「マリカ様、忘れ物はどうなさいますか?」
リードさんが問いかけてきた言葉の意味を、正直私は一瞬、考えてしまった。
忘れ物?
私、何か店に忘れ物したっけ?
と、考えて首を捻った時、ふと、リオンと目が合った。
なんだか困ったような苦笑の顔……。
くつくつと、含み笑うフェイとアル……。
あ゛……思い出した。
お忍びで大祭に行ったときに、リードさんに着替えを預けたんだった。
「そう言えば、忘れたまま、取りにも行かずに預けっぱなしでしたね。ごめんなさい。
どうしていますか?」
「大事にお預かりして念の為、今日、別室にもってきてあります。
お持ち帰りになるのであればお返しいたしますが……」
「そうですね……。持って帰ろうかと思います。
リードさん、お願いできますか?」
「かしこまりました」
部屋から出たリードさんを見送りつつ、焦りを顔に出さないように気を付け
「ミリアソリス。先に城に戻って、タートザッヘ様にアーヴェントルクとゲシュマック商会の契約書類を提出して来て貰えますか?
終わったら今日は上がって貰って構いませんから」
私はミリアソリスを部屋から出すことにする。
カマラはともかく、ミリアソリスにはまだ魔王城のことを伝えてはいないからね。
「かしこまりました。
姫君はどうなさいますか」
「私はもう少し、打ち合わせをしていきます。
庶民層の店であるゲシュマック商会とゆっくり話せる機会はあまりないですからね」
「解りました。どうぞご無理はなさらず」
「ええ、明日のシュライフェ商会との仮縫いと衣装作成には立ち会って下さい」
「解りました。では失礼します」
ミリアソリスは丁寧にお辞儀をして去っていく。
その後姿を見送ってから
「カマラ。
ここからの見聞きすることは秘密にして下さい。
お父様やお母様達はご存知ですが、皇王陛下もご存じない事なので」
「は、はい」
私は戸惑い顔のカマラに命令する。
なんだかんだで、ゲシュマック商会は勿論、フェイやアルにもあのことは話していなかった。
服を預けた時、後でちゃんと説明すると言っちゃったし、ゲシュマック商会は庶民区画の店だ。
『大祭の精霊』の噂からガルフは気付いている筈。
リードさんからの発信はきっとそう言う意味だ。
ちゃんと説明しておかないと。
「お持ち致しました。大祭の時にお預かりしたものです」
程なくして、リードさんが布に包まれた包みをもってきてくれた。
「大祭は、楽しまれましたか?」
「ええ、リードさんのおかげです。まあ……その後は、ご存知の通りの騒ぎになってはしまったのですが……」
「大祭を楽しむ?」
怪訝そうな顔を浮かべるカマラ以外には多分、もうバレていると思う。
服を預けた時にリードさんはガルフから、概要を聞いていると言っていたし、ラールさんの目にもカマラ程の驚きはない。
フェイとアルは言うに及ばず。
「リードから聞いて、ビックリしましたよ。
街は『大祭の精霊』の噂は今も消えてはいません。
お二人で本当に祭り見物にいらしたのですか?」
「ええ。あの時は『精霊神』様のお力で……」
「『大祭の精霊』? 『精霊神』様のお力?」
疑問符が乱舞するカマラの前で、私は服の襟元と服の帯を緩めた。
一瞬だけなら、多分、なんとかなる。
「カマラ、ラールさん、リードさん。
改めて……
『大祭の精霊』は私とリオンです」
「え?」
能力の発動。
……自分の身体の、容を変える。
ドクン!
心臓が一際大きな音を立てて鳴った。
「……くっ……」
『精霊神』様の変身を何度か体験して、苦痛はコントロールできるようになった。
でも、何度やっても慣れないな。
この違和感は。
目に見えて変わっていく、私の姿に皆が驚いているのが解る。
手足が伸び、胸元が膨らみ、腰が細くなって……、私の身体が大きくなる。
「ふう……。
これは、私の『能力』なんです。
ほんの少しの間だけ、大人になることができるのです」
「旦那様から、話は聞いていたけど、凄いね……」
「『精霊神』様に一時身体をお貸しして、大人になって大祭を見に来ていました。
つい浮かれていたら『精霊』達が集まってきてしまったので……」
腰まで伸びた髪の毛をふわりと流して、私は皆に説明する。
「じゃあ……本当にあの時踊った『精霊』はリオン様?」
「ああ」
「ってことは、実物の勇者か……。
皆が知ったら驚くだろうね」
目を輝かせるカマラやラールさんから、気恥ずかし気にリオンは顔を背ける。
そう言えば『精霊』と踊った、と嬉しそうだったっけ。
夢を壊しちゃって悪いんだけれど。
「信頼するゲシュマック商会の皆にだから見せました。
でも、基本的には『精霊神』様と、お父様お母様の許可が無い限りは使わない力です。
絶対に口外はせず、噂の火消しに力を貸して頂けると助かります」
と、そこで服がキツくて苦しいので元に戻る。
だいぶ慣れて来たとはいえ、やっぱり疲れるし辛い。
風船がしぼむ様に元に戻った私に驚きながらも、ガルフは腕を組む。
「無論、口外は致しませんが、火消しは難しいですね。
本当に街中が浮かれていますから」
「服飾の店は各店舗、競う様に『精霊の服』を売りに出していますし。
ここまで『一種類の服』が大流行になったのは久しぶりではないでしょうか?
ギルド長の所は、絵の販売も始めたと聞きます」
あうー。
やっぱりそうなっちゃうのか。
肖像権の侵害、って怒りたくても主張できないところが辛い。
「とりあえず、皆さんが解ってくれているだけでも、心強いです。
もう『大祭の精霊』が二度と現れる事は無いので、噂が消えるのを待つつもりです」
「え? もう出ないの? あの美しい『精霊』をもう一度見たかったんだけどな。
できれば男女一対で」
ラールさんの言葉に皆、うんうんと首を動かすけどちょっと無理。
ちなみにラールさんは別の輪にいたんだって。
近くで見たかった、というけれど見られなくて良かった。
ラールさんは色々と鋭いから見られたら感づかれた気がする。
「リオンは、私より負担が大きいんですよ。
変わり幅が大きいから。
お父様、お母様とも約束してるしもう出ません」
きっぱり断言する。
人のうわさも75日。
速く消えるといいなあ。本当に。
「オレも見たかった。大人になったマリカとリオン兄のダンス」
「とても美しかったですよ。夢を見ているようでした」
いや、私も楽しかったけどね。
あれは夏の夜の夢。
それくらいで丁度いい。
そんな和気あいあいの雰囲気でゲシュマック商会との会談は、無事幕を下ろしたと思っていた。
けれども、月を跨ぐと言ったお母様の予言通り『大祭の精霊』の騒動はまだまだ終わる様子を見せてはいなかったのだけれど。
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