【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 最高の食の欠片

公開日時: 2021年5月21日(金) 21:24
文字数:4,281

 翌日、早めに私は第三皇子家に向かった。

 昨日仕込んだ秘密兵器を昼餐に出そうと思えば少し時間がかかるから。

 料理人さん達にもティラトリーツェにも伝えてあったのだけれども。



「マリカ!」

「は、はい! 何か御用でしょうかティラトリーツェ様?」


 館の前に馬車で降りるや否や、ティラトリーツェ様が駆け寄ってきた。

 貴婦人猫を放り投げたビックリの仕草だ。


「あ、あの、どうかなさいましたか?」

「驚かないで聞きなさい。

 今日の昼餐に、皇王妃様がお見えになります」

「へ?」



 何を言われているのか、意味が分からず私は首を傾げる。


「アルケディウス皇王の第一夫人にして、皇子達の母君。

 この国の国母、皇王妃リディアトォーラ様がこの館にお見えになると言っているのです」

「何の為に?」

「貴女の料理を食べに」

「ええええっ!!!」


 思わず声を張り上げた私の口をティラトリーツェ様が慌てて塞いで、そのまま抱きかかえた。

 物静かな貴婦人に見えて女騎士のティラ様だがら、力は強い。

 そのまますっぽ抜かれた様に私は、手近な部屋へと引き込まれる。


「声が大きい! 玄関先で変な声を出さないで。

 まあ、気持ちはわかりますが」

「ど、どうして? 昨日までそんなお話無かったじゃないですか?

 それに今日は臨時の調理実習で、元々予定にはなくって…」


 わたわたと、手でろくろを回す私に、呆れたようにティラトリーツェ様は息を吐き出す。


「…貴女が悪いのです。小麦粉が入手できて気が大きくなったのでしょう?

 料理人達に最高の食の欠片を見せると豪語したとか?」

「あ、はい。それはまあ、確かに。

 皆様に天然酵母をお分けしてお酢と扱い方に慣れて来たようなので、小麦で主食の作り方を教える、と…」

「それを聞きつけ、昨日のパスタを食べ、元々興味を持っていらした皇王妃様がぜひ、それを見てみたいと言い出したとか。

 急な話で悪いが、と連絡が来たのが昨日の夜の話です。

 異例の事ですが、皇王妃様が異例、無礼を承知で申し込んで来たこと。断ることもできません。

 できますか?」

「できますか? と申されても、皇王妃様がいらっしゃっると言われても特別な事はできないのですが…」

「何を作るつもりだったのです?」

「パンです」

「パン? あの固くて平べったい?」


 この世界のパンはそういうものなのは知っている。

 イーストも何もなくって、多分、昔から保存などの為に固く焼いて皿代わりに使ったり、スープに浸して食べる系の奴しかなかったのだ。


「はい。ですが秘密の素材を使う事で、次元の違うものにすることが可能なのです。

 昨日パスタを褒めて頂きましたが、パンの可能性はそれこそ無限なので」


 一応食パンを作るつもりだったので、魔王城から手製の食パン型も持って来てある。

 リンゴならぬサフィーレ酵母ストレート液の食パンとサンドイッチ。

 ジャムも持って来てあるしオープンサンド風の具も用意してある。


 サフィーレのジュースにサフィーレのシャーベット。

 スープはシンプルなビシソワーズ


 シンプルにパンを味わって頂く予定だったのだ。



「どなたがいらっしゃっても同じです。私は私の知っている全てを出して、できるだけのことをするしかないので」


 どっちにしろ今から超豪華な料理なんて用意できない。

 材料は用意しているものしかないのだし。


 私の返事にティラトリーツェ様は大きく息を吐くと膝を折り、私に目線を合わせて下さった。


「自信があるのですね。解りました。貴女に任せます。

 皇王妃様は、皇子妃様達に比べれば話の分かる方です。貴女ができる全てを出して見せなさい。

 それが誠実なものであれば、何であれ悪い様にはなさらないでしょう」

「解りました。全力を尽くします」



 そんな会話の後、厨房で準備をしていた私の元に、


「マリカ!」


 一番に飛び込んできたのはザーフトラク様だった。


「おはようございます。大丈夫です。ティラトリーツェ様からお話は伺っております」

 

 多分心配して来て下さったのだろうザーフトラク様に、私は出来る限りの笑顔でお辞儀した。


「すまぬ。まさか、急にこのようなことになるとは思わなかった。

 私が口を滑らせたのも悪かったのだが…皇王妃様は前々からお主にどうやら興味を持っておられたようなのだ。

 最近三人の皇子妃がそれぞれの社交で、そなたの情報を生かして活躍していたのも理由を後押しした」

「ああ、時々おっしゃっておられましたね。冗談かと思っておりましたが」


 私の下準備を手伝いながらも苦い顔でザーフトラク様は頷く。


「本気であらせられたようだ。そもそも子どもが何かをする、ということ自体がほぼ無いからな。

 第三皇子のお気に入り。しかも料理の達人で知らせる料理全て美味。

 興味を持っても不思議はあるまい」


 ザーフトラク様の話を聞きながら、私はふと、思った。


「皇王妃様はどのような方か伺うのは失礼でしょうか?」


 平民の子どもである私達が皇王様に見える機会などありはしない。

 本来だったらこんな風に皇子妃様の元で仕事をすることだってあり得ないことだ。


「元は国内きっての大貴族パウエルンホーフ侯爵の息女でな。現皇王陛下にとっては生まれた時からの婚約者であり、そのまま第一夫人として皇子妃に、そして皇王妃に即位された。

 皇王様の政務の補助を長くされてもおられる才女だ」

「第三皇子のお母様はプラーミァ王国の姫君だったと伺っておりますが?」

「ああ、所謂恋愛結婚でな。王女を第二夫人に、というのは結構揉めたのだがフィエラロート様、第三皇子のお母上は騎士の資格を持つできたお方で一歩下がって常に皇王妃様を立てておられた。

 故に仲も我らが見る限りは悪くなく、フィエラロート様亡きあと皇王妃様は第三皇子を我が子と隔てなく育て気にかけておられたと思う」


 つまりは純粋培養の王国のお姫様、でも皇子妃として外国の要人とかとも渡り合い、政務の補助をするのだから才女でも有らせられるのだろう。

 第三皇子も皇子妃も、皇王妃様を嫌ってはいなかった。

 なら誠実に、できることをすれば無体なことはされない筈だ。



「おはよう。話は聞いたよ」

「皇王妃様がお見えになると? 信じられぬ話だが…」

「メニューの変更は?」

「ありません。予定通りにお願いいたします」


 集まってきた料理人さん達に私は頭を下げる。

 時間がかかる料理だ。予定通りに進めて行かないとお昼に間に合わない。

 私の意図を読み込んで下さったのだろう。

 彼らはそれぞれに頷くと、準備に動き出してくれた。



「ほう、面白いな。これが昨日仕込んだ生地か?」

「凄く膨らんでいるね。倍くらいになってないか?」

「これが発酵。微生物を使って物を美味しくする効果です」

「微生物?」

「はい、このサフィーレの瓶の中には、人の身体に役に立つ目に見えない生き物が無数に働いています。生き物なのでその時々で多少出来上がりに差が出る事がありますので、今回のを目安にその時々で合わせて下さい」


 生地の空気を抜き、ベンチタイム。

 食パンの形を作って二次発酵。

 時間はもうとにかくかかる。でも、ここで時間をかける程にふんわりとしたパンになるのだ。

 手は抜きたくない。


 今年最初のセフィーレでジャムを作ったり、ジュースを絞ったり酵母液の扱い方や注意点を説明しているうちに生地は膨らんで来た。

 これを薪のオーブンで焼く。

 温度調整が向こうのオーブンより難しいけれど、魔王城で何度も作ってきたし今は精霊の力も借りられる。

 そう難しくはない。


 オーブンの調子を見ながらスープを作り、焼く事約半刻。


「上手くいったかな?」

 

 私は慎重にオーブンから型を取り出した。

 キレイに山形に膨らんだキツネ色が美しい。

 香ばしい小麦の香りにほんのりサフィーレの香りが混ざって爽やか。

 包丁を入れて型からパンを外すと、各面どこも焦げたり生焼けの感じは無い。


 包丁を温めてからパンの端を切ってみる。

 外はカリッとしたパンの耳。なかはふんわり純白の食パン。

 良かった。大成功。


「どうか召し上がってみて下さい。

 これが私の信じる最高の食の欠片の一つ、パンです」

「これが、パン…だと?」


 私は真ん中の部分とパンの端、耳の部分を四等分して切って四人の料理人さん達に渡す。

 それぞれに手に取って口に含んだ皆さんの顔色が変わった。


「ふんわりと、柔らかく、噛みしめる程に甘みがある」

「この甘い香りはサフィーレか?」

「味は微かな甘みだけ。けれど、これなら確かに大よその料理に合うだろう」

「パンというのは固焼きの皿代わり、ではなかったのか?

 こんな柔らかいパンは初めてだ。」


 今までのパンの概念を打ち破る天然リンゴ、もといサフィーレの酵母パンだ。

 ちなみにもう少し発酵時間を減らしたりすれば、バケットタイプやカンパーニュ風の固めのパンもできる。

 今回は柔らかさを重視して、時間をたっぷりかけたけれど。



「保存、という意味で言うならそれも間違いではないのですが発酵という手順を行う事でこのような形に進化させることもできます。

 形を変えるもよし、何かを混ぜ込むもよし。

 パスタ以上にに可能性は無限でございますれば」

 

 他の料理人さんの分を焼きながら、私は用意したジャムやベーコン、ゆで卵などをパンと合わせて見せる。

 食パンにしたのでメインにするのはサンドイッチだ。


 ジャムとバターのサンドイッチ。ベーコンとレタストマトならぬサーシュラ、エナを挟んだサンドイッチ。

 ゆで卵とマヨネーズを和えたサンドイッチなど。


「食べやすさを優先するなら、しっかり挟んでこう切り分ければ手軽に食べられます」


 手づかみで食べるサンドイッチは抵抗あるかな?

 とも思ったけれど、ここは中世。


「なるほど、これは便利だね」


 皇家の料理も手づかみものがあるし、そうでなくてもパンは手で食べる。

 そんなに問題視はされないようだ。

 

「もし、ナイフで切り分ける形にしたいのであれば、このようにパン1枚におかずを乗せたオープンサンドが、見栄えもキレイで良いかもしれません」

 

 具を挟まなければ、その美しさがよく見える。

 四分の一~六分の一サイズに切ればカナッペ風でも楽しめると思う。


「パン単品で味わう場合は、このように丸いパンなどにすると取り分けなどもしやすいと思います」


 私は食パンの残りで作った丸パンも手渡す。

 焼きたてでふかふか。噛みしめるごとに甘い香りが口の中に広がっていく。


 食パンも丸パンも配分などは魔王城での一年間、試行錯誤した品。


「パンはパスタ以上に食を支え、人の身体に力を与える最高の食の欠片と自負しております。

 工夫次第で可能性は無限です」


 自信はあるけれど、食の専門家たちの反応はどうだろうか?、


「どう…ですか? ってえ?」


 私は伺う様に見上げた視線の先で、逆に、本当に驚くものを見る事になる。


S·セレビシエ復権、主食復活の話


長くなったので分割しました。

次に料理人さん達の反応。

それから皇王妃様の反応となります。


よろしくお願いします。

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