大祭が終わった翌日の翌日。
私はお休みを貰って、魔王城に戻っていた。
中庭にぼんやり腰を下ろして、元気に遊ぶ子ども達をぽやっと見つめる
大祭とその後始末が本当に大騒ぎだったので、嘘みたいに静かな気がする。
リオンやフェイは大祭とその後の騒動の後片付けに大忙しの筈なので、こんなにのんびりしていいのかと思うけれど
「せめて今日一日は何も考えず、静かに休みなさい。
今週末には私もそちらに行きますから。
それとも私の館で縛り付けられて休ませられるのとどちらがいいですか?」
とティラトリーツェ様に脅迫されてしまったので仕方ない。
ふと見上げた蒼穹が目に痛いほどに青かった。
秋の大祭で、私は予定より少し早いけれど皇子の隠し子として、アルケディウスの貴族社会にデビューを果たした。国務会議で公開。晩餐会で皇王陛下と皇王妃様に認知されたのでもう後戻りもできない。
隠し子、という微妙な立ち位置から公式にお祝いをされたり、周囲から祝われたりする事は無かったけれど、それでも派閥の大貴族の皆さんからお祝いを頂いたり、帰郷の挨拶を受けたりで昨日は本当に忙しかったっけ。
「まさか、其方が皇子の隠し子、となるとはな。
今後、どう応対して行けば良いのやら」
「今まで通り、商人の娘として接して頂けるのが、私は嬉しいのですが…」
苦笑いで私の頭を撫でて下さった大祭を終えた麦酒蔵の主、エクトール様に私はそうお願いする。
エクトール様は、私達の正体…精霊に属する魔王城の住人…になんとなく気付いておられる筈なのだ。言いふらす様な事はされないと思うけれど態度を変えられるのは色々と辛い。
「解った。そうさせて貰うとするか。
皇子の姫君に失礼極まりない事ではあるが…」
エクトール様はこの大祭で、正式にアルケディウスの貴族位を賜り、新設される酒造局の指導役となった。
今後、各地に新設されることになる麦酒蔵の設備の発注や酒造過程の指導に、本格的な冬まで蔵とアルケディウスを往復する日々になりそうだという。
第三皇子は二年前の子どもの誘拐事件の後始末で今、とんでも忙しい。
宴の後、一度も顔を合わせていない位。
子どもを連れ去った家々に謝罪と賠償を行い、誘拐された子ども達を正式に買い取る旨話し合っているとのこと。
これが無事にすめば、今後、エリセやアレクのように子ども達が外に出て才覚を示しても私のように
「家から盗まれた子だ。戻ってこい」
などと言われずにすむから大変だと思うけれどお父様には頑張って頂きたい。
お父様。
そうだ。私はライオット皇子とティラトリーツェ様の娘となったのだと思い出す。
急な話なので、館などに受け入れの準備が整っていない、という名目から私はまだ暫くはガルフの店で働きながら暮らすことになった。
貴族にはお披露目したけれど、一般に告知するのは新年だというのでそこまで大騒ぎにはならないと思う。
…いや、なるか。
大祭翌日、ゲシュマック商会の従業員たちは全員集められて、大祭の報告を受けた。
そして、大祭屋台の大成功と共に、私が皇子の隠し子であるという設定を知らされたのだけれども、本当にハチの巣を突いたような大騒ぎになったから。
本当の、本当の正体を知っている上層部以外は、皆が青ざめ、顔を見合わせ、そして跪いた。
「皇子の子、と言っても婚外子ですし、固くならないで下さい。
当面は、今まで通り接して頂けると嬉しいです」
そうお願いし、なんとか聞き入れて貰ったけれど、本当の意味での今まで通りは難しそうだ。
昨日の厨房の様子も思い出して、少し寂しくなる。覚悟していたことだけれど…。
「マリカ姉?」
「うわっ! ジャック!」
「あそぼ? ダメ??」
「あ、ううん。いいよ。ダメじゃない。遊ぼう」
顔を覗き込んで来たジャックに、私は頷いて立ち上がる。
「ジャック様。マリカ様はお疲れですし、お怪我もなさっておいでですよ」
子ども達を見てくれていたティーナが諌めてくれるけれど、私は手と首を横に振る。
「大丈夫。傷はもう塞いだし、久しぶりの魔王城だもの。
ただ、走るのはちょっと辛いからかくれんぼか、砂遊びね」
「じゃあ、おすなあそび。リュウ、ファミーお姉ちゃん。
マリカ姉、あそんでくれるって!」
「やったああ!」
嬉しそうに手作りスコップを持って駆け出す子ども達を見ながら、正確にはファミーちゃんを見て、私は思い出した。
「ティーナ。セリーナさんは?」
「今日の夕食当番ですので、今頃台所ではないかと」
「夕食の後、話があるの。セリーナさんと一緒に。少し時間を貰える?」
「私も、ですか?」
「うん。またティーナに負担をかけちゃうことだから」
「解りました」
「ありがとう。お砂遊び。リグもやる?」
とっとことっとこ歩き出すリグを追いながら、私は子ども達の待つ砂場に向かった。
「よーし、大きなお山作ろう」
「わーい!!」
「私が、第三皇子家にお仕えし、マリカ様の身の回りを?」
「うん、他に信用できる人がいないの。
引き受けて貰えるとうれしいんだけど…」
夕食後、子ども達が寝静まった後、私は二人に大祭とそれにまつわる事情を話し、協力をお願いした。
「軽く伺ってはおりましたが、本当に第三皇子のお子として王宮に上がるところまで進んでおられるとは。マリカ様の才と行動力には驚くしかありませんわ」
ティーナは澄みきった泉のような蒼瞳を丸くしている。
「私としてはもうすこしゆっくりいきたかったけど、この辺はもう、どうにもならないくらいに事態がすすんじゃって…」
「私は、娼館生まれです。貴族の身の回りのお世話など何もできませんし、知りませんが…」
言い訳する私を見つめるティーナの瞳には、敬慕の念が宿っているけれど、一方のセリーナはといえば、常識ではありえぬ大抜擢に目が泳いでいる。
「それは、謙遜、です。
マリカ様。セリーナさんはマリカ様のお役に立ちたいと礼儀作法の勉強も行っていますの。基本的な所作は身に着いたと思いますわ」
「それは、心強い。あのねもし、セリーナさんが引き受けてくれるなら、ティラトリーツェ様が身元を引き受けてメイド見習いとして雇って、ミーティラ様が立ち居振る舞いや身分の高い女性へのお世話の仕方とかを教えてくれることになってるの」
ティラトリーツェ様とミーティラ様は、以前この島に来た事がある。多少は馴染みもある筈だ。
「皇子とティラトリーツェ様の許可を得て賜る予定の私の部屋に魔王城との直通通路を作る予定なの。魔王城の中に直接繋げるから、私とリオン、フェイの他は使えないようにするつもり。でも、知らない人に見つかると大変だから、信用できる人に側にいて見張って欲しいの。
あ、セリーナさんは私と一緒になら行き来できるようにするから。」
勿論、ちょっと見では解らないように加工はする。
私達、精霊の力が相当に強い者でないと使えないように厳重に鍵もかける。
でも、それでもやはり部屋に入って、私の手助けをしてくれる人は信用できる、秘密を知っている人間でなくてはならない。
私の世話をするのだから、私と同じ年齢か、それ以上。
ティーナが外に出られない以上、本当にセリーナさんしかいないのだ。
遅くに城に来た彼女だけれども、既に魔王城と私達の秘密は全て話してある。
「せっかく、ファミーちゃんと一緒に静かに暮らせるようになったところ、申し訳ないと思うんだけど、考えて貰えないかな?」
「…ご命令、ではないのですか?」
惑いを宿した目で私を見つめるセリーナさんに、私はうん、と頷いた。
命令では無い。
「私の、秘密と命を預ける相手だもの。
命令で無理強いはしたくない。だから、嫌なら断って」
その時は、お店から信頼できる人を引き抜くとかになるだろうか。
なんとかなるだろう。…なるといいな。
「私を、秘密と命を預けられる。
それほどまでに信用して下さるのですか?」
「信用してる。
夏の大祭からずっと、ティーナと一緒に子ども達の面倒を見て、食事の支度を手伝ってくれたり、家事を一生懸命やってくれてる事も解ってるし、勉強も頑張ってるのも知ってる。
さっき、ティーナが言ってたみたいに、礼儀作法も勉強してくれてたんだよね」
私はセリーナの手を取った。突然の触れ合いに目をぱちくりとさせているけれど、嫌な訳ではきっとないと自惚れておく。
「その努力を信じてる。優しさを信じてる。
だから、助けてほしいの。お願いします」
真っ直ぐに目を見て、誠実に。
私にできることはそれしかない。
するりと、私が握っていた手から逃れるようにセリーナさんの白い指先が抜けた。
ダメだったかな、と思った私の前で、彼女は膝を折り、心臓の上に手を当てる。
これは、私もティーナに最初に教えて貰った上の人間への、忠誠と敬意の印?
「我が忠誠と命の全てを、魔王城の主にして精霊の貴人へ捧げます。
どうか、この身分卑しき私が、私に皇女たるマリカ様にお仕えする事をお許し下さい。」
まだぎこちなさは残るけれど、美しく丁寧な所作。
セリーナさんが、変わり、成長しようと努力してきたことが、これだけでも解る。
「ティーナ。ごめんなさい。
城に残る貴女の手助けできる子達を次から次へと引き抜いてしまって。負担をかけてしまうと解っているのだけれど…」
「いいえ。その点についてはお気になさらず。
エルフィリーネ様もお助け下さっていますし、エリセ様、ミルカ様もお気遣い下さっています。それに、魔王城の子ども達は皆、聞き訳が良くやるべきことを解っていますから、そんなに手はかからないのです」
そうはいっても苦労は絶えないだろうティーナには心の中で、いつか報いると誓って私はセリーナさんを、ううん。
私の侍女となるセリーナを見た。そして、手を差し伸べる。
「心から、頼りにしています。
よろしくお願いしますね」
翌日、私はセリーナと一緒に城を出て、アルケディウスに戻った。
ファミーちゃんは少し寂しそうではあったけれど
「いってらっしゃい」
笑顔で見送ってくれたのが救いだ。
セリーナは第三皇子家にメイド見習いとして一足早く入り、教育を受けながら私が正式に皇女として館に入るその準備に携わることになったそうだ。
見習いのうちにこまめに声をかけて、魔王城に戻してあげられればと思っている。
新年の祝いの時に、冬に生まれるティラトリーツェ様と皇子の子と一緒に、私は国民に皇女としてお披露目されることになる。
その時までに、私も出来る限りの準備と引継ぎを行わなくてはならない。
大祭が終わっても、やることは山積み。
みんなに迷惑や手間をたくさんかけている分、頑張ろう。
と私は気合を入れ直したのだった。
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