【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国の大祭 一日目 濡れ衣と救世主

公開日時: 2025年6月2日(月) 09:14
文字数:3,741

 私はどうも、自分自身の突発的トラブルに弱いらしい。

 子ども達や他の人や、大切な人の事であれば冷静(?)に対処できていると思うのだけれども、こと自分の事となると頭が働くなると言おうか、なんだかパニックになってしまう。


「ほら! 文句があるのなら言ってみなさいよ!

 私に罪を擦り付けて、自分達が逃げようとする寸法で……、でもそんな手に乗る私じゃ……」


 リオンに押さえつけられているのに、怯むことなく悪態をつく女性。

 私がなんとか反論しようと震えを押さえつけた、正にその時だ。


「ふう、仕方ない、か」

「え?」


 背後から聞き覚えのある声が呆れたように、私の頭上に落ちる。


「マリカ!」

「は、はい!!」

「シャンとしろ! やってもいない罪に怯えるな。

 反論しないということは、罪を疑われても仕方ないぞ!」

「お父様!?」


 暖かく強く鋭い声。

 振り返れば、そこにはお父様。アルケディウス第三皇子ライオットが立っていた。

 気が付けば周囲も騒めいている。

 そりゃあそうだ。大祭の祭りの中に第三皇子がいれば。

 何故にこんなところに?

 私の飛ばす疑問符に気が付いたのだろう。お父様は軽く肩を竦めると、私の背中を強く押した。気合を入れる様に。


「話は後だ。しっかりと釈明しろ。

 自らの無実を自分の言葉で示せ」

「あ、はい!」


 マリカ、と名前を呼ばれたら不思議なほどに頭がはっきりした。

 そうだ。私は皇女マリカだ。

 こんなところで相手のペースに引き込まれてはいけない。

 自分の足で進み出て、私はリオンと彼が押さえつける女性の前に立つ。


「申し訳ありませんが、私はスリではありませんし、他人の財布を取ったりもしていません」

「な、何を言ってるのよ。現実にあんたの服の隠しから他人の財布が……」

「どうして、これが他人の財布だと解っているのですか?」

「え?」

「なんの変哲もない財布や袋。どうしてこれが私のものではないと、貴方が証明できるのですか?」

「だ、だって違うとさっき自分で言って……」

「別に名前も書いてありませんよ。念の為に祭りの為に大目に持ってきたんです。

 だから、これは私のものです。と言ったらどうするのですか?」

「そんな筈はない! あんたは盗人で……」

「ああ、貴方が持っていたこの財布は私のものですよ。中に入っていたのは高額銀貨3枚と少額銀貨3枚。それから高額銅貨2枚と中額銅貨5枚。袋には第三皇子家の紋章が刺繍されている筈」

「! 第三皇子家!?」


 青ざめた女性の側から私の財布を拾い、中を改めて見せる。

 言った通りの枚数の(かなりの大金である)硬貨が出てきた事。そして指示された刺繍が第三皇子家の物であると確認すると周囲の人たちが声を失う。


「申し訳ありませんが、私は他人の懐に手を入れなくても、やっていけるくらいのお金は持っております。だから、私がスリや盗みをする必要はないのですよ」

「だ、だったらなんで!」

「それは、私がお応えいたしましょう!」


 ざわっ! 

 騒めきが一層大きくなる中


「はいはい。ちょっと失礼!」


 良く通る、訓練された発声のテノールが人ごみを割って進み出て来る。

 周囲の人たちが息を呑み込んだのが解った。

 何故ならそれは、ほんのついっさきまで舞台の上に立っていたグローブ座のエンテシウスだったから。

 縄で手を括られた少年を引き連れ、肩に白い兎のような獣を乗せて。


「事実は、創作よりも奇なりとは古い言葉でありますが、正に真実でございますな」

「エンテシウス」

「このような場で知らしめるのは御本意では無い、どころか迷惑と存じてはおりますが、どうぞお許しを。

 我が一座の後援者にして恩人。

 アルケディウス皇女 マリカ様にグローブ一座長 エンテシウス。

 ご挨拶を申し上げます」


「マリカ様!?」「まさか、皇女様がホントにお忍びで?」


 優雅に膝を付き舞台口上のような挨拶を述べるエンテシウスに、周囲の騒めきはもはや歓声に近くなる。

 ついに正体バレ。

 まあ、お父様が出てきた時点で諦めてはいたけどね。


「……皇女? そんな……。そんなバカなことって……」


 女性は血の気の引いた顔でガタガタと震えている。


「エンテシウス。このような場所で、という苦情は今は止めておきます。それで、この子は?」

「その女性の連れにございます。縄で括りましたことはどうかご容赦を。子どもに優しい皇女様にはお気に障ると解っておりますが逃がすわけには参りませなんだ」

「連れ?」

「皆様はご存じないかもしれませんが、舞台の上から観客席というのは存外、良く見えるもの。私は舞台袖から皇女様をお見掛けして以後、眼で追っておりましたところ、そのスリの女性が近づくのを見かけ、事を為すのを確認致しました。見事な手腕はほれぼれする程で」


 立ち上がり、まるで舞台のセリフを諳んじるかのように語るエンテシウス。

 多分、私の言葉に応えるように見せかけて、周囲の人たちにも言って聞かせているのだろう;


「その後、少年騎士が犯人を取り押さえたタイミングで彼女が皇女様に近づく前に一緒にいた子どもが、皇女様の元に近づくのも。

 それが彼でございます」

「母さん!」

「こら! バカ。こんな所で!」

「母親を救う為に皇女様の服の隠しに掏り取ったものを入れたのでしょう。

 おそらく、前々からそう定めてあったのやもしれませぬ。

 母親が捕まったら、追及から逃れる為に、近場の誰かの隠しに財布を入れ、騒ぎを起こしその隙に逃亡すると」


 ロープを離された子どもは、女性に向けて駆け寄っていく。

 バツの悪そうに顔を背ける女性。でも子と知り合いであることを否定はしていない。


「舞台を止める様に命じて、子どもを追ってみれば何やら物陰で動物やら、銀の魔術師やらと争っておりまして。なので、実際この少年を捕らえたのは私ではございません。

 私は証人と証拠を、この場に運んだだけの伝言役にございます」

「銀の魔術師……。そっか。だからピュール達も」


 エンテシウスの肩と子どもの頭上で、照れたように顔を背けるのはピュールアーレリオス様ローシャラス様だ。二匹の精霊獣は、私達を心配してか、祭りを楽しむ為か。

 どうやらこっそり人界に降りてたっぽい。時折感じていた気配や視線はきっとそういうこと。多分、フェイも側にいたのかな。彼は密入国だから、顔を大っぴらに出すわけにはいかなくて、エンテシウスに頼んだんだね。


「つまりこういうことです。皆様方。

 この女性は子どもとともに祭りの油断をついて、人々の懐から財布を抜き取っていた。

 それを、皇女の守護騎士に気付かれ捕らえられた。

 逃亡の機会を窺う為か、それとも少女に罪を擦り付ける為か。

 少年は皇女の隠しに掏り取った財布を投げ入れたという次第でございましょう」

「なるほど」「皇女様が盗みなんてする筈ないよな」


 エンテシウスは役者だ。

 その指先から、声の一言。セリフの間合いまで全てが人を惹きつける計算に基づかれていて、説得力が凄まじい。・


「そもそも、俺の娘がスリなどする筈はない。

 そんな技術も度胸もあるわけなかろう」

「度胸であれば、皇女に勝る方はそうそう有るとは思いませんが」

「エンテシウス」

「おやおや、これは失敬」


 少々茶目っ気がありすぎるけれど、私に代わって、真相を朗々と語ってくれたエンテシウスの言葉に周囲は納得しつつある。

 お父様、皇子ライオットも息を吐き。


「女」


 悔しそうに唇を噛みしめるスリの女性に顔を向けた。


「!」

「盗みもそうだが、我が娘に罪を被せた罪は重いぞ。

 祭りの平穏と、我々の計画をぶち壊したこともな」

「お父様!」

「それとも、もう一度言ってみるか?

 アルケディウス皇女にして俺の娘。『聖なる乙女』マリカがスリであると俺と大衆の目の前で」

「あ……う……」

「運が悪かったな。まあ、スリなどを行った時点で貴様らは選択を誤っていたのだが」


 お父様が親子を見下し、無表情に言い放つ。

 その視線も、言葉も正しく氷のようとしか言い表せないくらいに冷淡。

 温度が無い、どころではなく寒々とした氷点下だ。


「リオン。そいつを子どもと一緒に詰め所に連れて行き、衛兵に引き渡せ。

 後で俺が直々に裁可する」

「お父様!」

「悪いがお前には任せておかぬぞ、マリカ。お前は子どもや親子に甘すぎる」

「でも! 子連れでスリをしないと食べられないような環境を作ってしまっていたのは私達皇族です。ここは穏便に……」


 母親に依りそう子どもは多く見ても十歳にはなっていない。

 スリや盗みは良くない。

 勿論、絶対に。

 でも、不老不死前の時代から女手一つで子どもを産み、育てていたのだとしたら、そこは情状酌量されてしかるべきだと思う。


「はあ、お前は絶対にそう言うと思ったがな」


 お父様は悔し気に舌を打つと頭をボリボリと搔き始めた。


「まあ、その話は後だ。

 せっかくの最後の祭りを、思いっきり楽しみたかったのに、ここで終いか」

「え~! ヤダ!! まだおしばい、みおわってないのに!」

「ヤダ! マリカねえさまにバレたのなら、いっしょにおまつりであそぶの!」

「へ? ってわあっ!」


 振り返ると同時、足にドンとぶつかってくる可愛らしい衝撃二つ。


「フォル君! レヴィーナちゃん?」

「私もいますよ。マリカ」


 エンテシウスが、優雅に笑ってもう一度、方向を変えて膝を折る。


「お母様」


 私が双子ちゃんを抱き下げる様子を華やかな笑顔で見つめるお母様。

 騎士の装いで佇む第三皇子妃 ティラトリーツェの姿があったのだった。


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