アーヴェントルク最終日。
出立前の準備も整った最後の休憩時間。
「失礼いたします。マリカ様」
外の警備をしていたヴァルさんたちが、遠慮がちに声をかけてきた。
「どうしましたか?」
「王宮から荷物が届いております。どうしましょう?」
「荷物?」
言われて外に出てみると、た、確かに荷物が屋敷の前に積み重ねられていた。
それも結構な大きさのがいくつも、いくつも。
なんだろう。これ。
私達、これからこの屋敷を出るのに。
「ああ、間に合ったようだね。良かった」
ああ、タイミングを見計らったように。
多分見計らってきたのだろうけれど。
ヴェートリッヒ皇子が、館から出て来たのは私達が荷物に丁度、目を丸くしていた時の事だった。
「おはようございます。皇子、皇子妃様方。
あの、これは一体何でしょうか?」
アーヴェントルクの正装を身に纏って私の前に立つヴェートリッヒ様。
皇子妃様達も、解りやすい民族衣装ではないけれど、手の込んだドレスを身につけておられて、第一級礼装で私を見送って下さろうとしているのが解った。
「アーヴェントルクから、君への感謝とお詫びの品、だよ」
「感謝とお詫びの……品? つまりはお土産、ですか?」
「そう。君の仕事は誠実で文句のつけようが無かった。
しかもうちの母と娘が迷惑をかけた。無かった事にしてもらったとはいえ、せめてお詫びとお返しをしないとアーヴェントルクの名が廃るってね」
「そんなの気にしなくていいんですよ。
私はお金を頂いて来ている訳ですし……」
「まあ、そう言わずに持って行ってほしいな。アーヴェントルクの自慢の品ばかりだ。
荷物にはなるだろうけれど、早々邪魔になるものじゃないと思うよ」
「……中を見せて頂いても?」
「勿論」
騎士さん達にお願いして慎重に中を開けて貰うと、アーヴェントルク自慢というだけの名品がこれでもか、ってくらい詰められていた。
「まずはチューロスかな? 牧場が今出来ている分殆ど、ってくらいに贈ってくれたようだよ」
確かに白い布に丁寧に包まれた包みがいくつも。素焼きの壺に入っているのはバターだろうか。
これは嬉しい。
「後は牛皮と羊皮紙。
こっちもラウクシェルドの牧場の最上級品だ」
丸められた牛皮と羊皮紙の原紙は驚くほどに大きい。
それが何本も。
そうかあ、一匹分だもんね。それは大きいか。
「それからこちらは、今の季節には少し合いませんが羊やヤギの毛で編んだ靴下や手袋です。
マフラーや帽子なども。
アーヴェントルクは寒さが厳しいのでそれに耐える羊毛で編んだ編み物は暖かいので有名でしてよ」
「解ります。私も以前、大祭に来た行商人の品を買って今も愛用していますから」
「あら。それはアーヴェントルクの民の誉れですわね」
私の返事にポルタルヴァ皇子妃が嬉しそうに微笑む。
冬が厳しいからこそ春の訪れを愛し、花や自然を編み込んだ手袋や靴下は色鮮やかで夢見るようだ。
「私の領地からは最高級品の蜂蜜と蜜蝋燭です。
蜜蝋燭は水蜜蝋と言って、匂いも無く最上級の品です」
「うわー、本当に真っ白。ご領地で見たナーシサスの花弁のようですね」
ポルタルヴァ様に対抗するようにアザーリエ様が示したのは蝋燭と蜂蜜。
最高級品という蜜蝋燭も凄いけれど、蜂蜜の方も凄い。
蓋を開けると芳醇な花の香りがむせ返りそうだ。
これはシャンプーに使うのは絶対もったいない。料理に大事に使わせて貰おう。
「そしてアーヴェントルクの誇りがこれ。
昔、精霊神から直々に構造を授けられたと言われていて、世界に広まった今でもアーヴェントルクの技術と細工は一番だと思ってるよ」
「時計、ですね?」
「そう。壮麗で見事な作りだろう?」
「はい。こんな見事な工芸品見た事がありません」
どや顔の皇子をとても否定はできない。
指示された時計は丈夫で木目が美しい外箱を、銀と金で見事に装飾が施されている美しいものだった。
ちょっと唐草風の模様が文字盤の周りを隙間なく飾っている。
所々に獅子や鳥をモチーフにした飾りが加えられていて躍動感もある。
以前魔王城にガルフがもってきてくれたものもあるけれど、これはちょっとレベルが違う。
中は所謂機械式の時計であることは、以前、魔王城でシュウが分解したときに解っている。
向こうなら手巻き式な動力を、精霊の力で補う異世界時計。
どうやって機械式時計を中世に作れたのかと思ったけれど『精霊神』が授けたのか。
最上級品が一つと、後は一般用だと言われたシンプルなものがいくつか。
勿論シンプルなものでも、丁寧に作られたアンティーク風で見事な細工が施されてていた。
「素晴らしいと思います。
こんな素晴らしいものを、本当に頂いてもいいんですか?」
「ああ。持って行って欲しいな。いらないというのなら皇帝陛下に相談してくれ」
「下さる、というのなら喜んで。
大事に使います」
せっかくのご厚意だ。固辞しすぎるのも失礼だと思う。
ありがたく頂こう。
「ありがとうございます。
そして二週間、本当にお世話になりました。
ヴェートリッヒ様、ポルタルヴァ様、アザーリエ様」
お三方に、私は深く頭を下げた。
「皆様のお助けが無くば、私はアーヴェントルクにここまで良い思いをもって帰国はできなかったと思います」
これは、事実。
最初は本当に『敵国』と緊張していた。
皇子の事を最初は掴めなくて、信用できなかったし。
アンヌティーレ様とキリアトォーレ様のこととか、トラブルもあった。
けれど楽しい思い出もたくさんできたのは間違いなく皇子家の方達がいたからだ。
特に強行旅行は大変だったけれども最高の思い出になった。
「……こちらこそ、そう言って頂けたのなら本当に嬉しく思います。
素晴らしいお土産も残して頂きましたし、何より、皇子の立場を固め導いて下さったことには感謝しかございません」
「お預かりした子ども達は、大事に守り育成していきますのでご安心下さい」
「宜しくお願いします」
オルトザム商会から贈られた子ども達は今後の事と、本人達の意思もあって今回はアルケディウスに連れて行かずにアーヴェントルクで皇子家にお預けする事になった。
皇子家は子ども上りが多いので、かなり良くして貰っているみたいだから安心だ。
さらにその後については皇子にお願いしている事もあるのだけれど……。
「今回は本当に事務的な関係で終わってしまいましたが、次の機会があれば、個人的に仲良くさせて頂きたいものです」
「ええ、一緒に牧場に行って乳しぼり等できたらステキですわね。
『聖なる乙女』に気安いと怒られるかもしれませんが」
「いいえ。次の機会があればぜひ、そんなこともできたら嬉しいです」
必死で過ぎた二週間。
もし、次が許されるなら、今度はもっとじっくりと関わっていきたい。
そう思える出会いも沢山あったから。
「では、そろそろ行こうか」
「はい、宜しくお願いします」
ヴェートリッヒ様が私の右手をとってエスコートしてしてくれる。
左手はリオンだ。
うーん、両手に花。
ニッコリ笑って見守ってくれる皇子妃様達に守られて、私は最後の挨拶の為に馬車に向かうのだった。
質実剛健なアーヴェントルクのヘイエングラーニツェ城とも今日でお別れ。
少し怖いと思った事もあるけれどそう思うと名残深い。
本城の正門を潜り、玄関ホールに入ると、そこで皇帝陛下と第二皇妃様。
そして大貴族の方や、城の使用人達が私を出迎えてくれた。
一歩前に進み出た皇帝陛下が私に、膝こそつかないものの、最上級の礼と共に私に語り掛ける。
「アルケディウスのマリカ皇女。
二週間の滞在における誠実な職務に心から感謝する。
色々と無礼を行ったアーヴェントルクに対して、貴女は最後まで誠実に向き合って下さった」
「いえ、こちらこそ。
得難い経験を数多くさせて頂きました。
沢山のお土産を頂きましたが、それ以上にこの国で多くのものを得た、と私は思っております。
隣国ということで見落としていたこの国の魅力をたくさん知ることができました」
だから、私も心からの思いで応える。
嘘じゃない。
今は好きか嫌いかと言ったら、間違いなくこの国が好きだと言えるだろう。
「その言葉は我々にとって、大きな誇りとなるだろう。
アーヴェントルクとアルケディウスは隣国にして、家族。
これからもどうかよろしくお願いしたい」
「はい。こちらこそ」
「この時をもって、マリカ皇女のアーヴェントルクにおける職務の終了を宣言する。
『聖なる乙女』に『精霊』と『神』の祝福があらんことを」
「『聖なる乙女』に『精霊』と『神』の祝福を!」
皇帝陛下の宣言に、壁沿いの護衛騎士達が剣を高く掲げ呼応した。
背後に控えていた大貴族達も、立ち上がり背筋を伸ばす。
「ありがとうございます。
どうか、皆様の上に大いなる『星』と『精霊』の恵みがありますように」
私は最後に深く祈りを捧げて、光の精霊を呼んだ。
優しいあの子達は、ホール全体をキラキラ煌めかせて、私のアーヴェントルクへの感謝を伝えてくれるだろう。
くるりと踵を返し、皇子とリオンの手を取り、私はホールを後にする。
二週間の夜国での滞在はこれで終わり。
色々な事があったけれど、どんな国でも最後には私は好きになってしまうようだ。
城を出て、気が緩んだ私は、遠ざかる城を見つめる馬車の中でやっぱり少し、泣いてしまった。
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