ。

 苦しみに寄り添い、理解しようとする思いと行動が人の心の氷を解かすのだと。


「孤児として育ち、自分の力で世界を変えようとして、実際変えてきたマリカ様には、私達の思いが解って頂ける。そう信じておりました。

 マリカ様は私達と同じ『神の国』の思い出と喜びを知る『神の子』だと。

 だから、私は本当に嬉しかったのです。マリカ様がこの国に来た時。思いを理解して頂けると」


 だが、あまりにも固く踏み固められた氷には、日の光は届かない。

 もしくは、時間がかかるのだろうか?

 マルガレーテ妃のマリカを見つめる瞳は、あまりにも冷ややかだ。


「ですが、マリカ様は『精霊神』の配下。そしてあくまでこの星を、育てようとしておられました」

「この大地の環境を整え、子どものみならず、人々が生き易い世界を作ることこそが、子どもを始めとする、人々の幸福につながると思うのですが」

「お考えの正しさは理解できます。

 ですが、それはいつになりますか? 十年先? それとも百年先?

 変える為には圧倒的な力が必要。『精霊神』様なら可能な筈なのに、見守るだけ。

 私には、それがあまりにも無慈悲に思えるのです。『星』も『精霊神』も。

 ……時には『神』でさえも」

「マルガレーテ!」


 神々への非難を口に出す妃を、アリアン公子が諫めるが、彼女の耳には届いていないかのようだ。なおも凍った眼差しでマリカを責め立てる。


「子どもの自主性を重んじる。過剰な関りはこの成長を妨げる。

 立派なお考えです。ですが今、私達は、子ども達は苦しいのです。改善されるまでにどれだけの血と涙が流れるのでしょう。

 子ども達は、エリザベスの子のように、消えぬ傷を今、この瞬間さえも刻まれているかもしれないのに」

「マルガレーテ様……」


 真理香もおそらく気付いただろう。今の一言は自白に近い。

 元奴隷だったアルの背には、焼き印が、身体には多くの傷が刻まれている。

 でも、それをアルが他人に簡単に見せる筈がない。

 彼女がアルの服の下を見ることができるとしたら、捕らえられ、拘束されるか、意識を失った時のみ。


「『神の国』とて一朝一夕で平和を築いた訳ではありません。

 気の遠くなるような長い歴史と、人々の努力と戦いがあってこそ、作り、勝ち得た平和と文化であったと思うのですが」

「解っています。それでも……帰りたいのです。この世界は、あまりにも辛すぎる」

「マルガレーテ、其方は一体何を言っているのだ?」


 ヒンメルヴェルエクトのアリアン公子が、驚愕の顔で自分の妻を見つめている。

 妻として大切にしてきた娘が、帰りたいと故郷を想い泣きじゃくる姿と理由を彼は知る由もない。


「帰っても、元通りの生活が取り戻せるとお思いですか?」

「取り戻せる。取り戻して見せるとお父様はおっしゃいました。

 私は、それを信じます!」

「マルガレーテ様!」


 強く、椅子を蹴り立ち上がったマルガレーテ。

 握りしめていた何か、丸いものがぽろりと床に落ちる。

 それに気を止め、拾い上げるより早く、気が付けばその身体が薄い銀の光を放ち、煌めき始めた。


「ライオ!」


 いや、違う。煌めいているのは俺たち自身だ。

 アルフィリーガとマリカは光を放っていない。


 けれど、室内にいるそれ以外の人間。全てが淡い光を身体から放っている。

 これは一体?


「ご静粛に。お父様……『神』のお言葉ですわ」


 跪き祈りを捧げ始めたマルガレーテ。

 彼女の言葉に呼応するように、それは響いた。

 俺達の、中に。

 耳を介しない声、いや意思として。


『聞け、愚かにして愛しき『精霊神』の子ども達よ。

 審判の時だ』


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