「それで? 何をして遊んできたの?」
夕方、私はキャンプ場の炊事場でお母さんと並んで、カレーの材料を切っていた。
リオンやフェイ達は向こうでお父さんと火おこし。
「えっとね、アスレチック一通りやって、それから広場の川でザリガニ探しして、それから児童館に行ったよ」
「また、パソコンでインターネットやったり、マンガ読みふけってリオン君達ほっといたりしてないでしょうね?」
「う…。 だって、他にインターネットなんてできないんだもん」
私の子ども時代、まだスマホは存在してなかった。携帯だって黎明を少し過ぎた所。
誕生日プレゼントに携帯を買ってもらっても連絡用。
まだ、インターネットなんてできなかったから、児童館に来て共用パソコンでインターネットのサイトを見るのが何よりの楽しみだった。
後はマンガ。
母が保育士だったから、マンガやアニメに理解はあったけれど、そんなに何十冊も買える訳じゃない。
児童館に来ると図書室でマンガを読みふけったっけ。
小学生になった名探偵とか、植物に詳しい裁判官さんとか、細菌類が目に見える農大生とか。
寄付されたマンガが殆どなんだって。だから手塚マンガとか、ゲームマンガとか、料理マンガ、もうバラエティに富んでいる。
お料理お父さんもここで初めて読んだ。
自炊するようになって自分で揃えた本が『向こうの世界』
異世界で凄く武器になってるなんて世の中不思議なものだ。
「リオンやフェイ達もインターネット初めてだから、面白がってたし」
『この箱の中に情報が詰め込まれていて、引き出されるのですか。面白い、というか凄い仕組みですね』
『インターネット、っていってね。情報はこの箱の中だけじゃなくって世界中と見えない線で繋がっていて見てもいい、ってされたものは世界中の人が端末を持っていれば、アクセス…繋げて見る事ができるんだよ』
『つまり精霊の世界に石で働きかけるようなものか』
『多分、近い、かな? 私も精霊の仕組みとか解らないけど』
フェイやリオンは驚きながらもなんとなく理解しているようだ。
ちなみに周囲は遠巻きな人だかり。
あ、うん。解るよ。
こんな美少年が田舎の児童館に来てたら驚くよね。
しかもフェイやアルなんて完全に外国人だし。
ちなみにアルパソコンには興味を無くして、ホールでトランポリンをしている。
巨大トランポリンが気に入ったらしい。
順番待ちにちゃんと並んでた。
『あ、フェイ。お願いがあるんだけど』
『なんです?』
『これから映し出すもの。できるだけ覚えてて』
『? はい。いいですよ』
「インターネットばかりしてたんじゃないでしょうね?」
「してないって。
時間制限あるし、フェイやリオンと一緒に図書室で本を読んで、それから菊地先生と清水先生に挨拶して…」
私は三十分のパソコン使用制限ギリギリまでフェイと一緒にいろいろな情報を記憶して、それから図書室に行った。
『凄いですね。ここにあるの、全部本、ですか? 魔王城の蔵書にも負けないのでは?』
『ここにあるのは子供向け雑誌やマンガが殆どなの。でも、植物図鑑とかいろいろあるから…』
『おや? マリカちゃん。いらっしゃい。久しぶりね』
『お久しぶりです。先生。今日は誰もいないんですか?』
『いるわよ。お弁当を食べ終ったから勉強してるところ』
奥の部屋を覗かせて貰ったら、そこには学童保育指導員の清水先生が二年生くらいの子に勉強を教えているところだった。
邪魔しちゃいけないので、軽く挨拶して図書室に戻る。
『ここは、ホイクエン、なんですか?』
『基本は遊びたい人が誰でも使える児童館。でも、その一部屋でおうちの人が仕事で、見られない子を預かる学童保育ってのもやってるの。
少し大きい子の保育園、かな?』
私も小さい頃お世話になった。十歳過ぎれば家で留守番も出来るし、クラブとかも多かったからその後はあんまり利用しなかったけど。
『でも、なるほど。ここがマリカの原点の一つなのだとは解ります。
あの大人の子どもを見守る眼差しもマリカと同じ。
それに魔王城で作った玩具や道具の原型がそこかしこにありますね?』
『全部はとても再現できないけれど』
あいうえお積み木や、ままごと道具、ロッカーや縄跳びなどもある。
小さい子が乗り回す三輪車や車はドライジーネを思い出させるのだろうか。
フェイは真剣な眼で見まわしている。
『こっちには他の遊具もあるよ。チェスに、リバーシ、将棋、トランプ…』
『トランプは向こうでマリカが作ってましたね。このチェスにリバーシというのは?』
道具を借りて、フェイに遊びのルールを教えてやって見せたりしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。
『もうすぐ、閉館時間よ』
『あ、すみません』
『今日はキャンプ?』
『はい。向こうのキャンプ場で』
『そう、楽しんでいってね』
『リオン、アル、帰ろう!』
『もうそんな時間か。ありがとな!』
『うん、アル君、また遊ぼうね!!』
親子連れの小学生と仲良くなったらしいアルは手を振っている。
アルはホールでずっとトランポリンしたり、知らない子と一緒にキャッチボールや缶ぽっくり、かくれんぼなどをして遊んでいたらしい。
『リオンは?』
『図書室では? ずっと本を読んでいたようですよ』
図書室に戻ってみると、リオンがいた。
指し込む夕日が光を弾いて、漆黒の髪が金色に見える。
『リオン?』
なんだか別人のように見えたリオンだったけど、顔を上げたリオンの笑顔はいつもと同じ。
優しいものだった。
『ああ、すまない。つい本に夢中になってた』
本棚に本を片付けるリオンを私も手伝う。
あ、マンガの神様の大全集だ。
火の鳥に。アトム…他にも色々。
『こっちの世界は凄いな。こんな凄い物語が誰でも気軽に読めるんだ。
文字だけより絵が付いてるとすんなり頭に入って来て理解もしやすい』
『僕も見たかったですね。今度どんな話だったか聞かせて下さい』
『ああ』
片づけをして、先生達に挨拶をして私達はキャンプ場に戻ってきたのだ。
「とっても、楽しかったよ」
「まったく、マンガなんかいつでも読めるでしょうに。
もっと遊んで来なさいな」
「うん、そうだね。そうすれば良かったかな」
お母さんの言葉に、小さく頷くふりをして私は玉ねぎを切った。
今なら、きっと目尻に溢れる涙を玉ねぎのせいにできるから。
その夜は皆で大カレーパーティになった。
お父さんが飯盒で炊いたご飯にたっぷりのカレーライス。
レタスとトマトのサラダ。
ペットボトルのジュース。
袋を開けて、みんなでシェアしたお菓子。
デザートは果物。
それから
「ほら、ベーコンも良く焼けたぞ。ソーセージも。
リオン君、フェイ君、アル君もたくさん食べなさい」
携帯レンタルコンロでじゅうじゅうと、お父さんが焼いた焼きベーコンが脂の音を立てる。
お父さんは『炭火で焼いたベーコンが一番上手い』って言っていつもキャンプには持ってくるのだ。
「ありがとうございます…。うわあっ、凄く美味しいです」
「こんな美味しいものは食べた事がありません。マリカの作ったものよりも美味しいかも…」
串にかぶりついたリオンとフェイが目を丸くしている。
素直な賛辞はちょっと悔しいけど仕方ない。
「? マリカ。お前、燻製器を勝手にいじって作ったのか?
まあ、形だけ真似てもなかなか、私のベーコンには叶わんさ。何せ日々、改良を加えてるからね」
「うん、お父さんのベーコンが世界で一番だよ」
私も本当にそう思うから。
もう二度と食べられないと思ったベーコンの味を静かに噛みしめる。
「このカレーも上手いです。おかわり!」
「はいはい。いっぱい食べてね」
お母さんはカレールーを三箱買ってきて、ブレンドして作る。
『これが六個でこっちが三個、あと、これも三個入れてコクを出すのがコツよ。
あと、少しコーヒーを入れるのも隠し味。玉ねぎはよーく炒めてね』
普通のカレーに思えても、ひと手間かけて工夫していると知ったのは、お母さんに料理を教えて貰う様になった去年から。
だから、普通のカレーよりも味に深みがあって美味しいのだ。
勿論私の主観、だけれども。
アルはカレーを三杯もお代わりしたし、リオン達もお代わりしていた。
私ももちろんいっぱいいっぱい食べた。
「美味しい? マリカ?」
「うん。美味しいよ。お母さん」
『向こうの世界』では食べられないと、解っているから。
夕食が終わって後片付けをした後、お父さんが花火を出してくれた。
「これは、なんですか?」
「お国には、ないかな? 花火だよ。ジャパニーズ、ファイアーフラワー」
お父さんはそんな怪しい英語を使いながら、リオンに棒を持たせると尖端に火をつける。
パチン、パチンと小さな火花。
そこから一気に、シュウ―――と凄い勢いと音を出して火が吹きだしていく。
「うわっ!」
「何です? これは? 火の精霊?」
「花火っていうの。火薬…火を作り出す元を作ってね綺麗に花のような火を作り出して遊ぶもの」
私も、お父さんに火をつけて貰った。
リオンのは赤い火が真っ直ぐに吹きだすタイプだけど、私のはパチパチと、火花が周囲に飛ぶタイプ。
「すごい…キレイだ…」
アルの瞳が鏡の様に火花を見つめ写していた。
もちろん、フェイもリオンも夢中で見ている。
「精霊の力なしで、こんなことができるんですか?」
「ああ、凄いな。この世界は」
それから、みんなで花火をいっぱいやった。
線香花火、吹き出し花火、にょろにょろ蛇花火。他の人や周囲に迷惑がかからないように打ち上げ花火はしなかったけど、吹き出し花火はやったよ。
昔、お父さんとお母さんと、キャンプに行った時よりもずっと楽しくて、わくわくする時間が過ぎていく。
花火も、ご馳走も、誰かと一緒に
「凄いね」「楽しいね」「美味しいね」
そんなことを言いながら楽しむ方が、一人でよりもずっとずっと楽しいから。
「よーし、最後は線香花火だ。一番最後まで火花を持たせ続けられた人が勝ちだ。
行くぞ! よーい、スタート」
六つの火花が時間差チリチリパチパチと夜の空気の中に光の花を咲かせる。
「あら、失敗。落ちちゃった」
最初に火の玉が落ちたのはお母さん。その後は私、アル、フェイの順でやはり腕の力がしっかりしているからだろうか?
最後はお父さんとリオンの一騎打ちになった。
「よーし、負けないぞ…って、ああ、しまった!」
意気を上げるお父さんの花火はそのまま終了。
最後にリオンの花火が消えると、周囲は真っ暗。
でも、振り返ると高台のキャンプ場、
「うわー、キレイだね」
天上には満天の星。
そして地上には美しい光の花が一面に咲き誇っていた。
「マリカ そっちのテントで寝てもいいわよ」
「お母さん?」
花火を終え、片づけを終え、歯磨きもして、さあ寝よう。
と言う時、お母さんがそんな事を言った。
「リオン君達と、一緒にお話しながら寝たら?
リオン君達なら、変な真似とかしないでしょ? 心配いらないわ」
「お父さんは、ちょっと不安だが…まあ、いい子達なのは解っているからな。
マリカを頼むぞ」
「お父さん、お母さん…」
お父さんは少し肩を上げるけど、視線は同意だ。
子どもを尊重し、信じてくれる両親の記憶と変わらない眼差しに胸が熱くなる。
「…大丈夫です。マリカのことは、任せて下さい」
リオンが顔を上げて約束してくれると
「僕達が側にいる限り、危険な目になんか合わせませんから」
「オレ達は家族みたいなもんだからな。絶対に守るよ」
フェイとアルも頷いてくれる。
「よし、それなら安心だ。
じゃあな、おやすみ、マリカ」「おやすみなさい。マリカ」
「お父さん! お母さん!!」
背中を向けかけたお母さんの背中に、私はしがみついた。
「マリカ?」
「…楽しかった。本当に…楽しかったよ。
私、お父さんとお母さんの子どもに生まれて良かった」
ぎゅう、と力の籠った私の手と言葉の意味が解らないという様に、二人は顔を見合わせるけれど、ニッコリ笑って、私の頭に手を乗せる。
「なんだ? キャンプで大げさだな。だが、嬉しい。
よーし、また来週も来るか?」
「そんな毎週来れませんよ。
でも…そうね。私も貴方が娘で良かったわ。マリカ…」
「ありがとう。お父さん、ありがとう…お母さん…」
なんとなく、予感していたのかもしれない。
私は時間切れを。
やがて、ぎゅっと抱きしめていた筈の身体の感覚は、ふわりと溶けるように空中に消えた。
いや、溶けたのは私の意識、だったのかもしれない。
溶けて、揺れて、消えて…遠ざかって。
私の世界は…静かに静かに…二度と届かない場所に
『向こうの世界』
に戻って行った。
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