第三皇子家で行われた祝勝のパーティを終えた後、私はお父様とお母様に時間をとって頂いて、王宮で皇王陛下との話を報告した。
「で、最後に皇王陛下、
『大祭の精霊に会ってみたかった』、っておっしゃったんです。
すごーく、意味深な笑顔で。私、背筋が寒くなっちゃいました。
あれ、って何なんでしょう?」
「俺が知るか!」
お父様は腕組みしたまま、不機嫌そうに腕を組み、顔を背けた。
「お父様、お母様、私とリオンが大祭の精霊だって話、皇王陛下になさったりしませんよね?」
「当然です。そんなことを吹聴して何になるのです?
私はあの場に居合わせたミーティラ以外に誰にも話してはいません」
だよね。私達の秘密をあらかたご存じのお二人。
お二人が信用できなかったら、私は何も信用できない。
「深読みする必要も今は無かろう。
純粋に噂を知って興味をもった。それだけだろう。と、知らんふりをして余計な事は言うな」
「わかりました」
あの言葉と笑みの意味は気になるけど、
「皇王陛下の許可も出たのですから、明日と明後日はゆっくりしていらっしゃい。
明後日は、私も子ども達を連れて遊びに行きたいのだけれどいいかしら」
「はい、お待ちしています」
「俺も顔を出せるようなら行くが、父上のおっしゃった通り、体と気持ちをゆっくり休めてこい」
「ありがとうございます」
ぐちゃぐちゃと答えが出ないことを気にしていても仕方がない。
気持ちを切り替えて楽しんでこよう。
大祭が始まったら、その後はまた仕事がノンストップ。
アドラクィーレ様の出産や、秋国への旅行もある。暫く魔王城に戻ることも難しくなるかもしれないし。
そんなことを考えて眠りにつき、朝一で貴族街店舗の転移陣から魔王城に帰った私は、そこであんぐりと、口を開けることになる。
「遅かったな。待っていたぞ」
「こ、皇王陛下。どうして魔王城の島に?」
そこに待っていたのは昨日別れたばかりのアルケディウス皇王陛下だったからだ。
うそ、なんで?
「すみません。僕が連れてきました。どうしてもと頼まれて断り切れず」
申し訳なさそうに頭を下げたのはフェイ。
後ろにリオンもいる。
アルケディウスから魔王城の島に繋がる転移門は二つ。
ゲシュマック商会の長、ガルフの館と私達がやってきたゲシュマック商会の貴族街店舗。
でも、そのどちらも使わない方法が一つだけある。
それが魔術師の転移術を使うことだ。
一度来た場所に空間をつなぐ風の転移術を今、この国で使えるのはフェイと、宮廷魔術師ソレルティア様だけ。
でも、フェイに命令するにしても、ソレルティア様を使うにしても、皇王陛下に言われれば二人に断る術はない。
「すまぬな。どうしても大祭前にいくつか確認しなければならないことがあったのだ。
お前の許可なく島に入ることは、以後行わぬので許せ」
「いえ、それはいいですが確認しなければならないこと、とは?」
「うむ。まずは『精霊神』様と話がしたい。
取り次いで貰えぬか?」
「取り次ぐって言われても……」
『精霊神』様には自由にして頂いているのでいないときには、本当に見つけられない。
いて欲しい時には不思議と側にいてくれるのだけれど。
『呼んだ?』
「うわっ! ラス様?」
私達の話を聞いていたかのように、いや実際聞いていたのだろうけれど、ぴょこっとノアールとセリーナが持ってきてくれた荷物の中から、灰色の単耳兎が顔を出す。
あれ? 連れてきたつもりは無かったのに。
「ラス様、いつも私の周囲の話を聞いてるんですか?」
『聞いてない、とは言わないかな。流石に四六時中聞き耳を立てている訳ではないけれど、君の周辺には特に注意しているから』
「それは、どうも……」
心配してくださっているのだということは解るから、それ以上は追及はしない。
納得できたわけではないけど。
プライバシーとかプライバシーとか。
『それで何? 確認したいことって』
「お手数をおかけして申し訳ございません。マリカにプラーミァの国宝が授けられたことをきっかけにずっと、気になっていたことについて、この機に確認したいと思いました。
アルケディウスの『精霊神の宝』我が王勺について』
小さな獣になんの躊躇い無しに跪き、皇王陛下は問いかける
私も気になっていたことだから、口を挟まず聞く。
ふわりと、宙に浮かびこの国の最高権力者を見下ろす『精霊獣』
なんだか不思議な光景だ。
「フリュッスカイト、かの国の公主殿は王勺を杖として魔術を行使する術者だと伺いました。術者の杖は意思があり、主を選ぶとも。
アルケディウスの王勺を使い、私や子らが術を行使することは可能なのでしょうか?」
『今の皇族達には無理。悪いがお前もだ。シュヴェールヴァッフェ』
「やはり、そうですか」
一刀両断、ばっさりと切り捨てられた皇王陛下は静かにため息と肩を落とす。
『それは今、力を使い果たして眠っている。
起こしてやることは、僕とマリカがいるからできなくはないけれど、大した術の行使はできないよ。お前達は皆、不老不死だし、術の知識も無いだろう?』
つまり、今、アルケディウスの王勺、木の王の力を持つ魔術師の杖は充電切れ。
私と『精霊神』様でエネルギーを補充してあげることはできるけれど、充電ができたとしても使用権限や知識がないから使えない、と。
「術の知識があれば少しは使えるんです?」
『ホントに多少ね。主が不老不死だと、石は気力を補充できないから。あの子は力が大きい分燃費も悪いし』
「あの子」
やっぱり、王勺、木の王の石にも人格があるっぽい?
どんな人、というか精霊なのだろう?
『精霊神』様の返事に少し逡巡するように目を閉じた皇王陛下。
もう一度目を見開いた時には、何かを決意するような強い意思をその瞳に湛えていた。
「『精霊神』様。
多少、でもかまいません。我が国の至宝たる王勺に、精霊が宿るというのなら、ぜひご尊顔を拝するお許しを賜りたく……」
『解った。大祭の時にマリカが、僕に力を捧げてくれる。それで経路を繋いでやろう。一時しのぎでしかないけれど』
「私も第一皇子に皇位を譲れば、皇王の責から解かれます。その暁には不老不死を返上し、魔術を学び直すつもりです」
「陛下?」
「命を粗末にするつもりはございませんが、不老不死は本来は命の摂理の外にあるもの。
私は、正しき自然の流れに戻りたく存じます」
『まあ、その辺の話は後にしよう。簡単に結論を出すことじゃない。
取り返しはつかないことだから、よく考えることだ』
「ありがとうございます」
精霊に仕えるのに不老不死は邪魔。
皇王陛下がそんなお考えをもっていたことは、うっすら感じる場面があったけど。
まさか、本気でそこまで考えているとは思わなかった。
応援したいような、そうでないような。
複雑な気分だ。
「あ、陛下。「いくつか」確認したいとおっしゃっていた残りはなんですか?」
「ああ、そうだな、そっちも交渉しておかねばなるまいな。ライオットや保護者達がやってくる前に」
そう笑うと、皇王陛下はまた膝をついた。
今度は私とリオンに向けて。
「へ?」
「気高き『精霊の貴人』と『精霊の獣』
大祭の精霊よ。
その顔を我が前に表し給え」
と。
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