私達、魔王城の子どもが前に出る一番の目的は、子どもの価値を高め、認めて貰う事だ。
打ち捨てられ、奴隷の様に扱われている子ども達が、侮れない実力を発揮すれば、自分達も拾って育ててみようという人が出てくるかもしれない。
それが子どもにとって良い事になるとは限らないけれど、少なくとも生きるチャンス。
認められるきっかけになるのではないか、と思っている。
そして、今、目の前に一人の子どもが現れた。
歳の頃は十三~四歳くらい。
リオンとほぼ同じくらいか、少し大きく見える。
「其方達の子にしては若いと思ったが、養子か…」
「ああ」
お父様の問いに、ああと頷くプレンティヒ侯爵は子どもを見やる。
「うちの実子は揃って放蕩者でな。
仕事もせずに遊び暮らしている。
なら、乙女や少年騎士のように子どもに教育を与えて育ててみればどうかと思ってやってみた。
その中でもこれは、なかなかの拾い物でな。護衛士として側に置いているが頭もいいし身体も効く。
養子待遇を与え、補佐役見習いとして育てているところだ」
養子待遇、ということはあまり酷い目に合されたりはしていないよね。
私は探るようにクレスト少年を見ながら声をかけた。
「始めまして。クレスト様。
侯爵の養子となられるなど、優秀でいらっしゃるのですね」
「私は勇者の転生候補として集められた者の一人でした。
残念ながら勇者の転生では無い、という判定を受け、野に放された後、侯爵家に拾われました。
下働きから見出して頂き、教育を与えて頂いたこと、心から感謝しております」
言われてみれば金髪、碧の瞳。
勇者アルフィリーガと同じ色だ。
行き場の無かった子がチャンスを掴めたのなら、それはとても良かったと思う。
「まだまだ、表に出て来る子どもが少ない時代です。
どうか、仲良くして下さいませ」
「『聖なる乙女』からそのような言葉を賜れますとは、光栄でございます。
まだまだ、未熟の身。
名高き少年騎士や皇王の魔術師にはまだまだお呼びも尽きませんが、こちらこそ、どうぞご指導を賜れれば幸いです」
私の言葉にクレスト少年はそう殊勝に応えるけれど目には強い、意思や力が見える。
お前達になど、負けない。
そんな挑むような眼差しだ。
「間もなく、夏の戦になる。
クレストはトレランス皇子に小姓として貸し出す予定だ。
少年騎士。
先達として面倒を見てやって貰えるとありがたい」
「解りました」
話を向けられたリオンが了承の意を返す。
大丈夫かな。
皇子がリオンの正体口を滑らせたりしないといいのだけれど。
その後は『新しい食』についての話や、戦についての話をして侯爵は帰って行かれた。
後で気が付いたのだけれど、侯爵は一度も私を名前で呼ばなかった。
終始、私の事は『聖なる乙女』リオンのことも『少年騎士』としか呼ばなかった。
あくまで彼にとって私達は利用価値のある道具でしかないのかな、とも思ったり。
クレスト君は良くして貰っているだろうか?
少し心配になる。
勿論、世界中、全ての子どもを私達が抱え込むなんてできる筈は無い。
だから何かかあれば、救いを求められれば助けたいと思うけれど、基本は祈るしかない。
彼等が少しでも良い環境にいられるように。
と。
そんなこんなで、いろんな貴族達と挨拶を行ううち、広間が騒めいた。
BGMも止まる。
最奥、舞台の様に段になっている場所に皇王陛下と、皇王妃様。
第一皇子と第一皇子妃が現れたのだ。
シンと、皆が息を呑み込む広間に一歩、前に進み出た皇王陛下の声が響く。
「エルトゥルヴィゼクス。
アルケディウスを支える者達よ。
今年もまた、輝きの季節がやってきた」
社交シーズンの始まりを高らかに謳うその声は、拡声器も何もないのにはっきりと耳と心に届く。
「昨年、アルケディウスの皇王家は新たに三人の皇族を迎えるという幸運の年となった。
今年はさらに飛躍の年となるだろう。
世界は変わろうとしている。
アルケディウスはその先陣に立ち『新しい食』を始めとする変わりゆく世界の導き手となるのだ」
列席者の目が歓喜や期待に輝く。
既に『新しい味』の事業に恩恵を受けている領地は少なくない。
そうでなくても、今日、あちらこちらに用意していたお茶菓子の皿はもう、ほぼ綺麗に空っぽだ。
『新しい味』が大貴族達の心を虜にしている事は間違いない。
「加えて、アルケディウスには大聖都が認める『聖なる乙女』が舞い降りた。
おそらく、夏の戦の後に、皆に面白い報告ができるだろう」
『聖なる乙女』云々は吹聴しないで欲しいと思うけれど、これは仕方ない。
ただアルケディウスの『精霊神』が復活できなかった時の為にまだ、プラーミァの精霊獣は連れ出さず、吹聴はするなとも言われている。
復活できないということはほぼ無いとは思うけれど。
そのせいで軽く失望されたとしても、知った事では無い。
「『新しい味』の他にも新技術の発明などもあった。
予言しよう。
今年の夏、其方達は飽きる暇を有する事は無い、と。
知見を広め友との交流を深めよ。
皆に、良き出会いがある事を願っている」
その後は、皇王夫妻、第一皇子夫妻を含めての歓談が続くことになる。
おかげで第三皇子家の周りに集まってくる人は少し減った。
「気を抜くのではありませんよ。
余裕がある上位領地よりも、下位領地の方が必死で情報や其方を求めて来るということは在りえますからね」
「はい。お母様」
私の気の緩みを読んだかのようにお母様に囁かれれば、私も顔を上げるしかない。
そこから後は、比較的下位の貴族達の挨拶を受けた。
タシュケント伯爵家は、まだ顔を合わせられないのだろう。
本当に最低限の挨拶だけして下がって行った。
私も深く話したいとは思いわない。
間を置いた方が互いの為だと思う。
「その節は申し訳ありませんでした」
ドルガスタ伯爵家は、夫人が一人で参加している。
未だに風当たりは相当強いようだ。
「あまり恐縮なさらないで下さい。
今後は良い関係を作って行けたらと思います」
私自身が手を取り、夫人にはそう声をかけた。
今は第三皇子派閥に入っている事になっている。
「エルディランドから預かってきたアルケディウスでは珍しい野菜があります。
もし良ければ御領地で実験栽培などして頂けないでしょうか?」
ドルガスタ伯爵家は比較的北の辺境領地で土地が肥沃という訳ではない。
米は無理でも小豆や大豆はいけるのではないだろうか。
比較的痩せた土地でも大豆はけっこう実るらしい。
肥料も堆肥や草木灰を混ぜるくらいで良いというし。
一年間、色々と調べてみたけれど、農業という第一次産業が無かったせいで、各領地、仕事や収益を得る方法がけっこう限られているのだ。
なのに税金はしっかりとるせいで一般市民は貧しいままだった。
でも、これからは変えていけると思う。
「ありがとうございます。
喜んで協力させて頂きます」
収穫された大豆を全量買い取ればきっと、領地の収益にも貢献できる。
最終的には醤油は無理でも、他の大豆加工品で産業を行うって手もあるしね。
孤児院の運営などにもかなり真剣に取り組んでくれているから、私個人は夫人に悪印象はないのだ。
むしろ彼女も被害者、助けてあげたい。
現在、最下位領地であるドルガスタ伯爵家が良い条件を引き出したと見るや様子を見ていた他の領地などもやってきて挨拶をしていく。
結局、基本の交渉はお父様とお母様にお任せしつつ、私は終始にこやかに笑顔を作り続けた。
なんとか大失敗や余計な事はしなくてすんだと思う。
私、頑張った。
やがて舞踏会は終幕、ラストダンスかな、と思っていた頃。
突然、空から命令が降ってきた。
「マリカ。
リュートを弾いてやれ」
と。
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