勇者アルフィリーガの転生。
大聖都 ルペア=カディナ に呼び出された俺の前で、そう紹介されたのは、歳の頃14~15歳。
とても美しい顔立ちの少年であった。
輝くような黄金の髪、すんなりと伸びた手足。
萌える若葉のような緑の瞳には自信が感じられる。
大したものだ。偽物のくせに。
確かにあいつと出会ったのはこれくらいの歳だったかと、思いながら少年を見る俺の前で、
「転生体でございます故、外見は全く異なりましょう。
ですが、この少年は間違いなく勇者アルフィリーガの転生と。
大聖都の神官長が認めた者でございます」
世話役として側に立つ男はどうどうと言ってのける。
「ほう? 何を持ってそう認めたのだ?
記憶はあいまいであると聞くが」
「優れた剣の腕、精霊に愛される精神、そしてこの伝説通りの外見と、何より神々の神言にて」
不機嫌そうな様子を崩さない俺に、神官長が少年を庇う様に助け舟を出す。
「アルフィリーガ。皇子にご挨拶を」
「久しぶり、というべきなのでしょうが、まだ記憶があいまいで全てを思い出せていないのです。
だから、今世ではという意味をもってこうご挨拶させて下さい。
初めまして戦士ライオット。
僕はエリクス。アルフィリーガであった者の転生です」
厳しく教育されたのだろう。
優雅で美麗な、挨拶の仕方は貴族と渡り合っても通用すると思えた。
しかも笑顔は美しく、見る者を魅了する。
思わず息が零れた。
これが、勇者の転生と名乗らなければ自分も多分、好感を持てていただろう。
「皇子 神々の神言によってこの子は勇者と認められた者。
彼を良く知る皇子であれば、前世を知るが故に今の姿、言動に違和感もおありでしょうがどうか口を閉ざし、今までどおりお力をお貸し頂きたいものです。
世界の安寧を守りたいと思召されば」
ニッコリと笑みを浮かべ、神官長は俺に告げる。
もちろん、その言葉の裏に示された意味がはっきりと聞こえた。
余計なことを言わず、口裏を合わせろ。
今までどおり。
国と世界を滅ぼされたくなければ、と。
予想通り、こいつらは解っている。
この子どもが勇者の転生では無い事くらい。
いや、おそらく神々が仕組んで作り上げたのだろう。
『偽勇者』を。
「記憶があいまいだと言うが思い出せていることはあるか?」
「共に旅したリーテとミオルの名は思い出しました。
それから魔王を捕え、神々の元に連れて来た時の事も…少し。
あとは、まだ曖昧です」
ふん、と思う。
あいつら二人の名前なら神官長は知っている。
勇者のみが知る情報ではない。
目を伏せた少年は憂いに濡れた貌を上げて俺を見た。
「失礼とは思いますが、お手をお借りできますか?
貴方に触れれば、何か思い出せるような気がします」
「…いいだろう」
『魔王を捕えた』
俺にとっては、もう偽勇者だと自白したも同然なのだが、何ができるのかという気持ちから手を差しだす。
柔らかい少年の両手が自分の手を包み込む。
白くて細い指はしなやかで美しい。
剣の腕、と言っていたがこの手はおそらく、本気で剣を握ったことも学んだこともあるまい。
何から何まで違う。
あの日、出会ったあいつは…
「…ああ、戻って来るようです。
貴方と旅をした時の事を。山の奥で、金も何も持たず魔性と戦っていた僕を、貴方は助けてくれた…。
…ライオ…」
その瞬間、俺の中で何かが音を立てて弾けた。
バチン!
手を弾く音が場にいた者達の耳にやけに大きく聞こえる。
少年の目が驚きに見開かれた。
しまった! と。
己の失敗を自覚したそれは目だ。
自分のしでかそうとする罪の重さも解らない、子どもだと思ったが、それくらい空気を読むことができる頭はあるか。
溢れ、止まらぬ怒りを俺は必死の思いで胸の中に堰き止めた。
「いいだろう。お前を勇者と認めてやる。
その怖れを知らぬ行動は、神が言う勇者の名にふさわしかろう」
偽勇者を見下ろし、俺は言った。
我ながらこんな声が出せたのか、と思うほど低く冷たい音が響く。
「お前が勇者だと名乗るなら、それにふさわしく生きて見せるがいい。
俺は、その生きざま、楽しみに見せて貰うとしよう」
「おお! ライオット様がお認め下さった。
勇者の復活だ!」
「勇者万歳!」
「アルフィリーガが蘇った」
世話役の男と周囲を取り巻く護衛騎士達は、大喜びで声を上げ始めた。
広がる熱狂と反対に、偽勇者の顔色はみるみるうちに蒼白になっていく。
「どうした? 笑え、喜んで見せるがいい。勇者。
皆が勇者の復活を喜んでいるぞ!」
「…何故?」
何故、だと?
愚かな質問だ。
何に向かって問うた言葉なのか解らない。
何故、偽勇者だとバレたのか?
何故、それを追求しないのか?
何故、自分を勇者だと呼ぶのか?
何故、自分がこの熱狂の前に立たなくてはならないのか?
そんなことも解らない奴に応える義理はないが
「これが、貴様が選んだ道の結果だからだ」
背を押され、前に出され。
青ざめた顔の少年に、俺は囁く。
この歓声の中だ。他の奴には聞こえまい。
「…お前は、俺を怒らせた。
俺の親友を騙り、一番大切な思い出に土足で踏み入ったその罪は重い」
『ライオ』
俺をそう呼んだのは、呼ぶことを許したのはリーテとミオル。
そしてアルフィリーガと、その精霊の四人だけ。
呼ばれた瞬間に、怒りに身体が震えた。
500年経とうと忘れるものか。
「己の嘘の重さ、世界を騙す重圧に勇者だというのなら耐えきって見せるがいい」
『友達なんて、生まれて初めてだ。
よろしくな。ライオ…』
あの照れたような、くすぐったいような声で呼ばれた自分の名前を。
自分にとっても生まれて初めてだった、親友の呼び声を。
生まれ変わって、音が違おうと姿が変わろうと。
自分を呼ぶあの『声』だけは解ると、俺は間違えないと信じている。
偽勇者を置いて、俺は部屋を出ていくつもりだった。
「お待ちを、ライオット殿」
神官長が、俺を呼び止めなければ。
「どけ。貴様らの思い通りに、勇者と認めてやったんだ。もう俺の役目は終わりだろう?」
「いいえ、本題はこれからにございます」
うそぶいて見せた俺に、奴は表情も何も読み取れない、真っ白な笑顔で応えて見せる。
「勇者の復活と共に、魔王の再来も予言されております。
神託によると魔王城に人影あり、とも。
世界が再び、闇に包まれる事の無い様に、皇子には勇者の指導をお願いしたく。
皇王からのご許可は頂いております。
そして、勇者が魔王城の城への入り口。それを思い出す為のご助力を」
「!」
俺の周りにナニカが張り巡らされたのが解った。
このイヤな空気は忘れようにも忘れられる筈がない。…ない。
神の檻。
俺からなんとしてでも、魔王城の入り口を聞き出そうと言うのか…。
無駄だと、思いかけて、気付いた。
なるほど。
『勇者』を作り上げた理由はそれかと、ようやく理解できた。
そしてあの子どもが『勇者』に『選ばれた』理由か、とも。
ため息が零れる。
500年経ってもあいつらは、まだ諦めてはいなかったとは。
どうやら大聖都での滞在は長くなりそうだ。
もう少し、菓子を持ってきておくべきだったか。
俺はそんな、どうでもいいことを考えながら、目の前の敵を見据えていた。
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