フェイと一緒に王宮を出た私達、私とリオンは孤児院の裏手に移動して貰った。
ここなら、塀に囲まれていて外から見られることもないし、リオンの転移を使えば町中に出るのも容易い。
「ここからは二人でどうぞ。僕が付いていると目立ちますから」
「ありがとう。フェイ。でもいいのか? お前も祭りを楽しまなくて」
リオンが気遣うように問うけど、フェイはにこやかな笑顔で首を横に振る。
「僕のことはお構いなく。適当に祭りを楽しみますよ。
二人の様子を追いかけながらね」
「ホントに楽しんでね。私たちばっかり遊ぶのは申し訳ないし」
「いえいえ、もう十分に楽しんでいますから。この大祭、多分、一番楽しんでいるのは僕ですよ」
「?」
意味ありげな笑みで、フェイは私達を見ている。
その表情は本当に楽しそうなので、追及するのは止めにしておいた。
「よし、じゃあ行くぞ。マリカ」
「うん。行ってきます。フェイ」
「いってらっしゃい」
フェイに手を振られながら私達はリオンの飛翔で街に出た。
「わー、今年も賑やかだね~」
夏の大祭より日が落ちるのが早い秋の大祭。
周囲はすっかり夜のとばりが降りているけれど、街の中は煌々と照らされたランプにろうそくなどの灯りで、まるで昼の用に明るい。
各通りはどこもたくさんの屋台と人でごった返していて、真っすぐ歩くのも大変だ。
「……大祭の精霊の服を着ている奴がいっぱいいるな」
人ごみを見つめながらリオンが呟く。
「ホントだ。まだ流行しているんだね」
色はそれぞれに違ったり、飾りで個性を出したりしているけれど、男性はチュニックにブーツに帽子。女性はワンピースにウィンプルといういでたちをしている人がかなり多い。
アベックが特に。
「こんなにたくさんいるんなら気が付かれないよね」
「油断は禁物だけどな。エンテシウスの劇は何時ごろからだ?」
「風の刻くらいから出し物は始まってると思う。でも準備もあるし目玉だからきっと空の刻くらいから、かな?」
「じゃあ、急いで回ろう。オルトザム商会やゲシュマック商会に回るんだろう?」
「うん」
私はリオンが差し出してくれた手を握って、祭りの人ごみに入っていった。
まず最初はゲシュマック商会。
昼の屋台はピザとポテトフライとチキン。それに炭酸水のお店だったはず。
間違いなく完売していると思うけれど、夜にも店の前で厨房を使って腸詰やサンドイッチを売る予定だと言っていた。
広場をチラ見するとやっぱりもう屋台は無いので、本店の方に行ってみた。
「あ、お祭りの匂い」
私はくん、と鼻を動かした。
今までの大祭では食べ物屋台とか殆ど無かったんだけれども、今年は何件も料理の屋台が見える。
去年の時点で五店だった飲食扱いの協力店は、今年さらに増えて十店になったと聞いた気がする。その十店がそれぞれに工夫をしながら店を出しているようだ。
去年のように他国から来ている可能性もあるし。
薄焼きクレープにジャムを巻いたもの。
腸詰焼きにハムやベーコンの串焼き。
焼き鳥の店もある。
香ばしい火の煙と肉の油の香りが、鼻腔をくすぐる。
食べ物屋台があるとグッと祭りの雰囲気が出ると言うのは私の偏見にしても。
遠い昔、向こうの世界でよく嗅いだ『お祭り』の空気と匂いだ。
なんだか懐かしくなる。
来年の屋台では焼きそばなどどうだろう、と思ったんだけれど紙皿やプラスチックパックが無いから難しいかもしれないなあ。
そんなことを考えながら歩いているうちに、ゲシュマック商会の店の前についた。
良かった。広場からは少し離れているし、他のお店もあるせいか、そんなに並んでない。
私とリオンはちゃんと列に並んで順番を待つ。回転も早くてあっという間に私達の番になった。
「何があるんですか?」
「腸詰とベーコンの串焼き、それと果汁の炭酸水割りです。爽やかな炭酸水が焼き物の油を洗い流してくれて美味しいです……よ」
あ、店の前で説明をしているのはジェイドだ。
接客をしている人達の中にも顔見知りは何人かいる。でも知らんふり。
ガルフや、リードさん、ミルカはいないみたい。
「じゃあ、それを二人分下さい。私はベーコン。貴方は、腸詰でいい?」
「ああ」
「炭酸水はオランジュでお願いします」
「は、はい。只今」
私が注文を出すと、一瞬なんだか固まったような様子を見せたジェイドが売り子に指示を出す。程なく飲み物と串焼きが差し出された。
うーん、いい匂い。
「焼き物の串と、カップはお持ち帰りになりますか?」
「いいえ。返していいんですか?」
「はい。返して頂けるなら中額銅貨一枚分値引きします」
なーるほど。店の前でやるならデポジットは在りだ。
この方式なら焼きそばや汁もの、ご飯ものの屋台も行ける。
私は感心しながら店の前、列の行列から離れて焼き立てアツアツの串焼きにかぶりつく。
うーん。美味しい。
こういう豪快な食べ方は皇女モードの時はできないもん。
「美味しいね」「ああ、でも、ほら。口元に油が付いてる」
リオンが自分の串焼きを手に持ったまま、片手で私の口元を拭いてくれた。
固くて強い指先で唇に触れられるのは……ちょっと気恥ずかしい!
なんて思っていたら、あれ? なんだか周囲が妙に静か。
気が付いて周りを見回すと、並んでいた客、周囲で一緒に立ち食いしていた客、店の店員やジェイド、列を作っていたグランや男性達まで私達を見ている。
やばばばばばば。
悪目立ちしちゃったかも。
「ご、ご馳走様。美味しかったです」
私はリオンが食べ終わったのを確かめて串とカップを店に返すとリオンの手を引っ張り、早足で店の前を離れた。
「どうしたんだ? 店の客寄せするんじゃなかったのか?」
「やっぱり、恥ずかしいし、自分は大祭の精霊だなんて名乗れないし、後でもしかしたら程度でいいと思うから……とにかく撤収!」
首を傾げるリオンの手を引っ張って、私はその場を離れた。
知り合いもいっぱいだし、あの場であれ以上はちょっと無理だ。
「まあ、腹ごしらえはできたからいいけど。
次はガルナシア商会か?」
「うん。屋台も出ているけれど、今日『大祭の精霊』は店の前での販売をしているって話だから」
リオンと手を繋いで、高級商店が立ち並ぶ路地を歩いていく。
普段は静かなこの通りも今日はかなり人通りがある。
いつもならこの高級商店街には足を踏み入れないような人達もけっこう来ているみたい。
お目当てはきっと……
「はい、どうぞ。良き大祭になりますように」
「我々の祈りが籠っていますから、きっと幸せが訪れますよ」
ゲシュマック商会と似たような形で店を出しお守りやイラストを売っているガルナシア商会だ。
向こうの世界でもお祭りなどでは安っぽいアクセサリーや、おもちゃ、縁起物などを売っているお店はあったけれど、そんな感じ。
「さあさあ、大祭の二人、その本人から幸せを呼ぶお守りを買えるのはこの大祭の間だけ。
見逃すと来年の祭りまで手に入らないよ!」
呼び込みの男が声を張り上げて客を呼ぶ。
その声につられて買おうか買うまいか迷っていた人の何人かが財布を取り出したのが見えた。
「エルディランド紙の絵が少額銀貨一枚、羊皮紙の絵が少額銀貨三枚。
さらに少額銀貨一枚で、どれも大祭の二人が祝福をかけてくれる。こんな機会は二度と無いだろう!」
うわあ、お祭りぼったくり価格にさらに、祝福価格上乗せかあ。
それではっきり、効果があるならいいけど、フラシーボ効果には高すぎと思う。
丁度、一人が羊皮紙の絵を購入しているところだった。
「どうぞ。貴方に光の精霊の祝福がありますように」
「いいことがきっとありますよ」
大祭の二人、と呼ばれたうちの一人、女性の方が羊皮紙の裏にさらさらっとペンを走らせてサインかな、何か書いてる。
黒髪、黒い瞳、かなりの美人。でも個人的にはお母様やメリーディエーラ様の方が気品があると思う。
で、それを受け取った男性が軽く口づけして渡すのだ。
後ろで隠れている魔術師(?)が小さく呪文を唱えたのが見えた。
絵の周囲でキラキラと精霊が舞っているのは彼が呪文をかけたからだろう。
あの男性が、リオンを真似ているのなら似てない。
絶対にリオンの方がカッコいい。
「よし、行こう。リオン。適当なところで帽子取ってくれる?」
「ああ」
諦めたように小さく笑ってリオンはずんずか店の前に進んでいく私についてきてくれる。
「すみません、それ少し見せて頂けますか?」
「はい。どう……ぞ」
できるだけ、かわいらしい声で、にっこりと笑顔を作って微笑みかける。
ガルナシア商会の偽大祭の精霊との対決の始まりだ。
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