【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

風国 大祭と裏側の思惑

公開日時: 2025年4月30日(水) 08:14
文字数:3,830

 翌日、シュトルムスルフトの大祭は『聖なる乙女』の舞で、華やかに幕を開けた。

 私は舞を終えた後は直ぐに下がったので、直接、お祭りを見ることはできなかったけれど


「ほら。見るがいい」

「うわ~、みんな楽しそうですね」


 神々の空間、疑似クラウドで私とピュールが浮かぶ目の前に、風の精霊神にしてこの国の守り神、ハジャルヤハール様。愛称ジャハール様はテレビのような映像を浮かべて見せてくれた。

 舞の後の精霊神様への御挨拶。

 今日は私とピュールアーレリオス様だけだ。


 大通りを埋め尽くす人々。

 路肩を埋め尽くす屋台の数々は目を見張るほど鮮やかで、人々は店を冷やかしながらのショッピングを楽しんでいる。

 服や飾り物、屋台ゲームなどの店が主だけれど、食べ物の店もけっこう多い。干しナツメヤシ、干し杏、ザクロ、ヤシの実のジュースなどや冷水で冷やしたキュウリ風野菜、ふかしパータトなど食べさせる店が多いのは多分、あまり複雑な調理が必要ないから出しやすいのかも。

 一方でアルケディウスから伝えられたソーセージや燻製肉を焼いて売っている店もある。

 巨大な薄切り肉を大きな棒に貼り付けて、炭火で焼くケバブや、羊の臓物を茹でで味付けしたものをパンに挟んで売る店は行列ができていた。

 まだ、アルケディウス程では無いけれど、シュトルムスルフトでも食事をする習慣が戻ってきているみたいで、良かったと思う。


「うわっ! アレはサバサンド? 美味しそう!」

「揚げるのではなくグリルしたものだがな。最近、アマリィヤが海辺の街と王都の転移陣を繋いだから、海産物なども徐々に入ってくるようになった。淡水魚も最近はけっこう食べられているぞ。ナマズとか、サーモンとか」

「ナマズ」


 日本ではあんまりなじみが無かったけれど、外国ではポピュラーな白身魚だと聞いたことがある。フィッシュアンドチップスで有名な魚のフライもナマズで作ったりするんだって。女王に就任されてからアマリィヤ様が政務と同時に力を入れているのは、長い年月で壊れた転移陣の修復で、この三年の間に国内の各都市と王都直通のものはほぼ完全に修復されたという。

 事前申請と使用料は必要だけれども、普通に旅をするよりは早いし、総合的に見て安いので大貴族は勿論、一部の商人達も利用するようになったとか。そのおかげで海の魚が今は普通に王都のまな板の上に乗るようになっている。


「ふむ、風の魔術が使えるというのはやはり大きなアドバンテージになるな。

 移動時間が短縮できるのが大きい」

「とはいえ、便利だからと言ってあんまり転移術に頼られてもな。転移陣で運べるものや量は限られているし。大量輸送には向いていないし。

 せっかく石油があるんだから、自動車や船をもっと活用して欲しいところだ」


 ピュールとジャハール様はそんな会話をしながら国を導く神様っぽく下界の人々。その営みを見守っている


「まあ、こんな賑やかで楽し気な風景を見られるようになったのもお前のおかげだ。感謝している。マリカ」

「いえ、私は大した事は何も。アマリィヤ様を始めとするシュトルムスルフトの方々の努力のおかげです」


 本当にそう思う。

 だって、三年前とは全く違うもの。街並みに見える華やかな色合いのスカーフや服。

 あれは、きっと女性達だ。店で忙しく働いている人も多い。

 ここ数年で女性の社会進出が進み、外に出る事が当たり前になってきたからだろう。きっと。


「まあ、それはそうだ。

 アレはとてもよく頑張っている。王の素質、人の才能や、能力、努力に男女の差はないのだと証明してくれているのだから。

 ただ、アレも思い込んだら一直線な所が俺に似て、フェイのこととなると色々とな」

「色々?」

「ほら、見ろ、というか聞け」


 くいっとジャハール様が指さし、ピントが合った祭りの一風景。

 リュートを抱え、唄う吟遊詩人がいる。


「~♪~♪ 讃え有れ、風の王子~♪

 聖なる乙女と共に、大陸を守護し、風を渡る~♪」

「え?」


 人々が取り囲む輪の中で吟遊詩人の青年が誇らしげに歌っているのは……


「フェイの歌?」

「フェイとはっきり名指しされている訳ではないがな、アルフィリーガ伝説みたいに名は伏せているが、解る人にはわかる、って感じで『聖なる乙女』の義兄弟。

 風国から生まれた孤児でありながら、才能で実力を示し自らの力で地位を築いた天才の物語が唄われている」

「……もしかして、アマリィヤ様が仕組んで?」

「ああ。

 仕組んで、というか、王族として戻ってきた時に民に受け入れられるようにってことだろうな。精霊神の試練を潜り抜けて、王の杖を手に入れた王子の伝説劇もあるぞ」

「うわ~」


 フェイが知ったら顔を真っ赤にしそうだ。

 恥ずかしがるか、怒るか。

 だから、移動の時、フェイまで大歓迎されていたのか。


 アマリィヤ様は、本気でフェイに戻ってきて欲しい。と考えている。

 それは、二年前、フェイの素性がはっきりとした時からおっしゃっていて変わらない。

 何度も。何度も言っていた。

 フェイが望まないなら無理強いはしないと誓っているけれどその気持ちは消えないのだろう。


 愛する妹の忘れ形見。

 ただ一人の弱音を吐ける身内。

 国に戻って、自分を補佐して欲しい。できるなら王位を譲りたいまで。

 でも、フェイは今回、王家の籍を放棄するつもりでいる。

 その旨、内々には伝えてあるけれど。

 納得して下さるのかな。




「あ、フェイと言えば忘れてた。

 精霊神ジャハール様。はい、これ頼まれたモノを持って来ました」

「ご苦労」


 私は大事な事を思い出し服の隠しから透明な石を取り出して、ジャハール様に渡した。

 因みにジャハール様は巨大精霊神モードで威圧をかけてはこない。

 私と同じくらいの背丈。ティーンエイジャー風のお姿で、私から受け取った石を空中に放り投げると、私達が見ていた映像画面の頭上に金色の触手で接続する。

 フェイが受けた勧誘の事をピュール経由でご相談したら、お力を貸して下さると言ったのだ。


 これは、一般の人たちが精霊の術道具と呼んでいる品物。

 その一番フラットなタイプになる。科学的に言えばナノマシンウイルスの結晶体。

 これに魔術師や精霊神が、用途をプログラミングすることで様々な便利道具として使えるのだ。

 携帯用コンロのように火をつけたり、光を灯したり。水を貯めるバケツ代わりにしたり、冷気を留めたり。力を使い切ると神殿の神官や魔術師に補充して貰い、再度プログラミングして貰うことでまた使うことができる。

 新しい星に移住したばかりでまだ科学技術が再現できなかった時代、地球移民を助ける為に精霊神様が作った苦肉の策だったそうだ。

 ちなみにカレドナイトもナノマシンウイルスの結晶体ではあるけれど、あれはこの星の地殻や火山の力を借りて超圧縮されたもので新しく作るのは難しいとのこと。


 結晶体も新しく作れるのはそのお力で無色のナノマシンウイルスを作るステラ様。

 ナノマシンウイルスの増殖に大きな力を発揮する『神』。

 もしくはその意図と力を預かる『精霊』くらい。精霊神様達はフラットなものを新しく作ることはできないという。作ると自分の属性に傾くので。

 今は、私とリオンが作ることができる。

 とはいえ、最低限の数はもうあるし、あまり多くあると科学の発展を妨げるから、作れることはあんまり言いふらすなとアーレリオス様に命じられている。

 だから、こうして精霊神様に頼まれた時とか、特別な時にしか作るつもりも使うつもりも無い。ただ、結婚してアルケディウスを離れる時に家族には御守り代わりに作ってあげたいなとは思っているけれど。


 今回頼まれて作ってきた品は言ってみれば録画、録音用のブランクファイル。

 今、某所で起きている事柄を見て、保存、記録する為のものだ。

 精霊神様達は、その気になれば、今、見せてくれたみたいに自分の国の中の事は、どこで何がされているかつぶさに見ることができるという。

 多分、空気中に散っているナノマシンウイルスから、もしくはその人間の体内に流れるナノマシンウイルスから、情報や映像を繋ぐことができるのだ。

 勿論、その気になれば、の話で自国にいる百万を超える人々が今何をしているか、などを知っているわけでは無いだろう。気が狂う。

 個人情報を狙い撃ちして見るのもプライバシーの侵害。

 まあ、神様にそんなことを言っても通じないだろうけれど、優しい精霊神様達は必要が無い限りはそんなことはしないのだ。


 で、私は目の前でジャハール様が、映像のチューニングを合わせるのを見ていた。

 今は、きっと『必要な時』だから。


「マリカ。この石と同じものをアマリィヤにも渡してあるな?」

「はい」

「よし。ならば良い。始めるぞ」

「お願いいたします」


 微かに空気を震わせる音がして空気中に映し出されていた画像が街並みから、室内に移り変わる。

 王宮に負けず劣らず豪奢な部屋の中には数人の男達と、そしてフェイ。


「つまり、貴方達は私に伯母上を裏切り、国王になれとおっしゃるのですね?」


 冷静で静かな口調で紡がれているように聞こえるその言葉には、フェイを良く知る私達が聞けば明らかな侮蔑が宿っているのが解る。

 でも、どうやら目の前の彼らには気付け無い様だ。

 相当に目が曇っている。欲とか、自分の保身とか。


「裏切るなどと人聞きの悪い。ただ、我々は真にこの国の未来を憂い、正しき王位継承者、選ばれし王の杖の保持者に王位について欲しいとそう願っているだ。

 風の王子。『聖なる乙女』の忘れ形見よ」


 彼らの都合の良い夢話をフェイと、彼の後ろに立つ文官と護衛士。

 そして私達は遮らず、黙って聞いていた。


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