約一カ月ぶり。
私達はアーヴェントルクの親善訪問を終えて、無事アルケディウス王都に帰還した。
アルケディウスを出た時は地の一月も終わろうとしていた頃で、夏と言ってもまだ涼しい日もあったのだけれど。
「うーん、なんだか緑が濃くなっているね」
涼しい高地であるアーヴェントルクで一カ月過ごして戻ってくれば、アルケディウスもすっかり夏の空気に変わっていた。
「マリカ……様。
皇王陛下からのご指示です。今回は報告会の時間は明日取る。
今日は、家に戻りゆっくり休む様に。とのことです」
今回も前回同様、国境を超えて直ぐに帰還命令が出たフェイが、アルケディウスとの幾度かの往復を終えたのち、私にそう告げたのは昨日の事だった。
「いいんでしょうか?
前回以上に今回も色々あったから、てっきり直ぐに報告会。
お説教になると思ったのに」
「いえ、実際に僕が事情を説明するごとに皇王陛下も皇王妃様も頭を抱えておられましたよ。
何がどうしてそうなるのか。と。
でも、それだけに疲れているだろうから、安心できるところで休ませてやりたい。という思いのようです」
嬉しい話ではある。
明後日が怖いけれど。
「僕とリオンも呼ばれていますから、皇子家に泊りますよ」
「ありがとう。じゃあ、明日は謁見用の着替えとかはいいですね。
ゲシュマック商会はいつものように貴族区画まで行ったら店に戻って下さい。
正式な報告は今来週中に時間を作ります」
「解りました」
随員達と簡単な打ち合わせをして、翌日、王都の門を潜ればまた、王都を上げての大歓迎が待っていた。
高鳴るファンファーレ。人々の笑顔と歓声。
「皇女様、お帰りなさい!」「聖なる乙女に祝福を!」
いや、もちろん嬉しくないわけじゃないんだけれど
旅行に行く度、戻る度熱狂度が上がってる気がするのが怖い。
しかも……。
「なんだか、似たような服を着ている人が多いんですけど……」
「あら、本当ですね。新しい流行でしょうか?」
私の独り言を拾ったミュールズさんが当たり前のように頷くくらいには、その服装をしている人は多かった。
女の人はシンプルなワンピースとウィンプル。
男性はチュニックに帽子。
それぞれは、別段目立つものではないのに、同じ服装をしている人が多いせいで目に留まるのだ。
しかもあれは……。
(「大祭の時の私達の服装じゃん」)
大祭の時、私とリオンは大人に変装して、精霊神様と一緒に見物にでかけた。
その時に古着屋で大急ぎで揃えた服装だった。
間違いない。
きっと、今頃外でリオンも蒼くなっているだろう。
大祭から一カ月過ぎたのに、まだ『大祭の精霊』フィーバーが本当に終わっていない、ということなのだろうか?
怖いなあ。
そうして市民区画を抜け、貴族区画に入ると間もなく、私達は第三皇子家に到着した。
私直属の随員はここで降りる。
残りの荷物運びなどはお任せしよう。
門の前ではお母様がお待ちだ。
今日はお父様もご一緒。
私は、リオンにエスコートされて静かにお二人の前に進み出た。
「お父様、お母様、只今戻りました」
ゆっくりと頭を下げる私にお母様は、すっと膝を折り視線を合わせると額に手を当てた。
髪をかきあげるお母様の手がふと動きを止める。
「これが、誘拐されかけた時の傷ね……」
まだ、うっすらと残る傷をお母様が、そっと撫でた。
「お母様?」
「……本当に……貴女という子は……。無事に戻って来てくれて。良かった……」
そしてそのまま、私はお母様の腕の中に包み込まれた。
暖かく、柔らかで、優しい……。
なんだか、泣けてきそうだ。
「ごめんなさい。ご心配を……おかけしました」
「詳しい話は後です。今日は、ただゆっくりと休みなさい」
「ありがとう……ございます」
お母様の声を聴いて、抱きしめて貰えて。
私はやっと、自分が帰ってきたのだと実感したのだった。
その後は、本当にゆっくりとした時間を館で過ごした。
お風呂にも、お母様と一緒に入った。
皇子家にもバスタブじゃない、大浴場があったのだ。実は。
「ほら、こっちを向いて。手を上げて」
「い、いいですよ。自分でやります」
「遠慮しないの。親子なんだから」
「じゃあ、私もお母様の背中。流しますね」
ティラトリーツェ様はスタイルが良くって羨ましかったけれど。
使用人を追い出して、優しい手つきで髪の毛や身体を洗って下さった時には、なんだか本当に照れくさくなってしまった。
「でも、貴女の発案のこの『ヌカブクロ』?
いいわね。身体がツヤツヤすべすべするわ」
「リアの糠と呼ばれる部分には皮脂を溶かす力があるそうなんです」
お母さんと一緒にお風呂に入るなんて、どのくらいぶりだろう。背中を流すのも。
なんだかうれしい。
お風呂から出た後は、双子ちゃんと一緒に遊んで、静かな時間を過ごした。
お父様もお母様も、本当に何も言わないで、聞かないで一緒に遊んで下さって。
そのうちに、どうやら私は寝てしまったらしい。
「安心して、気を失ったんだろう」「ええ、疲れているのですわ。本当に頑張ったのですもの」
多分、お父様に抱きかかえられて、ベッドに運ばれた時のそんな会話が、うすぼんやりと記憶に残っている。
せっかくの親子団欒の貴重な時間をふいにしてしまったことはもったいなかったのだけれども。
こういう時間こそが、やっぱり私の原動力なのだと実感した。
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