広げられたドレスは色とりどり。
紅、紅色、蒼、黄色。
まるで花畑にいる様に華やかで、美しいモノばかりだった。
「うわー、きれー」
「すごいすごい。これ、フォルのふく?」
「レヴィーナもきたい!」
遊び部屋の中央を占拠する形になってしまったけれど、フォル君とレヴィーナちゃんは逆に玩具を端に片付け、並べられたドレスに目を輝かせている。
「フォルには着れないし、レヴィーナには大きすぎるでしょう? これはマリカのドレスですよ」
「え? これ、全部、私のなんですか?」
ざっとみても十着以上、華やかなドレスが並んでいる。
「大神官になって、貴女は公式の場では神殿服を着ることになってしまったでしょう?
たまに帰国してのパーティなども『聖衣』を着て皇王陛下の側に座っているばかり。
神殿の服が似合わないでは無いですが、もっと華やかな服を着せたくて、時期ごとに作らせていたらこんなに増えてしまったのです。
何着かは使いましたが、最初の頃に作ったものは、もう小さいかしら」
私がいつアルケディウスに帰って来ても、第三皇子家には着替えがあるのはこういうことだったのか。最近はミュールズさん。アルケディウスに来る時には服を用意しないし。
お母様が引っ張り出したのは薄紅色のサラファン。子供服だ。
着た覚えは無いけれど、私が最初に作って頂いた服に比べれば少し大きいから、十二歳ころ。大神殿に神官長として入ることになった時のものだろうか?
「貴女の妹分達に譲ってもいいけれど、色々な思い出があるから捨てる気にはなれないわね」
「レヴィーナが大きくなったら着てもいい?」
「これはマリカの為に作った服だから、レヴィーナにはレヴィーナに似合う服を作りますよ」
「いーな。僕も、ちょっとこういう綺麗な服着てみたい」
「男の子には、男の子に似合う服があるものですよ」
なんだか、目頭が熱くなる。
お母様は、私が大神殿で好き勝手している時でも、いつも、私の事を思っていてくれているのだなあって実感するのだ。
血も繋がっていない、偽物の親子関係なのに。
「それでね、これなどは夏の大祭の時に作ったものだから、まだ着れると思うのよ。
レヴェンダの紫は貴女の瞳の色に合っているし、白いレースも聖女のイメージに合っているし」
お母様が積み重なった服の名から、ばさりと取り出し広げたのは薄紫の小花模様のドレスだった。デコルテは深めだけれども胸からお腹に向けて白のレースでクロスに飾られているので胸の貧相さが目立たない。
ウエストはキュッと締まって裾に向けて、たっぷりとしたドレープを描いている。
スカートの前面は白のレース。紫って高貴なお姫様、って感じだけれど、袖や胸元にふんだんに使われた白のレースが可愛らしさを演出している。
「私はね。幼い頃『聖なる乙女』と、けっこうやりたい放題だったのよ。
お兄様も、お父様も、私には甘かったから大抵の事は許されていたわ。
国の貴族達もおべっかを使う者ばかり。
剣の訓練や模擬試合でも、ワザと負けて機嫌を取ろうとしたりとか」
でも、そんな時にお父様に会ったのだという。
遠い国の従兄妹。彼は調子に乗っていた女の子の鼻っ柱を容赦なく叩き折った後
「お前、強いな、流石戦士国の王女だ」
手を伸ばし、褒めてくれた。
戦士国の王女として、武術の訓練は本当に真面目に取り組んでいた。
自分の実力はある程度把握していたし、今は弱いけれどまだ伸びしろがあると信じていた。
だから手合わせだってワザと負けられるよりも、しっかりと相手をして、自分の弱さ悪さを教えて強くしてほしかったのだ。
身分とかその他複雑な事情もあるから、難しい事であったかもしれない。
でも、真っすぐにプラーミァの王女『聖なる乙女』としてではなく、一人の人間として自分を見てくれたのは彼が初めてだった。
だから……恋に落ちた。
「あの人が仲間達と一緒に城に来て、魔王討伐の旅に出ると聞いた時には自分もいっしょに行くのだと大暴れしてね。出立の日には城に閉じ込められたくらいだったわ」
その後、不老不死社会になり、お父様は、一人生き残った。
魔王を倒した勇者の仲間、生きた伝説と称えられながらも『神』に背を向け不老不死を拒絶し、歳を取っていくお父様を、お母様は愛し、支え続けた。
「どんな服を着て行ったら、あの人は会ってくれるだろう。
少しでも、美しいと思ってくれないだろうか? この世界で生きていたいと思ってくれないだろうか? そんなことを思ってお義姉様やミーティラに相談しながら、年に何度も押しかけて、あの人を外に引っ張り出したわ」
「そうですね。オルファリア様に『どうしたら、あの人を悩殺できると思いますか?』と相談しているのをベフェルティルング国王陛下に見つかって、あわや決闘になりかけたこともありましたよね」
「ミーティラ!」
「私では、最後まで死の決意、を覆すことはできなかったけれど、あの人は私を側に置くことを許してくれた。
それが、私にとって人生の中で二番目に大きな戦果だったと思っているわ」
「二番目? 一番目じゃないんですか?」
「一番は、貴方達二人を産めたことだから」
「きゃー」「わー」
お母様に抱きすくめられ、嬉しそうにはしゃぐ双子ちゃんたち。
他の話は難しくてピンとは来ないだろうけれど、お父様とお母様が愛しあって結婚したことや、自分たちが愛されて生まれてきた事は、ちゃんと伝わっている筈だ。
「だからね。貴女も、リオンが本当に好きで、欲しいと思うのなら、自分から積極的に攻めにいきなさい。
リオンは貴女を愛しているのは疑う余地も無いけれど、それ以上に昔のあの人と同じように自縛に囚われているわ。救ってあげられるのはきっと貴女だけよ」
「は、はい」
お母様にはリオンが、自分が誰も抱かない、と言っていることは話したことが無かった筈。
でも、解るんだね。なんとなくそういうの。
「愛する人を思う女の思いは強いのよ。不可能なんて何もないわ。
だから、全力でリオンを取り戻して、幸せにしてあげなさい。そして、貴女も幸せになるの」
「お母様」
お母様は、私の頬に触れて柔らかく微笑む。
「子を産み、男と共に生きるだけが女性の幸せの全てでは無いけれど。でも、間違いなくそこにも幸せはありますからね。
貴女は、貴女の幸せを見つけ、掴みなさい。
素敵な大人になるのが目標なのでしょう?」
「はい」
私が以前言ったことをちゃんと覚えていて下さっているのも嬉しい。
「なら、おしゃれもその一歩。身に付けて行きましょう」
「ありがとうございます」
その後、私は、お母様の着せ替え人形に徹しつつ、今、貴婦人の間で流行している化粧方法などを教えて貰った。
ローズウォーターで、肌を整えてからファンデーションにチークで肌の色を鮮やかにする。口紅は輪郭を取ってから、等々。
お母様の指が、すっ、と私の唇に紅を塗る。肌をマッサージする優しい掌。
髪をすいて貰って、抱きしめられて。
時に
「私はこちらの色の方が好きなんですけど」
「そうね。でもこちらとこちらを合わせた方がもっとよく似合うわ。レヴィーナはどう思う?」
「こっち!」
意見も出し合って。
母と娘の関係って攻防だなって幸せ感じる。貴族同士だと本来はこんなことは望めないのだろうけれど。
置いてけぼりになってしまったフォル君とレヴィーナちゃんだけど、意外にも怒ったりせずに私の変身風景を楽しそうに見ていた。
後で、真似しないようよく話はしておいたけど。
「ほほう。なかなか愛らしくなったのではないか?」
お母様と一緒に作り上げた割と気合入りのプリンセスメイクはお父様にも褒めて頂いた。
アルケディウスでも神殿長達が
「なんだかいつにも増して、麗しい輝きを感じます」
褒めてくれたっけ。
「神に仕える者が過度の化粧を」
なんて怒られたらどうしようかと思ったけれど、大丈夫だったっぽい。
でも、一番の成果を感じたのは大聖都に戻った私を見たリオンが
「お帰りなさいませ。マリカさ……ま」
大きく目を見開いたまま固まった時だった。
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