私の前に膝を折った男性。
エルディランドきっての大店、マオシェン商会の店主ダーダン氏は予想以上に貫禄を感じる方だった。外見年齢はお若い。二十代後半から三十代といったかんじ。
不老不死時代が長かったから、外見にはあまり意味が無いとは解っているけれど。
永い黒髪を後ろに縛り、片目を髪で隠した上で刀の鍔のような細工の入った眼帯をしている。
服装はシンプルな共通服だけれど、なんとなく鋭い刃の印象。
シンプルな黒檀の杖、というかステッキで身体を支えてはいるものの、弱弱しい印象は全く感じられない。
お付きは年上だよね、って思うアラフィフっぽい男性一人。
執事さんとか番頭さんだろう。きっと。
後は傍らにクラージュさん、基、ユン君と現第一王子、グアン様。
「ユン様。お久しぶりでございます。お義父様も」
「ああ。だが、話は後だ。今はダーダン様の話を聞くように」
「え? あ、はい」
グアン様も、どうやらダーダン氏には一目置いている様子。
シュンシーさんをダーダン様の後ろに促すと。ダーダン氏の横に歩み寄り、跪くユン君の側で同じように膝を付いた。
私に向けて。
「大神殿を統べる、大いなる『星と神の娘』マリカ様に、偉大なる父の名の元ご挨拶を申し上げます。
私はエルディランド マオシェン商会を率いるダーダン。
どうか、御見知りおき下さいませ」
「……今の挨拶は、名乗りだと思っていいですか? ダーダン様。
自分は『神の子ども』。太陽系第三惑星地球より神の船でアースガイアにやってきた地球移民であると」
私の問いに彼はあっさり肯定を返してくれた。
「はい。そう思って頂いて構いません。
私は台湾の生まれで、経済学を学んでおりました」
「お父様……」
思いもよらない告白、の筈だけれど、シュンシーさんとお付きの方以外に驚きは見られない。
ユン君やグアン様は最初は知らなかったにしても、クラージュさんは彼からの連絡があった時点で察していただろうし、この会見にあたり話もしていたと思う。
番頭さんもこの場に連れてくるくらいだもの。ダーダン様にとっては十分に秘密を分け合った信頼できる方なのだろう。
私が膝を付いたままの彼を立たせ、椅子に促すと彼は席に付き、話をしてくれた。
「私は不老不死が始まって暫くの後、世界が人類史の夢を現実と受け止め始めた頃、長い眠りより目覚め、生まれ故郷に近い、エルディランドに流れて参りました。
いろいろな縁あってエルディランドに店を開いて四百年程になります」
「それは大変でいらっしゃいましたでしょう? 誰一人知る者もいない中世異世界で商売を起こされるなど……」
「はい。とても大変でした。生活習慣や常識なども向こうとは全く異なる。
姫君のおっしゃるとおり、この星は正しく異世界、でございましたから」
気遣う私の言葉に静かに彼は頷く。
「私は、冷凍睡眠の不具合からか、覚醒の際、左目の機能を失っており、左足も麻痺が残っていました。当初は人々に侮られていたのも事実です。
しかし、その代わりと言ってはなんですが、その人物の本質を感じ取る『能力』と、アーヴェントルクの王勺を父上から預かっており、その力によって色々と、有利に事を運ぶことができたのです」
「アーヴェントルクの王勺を! ということはダーダン様も魔術師でいらっしゃる?」
「いいえ。私はあくまで商人。王勺の精霊石の力を借りて何かをするのは、どうしてもの時のみと心がけてきたつもりです。
そうでなくば、怪しまれ、途中で誰かに目を付けられ、今の私は無かったでしょうから……」
アーヴェントルクの王勺、魔術師の杖は現在行方不明であることは随分早くから解っていたけれど、神の手に渡っていたのか。
多分先代の『聖なる乙女』アンヌティーレ様を操るなどして手に入れたのかもしれない。
アーヴェントルクのナハト様が司る夜の術は、人の心を左右するものが多いと聞く。一種のチートだ。
向こうの世界の経済を学んだ青年が、その人心掌握術を武器にこの世界で商売を起こせばそれだけで有利となるだろう。王勺の持つ夜の『精霊の力』も上手く使えばなおさらのこと。
「父上からの資金援助である程度お金にも困らずに済んだので、私は良き協力者を得て羊皮紙やインクなどを扱う店を起業いたしました。
その後、徐々に販路を広げていく中、カイトと出会い彼を援助。
製紙、印刷の新発明をきっかけに今の地位を築くことになったのはお聞き及びでしょうか?」
「はい。カイトさんが『星』の転生者であることは御存じでしたか?」
「いえ。最初は『神の子ども』かと拾い、父上に否定されてからは、死者の生まれ変わりかな、と思っておりました。
中世異世界ですからね。そういうこともあるのだろうと思っていたくらいです。
詳しい事情を知ることになったのはごく最近。私はユンがカイトの生まれ変わりであることも、昨日彼が店に来て告白するまで存じませんでした。
……みずくさいというか、仕方が無いとは解っていても少し寂しかったですね」
「申し訳ございません。ダーダン様を信用していないわけでは無かったのですが」
「いえ、解っています。私も貴方達に自分が『神の子ども』であることを告げませんでしたし。貴方の実用的な記憶と行動力にどれほど助けられたか。
その功績を考えれば、小さなことです」
私の、ではなくダーダン様の後ろでカイトさんの転生であるクラージュさんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。もしお互いに正体を告げ合っていたら……どうなっていたのだろうか?
もう少し早く神と星が歩み寄るきっかけになっていたかもしれない。
逆にクラージュさんを神に取られる未来もあっただろうか?
たらればに意味は無い、と解っているけれど。
穏やかに語るダーダン様は私にとってはこの世界で出会う五人目の『神の子』
気になって聞いてみる。
「ダーダン様は地球の記憶をお持ちのようですね」
「はい。それなりには。ただ、現代のごく普通の学生であった私にはこの世界で生かせる、例えば姫君のような料理や化粧品を作り運用する知識や、カイトのような向こうの世界の品や技術を蘇らせることはできませんでした。既にあるものを使いやすく改良したりするくらいですね」
書式の統一と、文書の区分け。
現代を参考にした適切で使いやすい運用の仕方とその為の道具が彼の店が異世界で台頭を表したきっかけであったという。
今は各国で使われている文書挟みのようなものも、マオシェン商会がきっかけだったとか。
「ダーダン様は地球に帰りたいとか。神の言うことを聞いて『星の転生者』を手に入れようとはお思いにはならなかったのですか?」
『神の子ども達』も一枚岩ではないこと。
置かれた状況や本人の個性、考え方などによって行動や思いが異なるのはもう知っている。
「父上からそういう指示や話が無くは無かったのですが、私にはあまり興味がありませんでした。
最初はともかくこちらである程度の地位を築いてからはもっとやりたいこと。やるべきことがあったので」
「やりたいこととやるべきこと?」
「はい。マリカ様。現在、我らが父。神は星の元におわすと聞いております。
であれば、神の許可を取り、我が悲願を叶える手伝いをして頂くことは難しいでしょうか?」
「悲願? 何ですか?
地球に帰る事では無く?」
「はい。私の願いは残念ながら父と異なる所にあります」
彼はちらりと横を向きシュンシーさんを見た。
パチッと、音を立てるような二人の視線が合う。
「お父様?」
向かい合う私とダーダン様。
その隣に座って入るけれど、彼女は状況が理解できていないっぽい。
困ったような、今一つ理解できなくて、口を挟めないでいたシュンシーさんに優しい眼差しを向けると彼は私にはっきりと告げた。
「私の地位や資産、その全てを捧げても構いません。
我が妹、シュンシーの治療と、今なお『神』の城に眠る兄弟達の覚醒にどうか、ご協力頂けませんでしょうか?」
父たる神に、もしかしたら逆らうかもしれない。
彼の願いを。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!