第一皇子派閥第一位 プレンティヒ侯爵 ダルピエーザ様は、突然の提案に目を剥く私達にニッコリと笑む。
「国の宝たる真なる『聖なる乙女』
それを護る為の警護は多くて困る事ではないでしょう」
「ご心配下さいましてありがとうございます。
ですが人手は足りていますし、あまり使節団が警備その他で仰々しくなるのは他国を警戒させることになると思うのです」
ダルピエーザ様は、多分、警備を増やせ。
クレスト君を側に付けろと言っているのだろうけれど、私個人としては信用できない人を側に付けたくはない。
警備となれば、なおの事。
命を預けるのだ。信頼できる人でないと無理。
「姫君のおっしゃることは理解しております。
ですから、クレストをと申しております。これは指導する私のひいき目もあるかもしれませんが、なかなかの実力の持ち主。
今年の秋には騎士資格の取得を目指して、騎士試験に出すつもりです」
「俺が側に付けた騎士貴族、俺が目をかけて育てた婚約者に文句でも?
お前が育てた子を代わりに付けろとてもいうつもりか?」
「お父様」
「いえいえ、とんでもない」
檀下ではあるけれど、前に進み出て睨みつけるお父様にダルピエーザ様は飄々とした言葉で首を横に振る。
当のクレスト君は無言。
静かに頭を下げている。
「戦に二度連続で参加し、旗を得た騎士貴族の実力を疑うものではありませんが、時として思いもよらぬ事態というのは発生するもの。
厳に、アーヴェントルクでは皇妃の罠に填まり、姫君が誘拐、あわやの場面もあった、と伺っております」
「!」
ダルピエーザ様の言葉に、周囲の大貴族達の空気がざわり、と揺れた。
皇王陛下、背後のリオン、壇下のお父様も青ざめている。
「ダルピエーザ。どこからその情報を耳にした」
「私にもそれなりの情報網がございますれば……。
近年特に、情報の重要性を実感しております」
諸国訪問で会ったことは全て、皇族には報告し、公式の文書に残している。
ただ、積極的に触れ回っている訳ではないので知る為にはそれなりの手続きが必要になる筈。
もしくは文章に残す前の段階。
まさか私の随員や皇家に仕える文官から聞き出した?
別に隠す事、疚しい事は無いからいつもは口止めなどしている訳では無いけれど、今回は私を誘拐したのがアーヴェントルクの皇妃、皇女であることも踏まえて緘口令が敷かれてあっ
た筈だ。
そうでなくても職務上知りえた事に対しては守秘義務があるのが基本。
どうやって、ダルピエーザ様は情報を聞き出したのだろう?
「まあ、どうでもいいことでしょう。情報の入手先などは」
私達の疑問に肩を竦めてダルピエーザ様は続ける。
「重要なのは『聖なる乙女』マリカ様の身の安全。
魔性の増加、農民などが襲撃を受けたという話もあります。
マリカ皇女の玉体に傷を付ける事態を招いた現在の警備体制を見直し、せめてさらなる増員を。
というのは臣下として、決して許されぬ提案ではありますまい。
本当は大人をもっと増やしたいところではありますが、姫君が仰せの通り、子ども中心の編成であるからこそ、各国の警戒が緩くなっているのも事実。
であれば、子どもの実力者を増やすしかないでしょう」
だから、とダルピエーザ様はクレスト君を見やる。
「先も申し上げましたが、クレストを護衛を司る騎士貴族の少年と交換しろ、とは申しません。
クレストは未だ無位無官の身でありますし。
配下の一人、けれど騎士貴族の部下とは違う視点と立場から動ける存在として、お側に置いて頂ければと存じます」
「つまり、リオンの命令には従わない、と?」
それは認められない。
軍の命令系統に従わない、しかも信頼できない人間なんて、側にはおけないよ。
ましてや護衛なんて。
でも、私の問いなど予想していたようにダルピエーザ様はスラスラと反論する。
「姫君の決定による、使節団の基本方針には準じます。
護衛を司る騎士貴族の全体指示にも従わせます。
軍規に従わぬ兵など、邪魔になるだけでございますから。
ただ、いざという時、最優先すべきはマリカ様の御身の安全。
その為に時として命令に反する事もあるやも。
程度の事です」
横を見る、と皇王陛下が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
壇下のお父様も同様に。
お二人は、私の事情、正体その他を全て知っているから余計な人員を入れたくないと思って下さっているのだろう。
でもここは、大貴族全員が揃った舞踏会の場。
衆人環視の前で勝負に出た皇家の血を引く傍系の正論を下すには、相応の説得力がいる。
完璧な調査の末、準備を重ねてきたであろう相手を、下手な言葉で退けたらこっちが低く見られてしまう。
「怖れながら、皇王陛下。ライオット様」
緊迫した空気を割ったのは背後に仕えていたリオンであった。
壇を下り、ライオット皇子の側に跪くリオンは礼を取ると皇王陛下を見上げた。
「下からの言葉をお許しいただけますでしょうか?」
「許す。当事者の意見を述べよ」
「まずは侯爵のご好意に心から感謝を。
皇女の護衛を司る者として、新たな人員を受け入れることに異論はございません」
「良いのか?」
皇王陛下はリオンの正体を知っている。
だから気遣う様に言って下さったのだと思うけれど、リオンの表情には戸惑いなどは見えない。
「はい。実力者が皇女の御身を守るという、護衛士団の絶対任務にお力をお貸し下さるのならありがたい事。
明日からの外遊の目的地は大聖都。
大神殿到着の後は、マリカ皇女は潔斎の為、奥に籠られるので、護衛の役割はほぼ無いも同じ。
大祭の間、先のアーヴェントルクでの失態の挽回の為、現在護衛士達の訓練と再編を行う予定でございました。
ぜひ、侯爵の推す実力を拝見させて頂きたいと存じます。
命令系統における位置などについてはその後改めて……」
つまり、大祭の間に実力を見せてみろってことだね。
実力や人柄を実際に見てみて、何かあれば返却、皆と合わせられたり、それなりの実力があるのならチームに入れてもいい、と。
「ふむ。ダルピエーザ。
少年騎士はこう言っているがどうだ?」
「問題ございません。
騎士貴族から直々の指導を受けられれば、騎士試験に向けてこれも励みになる事でしょう」
皇王陛下にもダルピエーザ様からしても十分な目的達成ラインということだろう。
異論はでなかった。
「マリカ。それで良いか?」
「私は私の為を思って下さる皆様の提案が納得できるものであるのなら、異はございません。
ただ……」
「ただ?」
私は立ち上がり、壇を降りてダルピーエザ様に軽く会釈をした後、クレスト君の前に立った。
「貴方の意思を聞かせて下さい。ダルピエーザ様の侍従候補として教育を受けていたと聞いています。
私に仕えてもいいのですか? 危険も多いと思いますが、私を守って下さいますか?」
クレスト君の意思が知りたいと思った。
大恩ある侯爵から命令を受けて、で例え断れない状況だとしても選択肢は与えてあげたい。
もし彼が嫌なら彼の意見を尊重する意思もある。
私に問いを向けられ、一瞬、驚きに目を見開いたクレスト君であったけれど、彼は胸に手を当てそのまま静かに頭を下げた。
「アルケディウスに輝く宵闇の星。
恩ある侯爵閣下とマリカ様に我が身とその忠誠の全てを捧げます」
「解りました。宜しくお願いします」
舞踏会はそんなこんなで大波乱に終わってぐったり。
踊ってもいないのに、どっと疲れた。
でも、まだ旅は始まってもいないのだと、私は本当にうんざりとした気分になったのだった。
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