【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 アルケディウスの劇団(未満)

公開日時: 2023年3月13日(月) 07:16
文字数:3,534

 フリュッスカイト行きを前に紹介したい者達がいる。

 と私達に告げて来たのはミリアソリスだった。

 面会や仕事の隙間を縫って時間を作り会う事になった彼らは、比較的若く見える五人の男女だった。


「この方達は?」

「以前、お話した劇団員の候補にございます」

「劇団員!」


 忘れていなかったようで忘れていた。

 この世界には娯楽らしい娯楽があまりない。

 識字率が高く無くて、本を読む人の絶対数が少ないというのもある。

 故に僅かな楽しみが吟遊詩人の音楽や、旅芸人一座の舞台だったりするのだ。

 でも、吟遊詩人はともかく、旅芸人一座のレパートリーはそう多くは無い。

 一番人気があることもあって、ほぼほぼアルフィリーガ伝説なんだって。

 九割が魔王討伐と不老不死世界の始まりのシーン。

 後は出会いのシーンとか、仲間同士の話とか。

 世界の始まりから同じ王家が国を支配しているから亡国の物語とかしにくいし、そもそも身分差がはっきりと動かし辛いこの世界。さらには不老不死で死を題材にしにくいのもある。

 だから、恋愛ものとか騎士物語とかも無いのだ。

 魔王城の本棚にはそれなりに、戦記物とかお姫様の恋物語があったのだけれど、こっちの世界にはきっぱりない。いいところ、その国の歴史モノがあるくらい。

 羊皮紙が高いせいもあるのだろうけれど。

 他のお話とか、童話とか伝わってないの?

 って思ったら本当に伝わってないっぽい。

 ちょっとありえない。


「多分、大聖都の人心操作だな、余計な事を民に考えさせない様にしているんだと思う」


 とおっしゃったのはお父様。

 不老不死を得た人の中には『神の欠片』が入っていて、人々のやる気『気力』を吸い取っている。普段は無断で気力を吸い取り、時々補充する意味合いで祭りなどの時は吸い取りを緩めている。

 という感じなのだろうか?

 反抗、抵抗する気力も無くなるし、一石二鳥?


 で、話は逸れたけれどそんな事情もあるから私は、新しい演劇事業を立ち上げようと思ったのだ。

劇と言えば勇者伝説、アルフィリーガ物語、という現状を打破したくて。

孤児院の子どもが役者に憧れているとかの理由もあったけれど、それはまあ二次的なもので。

『精霊神』も復活されたことだし、国の祖である『精霊神』と『聖なる乙女』の恋愛話とかで好色で我が儘と聖典で変なイメージをつけられた『精霊神』の名誉回復とかもできたらいいと思っている。


 で、その提案をした時に心当たりがある、と言ったミリアソリスが紹介してくれたのがこの人達。劇団員の候補、だという。


「彼はエンテシウス。大貴族五位、第三皇子派閥であるナディエジータ伯爵家の次男です」

「お初にお目にかかります。マリカ様。その武勇伝はかねがね」


 おちついた風貌の三十代男性に見えるその人物は五人を代表する者として私に丁寧にあいさつをしてくれた。目に知的な印象と共にちょっと芸術家風の悪戯っぽさが見える。


「武勇伝ってなんですか? 私、そんな変なことしてませんが?」

「いえいえ。第三皇子の隠し子として生まれ、悪徳貴族に拐かされ奴隷として扱われながらも、父に救われて皇女としての復活を遂げる。

 これはもう、一つの美しい物語でございましょう」


 優美な仕草で微笑むエンテシウスはどこか芝居じみている。

 

「実はエンテシウスはアルケディウス唯一の文筆家なのです。アルケディウスで出版されている娯楽本のアルフィリーガ物語は彼が執筆しています。

 劇作家でもあり、いくつかの劇団には彼がアルフィリーガ物語を舞台劇に起こして提供しているのです」

「まあ!」

「父には放蕩者扱いされておりましたが、私は不老不死以前から物語や劇が大好きでして。

いつか自分も物語を作りたい、舞台に立ってみたいと思っておりました」


 むしろ不老不死前の方が騎士物語や、恋愛物語、精霊の話など色々な物語があり、舞台装置は拙いけれど、劇団なども多くあったという。

 混乱の三十年と呼ばれる混乱期に、その殆どが消えてしまって今残っているのはごく僅か。

 それは、とてももったいないことだ。


「ミリアソリスから、アルケディウスに劇団を。

 それも王家の名に恥じない実力のある者達で、というマリカ様のお話を聞き、これは夢を叶える最初で最後の機会ではないかと思いました。

 こちらに控えるのは同好の士とも言える、友。美術や音楽に才を有する者達にございます」


 背後の男女も頭を下げる。皆、貴族家や大貴族家の子弟で、後を継ぐことはできず、仕事でも必要とされず家でニートしていた者達であるそうだ。


「士官もせず、家で何をしていた、と言われれば言葉もありませんが、近年、我々はただ、生きていただけの日々から、目が覚めた様に新しい気力が戻って参りました。

 正しく『世界とはこんなに美しく、刺激的だったのか』と思い出したかのように」


 エンテシウスは両腕を高く掲げ、胸に抱きしめる。

 世界を慈しむように。見えない喝采を受けとめるように。


「どうか、我々に機会をお与え下さい。

 元より、不老不死世界という濁った池の中、生きて死すように沈められていたこの身。

再び呼吸の機会を与えて頂けるなら、翼魚が空に飛び跳ねるが如く、誕生の喜びと輝きを高らかに、この世界に届けて見せましょう!」


 大貴族の出だけあって、礼儀作法や所作も美しい。

 言葉の選び方やプレゼンテーションもまずまずだ。

 どこか憎めない愛嬌があって、でも確かな知性が感じられる受け答え。

 もしかしたら、彼はこの世界のシェイクスピアになれるかもしれない、というのは流石に褒めすぎかもしれないけれど。


「では、一つ賭けをしましょう。エンテシウス」

「賭け、でございますか?」


 首を傾げる彼に私は頷いて見せた。


「貴方に、金貨百枚を与えます」

「百!」


 エンテシウスだけではなく、他の者達も、側で控えていたミリアソリスやカマラも息を呑む。

 金貨百枚、大雑把換算で一億くらいだけれど結構な額だよね。

 でもこれは、私が自分の裁量で使ってもいいお金。

 孤児院の運営費につかったり、玩具、調理道具の試作品を工房に作って貰ったりとか、あと魔王城のみんなへのお土産に使っていた分だ。

 一年間ゲシュマック商会で仕事をしたお給料とかレシピ代とか、化粧品のアイデア料の私の取り分とか。

 あと各国でお仕事をする度、派遣料から金貨十枚ずつをお給料として頂いている。

 神殿長になる時のお給料もまあ、それなりに。

 私が「仕事」している分として与えられた給料はお父様もお母様も、ガメたりしない。

自分の服とか孤児院の運営費とかは今は、王宮の予算から出ていて今はあんまり使い道が無く貯まる一方。だから必要な物に使うなら惜しくない。


「この金額を使って、秋の大祭までに劇団としての体裁を整えて下さい。

 基本、移動タイプ。王宮でも辺境の村でも上演できるように。

 役者、衣装、小道具、舞台装置その他をこの金額を初期費用として揃えて、稽古を行い王宮で大貴族と王族に向けて新作劇を上演する事。

 アルフィリーガ伝説ではない、完全な新作を希望します。

 それがこの金額を与える条件です。芝居が成功した時点で返済は免除し、その後、私が後援してこの国の新しい芸術事業として育てていきます」

「もし、成功しなかった、間に合わなかったなどの場合は?」

「勿論、きっちり身体で返済して貰います。生活費と相殺で百年タダ働きかしら。

お父上に返済を願っても構いませんが……」


 エンテシウスが唾を飲み込んだのが解った。放蕩息子とされていたのなら、そんなことは多分絶対にしたくない筈だ。

 でも残り約三カ月、一から劇団を作って上演となればかなり厳しいスケジュールになる。金額も金貨百枚でも足りないかもしれない。

 舞台装置や衣装、小道具も全部揃えないといけないからね。

 加えて新しい脚本を描きおろし、稽古をし、最低でも貴族に見せられる体裁にしなければならないとなればそっちの面でもかなりタイトな筈だ。

 でも、ノーリスクで何か始められるなんて在りえない。覚悟は見せて欲しい。


「どうします? やりますか?」

「やります。やらせて下さい」


 戸惑いや迷いはあるようだけれど、返事は即座に返った。これは見込みがあるかもしれない。


「解りました。

 お金は明日、ミリアソリスに届けさせましょう。

 余裕はあるようでないですが、頑張って下さい」

「かしこまりました」

「楽しみにしていますよ。ああ、お金を持ち逃げ、などということはしないと信じています。

 私は各国に料理指導に行っているので、どこに逃げても手を廻すことができますし、紹介者のミリアソリスやご家族の顔を潰す事にもなりますからね」

「はい。姫君のご期待に必ず応えてお見せしましょう!」


 真剣な眼差しで、私と、未来を見据えるその瞳に、世辞ではなく社交辞令でもなく本当に、私は彼らが生み出す新しい物語が、楽しみになっていた。




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