火の一月 一の空の日。
私達は久しぶりに魔王城に戻って来た。
「あ、マリカ姉だ!」「お帰り~!」
「只今、みんな! いい子にしてた?」
朝一で戻って転移門を出た私達を、いつものように魔王城の子ども達は笑顔で迎えてくれる。
ああ、なんだか幸せだ。
「いい子にしてたよ?」
「お土産は?」
「食べ物とかアル達がもってきてるでしょ?」
「チューロス? マリカ姉がかえって来てから食べよーって」
「そっか。じゃあ、今日の夜は少し暑いけど、お外でバーベキューとチーズフォンデュね。
美味しいよ」
「やったあっ!」
「シュウにはいいものがあるの。後で見せてあげるね」
「何々?」
「凄いモノ。楽しみにしてて」
大はしゃぎする子ども達の笑顔が嬉しい。
「お帰りなさいませ。マリカ様」
「御無事のお帰り、何よりでございました」
「ただいま。エルフィリーネ。ティーナ。随分長く留守にしてしまってごめんなさい」
「いえ、皆様、とても頑張っておられましたよ」
城の守護精霊と、リグを抱くティーナも出迎えてくれる。
リグはもう月齢で言うなら二十四カ月、二歳を超えている。
活発で少しもじっとしていない元気な男の子で、ティーナの腕の中でじたばたしている。
「アル様達は、先ほどすれ違いでアルケディウスに戻られました。
今日の夜には戻られるそうなので、夜には全員揃われますね」
「良かった。じゃあ、本当に今日の夜はパーティにしよう」
「わーい!」
「セリーナお姉ちゃんもおかえり!」
「ただいま、ファミー」
子ども達の中から飛び出して来たファミーちゃんは、満面の笑顔でセリーナに飛びつくと頭を子猫のように摺り寄せる。
「わたし、おべんきょうとか、がんばってるよ。
文字を全部おぼえてね、ほんもよめるようになってきたの!」
「それは、すごいね。がんばったね」
「えへへ」
照れたような、でも心底嬉しそうな微笑は花が咲いたように可愛らしい。
「あ、マリカ姉。フェイ兄が、ファミーちゃんにあげる精霊石を捜してくれっていったよ~」
エリセが思い出した、という様に私に伝言をしてくれる。
私がいなくなって、セリーナがいないのでエリセはファミーを妹のようにかわいがってくれているらしい。
ミルカが向こうで仕事をしている間は、一人部屋は寂しいだろうから、とファミーの部屋で寝る等面倒を見てくれている。だから、すっかりファミーもエリセに懐いている。
「了解。私もちょっと探したいものがあったから、すぐに見に行くね」
エリセと約束して、私は今回の同行者に目線をやった。
今回、私と一緒に来たのはセリーナとノアール。
カマラとソレルティア様。後は精霊獣ピュールとローシャだ。
ピュールは前に来たことがあるけれど、ローシャは初めて。
「わー、かわいい」「ふかふかだ~」
すっかり年少組にもみくちゃにされている。
あの子達には『精霊神』の話はしていないけれど、今は自動操縦。獣モードのようなのでなされるがままだ。
すみません。私は心の中で手を合わせておく。
「いつものように、カマラとソレルティア様は、城下の家を使って下さい。
フェイが本なども揃えてくれてある筈ですから」
「解りました」「いつもお心遣い感謝いたしますわ」
「お昼と夜ご飯は一緒に食べましょう」
「お出かけなどがあれば、いつなりとお知らせ下さい」
カマラは不老不死者なので今回連れて来た私の側近の中で、唯一魔王城に入れない。
一人で城下に泊らせるのもかわいそうなので、ソレルティアを誘った。
魔王城の蔵書に興味津々の彼女は、誘うと大喜びでついて来てくれた。
二人をと別れて、私達は魔王城へ。
ああ、いつもながらにホッとする。
「まずは、二人ともゆっくりして。まだ火の刻だから。空の刻あたりになったらリアを炊いてご飯を作る予定だから、手伝ってくれると嬉しいな」
「解りました」「ありがとうございます」
私はノアールとセリーナにそう声をかけると、子ども達に向かいあう。
「私、午前中はちょっとだけやりたいことがあるの。午後はいっぱい遊ぶから、先にお仕事やってきてもいい?」
「……うん」「わかった」「後でいっぱいあそんでね」
「約束」
私はちょっぴり寂し気な顔を見せる、ジャックやリュウ、ギルやジョイをぎゅうっ、と抱しめた。
「お仕事、でございますか?」
「そう。ティーナ。あと少し子ども達をお願いできる?」
「解りました。お任せ下さいませ。今日は森で果物集めをする予定だったのです。
皆様、マリカ様がお帰りですし、きっと美味しいお料理を作って下さいますよ。ピアンやグレシュール、いっぱい集めて参りましょう?」
「はーい」「じゃあ、後でね~」
ティーナも随分と保育士らしくなったなあ、と思う。
子ども達に上手に声をかけて外へと促してくれた。
で、私は自室に戻り、荷物を置いて動きやすい服に着替えると
「エルフィリーネ」
城の守護精霊に声をかけた。
「なんでございましょうか?」
姿を消していてもエルフィリーネは呼べば直ぐに来てくれる。
その辺の安心感、信頼感は揺るぎない。
「城の宝物庫を開けて貰ってもいいかな?
カマラとファミーちゃんに、宝物庫の武器と精霊石を出してあげたいの」
「はい。勿論」
「軽戦士の女の子と、ファミーちゃんに向いている武器や精霊石があるか、アドバイスして貰えると嬉しい」
「かしこまりました」
魔王城の地下一階の奥には秘密の宝物蔵がある。
別に子ども達に秘密にしていたり、立ち入り禁止にしていたりする訳では無いけれど、年長組以下の子ども達にはあえて存在や場所を教えていない。
元精霊国、『星』と『精霊』の恵み深き国 『エルトゥリア』の宝だけあって、かなりのものなのだ。
金銀財宝、宝飾品、この国でしか作られていなかった故に、他国では芸術品扱いされている『精霊金貨』など。多分、アルケディウスの一年分の収入分以上はありそう。
そして、もう一つ。
最初は価値が解らなかったけれど、ここには主を失って眠りについている『精霊石』がいくつもあるらしい。
魔術師、精霊術士の為の『精霊石』が杖と首飾り合わせて十個ほど。
そして、剣士や戦士を助ける為の『精霊石』もいくつか。
「剣や盾の精霊石は、姿を現す程の力をもちません。ですが、訓練次第で主と会話したり、主が望む形で術を行使したりすることが可能になるのです。彼らは精霊剣士、魔術剣士などと呼ばれておりました」
少し前、と言ってももう二年近く前だけど、エルフィリーネはそう教えてくれた。
私が精霊石の籠った剣を媒介に戦いながら精霊術を使った時の事だ。
リオンは、『精霊を守る剣士が戦いに精霊術を使えない』と頑なだったけれど、エルトゥリアの戦士には所謂、精霊術を武器に宿して戦う者が少なくなかったらしい。
以前、エルディランドで出会ったユン君。元精霊国騎士の転生クラージュさんがアルに教えてくれたのだ。
「私の剣を使ってくれているのですか?
上手く使ってやって下さい。彼は面倒見がいいですから、君を助けてくれると思いますよ」
『彼』とクラージュさんが言う『剣』の精霊は私やリオンが語り掛けても何も言葉を返してはくれないけれど、アルが剣を使うことは拒否しないし精霊剣術(仮称)にも応じてくれる。
「オレが使ってて良いのかな? 前の主がいるなら返した方がよくね?」
とアルは心配そうに言ってたけどそれは、クラージュさんが戻って来てからの事で。
とりあえず今、私は、私の騎士になってくれたカマラを助けてくれる剣を捜したいと思ったのだ。
カマラは不老不死者だから、精霊剣士にはなれないかもしれないけれど宝物蔵の剣や武器は軽量化の魔術がかかっているから、普通の武器よりも使いやすいと思うし、彼らにも意思があるのなら使ってあげないと可哀想だ。
一年ぶりくらいに宝物蔵に入った。金銀財宝が眩いのは変わらずだけれども、前に何も解らずに入った時とは色々と違って見える。
所謂普通の宝石細工、金銀財宝と『そうではないもの』がはっきりと解るのだ。
精霊の力のおかげかもしれないけれど『精霊石』は本当に強い力を発して輝いているのが『見える』。
「こんなに、いたんだね。『精霊石』」
「はい。皆、新たな主の為になることを心から願って、悠久の時を待っておりました」
アーサーのマジックシールド、クリスにリオンが選んだ短剣。ニムルを選んだ魔術師の石。
その他にもアーマーや剣、杖や首飾りがかなり「いる」。使われることを夢見て彼らが待っているのが本当に『解る』のだ。
「これ、魔王城の子が使ったり、外に持ち出してこれは、って思う子に貸してあげたりしてもいい?」
「無論。『精霊の貴人』が選んだ相手であれば、皆も喜びましょう」
宝物蔵を改めて探し、私は一本の剣と、首飾りを見つけた。
エルフィリーネにアドバイスを頼んで相性がいい子をと思ったけど、その必要も無かった。
見つけた、というか、自分からアピールしてきた感じ?
エリセの首飾りの時もそうだったけれど、選んでいるようで彼らに選ばれているのだ、きっと。
「カマラは私の騎士だけど、不老不死者です。それでも力を貸してくれますか?」
白銀のショートソードはまるで頷く様に、その柄に埋められた石を強く煌めかせる。
長すぎず、短すぎず、カマラの戦いにきっと合っていると思う。
「解りました。宜しくお願いします」
後は、ファミーちゃんに良く似合うペンダント。
淡い紅色をしていて、この石も女の子なのかな、って思う。
主とか以前に、良い友達になってくれるといいな。
「他の皆さん、……もう少し、待っていてね。いつか、必ず外に出してあげるから」
私は『彼ら』の声や言葉は聞こえない。けれど私の声に応えるように不思議に煌めいたのは『解った』
多分、待っていてくれるのだろう。
用事を済ませ、部屋を出ようと思った、その時
「あれ?」
私は、気が付いた。
おかしい。こんなもの、ここには無かった筈なのに。
目を擦って確かめる。
宝物庫の奥の奥。
最奥の壁に、黒い扉が現れていたのだ。
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