プラ―ミア滞在一日目 チョコレート作りをお教えした夜の事。
「マリカ様、よろしいでしょうか?」
部屋に帰った私に、ミュールズさんが声をかけてくれた。
城内の仕事にはリオンとカマラが護衛に付き、身の回りの事はセリーナにやって貰っている。
ミリアソリスは文官としてレシピの纏めや契約補助。
ミュールズさんには部屋に残って次の日の身支度の準備や対外交渉などを受け持ってもらっている。
残りの随員達の仕事の割り振りや取り纏めも。
今回の使節団。
私が一応トップで、不在の時の指揮はリオンとフェイ。
その次がミュールズさんという系統になっている。
仕事に来ているので、滞在期間約三週間、ほぼみっちり仕事はあるけれども安息日には休みが頂けることになっているし、朝から晩まで仕事、ということはそんなに多くない。
今日はチョコレート作りで一日仕事だったけれど、明日は午前中ゆっくりできるように香辛料や材料の知識交換は午後から。
余裕を入れて下さっているのだと思う。
「どうしたのですか?」
明日の午前中はだから、のんびりプラーミァのお城を見学させて頂こうかな、と思ったのだけれどもミュールズさんの手には木札が握られている。
「フィリアトゥリス様からお茶会のお誘いが届いておりますの。どうなさいますか?」
「フィリアトゥリス様って、もしかして」
「ええ、グランダルフィ王子の奥様。王子妃様でいらっしゃいます」
私は歓迎の宴で顔を合わせた王子妃様を思い出す。
不老不死者だけれど、外見はかなりお若くて十代に見えた。
優し気な印象はあったけれども、晩餐会の時に話をしている様子や、チョコレートの作り方を見ている瞳は強い力があって戦士の奥方だと思えた。
でも、実際の所まだ一度もちゃんとお話した事無いんだよね。
舞踏会の時にちょっと名乗ってお辞儀を交しただけ。
何せ、私はグランダルフィ王子に求婚された身だ。
出迎えの後、王子は改めて私に求婚してきた。
舞踏会はファーストダンスをリオンと踊り、その後の誘いは王様が完全排除。
ラストダンスは王子と踊ることになり、その後に求婚だ。
なんだか、大聖都のエリクスと被ってる、というか多分合わせたのだろう。
「貴女はプラーミァに必要な方です。
どうか、我が妻となりこの国へ。第一妃として大事にいたします」
「別にどちらにも強制する訳ではない。嫌なら断っても構わん。
だが、今の世にこれ以上の縁は無いと思っている。考えの端に入れておけ」
王様は余裕の笑みでそうおっしゃっていたけれど、あれはかなり本気と見た。
その後の出迎えや送迎に、必ず王子は同行するのだ。
王子がいればリオンは気遣わなければならない。
確かに賢くて、大人で会話巧みで魅力的な方ではあるのだけれど。
政略結婚に本人の意志は関係ない。
王子は私に求婚して下さったけれどもそれは、多分父であるベフェルティルング様に言われたからで、間違っても私のことが好きになったからじゃない筈だ。
百歩譲って、私の作る料理が美味しい。
私の知識が役に立つから王子として国に取り込みたい。
という意味で私を欲して下さっての求婚だとしても、そこに男女の愛は無い筈だ。
私、子どもだし。
ティラトリーツェ様は他に妾を持たない愛妻家だとも言っていたし。
国王陛下の暴走とはいえ、王子妃様にはいろいろ思う所がお有りだろう。
話の通りなら、万が一私が求婚を受けた場合、彼女は第二妃に下がるのだ。
王子妃の位はそのままでも、一歩退く形になる。
楽しい気分の筈は無い。
「いつですか?」
「明日の午前中です。公務が入っていない事をご存知なのでしょうね。
都合が悪い時は良い日程を教えて欲しい、合わせる、とのおおせですわ」
でも、私は仲良くなりたい。
ティラトリーツェ様にも言われたけれど、体育会系だけれど頭は良くって行動力のある兄王様と、そっくりだというグランダルフィ王子の私獲得という暴走を止めるには女性陣の協力が必要だ。
多分、あちらもそう考えている。
だからこそのお誘いだ。
「解りました。明日の午前中にご招待に応じますとお返事して貰えますか?」
「かしこまりました」
「あと、フィリアトゥリス様にはまだ化粧品とシャンプーをお渡ししてはいないので、ご希望されたらお渡しできるように用意して貰えますか?」
「手土産のお菓子などは?」
「これも求められたら、ですね。向こうが用意されておられる物よりも此方の方が美味しいとなれば顔を潰す事にもなりかねません。
今回は招待客なので向こうのおもてなしをお受けして、お返しにレシピを教えたりする形にした方がいいと思うのですがどうでしょうか?」
「ええ、姫様のご判断で正しいと思います」
ミュールズ様は皇王妃様が私の対人経験値の無さを心配して付けてくれた高位女官だ。
皇王妃様の側仕えとして経験してきたから、王族や大貴族にどう対応したらいいか知っている。
明らかに間違ったことをしたら教えてくれるだろう。
「私は、皇王妃様以外の貴族の方と一対一の私的ななお茶会というのは初めてなのです。
準備が終わったら作法などを教えて貰えますか?」
基本的なマナーは叩きこまれているけれど足りない所はきっとある。
「かしこまりました。国ごとに色々気を付けなければならないことや作法などはあると思いますが、私の知る限りでよろしければ」
「後は、ミーティラ様を呼んできて貰えますか?
フィリアトゥリス様について教えて欲しいので」
私はミュールズさんとミーティラ様に教えて貰いながら明日の準備を整えたのだった。
そして翌日、風の刻。だいだい十時すぎくらいかな?
私は三人の随員と、ミーティラ様と一緒にフィリアトゥリス様の部屋の前にやってきた。
同じ階の奥と手前なので、準備をして部屋を出ればすぐ、ではある。
今日の留守番はセリーナ。
ミュールズさんには私のフォローについてもらう。
部屋の前に行き、ミュールズさんが招待の木板を手渡すと、部屋の外にいた門を護る女性が中に入り、程なく扉が開かれた。
「どうぞ、お入りくださいませ」
中に入ると直ぐに小さな玄関、そこから入って直ぐがリビングのような部屋になっていた。そこから少し奥まった所に勉強机や棚、クローゼット。
さらに奥まった所に天蓋付きのベッドがあった。
私の部屋、元ティラトリーツェ様の部屋と家具の質や配置はそんなに変わりはないようだ。
全体の色調は白と落ちついた緑をメインにしている。
そのせいかなんとなく涼やかな印象だ。でも椅子の背もたれになどに紅色や桃色が加わっているので寒々しさとかは感じない。
カーテンも美しい白地に細かい花の染模様。
可愛らしいお姫様の部屋、だ。
「急な申し出だったのにも関わらず、お受け下さいましてありがとうございます。マリカ様」
「いいえ、こちらこそ、お招きくださいましてありがとうございます。フィリアトゥリス様」
出迎えてくれた王子妃、フィリアトゥリス様に静かに腰を折って私は前に立つ。
ゆっくりお話するのも、顔をゆっくりと拝見するのも初めてだ。
舞踏会の時は兄王様が、私を側から離さなかったから。
「どうぞお座りになって」
「ありがとうございます。可愛らしくてステキなお部屋ですね」
「お褒め頂いて嬉しいですわ。でも少し子どもっぽいでしょう?
プラーミァの王家の中では私が一番年下なので、娘気分が抜けなくて」
「いいえ、とても愛らしくてフィリアトゥリス様には本当に良くお似合いです」
「愛らしさで言ったらマリカ様に適う者などおりませんわ」
綺麗な刺繍の施されたソファに勧められるまま腰を下ろす。
少し中央を避けたのは、もしかしたら、大聖都での舞踏会の様にフィリアトゥリス様が隣に座られるかもしれないから。
愛らしい、と言ったけれど本当にフィリアトゥリス様は可愛らしい印象の方だった。
限りなく金髪に近い明るい茶髪。赤い瞳。
スタイルもいい。身長は160cmくらいで、長身が多いのプラーミァ王族では小さいほうだけでど、姿勢が良くて小ささを感じさせない。
外見印象十四歳~十六歳。スタイルも抜群。
この世界では十四歳が女性の成人だというから、成人してすぐに結婚したとかそんな感じなのかもしれない。
不老不死になって五百年生きてもその分、老成するとか達観するとかじゃないのはアルケディウスで、色んな人を見て解ってる。
身体が固定された時で、精神も固定されるのかもしれない。
それが良い事なのか、悪い事なのか。
私には判断がつけられないけれど。
くすくすと微笑みながらフィリアトゥリス様はお茶を入れてくれた。
そう言えばお茶の葉はあるのだ。
アルケディウスでも時々皇族が飲んでいた。
「どうぞ。テアはお嫌いでは無いですか?」
「ありがとうございます。大丈夫です。頂きます」
「良かった。エルディランドから届いた今年の本当に一番摘みなのです」
今まで産地とか気にしたこと無かったけどお茶はエルディランド特産なのかな。
やっぱりエルディランドは中国、日本気候なのかもしれない。
お茶も手に入るなら手に入れて帰りたいな。
入れられたお茶は紅茶とよく似た風味でとても美味しい。
「プラーミァの菓子は疲労回復を目的とした砂糖を固めたものが殆どですから、氷菓やパンケーキ、チョコレートなど美味を知るマリカ様にはつまらないものかもしれませんが」
「いいえ、頂きます」
お茶と一緒に指し出されたお菓子は、正しくジェリービーンズかタフィかという感じのものだった。
言われた通り、砂糖を固めたもの。
でも、お茶と一緒に口に含めば悪くは無い。
お茶とお菓子を進め終ったフィリアトゥリス様は、私の斜め前の一人用椅子に座り、私を見つめる。
ガーネットのような深みのある紅い瞳に私の顔が映っている。
「マリカ様。私も戦士国の娘なのであまり、腹芸とか交渉とか得意な方ではありませんの。
なので、失礼とは承知で伺わせて頂いてもよろしいですか?」
「はい」
砂糖菓子を呑み込み、私はフィリアトゥリス様を見る。
聞かれることは多分一つだ。
「マリカ様は、グランダルフィ王子とのご結婚をお望みですか?」
「いいえ」
だから、きっぱりはっきり答える。
「そもそも、私には国が決めた婚約者もおりますし、お話そのものも、まだベフェルティルング国王のお気持ちだけで、アルケディウスに正式に打診があったことでもございません」
うん。別に国王会議で打診された訳でもない。
コリーヌさんが王様の気持ち、として教えてくれ、グランダルフィ王子が私に求婚しただけの話だ。
王子の話から察するに父上、つまり国王陛下に
『マリカと結婚しろ。あれはこの国に必要な娘だ。
口説き落とせ』
とでも言われたのだと思う。
で王子は私を迎えに来て、出された料理を気に入って、国に取り込みたい。
その為なら結婚してもいい、と思ったのだろう。
私自身は、王子と結婚したいと思った事は一度も無い。
まだ殆ど会話もしたことはないし、為人も知らない相手。
申しわけないけれどアウトオブ眼中だ。
「よかった」
安堵の吐息がフィリアトゥリス様の口から零れる。
「私は大貴族の娘として王子に嫁ぎましたが、もし王子が外国から姫君を迎えられることがあれば、第二妃として支える存在になるように、と昔から言われておりますの。
幸い、と言ったらいいのか不老不死世界になり、他国との政略結婚などは必要とされない時代になって、歳周りも他の面でも見合う姫もおらず、王子の第一妃として寓せられて参りましたが」
うーん、やっぱり国同士や貴族同士の結婚は親が決めるものでこんな可愛らしくて、ステキな王子妃にそんなことが命令されちゃうのか。
解せぬ。
「私は王子をお慕いしておりますし、王子も私を愛して下さっていると思っております。
ただ、国王であるお義父様のご命令であれば、私達は逆らえませんし、王子自身もその気になっておられる御様子。
『其方が私のかけがえの無い妃であることに変わりはない』
とおっしゃって下さいましたが、可愛らしく、しかも今日のチョコレートの製作と対応を見ても知られる通り、有能であらせられるマリカ様を見るにつけ心配で…」
悶々としていた所をオルファリア様に、
『だったら、直接聞いてみればいいでしょう?
御本人の気持ちを確認し、それからどうするか考えても遅くありません』
と言われたのだそうだ。
「オルファリアお義母様は
『どうせ陛下のティラトリーツェ様可愛さの暴走です。遠くからプラーミァの為においで下さって知恵や技術をお授け下さるマリカ様にこれ以上意に添わぬご迷惑はかけられませんよ』
と。お気持ちを確認し、それに沿うように私達が男達の暴走を止めなければならないと、おおせで」
やっぱり、オルファリア様、賢夫人。
頼もしみが凄い。
「では、王子を含む、男達の求婚はマリカ様のご迷惑。止める。と言う方向で私達が動いて構いませんか?」
「勿論です。そうして頂けるととても助かります。…って男達? 王子以外にも求婚者が?」
「はい。今は王子が求婚されているから、様子見という感じですが、この間の晩餐会以降、大貴族達もマリカ様の獲得を狙い動き出しているという情報が入っています。
未婚の子息がいる家は殆どありませんので、養子を取ろうとしたり、私のように第一夫人を第二夫人に降ろして求婚という形になるでしょうが」
あわよくば、ダメ元、上手くいけばという感じだろうか?
そこには王子以上に恋愛感情は無い。
私の能力だけが目当て。
であるなら、そんな求婚を受ける気はない。エリクスの方がまだマシだ。
「なら、どうか、求婚者の排除にご協力を下さい。
私は今の所、プラーミァの誰にも嫁ぐ気はないのです」
「立派で、頼もしい婚約者がおいでですものね」
真剣に願いの目を向けた私にフィリアトゥリス様はくすっと笑って見せる。
フィリアトゥリス様もリオンの実力、能力をちゃんと見抜いて下さっているようだ。
「失礼かもしれませんが、私、王子の件を抜きにできればマリカ様と友達の様になりたいと思っておりましたの。
ティラトリーツェ様は、私にとってはもう一人の母とも呼べる存在でした。
身近に親しく話ができる女性はお義母様以外、側近しかおりませんし、歳の近い対等な王族はもっとおりませんから」
私の顔色を窺っていたフィリアトゥリス様が瞳を伏せる。
それはそうだろう。
王族会議やざっと聞いた話を合わせるに、女性未婚王族『聖なる乙女』は尊ばれるのに各国の王族の子弟は圧倒的に男性が多く、女性がいるのはアーヴェントルクとかつてのプラーミァ。
そして今のアルケディウスだけ。
他の国は奉納の舞を王妃、もしくは王子妃が舞うくらいに。
王子妃の中でも不老不死後に生まれ、混乱の三十年の間に成人したというフィリアトゥリス様は最年少に近い。
歳の近い存在もいない中での苦労は身に染みて知っている。
私はカップを置いて静かに頷いた。
「そうできれば、私も嬉しく思います。
近い立場として奉納舞や王族同士の関係について色々相談に乗って頂けたり、おしゃれやお菓子など楽しい話をできたら、と」
私の言葉に、ぱあっと、花が咲いたように微笑むとフィリアトゥリス様は、私のソファの横に座り、私の手をぎゅっと握って下さる。
「ありがとうございます!
マリカ様とは、本当は肩を並べられる程歳が近いわけではありませんけれど、どうか仲良くして下さいませ」
「こちらこそ」
そこからは、楽しいお茶会となった。
主にドレスの話と、化粧品の話。
プラーミァの民族衣装を見せて貰ったり、持ってきた口紅とシャンプーもお分けした。
「嬉しいです。お祖母様とお義母様が国王会議で貰って来たものを見せて下さって、私、とても羨ましかったのです」
話してみるとフィリアトゥリス様は本当に可愛らしい、少女のような方だった。
ティーナに近い、でも身分や立場が近い者同士で仲良くなれそうな気がする。
午後からはまた仕事があるので、二の木の刻の前にお部屋を辞した。
私的には新しい友達がGETできて大満足だ。
「随分、親しくならられましたね」
「うん、お母様も王妃様や王子妃様を味方に付けなさい、とおっしゃっていたし」
「…私はフィリアトゥリス様を赤子から、ご結婚なさるまで見ております。
外見は優し気で可愛らしい方ですが、芯はプラーミァの女性王族。
無礼な存在は力で蹴散らす腕と能力はお持ちです。油断しきるのはどうかと思いますが…」
「解った。肝に銘じて気を付ける」
ミーティラ様の忠告に私は頷く。
このお茶会事体王様の策略で、王妃様も王子妃様もぐるになって私を留めようとしているのだとしたら、プラーミァは怖ろしい国だと思うけど、多分そんなことはないと思う。
プラーミァはお母様の故郷で、私達は家族。
私を求めて下さるのも一種の愛情表現で、お祖父様のおっしゃったとおり、無理強いはしない。
無理に手元に残しても、幸せになれないのだという事は、かつて兄王様がアルケディウスに来た時にお話したし。
気持ちは通じると、そう信じたいと私は思ったのだ。
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