二の木の刻。
私達は、指定された時刻、ピッタリに王宮の応接室に入った。
そこには長方形のテーブルが中央に置かれ、上座の短辺に皇王陛下が座っておられる。
背後の左右に皇王妃様と文官長タートザッヘ様。
さらに後ろの壁沿いには皇子二人と護衛騎士が数名帯剣状態で立っている。
長テーブルの長辺、そのドア側には既にタシュケント伯爵夫人がいる。
護衛や、側近、五人ほど。テーブルについているのは伯爵夫人だけだ。
私達が入室すると立ち上がり、スッと貴族としての礼をとった。
軽い会釈を返し、私と保護者であるお父様、お母様は向かい側の席に着く。
背後にはフェイ、リオン、カマラの護衛達。ミュールズさんと文官ミリアソリスも同席している。侍女であるセリーナとノアールは留守番だ。
「王には、古き昔より、調停者としての役割が与えられている」
静かに前置きや挨拶なしで語られる皇王陛下の言葉。
人間同士の争いはいつの世もあったろうし、裁判官を王や神官などが神からの権限を与えられた者として代行していた例は向こうの世界でもあった筈だ。
貴族や、大貴族、皇族の争いの仲裁、調停を皇王陛下が行うことに不自然さはない。
きっと何度もこういう場面があり、慣れておられるのだろう。
皇王陛下の態度は、言葉と同様に滑らかだ。
「この度は、タシュケント伯爵家より、息子ソルプレーザの死に対する異議の申し立てと、拾い子マリカに対する権利主張があった。故に、国法に基づき、審議を行い、裁定を下す。
両者、精霊の名において真実を述べよ。正しき者には加護が、罪人には罰が下るであろう」
私達は無言で頭を下げた。まさか、この場に、私の中に精霊の長『精霊神』のお一人がいるとは皇王陛下も気が付くまい。私の振りをして神妙に頭を下げて下さっているし。
「では、まずはタシュケント伯爵夫人、主張を述べよ。
其方の主張と、要望はなんだ?」
「申し上げます。まず、過剰な罪により罰を与えられ、死んだソルプレーザに対して賠償を頂きたく存じます。我が家が所有する廃棄児に躾を行っただけの家事に対し、永久幽閉は明らかに過剰な罪でございました。ましてや死を与えられるなどあり得ぬことにございます。
同様の罪で今も幽閉中の家令フリントの開放も。
それから我が家の所有であった廃棄児マリカと、同時に奪われた家宝のサークレットの返却を強く求めます。彼女は我が家が拾い上げた廃棄児。身元を表すものは包まれていたおくるみ以外に何も持たず、皇族である証明はできません」
「マリカは俺の娘であり皇女だ。
既に、この一年でアルケディウス、プラーミァ、エルディランド、アーヴェントルク、フリュッスカイトの五カ国で長き眠りについていた『精霊神』を復活させ、大神殿での礼大祭さえもやってのけた。その功績が『皇族』『聖なる乙女』以外に理由がつけられるのか?」
「確かに、マリカは強い『精霊』の加護と祝福をもっているのでしょう。ですが、それは血に寄らぬ個人の才ということも考えられます。何せ皇族、王族以外の人間に儀式を行う事は誰にも許されませんでしたから。以外に普通の人間にも可能であったのかもしれませんわ」
「貴様『精霊神』の加護を受けた皇族を愚弄するのか?」
「そんな。とんでもございません。ただ、皇族であろうと人の子。盗みもすれば浮気もする。
その結果の罪の子をあまり祀り上げるのもどうかとは存じますが」
くすくすと嗤うタシュケント伯爵夫人の言葉に護衛達は青ざめている。
当て擦りどころではない、はっきりとした皇族、お父様への批判は命知らずと言われても仕方ないだろう。
「我が家が拾った廃棄児。その権利は拾い上げ、育てた我々にございます。
その才が生み出すものの権利も同様に。身勝手に盗み出したライオット皇子や利用したゲシュマック商会には我々に謝罪と賠償を行う義務があると存じますが」
「繰り返すが、あれは廃棄されたわけではない、我が家の前に託された俺の娘、皇女だ。
身元を証明する品も持っていた。それを知り、高貴な血を引く者と知りながら連れ去ったタシュケント家の方が誘拐犯、というべきだろう?
もし、廃棄されていた、それを保護しただけだというのなら、まず俺か最低でも皇家に届けるべきだった。貴族区画、しかも王族領域で発見された子ども。市街地で打ち捨てられた廃棄児とは訳が違う」
「貴族区画で拾われた子だなどと、誰か申しましたか?」
「言った。伯爵家の家令フリントが、第一皇子妃や皇王の料理人の前ではっきりと」
「……そうでございましたね。ですがフリントも言い間違い、勘違いもございましょう。
我が家から誘拐された娘を助け出したいとのあまり事実とは違うことを申し上げたかもしれません」
「では其方らの主張する『廃棄児マリカ』はいつ、どこで発見さえ、何を携えていたのか言ってみろ」
「私は、詳しくは存じません。ただ、助けを求めて泣いていた子を見捨てられず、保護した我々には責められる筋合いは無い筈ですが?」
「貴様らが、包みの中に入っていた身元確認の品。
サークレットに目がくらみ、マリカを、俺の館に託された赤子を連れ去らなければ!
マリカはもっと早くに俺が保護して、皇女として守ってやれたのだ!!」
「ですから、サークレットは子どもの持ち物ではございません。我が家に先祖代々受け継がれた精霊の品。我が家が拾い上げた娘は何も身元確認の品などもっていなかったのです!」
「静粛に、一度気を落ち着けるがいい。二人とも」
加熱する論争に皇王陛下が一度水を向ける。
押し黙る二人。でもどちらの目にも負けてたまるかという意思が込められているのが見えた。
「十年以上前の事。その真実を明らかにするのは困難であろう。拾い主であるというフリント、その主であるタシュケント伯爵とて真実を言っていると証明はできぬ。
我が配下の前での発言さえ、マリカを取り戻すための方便である、と覆すのだからな」
伯爵夫人が顔を伏せる。
多分、最初にフリントがアドラクィーレ様達の前で告げた証言が真実だ。
第三皇子家側に置き去りにされていた娘を、拾い上げタシュケント伯爵家で保護(?)した。特異な生まれを示す貴重品を持っていたのでそれを預かり、家人という名の奴隷として育て(放置し)た。
でもその子どもが皇女であった為、誘拐、所持品着服、誘拐、強姦未遂の罪が重くなった。
貴族社会で爪弾き。
故にお父様の『皇女』主張を潰し、私は普通の子ども、廃棄児であると所有権を主張したいのだ。
「マリカはこの一年でその有能さと「聖なる乙女」としての実力を如何なく発揮して来た。皇家としては万が一ライオットの子で無いとしても養女として、皇女資格を奪うつもりは無い」
「ならばせめて、我が一族に賠償と加護を。
我々は廃棄児を救っただけなのですから」
一度、タシュケント伯爵自身はお父様の迫力に負けて、罪を認めてしまったから選手交代。不利を承知で伯爵夫人が出てきた。
この一年間、私のせいで徹底的に失われた大貴族としての利権やプライド。そして息子。
もう失うものは何もない。ならばせめて一矢を。あわよくば逆転をと。
無敵の人は怖い。
「私でさえ、真実の判断は下せぬ。
故にライオットの言うとおりに判断を下すとしよう。
双方が所有権を主張するサークレット。
私自身も確認したが、確かに美しく、希少な金属を使用していることを差し引いても世にいくつもない奇跡の品だ。これの正しき主こそが『真実』の所持者と私は定めるものとする」
双方の主張が出そろったところで告げられた皇王陛下の言葉に、お父様、タシュケント伯爵夫人が顔を見合わせた。双方、想定の範囲内であったあろうけれど
「何をもって、正しき主と決められるのですか? 我が家には伝来の財産目録がございます。それを証明とするのであれば、直ぐにでも持ってこさせますが」
「人の書類など、簡単に偽造できる。それよりももっと簡単な証明方法があるだろう。
伯爵夫人」
「なんでございますか?」
お父様が皇王陛下に視線を送る。小さな頷きと共に渡されたサークレットの入った箱を夫人に投げ渡す。
「これを、被って見せろ。この場で、今すぐに」
サッと、夫人の顔から血の気が引いたのが解った。
彼女は多分、お父様の言葉、その意味を解っている。
「このサークレットは、俺が旅の時代。精霊国女王に賜った品だ。
いずれ、生まれる我が娘に、と。
サークレットは認めた主以外の所有、着用を拒絶する。
もし、タシュケント伯爵家が精霊国より正当に入手したものとほざくなら、身に着けることが出来るはずだ。身に着けられるのであれば、俺はお前達がこのサークレットの所有者だと認めてやる」
「……解りました」
伯爵夫人が手を伸ばそうとする。
「おっと、手袋を外せ。ウィンプルやヴェールの上からも許さん。素手で持ち、その髪に直接乗せろ」
ぴくりと、凍り付いたように伸びた手が止まった。
青ざめたを通り越し真っ白になった夫人の顔。
そうか。箱ごとであれば誰でも持ち運びができる。
もしかしたら手袋やヴェールなど直接でなければ、持ち上げたり被ったりができるのかも。
「そ、それは……」
「できない、というのか? なら、お前の言葉が虚偽であったと認めろ」
「……解りました」
解りました、の意味が、何にかかっていたのかは分からない。
だが、伯爵夫人は手袋を外すとサークレットを摘まみ上げる。
紫水晶の宝石を親指と中指、人差し指で挟むようにそっと……。
だが、その瞬間。
バチン!!
周囲にはっきり響く音が弾けた。
「キャアアア!!」
同時に金色の稲妻が箱の周囲で弾け、彼女はサークレットを取り落とす。
「拒絶の雷光。決まりだな。
伝来の宝物が当主の妻を弾くのか?」
「ち、違います。こ、これは……直接貴重な品に素手で触れたことを、冠が怒って……」
まだ痺れが残る指先を隠すように手袋を嵌める伯爵夫人。
「そうか。だが、伝来の品であるというのなら、なぜお前は婚礼の時にこの冠を使用しなかった?」
「…………」
「茶会でこのサークレットを見せびらかすようになったのもここ十年程の事。でも見せびらかすだけでお前は箱から出すことも身に着けることも殆どしなかったそうだな」
「そ、それは……」
「これを手に入れたのはマリカを拾った十一年前だから。拾い上げた子どもから着服したものだからだ!」
「だからと言ってこのサークレットが彼女のものだという証明にはなりません。この冠は誰にも被ることも触れることも許さないのですから!」
「そうだな。茶会で触れようとした女が拒絶の雷光に手を弾かれた。という証言もあった。
おそらく素手で主以外が触れることをそのサークレットは拒む。布越しでさえ相応しくない者の頭に乗ることを認めないだろう。精霊の器物は主を選ぶ。そういう事例はままある事だからな」
「そうです。ですから……」
「マリカ」
「はい、お父様」
私、正確には私の身体を今、操作しているアーレリオス様が立ち上がった。
「その冠を拾い、被って見せろ」
「はい」
「無理ですわ。その冠は子どもが身に着けられるようにはできていません。頭に乗せることなど不可能……!」
追い詰められ、必死な表情で言い訳する伯爵夫人は、その瞬間絶句する。
床に落ちたサークレット。
拒絶の雷光、だっけ? それに弾かれるかと側近でさえ拾い上げることのできなかったサークレットは手袋を外した私の指が拾い上げても何もおこらない。
そして宝石を額の上にして私が頭に乗せた瞬間周囲がざわめく。
「おおっ!」「なんと!」
シュルシュルっと不思議な音と共にサークレットが縮んで、私の頭サイズにピッタリになったからだ。
『うわっ!』
可愛らしくスカートをもってお辞儀をする私の身体、表情は普通通りで変わらない。アーレリオス様が変わらなくしてくれているんだろうけれど、中にいる私には変化が伝わってきた。
持ち主認証、精霊との経路強化、だっけ?
私の中に封じられていた力の箱が突然開いた、というか見えなかった部分に光が当てられた、というか。
40ワットの電球に照らされていた部屋が100ワットの蛍光灯に変わったというか。私の中が一気に明るくなった。そんな気がする。
明確に、何かが生まれたとか、周囲や私自身が変化した、という訳ではないのだけれど、確かに今までとは違う。それが解る。
「なるほど。これは言い逃れのしようがないな」
外の世界では、サークレットを頭に乗せ優雅に微笑んでみせる私に皇王陛下は納得するように頷く。
一方で伯爵夫人に眼差しを向けていた。
侮蔑、というか断罪のそれを。
「どうだ? 伯爵夫人。これでもなお、このサークレットはマリカのものではない。
自家の家宝だと言い張るか?」
「ま、まだです……。どうか、ご覧に……」
「うっ……」
「マリカ?」
伯爵夫人が反論しかけたその時、くらり、と私の身体が揺れる。
「マリカ?」
とっさにリオンが駆け寄り、私の身体を支えてくれた。
俯き、息を荒げる私の身体。
私には苦痛も痛みも感じられないけれど、何か……あった?
「あ、頭が……痛い……」
「ほら、御覧なさい。その娘とて正しき所有者ではないのです……。
サークレットは拒んで……」
「と、でも言うと思ったのか?」
「え?」
勝ち誇ったように笑いかけた伯爵夫人の顔が、再び、正真正銘凍り付く。
朱金のオーラを放って彼女を見つめる「私」の燐光に。
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