「皇王陛下?」
変化した私達を見て、完全に固まってしまった皇王陛下に私は首を傾げつつ声をかけた。
その声に気付いて下さったのだろう。
「あ、ああ。すまぬ。少し驚いてしまった。まさか、目の前で人の身体がこのような変化を遂げるとは。
『精霊神』の力、というものは凄いものだな。幼くなったり、もっと大人になったりも可能なのですかな?」
瞬きを一回、目元を擦り。
そのあとは、もういつもの皇王陛下としての優しくも鋭い目に戻る。
言葉遣いからして私ではなく『精霊神』様に後半はかけた質問なのだろう。
私達の中の『精霊神』様が私達の口で答える。
『この子達ならできるかもしれないけれど、やらないし、やらせないよ。意味がない』
『これはあくまで補助機能。子どもの肉体では耐えきれない『精霊神の憑依』や『大きな力の行使』の為に一時的に行っただけだ。我々が補助しなければ、数日分の体力を前借りすることになる。無理な成長は反動も大きい』
「大きな力の発動にはそれなりの代償が必要、当然ですな」
とりあえず、納得して下さったようで、大きく息を吐いて皇王陛下は『私達』を見る。
「確かに、このような存在が祭りをうろついていたら、騒ぎになるだろうな」
「それ、お父様にバレた時も言われました。リオンは帽子で顔を隠して、私はウィンプルで髪の毛を見えないようにしていたのですけれど、やっぱりバレるものですか?」
「バレる、というより、解る。だな。
砂の中に金粒を落としたようなものだ。誰が見てもすぐに解るだろう。
だが、困った。今年も『大祭の精霊』の本物にはぜひ、大祭に来臨を賜りたかったのだが」
「本物?」
「聞いておらぬか? 今、城下では『大祭の精霊』の偽物が人気を集めているようだぞ」
「偽物が出ている? 本当ですか?」
目を見開く私にうむと、頷く皇王陛下。
凄いな、下町の伝手があっても私達にはそこまでは解らなかったのに、情報収集されているんだ。
「偽物、というよりそっくりな人物、といった方がいいか?
ガルナシア商会が囲い、店に時折現れるというその者達は類まれな美貌で『大祭の精霊』『その化身』と人気になっているそうだ」
「外見だけ真似たところで、精霊の力を使えなければ『大祭の精霊』の意味はないでしょう?」
フェイが問う言葉にはなんだか苛立ちのようなものが感じられる。
私もあんまり気持ち良くはない。
偽物なんてすぐにバレるのに。
「自らは『大祭の精霊』であるともないとも言わぬ。
ただ『大祭の精霊』の行動を真似、そうであるように振る舞い、信仰を集めているのだ。
少し調べさせてみたが二人の傍らにいる側近が魔術師で、要所要所で魔術を使って二人の奇跡を演出しているらしいな。
見るものが見れば解る。だが、解らぬ者達は、手近な奇跡に縋り店に群がると言うわけだ」
うわー、なんかヤダ。
『大祭の精霊』が幸運を呼ぶ、ってフラシーボ効果になっていると聞いた時も嫌だったけどあからさまに偽物商売されるのってない。あり得ない。
「彼らより先に、見目の麗しい店員に大祭の精霊の装束を着せて接客させるだの、絵姿、人形を作って販売するだのはあったようだが、アルケディウスには黒髪の者はそう多くない。
黒髪、黒い瞳の美男美女を連れてきたあたり、ガルナシア商会の資本力と作戦勝ちというところだろう」
ガルナシア商会はアルケディウス一の服飾商で王宮御用達だ。
資本力はもちろん揺るがないものがあるのだろうけれど、そこまでやる?
外国から美男美女を探してくるとか、魔術師をつけるとか?
「幸運のお守り、である『大祭の精霊』の絵姿に彼らが祝福を与え、名を書いてやるのが一番人気商品らしいぞ。大祭前後の期間限定で、通常絵姿だけなら高額銅貨五枚程だが、彼らが祝福を与える品は少額銀貨二枚からになる。額装や絵の質で値段は高額銀貨にまで跳ね上がることもあるらしい。
商売上手よの」
ぼったくり、そんな言葉が頭をよぎった。
ごく普通のものに付加価値を付けて高く売るのは商売の基本かもしれないけれど、これはやりすぎだ。
絵姿作られている時点で嫌だけど、それを商売に利用されるのはもっと嫌。
「私も話を聞いて、一枚入手してみた。
なかなか良い絵だと思っていたが本物を見るとやはり霞むな」
そう言って皇王陛下は小さな絵姿を見せてくれた。
小さいけれどけっこう緻密に描かれている。細密画、という奴だろうか?
絵が似ているか、という点についてはノーコメント。
相当な美男美女として描いてくれているのは解るけれど、似ているかどうかというのならあまり似てないと思う。個人的に。
「リオン様はもっと凛々しいです。マリカ様の美しさも全然表現しきれてません」
というのはカマラの談。私のことはともかくリオンについては私も同感だ。
「これでおいくらなんです?」
「これは貴族や富豪用の上質品だ、小さくて持ち運びができるというのもお守りとしては重要だから高い。少額銀貨五枚する」
「いっ!」
高給で有名なゲシュマック商会の給料三週間分。普通の人なら一か月働いても買えないよ。悪どい!
「……それは、あまりにも暴利では無いですか?」
「世に、人の心を慰める喜びが少ないのだ。
勇者アルフィリーガ、『精霊神』『神』も絵姿を作ることを禁止されている。
辛い時に縋る何か、形になるものが欲しい、という気持ちは解らんでもない」
皇王陛下は掌の中の細密画を弄びながら微笑む。
そりゃあ、萌えの力とか、推しが世界を救うとか、オタクとしては解るけれど、やっぱり
これは別だ。ちょっと容認したくない。
「もう一度『大祭の精霊』が現れ、多くの人間が本物を見れば、こういう偽物は駆逐されるかと思ったのだ。孫や精霊を商売に利用しようという魂胆も気に食わぬ」
「二年連続で出たら、以後も毎年出ることを期待されたりしません?」
「期待はされるだろうが、それは『精霊の気まぐれ』だ。仕方ないと納得するしかない」
出る時と出ないときがあってもいい、と皇王陛下は言う。
「別の服は着なくてもいいぞ。『大祭の精霊』という象徴を確立させるなら同じ服装の方が望ましい。食べ物を食べたり、買い物をしたりは積極的に行ってもらえるとアルケディウスの経済がより回ると思うが」
「皇王陛下は商売上手でいらっしゃいますね」
既に『大祭の精霊』が出る前提で話が進んでいるのはどうかと思うけれど諦めていた大祭に行ってもいいのなら行きたい。
「お父様やお母様に怒られたら、庇って下さいますか?」
「私から話をしてやる。皇王妃達も、叶うならその姿を見たいと願うだろうし、私の命で放つ以上、皇王の魔術師も補助につけて万全の体制をとる」
「命。やっぱりご命令になりますか?」
「私から命じた、とした方が言い訳がしやすくはないか?」
ごもっとも。
それに多分、これは皇王陛下の御厚意なのだ。私とリオンに大祭を楽しませてやりたいという。
「強制ではない。『精霊神』にも『大祭の精霊』にも人の軛はつけられぬ故。
選択を許す。其方が決めるがいい。マリカ。
大祭に行きたいか、行きたくないか」
お父様とお母様との約束を思い出す。
「私、『星』に誓って緊急時以外は使わない、って言ったんだけど、許して下さるかな?」
「これも立派な緊急時だ。許して下さるさ」
『『星』はそんなことには目くじらをたてたりしないよ』
『我々が力を貸しているのだ。同罪でもある』
リオンが、そして『精霊神』達が後押しをして下さる。
そうなると、後は私の気持ちの問題だ。
「できれば、行きたいです。お祭り。
リオンと一緒に」
それが正直な気持ち。
この世界に来て、娯楽とかは殆どなく働きづめだったけれど、あの祭りの夜だけはいつもただ、幸せで楽しかったから。
「私が行くことで、皆を喜ばせたり、祭りを活気づけたりできるのであれば、できることはします。
ですから、行かせて下さい」
深く、頭を下げると皇王陛下は満足げに頷いた。
「なら、決まりだな。今年の大祭は本当の意味での『精霊達の夢祭り』となるだろう」
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