私が、第三皇子家のベッドで目を覚ましたのはラス様の言った通り、空の日の朝だった。
「マリカ!」
「あ、お母様……」
「良かった。身体ごと、私の目の前で消えせたので本当に、どうしたものかと思ったのですよ」
「身体ごと……消え失せた?」
「ええ、貴方が意識を閉ざしてしまい、どうしたものかと途方暮れていた時『精霊神』様がおいでになって、貴女に治療を施すから連れていく、と。
リオンやフェイも着いていきたいと食い下がったのですが、治療の邪魔。魔王城にプラーミァの精霊神様と一緒に貴女のサークレットを取りに行け、と言われて仕方なく魔王城に戻ったのです。処置が終わったらここに、戻すから、と言われて私はここで待機していました」
「ごめんなさい。お母様、また心配をおかけして」
「それはいいのです。戻ってきた、ということは治療も無事済んだ、ということなのですね?」
「はい。どういう風に直して頂いたのかは解りませんが」
情報過多による脳のオーバーフロー、と『精霊神』様はおっしゃった。
どちらかというとショック状態だったのかも。それを硬直した身体ごとなんやかんややって回復させて下さったのだろう。
触手みたいなのが出てきてたりしたことからして具体的に何をされたかは聞かないほうがいい気がする。医療行為と言ってたし変なことでは無い筈だ多分。
ベッドからゆっくり立ち上がる。服は聖域で着せていただいた物と同じ。
身体の調子も悪くない。帰り際、ラス様に抱きすくめられた感覚も少し……残っている。
あ、記憶も残ってる。けっこう突っ込んだ会話をしたから、また思い出せなくなっているかと思ったのだけれども、ちゃんとあの時した話を覚えていた。
『君は親にそっくりだ』『僕達と違って』
って言葉も思いごと。
あの時の受容と励ましがあれば、これから先、多少不安でも、足をつけて頑張っていけそうな気がする。
「それで、最終的にどうなったでんすか? タシュケント伯爵夫人との会談」
「病み上がりの貴方に無理をさせたくは無いのですが、貴女が目覚めれば今日の二の木刻。
皇王陛下と皇王妃様、皇子達も立ち合いの前でサークレットの所持者についての検証実験を行うことになっています。
その為に、さっきも言いましたが貴女のサークレットを取りにリオン達は魔王城に行っているのです」
「そう、ですか」
私が子どもの頃に捨てられていた包みの中に入っていたというサークレット。
エルフィリーネは大人になるまで身に着けない方がいいかもって言ってた。
あまり良くないことになるかもしれないかからって。
「皇子はあのサークレットは貴女のもの、だから身に着ければはっきりと証明できると言っていたけれど」
「そうなんですか?」
「ええ。例えは悪いけれど大聖都から渡された神の『額冠』と似たようなものだそうよ。
所持する人間を選ぶのですって」
神の『額冠』私と『神』の経路を繋いだトラウマアイテム。
それと同種のものを身に着けないといけないのか。
「まあ、その辺の防御についてはプラーミァの『精霊神』様がなんとかすると言ってくださったからお任せしてもいいのではないかと思うわ。貴女のサークレットは貴女に害を及ぼすことはない、とも。
なら、今回、貴女がすべきことは何があっても周りを信じて、立つことだけです。
貴女が『精霊国女王の生まれ変わり』であることが知られてしまう可能性やその対応についてはタシュケント伯爵夫人を排除してから考えましょう」
「排除……。それは、死刑ってことではないですよね」
「当たり前です。そもそもソルプレーザの不老不死が何故解かれたかは本当に不明だそうですから、やろうと思ってできることではありませんよ」
「…………はい」
多分、原因は私なのだ。
ラス様が『星の罰』とおっしゃった不老不死の解除は私が要因で引き起こされる。
私が怒ったからか、それとも別の何かによるものかは分からないけれど。
でも今回は、私は一人じゃない。
お父様もお母様も、皇王陛下やカマラ、リオンにフェイ。アーレリオス様もいるし、ラス様も見てる。
お母様のおっしゃるとおり、私が自分をしっかりもっていれば止めてくださるし、検証も出来るはずだ。
「分かりました。頑張ります」
「では着替えと準備を」
「はい」
約束の時間の少し前、リオンとフェイ。
アーレリオス様が戻ってきた。
「サークレットをもって参りました。
これから皇王陛下の元に届けます」
『その前に、マリカ。聞け』
「『精霊神』様?」
『ライオット』
「かしこまりました」
『精霊神』様の目の合図。
お父様はカマラも含めた随員達を全員外させ、逆に戻ってきた三人を奥部屋に招き入れた。
「アーレリオス様」
『マリカ? 今回の会談、私に預ける気はないか?』
「え? どういう意味ですか?」
『詳しいことを話している時間は無いが、このサークレットは『星』の娘にして代行者候補たる其方が『星』と交感し意思を伝えあう為のものだ』
木箱をフェイからひったくるように奪い取ったアーレリオス様は椅子に座った私の膝に乗せる。
蓋を開けるとそこには大人用のサークレットが青銀と紫の光を放っていた。
「『星』との交感……」
『そうだ。このサークレットがお前のものであることを証明するのは容易い。
お前が身に着けた瞬間、サークレットはお前を主として認証、登録するからな。
同様に、お前以外の人間の所持、着用をこれは弾く。あの女はこれを身に着けることはできまい』
「なら、それで解決、ですか?」
『そう簡単に事が進めば苦労はない。
認証登録が終わればこのサークレットはお前の『気力』を元に起動する。
起動したサークレットを身に着けることで『星』との経路が繋がってしまい、お前は今以上に『精霊』側に近づくことになる』
「それは、力が強くなるってことですか?」
『他の意味でもだ。『精霊』が日常で見えやすくなったり、声が聞こえたり。暫くはコントロールが難しくなる。加えてお前の役割『星の管理者代行』に必要な知識が送られてくる』
喉がごくりと音を立てた。以前、エリセが聞えないものの声を聴くギフトに目覚めた時の騒動を思い出す。それに
「情報の流入。それは……サークレットを身に着ければ、一足飛びで私はこの星の秘密や色々なことが分かるようになる、と?」
『ああ。そうだ。ただしそれは……』
「今の私とまったく違う『星の管理代行者』の覚醒、でしたよね」
『そうだ。このサークレットはその為の方法の一つだ』
お母様が悲鳴じみた声を上げたのが分かった。
以前、魔王城でそんな話をした事を思い出す。
一足飛びに全ての秘密を知る方法はある。けれど、そうしてしまったら知る前の私には戻れないのだ、と。
『『星』もまだ未熟なお前に、いきなり自分の代行をさせようとは考えておられない。
本来なら、接続と同時に行われる情報の流入も、今回は私が遮断する許可を得た』
「情報を遮断……」
『お前が今すぐ全てを知りたいと望むのであれば、情報の遮断は行わない。
ただ、お前が自分の力で、心と体を成長させた上で真実をアルフィリーガや家族、兄弟達と探していきたいというのなら、今回は私に任せよ。
経路接続による能力の強化は避けられないが、お前がもう少し、今のままでいられるように意識と肉体を守ってやる』
どうする? と精霊獣、いや『精霊神』アーレリオス様の紅の瞳が問うている。
みんなは、沈黙。顔を歪め、心配そうに、苛立ちを宿して、悔し気に俯いて……私を見ていた。
決断する権利があるのは私だけ。ならば、答えは決まっている。
「お力をお貸し下さい。アーレリオス様。
私、もう少し子どもでいたいです」
私はアーレリオス様と瞳を合わせた。
ラス様が私の兄なら、アーレリオス様はお父さんだなって思う。
お父様とはちょっと違う。
心配性で優しいお父さん。
「それに謎を解き、真実を見つけ出す時はみんなと一緒に。
一人で抱え込まない。分け合おう、って約束しましたから」
『よい、返事だ』
ニコリ、いや、違う。ニヤリと、アーレリオス様が笑った気がした。
ぴょん、と飛び上がった精霊獣が私の中に溶ける。
前に授業の為にラス様に身体をお貸しした時と同じ感じ。
私の身体の主導権はアーレリオス様に委ねられたのが分かる。
「行くぞ。ライオット。ティラトリーツェ。愚かな復讐者に裁きの鉄槌を下してやる」
立ち上がり、サークレットの箱を、フェイにポンと投げ渡し。
スタスタと前を行くアーレリオス様。
ちょっと豪快だ。
心配顔のお父様とお母様が慌ててついていくくらい。
「お待ち下さい」「マリカは、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お母様」「心配するな。事が終わったら直ぐに戻す」
「叶うなら、もう少しマリカらしく歩いて下さい。
ア……リオン、エスコートを」
「分かりました」
リオンに手を取ってもらい、『私達』は進んでいく。
復讐者との決戦の場へと。
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