一年最後の年が忙しいのはどこも同じこと。
私は毎日、色々な準備や仕事に追われていた。
新年の儀式用の衣装を合わせたり、練習を見て貰ったり。
お母様や皇王妃様が
「新年の儀式までは初めてのことです。新しい衣装を用意しましょう」
とおっしゃってシュライフェ商会に発注して下さったのでそのサイズ確認もした。
「……相変わらず豪華ですね。宝石や金糸銀糸の縫い取り凄くって……」
「これは、シュライフェ商会の商会長 ラフィーニがマリカ様の為に用意しました新作でございます」
私が新年の参賀用の新しい舞衣装に見とれていると、お針子のプリーツェが嬉しそうに胸を貼る。
「『聖なる乙女』の舞において、動きを妨げず、その美しさを引き立てるように、と試行錯誤を繰り返したようでございます」
「商会長自ら手掛けて下さったのですか?」
「夏の礼大祭を見て、思う所があったようです。元々、商会長は針子上がりですので贔屓目、欲目を抜きにしても良い出来であると思うのですが」
「ええ。私にはもったいないくらいの美しい仕上がりだと思います」
動きを妨げないデザインになっているし、プラーミァのサークレットにも色や雰囲気が合わせてある。腰のベルトはピッタリとした感じで背筋が伸びるし、アクセサリーを衣装に縫い込むことで万が一にも落ちたりしないように工夫してくれてあるのが解った。
これは本当に舞を舞う『聖なる乙女』の為にデザインして作られたドレスだ。
「もったいない、だなんてとんでもありませんわ。
むしろ、『聖なる乙女』の神秘性と舞を引き立てるにはまだまだであると、商会長は申しておりました」
力説するプリーツェに他の針子達も同意するように頷く。
「マリカ様はきっと『大祭の精霊』に勝るとも劣らない美女になられますわ」
「今年より来年、来年よりもまたその次の年。
より良い衣装を作って参りますので、ぜひ今後ともぜひ、機会を頂ければ嬉しく存じます」
お針子さん達が褒めてくれたのは解るのだけれど……。正直、私の気持ちは複雑で、心から喜ぶことはできなかった。
「マリカ。それで、貴女は一体何をそんなに気にしているのですか?」
仕事を終えた夜。食後にぼんやりとしていた私をお母様は部屋に招いてくれた。
お父様は新年の参賀と私の付き添いの為のお休みを取るのに忙しいんだって。
今日は帰ってないだろうと言っていた。
じゅうたんの上にペタンと座った私の側でフォル君とレヴィーナちゃんが遊んでくれている。
うん、私が遊んで貰っているのだ。膝の上によじよじと上ってくるフォル君とか。
積み木を手渡して、一緒に遊ぼうと誘ってくれるレヴィーナちゃんとか見ていると心が和む。色々と悩んで、ささくれ立っていた心が安らかになって静まるようだ。
そして、最初の質問に戻る。
私の顔色が少し戻ったのを見計らってお母様が声をかけて下さった。
やっぱり、お母様はお見通し、か。
「新年の参賀で『神』と相対する事ですか?」
「それも、勿論そうなんですけれど……。他にもちょっと気になることがありまして……」
新年の参賀についてアンヌティーレ様から貰った情報はみんなで共有した。
「また『神』に身体を乗っ取られるのではないか?」
とお父様は心配して下さったけれど
「『聖なる乙女』が戻って来ないと行事も含め、色々な事に差し支える。おそらく、無断で連れ去られることは無いと思うが……」
皇王陛下はそうおっしゃっていた。
以前『神』の額冠を被って体を乗っ取られた時と違ってアーレリオス様の守りがかかったサークレットがあるから直接中に入って来て操るってことはできないと思うんだよね。
ただ、油断はできない。アンヌティーレ様のお手紙から察するに『精霊神』様が精霊獣ごと私の中に溶けて、憑依するみたいに『神』も『聖なる乙女』の中に入ってくることができるみたいだから。
「……いざとなれば助けに行く。マリカのいる場所にだったら転移することは可能だからな」
「マリカ、夏の礼大祭の時のように『星』に護りを頂くことはできないでしょうか?」
と、リオンとフェイに言われたので、出発前に一度魔王城に言って、お願いしてみるつもりではある。
……魔王城に戻ること自体も、今は少し気が重いのだけれど。
私山登山が気に入ったのか、膝から肩とよじ登ってくるフォル君を両手で捕まえて良く顔を見る。フォル君はお父様似だ。黒い髪、赤い瞳。プラーミァの王族には出やすい色だと以前聞いた。レヴィーナちゃんはお母様似だ。茶色い髪に水色の瞳。
双子二人で両親二人の色をきっぱり分け合ったように見える。
そう。子どもというのは親に似るものなのだ。
「私の本当の親って、誰なんでしょう……」
二人を見ていて、ずっと胸に引っかかっていた思いがポロリと零れた。
お母様の前で油断したのかもしれない。
「マリカ……」
「この間の、レオ君の時にリオンが言ってましたよね。
『神』や『星』は人型精霊を作ることができる、って。あれから、ちょっと思っちゃったんです」
レオ君は、新年に入って直ぐ位にリオンに殺された。
その後、私が倒れて会議が延長になったりもあったけれど、一週間も経たないうちに生後二か月くらいの子どもとして孤児院に拾われた。
もしかしたら事前に準備したりしていたとかもあるのかもしれないけれど、とにかく『神』は人間とほぼ変わらない人型精霊を作ることができる。
それはリオンも同じで『人間の形をしているだけの精霊だ』ってはっきり断言していた。
……そして、今まで気が付かなかったというか、気が付かないようにして貰ってたというか。
「私もリオンと同種の『星の精霊』『精霊の貴人』なのだとしたら、私も親とかいなくって『星』が作った人外なのかな……って」
木の精霊神様は以前、私に
『君はホモサピエンスだ』『親にそっくりだ』
って言って下さったけれど、『精霊神』様、嘘は言わないと思うけれど何かトリックはある気がする。
「私、どこかで自分は普通に親から生まれてきた子どもだって思っていたかったんですよね。おくるみの精霊上布も普通に売ってるものだって聞いて安心したりとか」
私は子どもの頃、第三皇子家の側に捨てられていたらしい。精霊上布のおくるみに包まって特別なサークレットを持って。
私が『星』が作った『精霊』で『星』が信頼する戦士ライオットに育てて貰おうとした、とすると筋が通ってしまうのだ。異世界転生者の魂を『精霊』の器に入れて生み出して。
『精霊神』様達が向こうの世界由来の存在だと気付いてしまってから、SFチックな嫌な想像が頭を過る。クローンだとか、人造人間とか。
私のそっくりさん。『精霊の貴人』が何人もいたっていう時点で、気付いているべきだったのに。
「私はリオンみたいに、割り切れないんです。自分は『精霊』だ。
人間じゃない。
与えられた役割の為に全てを捧げないといけないって。多分、そうしなければならないのに……」
私はなんでこんなに中途半端なんだろう。『精霊』なら『精霊』らしく最初からそう設定してくれれば、リオンのように余計な事を考えずに役割を果たせるのに。
なまじ記憶がないせいで、自分勝手に動いてはみんなに迷惑をかけているのではないだろうか。
悶々、ドロドロと私の中で蟠っていた暗い思い。けれど
「貴方が『精霊』で何か困ることがあるのですか?」
「へ?」
お母様は何を言っているんだ? という顔で一笑に付した。
「え? でも、私、人間じゃないかもなんですよ。『星』が作った人形とか道具みたいなものかもで……」
「だから、それで何か困るのですか? と言っています。貴女が人間であろうと、精霊であろうと貴女は貴女でしょう?」
「人間であろうと、精霊であろうと、私は……私? ですか?」
「そもそも、この世界も人間も『星』と『精霊神』様がおつくりになったのですからその点で、人間も精霊も変わりないでしょう?」
「そうきますか?」
私は目をぱちくり。
自分が人間じゃない。って悩んでいたのがまるで馬鹿みたいにあっさりとお母様は関係ないと言ってのける。
「そうくるもなにも。
人間であろうと精霊であろうと、貴女という存在を忌避する理由にはならないということです。貴女は貴女。人間であろうとなかろうと、皇女マリカで私の娘です」
「いいんですか? 人間でなくても、お母様の娘でいて」
「私の心を救い、皇子を助け、この子達を取り上げ、世界に食を広げて、人々や子ども達の笑顔と生きる世界を作ろうとする少女マリカが、たまたま精霊であったとしても私には何の変りもない事です」
「お母様!」
思わず、抱き着いて泣き出してしまった私をお母様は、双子ちゃんをあやすのと同じように優しく慰めて下さった。双子ちゃんがきょとんとした顔をしているけれど、邪魔したり泣いたりはしないで、お母様を譲ってくれている。
「困ったお姉さんね。
でも、もし『星』が本当に私達を見込んで貴女を託してくれていたのだとしたらとても残念だったわ。貴女を子どもの頃から育てることができなかったのだもの」
もし、そうだった場合、私が魔王城に行くのはとても遅れていただろうし、リオン達とも出会えなかったかもしれない。
でも、もし、この方に育てられていたらそれは素敵な事だっただろうな、と思うのだ。
「前にも言いましたが、堂々としていなさい。魔王であろうと精霊であろうと貴女は皇子ライオットと私の娘。皇女マリカなのだと」
「ありがとうございます」
この一言があれば大丈夫だ、と。
私はお母様の腕の中で思った。
『神』が何を言って来ようと、『私』を奪おうとしようとも、胸を張れる。
私は私。
ライオット皇子とティラトリーツェ皇子妃の娘。
マリカだと。
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