宴席を終えた夜。
私とリオン、そしてフェイは第三皇子家に呼び出された。
明後日には出立。
明日は魔王城に行く事が許可されている。
実質、今日がアルケディウス最後の夜だから。
第三皇子家 皇子の私室で私達はお二人と、側近のミーティラ様と向かい合っていた。
「正直に言うとお前達を国の外に出すのは色々と心配ではある。
他国に行けば絶対に騒ぎを引き起こすだろうからな」
「貴方達は目を離すと本当に何をしでかすか解りません。
できれば私もいっしょに着いていきたいのだけれど…」
お父様とお母様。
お二人とも私達を心配して下さっているのは解る。
けど、言葉と態度はあまりにもあからさまだ。
前科がありまくりだから仕方ないけれど。
「しでかすのが心配なんですか? 盗賊に襲われるとかそっちの方は心配して下さらないんですか?
大金や貴重品抱えていくんですよ」
ちなみにしでかさない、とは言ってない。
多分、どんなに気を付けても騒ぎにはなる。
経験上。
絶対。
勿論、自分から騒ぎを引き起こそうとは思っていないのだけれども何故かそうなるのだ。
仕方ない。
ちなみにちょっと拗ねた様に言ってみたら、フン、とお父様に鼻で笑われた。
「アルフィリーガとフェイが護衛するお前達を襲って金を盗れる盗賊がいたら連れて来い。
アルケディウスで騎士位をくれてやる」
正論。まあそうだよね。
私もそう思う。
「魔性だってアルフィリーガがいるなら心配はあるまい。
だが剣で追い払える魔性や盗賊と違って、諸国それぞれにいる魔物どもはそうはいかんだろう。
くれぐれも注意しろ」
「魔物?」
「各国の大貴族達です。
プラーミァも残念ですが一枚岩ではありませんからね」
冗談のように笑い合っていた部屋に緊張が奔る。
アルケディウスは皇王陛下が長く国を治めておられて、信頼と敬愛が篤く余り反乱分子とかはいない。
殆どの大貴族よりも年上で在らせられるので侮る声も殆どない。
大貴族自体は第一皇子と第三皇子の派閥に別れているけれど、王座奪還とかそんな事を考える人もいない。
「不老不死前はいないでも無かったがな。既に捕えられて永久投獄だ。
良くも悪くも変わらない世界で、叛乱を行うのは愚行だと誰もが解っている」
「ただ、プラーミァはお兄様がお若いでしょう?
その為、侮る者、下に見る者もいるのです。
加えてお兄様はあまり神殿や『神』を重視しておられないのでそれを良く思わない者も一部には」
五〇〇年しっかりと国を治めて来てもまだ若い扱いされるのか。
兄王様も大変だ。
…そう言えば国王会議でアーヴェントルクの王様も兄王様の事を『若造』って言ってたっけ。
「ですから、兄上の力を削ごう、もしくは新しい力を手に入れよう。
そう思う者が兄上が直々に招いた皇女に手を伸ばす可能性は少なくありません。
ミーティラ。あれを」
「はい」
そう言ってミーティラ様は私に数枚の羊皮紙を渡してくれた。
「これは?」
「プラーミァの大貴族の名前と夫人、領地の順位と派閥や考えなどを纏めたものです。
五〇〇年前の記憶なので今は変わっているところもあるかもしれませんが、母さんに確認したとことそれ程大きな変化は無いということでした」
「プラーミァに着くまでに出来る限りでいいから憶えておきなさい。
特に兄上に敵対意識を持つ上位の領地には注意が必要です。
マリカの知識、あるいはその存在そのものを狙って仕掛けて来る可能性があります」
「うわっ…」
アルケディウスの領地を覚えた時の悪夢再び、だ。
でも憶えないと自分の身が危険なのだからやるしかない。
「それから義兄上にも気を付けろ」
「え? 兄王様に?」
そう言ったのはお父様だ。
ティラトリーツェ様に言わせないように気を遣ったのだろう。
お母様自身も苦く笑って否定はしない。
「義兄上から何度も言われているだろう?
お前を国に連れて帰りたいと。
流石に一時の欲に狩られてお前の出国を許さないなどということをなさるとは思わないが、お前を懐柔して国に取り込もうとあの手この手を仕掛けて来る可能性はある」
「一番可能性が高いのはグランダルフィに求婚させて其方を嫁に迎える。かしらね。
後は貴重な香辛料、食材で釣るとか?」
「え? でもグランダルフィ王子にも奥様がお有りでしょう?」
王子にも選ぶ権利はあるのではないだろうか?
五〇〇年連れ添った奥様を差し置いて、皇女とはいえ成人前の他国の姫を迎えるとか…。
あ、でも政略結婚ならあり?
「プラーミァからアルケディウスの皇王陛下の第二妃に皇女が嫁いだ例もありますから。
兄上ならできないとは思わないでしょうね。
グランダルフィの妻は、大貴族の娘で、幼馴染。
他に妻を持たない愛妻家なので、本当に政略結婚になるでしょう。
グランダルフィ自身は良い子であると思いますが、私は婚姻を積極的には勧めません」
「母さんが、留学を一時休止して同行、国へと戻ります。
もう少し知識を学びたいとのことなので、完全帰国では無いですが、アルケディウスの情報、マリカ様の情報をプラーミァに伝えるでしょうから油断は禁物ですよ」
ミーティラ様のお母さん、コリーヌさんはお母様の出産にも立ちあった。
あの時のやらかしも色々と見られている。
「勿論、グランダルフィ以外の求婚者も湧いて出るでしょう。
リオン。婚約者としてしっかり退けなさい」
「お任せ下さい」
頷くリオンの静かな瞳には決意が輝く。
今回の旅ではリオンは、私の護衛兼婚約者として扱われる事になっている。
でないと各国の王や領地が本当に嫁に取ろうとごり押ししてくる可能性があるからだ。
婚約者がいても関係ないとごり押して来る相手は当面蹴散らしていい、とお父様から許可が出ている。
私は左手の薬指に填めたカレドナイトの指輪にそっと触れた。
この指輪にかけて私はリオンを信じる。
絶対に。
「お前は各国王が招いた国賓だ。
傷つけたり、国から出さないという事になれば遊びでは無い戦になる。
故に身の危険はそうないとは思うが、言動、行動には十分に注意しろ。
万が一にも、正体、『能力』を知られるな?
知識について問われたらアルケディウスに残る古い資料で知ったとでも言っておけ。
フェイは皇王陛下もおっしゃった通り、力は押さえろ。特に転移術には注意が必要だ。
よっぽどの事が無い限り使用は禁止を徹底しろ」
「解りました」
「アルフィリーガは言う必要も無いだろうが、勇者の転生であることを知られるなよ。
知られたら最後、どの国も、例え戦争になろうともお前を手に入れようとするぞ」
「ああ。解っている」
実際の所、私よりも二人の方が手に入れる事で生まれる実利は高い。
私を人質に取って二人が脅されるなんてことには絶対にならないように注意しないと。
「アルケディウスの利よりも、自身の安全をとにかく考える事。
無いと思うが金や食材に目が眩んで、安易な約束をするなよ。必ず毎日連絡をよこすんだ」
「はい」
「それになんだかんだで多少の情報があるプラーミァと違い、エルディランドは殆ど情報が無い。
木材、製紙印刷が盛んであるということくらいだ。
ただ、精霊信仰も深いし、大王様の影響力も強い。
いきなりシュトルムスルフトなどに行かれるよりは安心できるが…」
「今後、其方達が行く国については情報を集めるようにしています。
ただ、今回は間に合わなかったので本当に注意するのですよ。
新しい情報が入り次第通信鏡で知らせます」
具体的かつ、きめ細かい指示はお二人が私達を心配してくれている証。
ふうと、身震いも出てきた。
これから私達は、ガルフもライオット皇子もティラトリーツェ様も守ってくれない、他国に行くのだ。
「マリカ」
細かい私の震えに気付いたのだろう。
お母様が私の肩をふんわりと抱きしめた。
「お母様」
暖かい思いが伝わってくる。
「基本的には、貴方達を信じています。
多少の困難は退ける事ができると思うからこそ、他国に送り出すのです」
「お母様…」
「色々言ったが、お前達が他所で何をしでかしたとしても、お前達の行動の責任は全てアルケディウス皇王家が負う。
それがお前達の心に恥ずべきことで無ければ。
国や俺達の顔に泥を塗るとか、国を背負っているとか、難しい事は考えなくて良い。
お前達はお前達の信じるとおりに、正しいと思う事をして来い。
そして無事に帰って来るのだ」
子どもの行動を妨げず、やりたいことを尊重し、なおかつ信じて新しい世界に送り出してくれる。
こんな素晴らしい保護者は、むこうにだってそうはいなかった。
ならば、私達はその信頼に応えたえないとならない。
昔、大好きだった絵本があった。
お母さんに頼まれておつかいに行く女の子のお話。
子どもにだって心がある。
自尊心があり、プライドがある。
誰かの役にたちたいという心がある。
信頼に応えたいと思う心があり、何かを与える事ができるのだと伝えたい。
だから、私はこのぬくもりにかけて誓う。
「はい。行ってまいります。お父様、お母様」
翌々日。
水の一月 第一週 木の日。
私達は盛大な見送りと共にアルケディウスを旅立った。
馬車十台と二十人以上の大所帯。
壮大な、『はじめてのおつかい』の始まりだ。
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