【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 新しい『神殿長』

公開日時: 2022年10月4日(火) 06:43
文字数:4,553

 ちょっと待って、ちょっと待って、ほんっっとうにちょっと待って。



「今、なんと申されましたか? 神官長様?」

「アルケディウス王都の『神殿』を、神官、従事者、建物と付随するもの全て。

 租税の権利ごと、全て『聖なる乙女』に献上致します」

「なんで、そんな、話になるんですか!」

「アルケディウスに『神々』の声を聴き、その力を預かり発揮する代行者が在る。

 ならば、神殿を預けるのは何ら可笑しい話ではないかと。

 既に、神殿に仕える神官、従事者全てが了承しております」


 狼狽える私に平然と言ってのける神官長。

 意味が解らず半ばパニック状態で後ずさる私の背中にぽん、と暖かいものが触れた。


「落ちつきなさい。マリカ」

「お母様…」


 私の後ろに立ってその背を支え、止めて下さったお母様は眼差しを神官長に向ける。


「神官長様。

 それは形を変えたマリカの縛りつけでございますか?

 マリカを神殿の役職に括りつけ、王宮から離す手段とするおつもりであるのなら、親として賛成はできないのですが…」

「いえ、その点についてはご心配なく」


 お母様の追及を神官長はさらりと躱して見せた。


「神殿の細かい雑務、職務において『聖なる乙女』のお手を煩わせるつもりはございません。

 実務は全て神殿の者達が執り行います。

 姫君には、もし可能であるならば安息日などの礼拝を司って頂ければ、と思いますが強制ではございません。

 神殿に居住区も用意しておりますが、駐在の義務もありません。

 側近、配下、護衛もお望みのままお連れ下さい」


 毎週の安息日が休みじゃなくなるのは嫌だなあと思ったけど、先回りしてそれは大丈夫と言われてしまった。

 でもなら何をしろというのだろう。


「姫君には『聖なる乙女』としてアルケディウスの神殿を見守って頂きたいのです。

 ペトロザウルのような『神』の御意志をはき違える愚か者に正しき言葉を伝える為に」

「正しき言葉…ですか?」

「はい。『神』や『精霊神』は人々が自らの力で歩むことを望んでおられます。

 ですが長き不老不死の時代が続き、人々はただ、生に飽き惰性で日々を生きるようになった。

 それを正しき姿に戻したいとお考えなのです。

 その為に『真なる聖なる乙女』姫君をこの世にお遣わしになった。

 我々はそう考えております」


 訳が分からない。

 人々から活気や生きる気力を奪い、永遠に変わらない時の牢獄に閉じ込めていたのは当の『神』ではないか。

 その筈なのに。何故、今更人々に生きる力を取り戻せ、というのか…。

 本当に解らない。


「先に申し上げました通り、アルケディウスにおける神殿の徴税権とそこから科せられる課税は神殿の維持費を除き全て姫君に…アルケディウスに譲渡致します。

 アルケディウスの王家から委託されている『精霊神』の精霊石の管理も姫君に行って頂ければ『精霊神』も安心なさるのではないでしょうか?

 加えて大神殿の神官、護衛士、従属者全て姫君のご命令のままにお連れ下さい。

 現在、主として徴税と礼拝などを行っておりますが、神官の多くが『神』の恩寵により精霊術を使用できます。

 『神』と『精霊神』の寵愛熱き姫君のご命令とあれば、彼等はアルケディウスの発展の為に力を使う事を惜しみますまい」

「それは真か!」

「はい。ただし『聖なる乙女』マリカ様が神殿を率いて下さる場合に限ります。

 命令権は皇王陛下でも、皇子様方でも無くマリカ様に…」


 私が今回の件を受けた場合、元々、皇王家と神殿の二重取りであった税金は全てアルケディウスに入る。

 今迄奥神殿に安置されていた『精霊神』の精霊石。

『精霊神』様の本体、と考えるなら『神』の元にもっていかれるよりは私、というかアルケディウス王家が管理した方がいいのも解る。

 さらには実際にはどのくらいのレベルか解らないけれど、精霊の術を使える術士が複数。

 彼らに仕事をして貰えば、例えば麦酒の温度管理とか、食材の流通とかもかなり楽になる。

 アルケディウスの受ける恩恵は図りない。


 でも…話があまりにも美味すぎる。

 ペトロザウルの件の詫びにしても大きすぎるだろう。


「それだけのことをして、マリカを括りつけて、大神殿には何の利点があるのですか?」

「姫君が『神殿』を厭わず、今後も、お力をお貸し下さればそれだけで十二分に。

『神』と『精霊』が待ち望んでいた『聖なる乙女』の御不興をかい、去られる訳にはいかぬのです。

 どうか我々の誠意をお受け取り下さい」


 そう言って、神官長は私の手を取り指先に恭しく口づけた。

 人々が騒めく。

 前にも聞いたけど、この世界には騎士や男性が女性に向けてする口づけの場所には意味があって、指先へのそれは崇敬を意味するのだと。

 今まで不老不死を与えた『神』の代行者として世界の中心に立っていた大神殿の長のこの態度は、前代未聞のことなのだろう。


「…即答はできません。

 皇王陛下やお父様お母様、皆様と相談してからでいいでしょうか?」

「勿論でございます。どうか良いお返事を期待しております」


 静かな笑みを残して神官長は部下と共に去って行った。

 残った私達はドッと疲れ混じりの息を吐き出す。




「なんだか…とんでもない話になりましたね」

「まったく、この展開は予想外だ。完全に先手を取られたな」

「神殿はそれほどまでにマリカを確保したいのか?

 力づくで首に縄を付けようとしたら噛みつかれたから、今度は噛みつかれず逃がさないように外枠を囲おうというのか?」


 頭を抱えるお母様とお父様。

 きっと奇しくもトレランス皇子が呟いた言葉が正解なのだと思う。

 神官長…多分大神殿と『神』は私(とリオン)を確保したい。

 だから無理やり確保しようとした。

 でも、直接支配の為に渡したサークレットは壊され、強制的に言う事を聞かせようとしたペトロザウルは『精霊神』に退けられた。

 鞭でダメなら、今度は飴。

 甘い餌を投げ、私達を逃がさないように囲い込もうという話なのだ。


「マリカよ。其方はどうしたい?」

「皇王陛下」


 横から今までずっと沈黙していた皇王陛下のお声がかかる。

 命令では無く、意思確認。

 私の思いを聞いてくれている。


「私としては悪い話ではないと思っている。

 税金収入が増えるとか、術士が使えるようになるとか、即物的な話では無く。

 大神殿が正式にマリカを認め、その地位と立場を承認する。

 それがこれからも諸国を巡る旅をするマリカを狙う様々なモノから、守る力になるのではないかと思うからだ」

「父上…」


 次の訪問国は夜の国 アーヴェントルク。

『聖なる乙女』を擁し毎年戦で争うこの国はガチガチの神国。

 であるが故に『大神殿が認めた聖なる乙女』『アルケディウスの神殿長』の立場は有益に働くのではないか。と皇王陛下はおっしゃっている。

 それはきっと、とても正しい。


「ただ、これは其方の問題だ。

 旅に出るのも、神殿と付き合っていくのも其方であり、我々は守り助けてやる事はできても変わってやることはできぬ。

 故にこの件については先に申した通り、其方の思いと判断に副うと決めた。

 其方はどうしたい?」

「ありがとうございます。お祖父様」

 

 私は本当に恵まれているな、と思う。

 皇王陛下はこの国の王だ。ご自身の思う通りに決めて命令すればいいだけのこと。

 でも、こうして私の意思を確認して下さる。

 判断する事を許して下さる。

 それは、本当に勿体ないくらいにありがたいことだ。

 だから、素直に真っ直ぐに思いを口にする。


「…私は、神殿を変えたいと思います」

「それは、どういうことだ?」

「皇王陛下や皇家の方はご存知でしょうか? 神殿が広める聖典は色々とねじ曲がっています」


 以前、大聖都でアーレリオス様と話をした。

『精霊神』にとって聖典に書かれた内容は名誉棄損レベルで曲げられている。

 と。

 不老不死という恵みを齎した『神』の力があまりにも大きいから、今まで誰も言えなかったし気にもしなかったけれど。

 本当だったら木や炎、水や大地。

『精霊』と『精霊神』の方が人々に身近で称えられていいものだと思う。


「だから、せめてアルケディウスの神殿だけでも正しい精霊の力や価値を知らせ、その存在を伝えたい。

『精霊神』様に力を与えるのは人々の生きる力『気力』だと伺いました。

 私は今まで何度も『精霊』に。『精霊神』様に助けて頂いたので、その恩をお返ししたいと思うのです」


『精霊神』様に力が戻れば実りも増えるというし、一石三鳥。


「…それだけですか?」

「あー、あと、神殿の徴税で培った情報網と権力で各地で辛い目にあっている子ども達を見つけて保護して貰ったり、教育とかしたりしたいな、とも思っています。

 子どもの保護は将来的にアルケディウスの王都の孤児院だけじゃ間に合わなくなると思うんで、各領地に分館があるという神殿とかでも見て貰えたらいいなって」

「子どもの保護と育成。

 お前の考えは結局そこにいきつくのだな」

「はい」


 保育士だから。

 子どもの保護と教育は最優先。

 その為なら使えるものはなんでも使う。

 少し呆れたようなお父様とお母様だけれども反対している訳ではない筈だ。

 だから、私は顔を上げてその後ろ、壁沿いに立つリオンとフェイを見つめる。

 私が一番確認しなければならないのは、二人の意見だから。


 ツッーっと目が合った。

 二人とも、笑っている。

 リオンは優しい眼差しで、フェイは少し苦笑が混じった様に。

 でも、二人とも笑って、頷いてくれた。


 私の思う通りにやっていい。

 そういう意味だと、私は解釈して顔を上げる。

 自信をもって皇王陛下に向けて。


「私は、やってみたいと思います。

 皇王陛下。お許しを頂けますでしょうか?」


 私のお願いに皇王陛下


「一つだけ、条件がある」

「条件?」

「一人で抱え込まぬ事、だ。

 ただでさえ、其方は『新しい食』『孤児院』『諸国訪問と友好』と仕事を抱え込んでいる。

 加えて『聖なる乙女』『神殿長』となればさらに負担は増すだろう。

 何かあれば側近、文官、そして我ら家族にも相談する事。良いな」

「はい。お約束いたします」

「うむ」


 暖かい笑顔で頷いて下さった皇王陛下は側に控えるタートザッヘ様を見やる。


「タートザッヘ。

 王宮の上級文官から至急に有能な者を選び、マリカの神殿経営の助けを行わせる様に」

「畏まりました」



 それから場に集まる皇族全てに今度は『命令』を下す。


「トレランス、ケントニスはマリカからゲシュマック商会関連の業務を可能な限り引き継ぐように。

 ライオットは神殿の護衛兵の現状を把握。

 皇国騎士団と編成し完全に指揮下に入れろ。

 万が一にもマリカに危害が及ばぬように躾け直せ」

「はっ!」

「ティラトリーツェ。来週の木の日までにマリカの『神殿長』の身支度を整えろ。

 この間の式典の衣装を基本にして構わない。アドラクィーレとメリーディエーラもその補助を」

「はい」「お任せ下さい。最高の『乙女』に整えて御覧に入れますわ」

「アーヴェントルクへの出立は一日遅らせる。

 マリカは二日間で、神殿の内情などを掌握するのだ。

 神官長はああ言ったが不満分子などが残っているかもしれん。その時は黙らせてやれ。

 其方の得意技でな」

「はい!」


 凛とした皇王の声が謁見の間に、


「来週の木の日に、マリカの『神殿長』就任と『聖なる乙女』承認の儀を執り行う。

 大祭に来た商人などもまだ残っているはずだ。

 大々的に知らしめよ!

 精霊の恵みを大地に齎す『乙女』

 新しい『神殿長』の誕生を!」


 そしてアルケディウス全体に響き渡ったのだった。

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