この世界において現在、最高存在とされるのは『神』だ。
人々に不老不死を与えた万物の創造主にして支配者ということになっている。
実際にはこの世界の創造主は『星』と呼ばれる存在で、『神』も『精霊神』もその仲間で『星』の力を運用しているだけだと聞くけれど。
簡単にできる事ではないとはいえ、人々の生殺与奪。
不老不死の授与と剥奪を行える為、神殿は王家と対等、またはそれ以上の存在と位置づけられている。
国は租税の根幹である住民税の徴収を神殿に委託しているというのもあって、首に鎖を付けられているような状態だ。
基本的には政治には不干渉。
でも租税を司っているので、いざという時の発言力は高い。
必要があれば王族さえも神殿に呼びつける『神殿』の神殿長がわざわざ王宮に足を運ぶのは異例な事だとお母様は言った。
「まして、大貴族しか参加できない戦勝を祝う晩餐会と、大祭を締めくくる舞踏会にごり押しで列席するなど今まで在りえなかったことです」
「では、一体なぜ…」
「さっきも言ったでしょう。貴女の獲得の為です。マリカ」
「え?」
王宮へ向かう馬車の中、お母様は静かにそう告げる。
膝には二匹の精霊獣。
お母様の意向で中にいるのは二人だけだ。
「大神殿で神官長に絶対国を離れぬと、言い切ったのでしょう?
であるなら、アルケディウスから離れなければよい。アルケディウスの神殿に迎えて『聖なる乙女』としての役割に括る。
そうすれば『聖なる乙女』と『精霊獣』は自動的に神殿のモノ。
おそらくそんなことを考えているのではないでしょうか?」
「え? 嫌ですよ。私、神殿に住み込むなんて。
監視されて自由とか絶対に無くなるじゃないですか!」
「勿論、自由など無くなりますね」
きっぱりと言い切られてしまった。
抑揚のない返事はお母様が勿論、そんなことを望んではいないという証拠だけれども
「毎週の安息日の礼拝に偶像として駆り出され、後はやることも無く神殿の奥に閉じ込められる日々。
神殿も『新しい食』には興味があるでしょうから、料理指導は求められるかしら。
私達と会うのも、国の公務やゲシュマック商会の仕事をするのにも、神殿の許可が必要になる。
貴女が神殿に奪われる、という結果の果てにあるのはそういうことです」
真剣に最悪。
そんな事になったら魔王城にも帰れないし、お母様達とも自由に会えなくなる。
下手したら側近入れ替えとか『乙女』を求めるならリオンとの婚約解消とか…も。
嫌だ、絶対に嫌!!
「断る方法は無いんですか?」
「勿論、全力で拒否しますし、しています。
ただ、神殿長がわざわざ領域外である晩餐会や舞踏会にやってくるのは、皇王陛下、大貴族、皇族の前で、貴女が神殿に所属する者であると告知し、取り込む為であろうと思われるのです」
民族衣装で皇族が服装を固めるのは
マリカはアルケディウス皇王家の一員であり、手放すつもりは無い。
というパワードレッシング。
それで空気を読んで諦めてくれればいいのだが、口にされれば私が拒否するしか無くなり、神殿の顔を潰す。
神殿長にとっては門外の貴族社交界。
それをいいことに、力推しで攻めて来る。
なるべくこちらのペースで事を運び、相手に口を出させないようにするしかない。
とお母様は言う。
「リオンとの婚約も正式に発表しますから、そのつもりで」
「はい」
リオンは夏の戦でも勲功を上げ、今はもう騎士貴族の中でも一目を置かれる存在だ。
第三皇子の娘の娘婿としてなら文句を付けられることもないだろう。ということなら私に異論はない。
婚約者がいると『乙女』を強要する神殿をけん制する意味もある。
「とにかく、貴女は毅然とした態度でいなさい。
そして神殿が何を言って来ようときっぱりと拒否する事。
本人が受け入れてしまったら私達が何も口を出すことはできなくなってしまいますからね」
「解りました」
一番在りえそうなことは、私の大切な人たちの不老不死を盾に取って、だろうか。
でも、そんな事をすれば逆に批難されそうに思う。
税金を払っている市民には王家だって無理は押し付けられない。
まして慕われている皇王家とか正当な理由もなしに不老不死を取られたりしたら、国中や世界中が神殿に不信感を抱く。
大神殿の時のように、そんなことをしたら私は仕事をしない、ときっぱり断れば無理強いはできない筈だ。
多分…。
自分に言い聞かせながら、私は言いようのない不安が胸に広がっていくのを感じていた。
お城に入り、お母様と一緒に控えの間に向かう。
その時に
「え?」
私は信じられないものを見た。
「王宮に、子ども?」
白い服を着て、幾人かの男達の後ろ、荷物を運ばされている子どもが二人。
「何をしている! 早く来い!」
「は、はい!」
男の子と女の子。
どちらも私より下も下。
エリセやミルカと同じくらいに見える。
声をかけようとしたけれど子ども達の前にいたのは
「ペトロザウル様…」
「これはこれは『聖なる乙女』ご機嫌麗しゅう」
アルケディウス神殿長、ペトロザウルだった。
そんなに幾度も顔を合わせた訳ではないけれど私が会うのは儀式の時なので神殿の長らしく、白を基調にした豪華な服を着ている彼。
今回はいつにも増して煌びやかな服を着て、派手な宝石のたくさんついた杖を持っている。
一番大きな石は、雰囲気が違うので精霊石かもしれない。
でも、そんな外見に私の興味は無い。
私が気になったのは…。
「ペトロザウル様、こちらの子ども達は…」
「ああ、神殿が拾いあげ使っている者達にございます。
まだ幼くて大した役にも立ちませんが…。
ほら! お前達! 『聖なる乙女』に向かって頭が高い!」
「ペトロザウル様!」
ぼんやりと私を見て立ち尽くしていた子ども達はペトロザウルの持つ杖に撃ちつけられて膝を折る。
酷い!
抗議しかけた私の手を、ぐいっとお母様が掴んで引き戻した。
「今日の宴に参加なさるのだそうですね。ペトロザウル殿」
「はい。門外漢とは承知しておりますが、此度の大祭は宿敵アーヴェントルクを数年ぶりに打ち破ったばかりか『精霊神』が復活し、高位精霊も訪れた記念すべき祭り。
神殿からもぜひ、最高の祝福を国に、民に、マリカ様に贈りたいと存じております」
お母様と話をしているけれどペトロザウルの眼差しは私を見ている。
「私に…ですか?」
「はい。
相変わらずお美しいですな。マリカ様。
ですが、姫君には儀式で纏われた聖女の衣装が何よりお似合いであると存じます」
獲物を見つけ舌なめずりする獣のように、鋭い眼差しで。
「失礼。皇子との待ち合わせがあるのです。後ほど宴にて」
「はい。アルケディウスが誇る『新しい食』
本格的に味わうのは初めてでして。楽しみにしております」
最低限の挨拶を交して私達はすれ違っていく。
広い王宮で、しかも控室は遠く離して貰ってある筈なのにすれ違うなんて…
「…もしかして、ワザとでしょうか…」
「おそらくね…。一時の感情に乗せられてはいけませんよ」
はい、とは頷けなかった。
私の目には、胸にはあの子ども達の、怯えたような眼差しが今も深く焼き付いていたから。
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