【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 閑話 人形の娘

公開日時: 2024年1月24日(水) 08:26
文字数:3,615

 国王会議三日目。

 大聖都は不思議な緊張と静寂の中にある。

 初日、舞踏会での賑やかさが嘘のようだと、誰もが思っているだろう。


「ノアール。マリカ様の椅子のクッションを直して下さい。姿勢が崩れています」

「かしこまりました」


 理由はただ一つ。

 一人の少女がいないから。

 正確には我らが主にしてアルケディウスの『聖なる乙女』が意識を喪失しているから。

 部屋の中でただ椅子に座す娘。

 私は側に寄り、椅子を整える。

 瞳は開き紫水晶のように輝いているのにまるで、人形のように生気なく虚ろだ。

 腕も、足も反射さえなく、なされるがまま。

 どうしてこんなことになっているのだろう、ときっと誰もが思っている。


「マリカ様、痒い所や傷むところはありませんか?」


 髪を漉きながら呼びかけるミュールズ女官長も、意識は無くても水分は必要だろう。と口元に水を含ませるセリーナも。震える手。苦しげな表情で側に寄り添う護衛士カマラも。

 そして、会議の合間を見て様子を見に来る皇王や皇子、護衛騎士や皇王の魔術師、ゲシュマック商会の商人も。

 そしてここに入っては来ない各国の王達も。


 アルケディウス皇女マリカが意識を失って丸一日。

 意識を取り戻す様子はまだない。



 事の起こりは二日目の昼餐前だった。

 賓客を案内して食事のもてなしと説明をする筈だった皇女は突然、意識を失い崩れ倒れた。

 前兆は無かったかと言えば、あっただろう。

 その日の朝、皇女の顔色は明らかに悪かった。

 一晩寝つけていない様な目元の隈、血行の行き届いていない様な青白い肌。


「マリカ様、体調がお悪いのでは無いですか?」


 ミュールズ女官長が心配して問うた程だ。


「大丈夫です。ちょっと色々考えて眠れなかっただけです。

 今日は朝から会議に呼ばれていますから。のんびりしている訳にはいきませんし」

「ですが……」


 引き止めたそうだった女官長を手で制し、顔色の悪さを化粧で隠して。

 皇女は朝食の後、会議に向かった。

 父皇子も気にして声をかけた程だから相当だったのだろう。

 ただ、国王会議に『聖なる乙女』は求められていたし、話し合いはさして重労働ではない。

 そう思われて、参加を求められ役割を果たしていた。

 その後。倒れたそうだ。私はその場に居合わせていないので解らなかったけれど。


 最初は貧血か、体調不良、それとも何かあったのかとアルケディウスのみならず、目の前で倒れられたエルディランド大王も血の気が引いた顔をしていた。

 だが直後、大神殿神官長から布告が来たと聞く。


「『聖なる乙女』マリカ皇女は現在、魂が『神』の元に呼ばれている。

 心配は無用」

 と。


『だあああっ! 油断した。ちょっと目を離したスキにこれだ。

 やっぱり、本拠地のあいつは油断できない!!』

「何があったか、お聞かせ頂けますか? 『精霊神』様」


 その日の昼餐、午餐は中止、会議もいったん閉じられた。

 そしてアルケディウスの者達は、苛立ちを床にぶつけるかのように爪を立てる『精霊神』に問いかけたのだ。


『基本的には神官長が言った通り、マリカの精神を『神』が連れ去ったんだよ』

「そんなことが可能なのですか? 新年の儀式の時ならいざしらず」

『普段ならできない。精神は人間にとって、心の扉だ。

 許可されない限りは立ち入ることはできない。

 介入の為のアイテムが身体に触れていれば強制的に身体を乗っ取ることもできなくはないけれど』

「では、いったいなぜ?」

『マリカの精神が強い負荷を受けてしまったからだ。

 負荷を少しでも軽くする為に、脳が意識を閉じた。

 その隙に『神』が強制的にマリカに介入してきたんだと思う』

「! そのようなことが?」

『大聖都は彼の本拠地だからね。色々とやりようが有るんだろう。

 僕らも神殿とかだったらできないこともない。相当に消耗する筈だけど……本気を出してきたか?』


 悔し気にベッドに飛び乗ると枕元でマリカ皇女の顔を見つめる『精霊神』の端末。

 灰色の短耳兎は身体を摺り寄せる。

 すると、彼女は目を開けた。


「マリカ!」


 でも意識は見えない。

 感情の色も無い。ただ透き通っただけの紫水晶がそこにあるだけだ。


『ベッドにずっと寝かせておかないで。身体が固まってしまうから。

 意識と繋がっていないけれど、こちらの声は聞こえていると思うから、なるべく動かして。

 それから呼びかけて。僕はアーレリオスと相談してなんとか対応を考える!』


 そう言って木の『精霊神』は何処かに消えた。

 何かあって呼べば来るけれど、それまでは呼ぶなと言いおいて。


 勿論直ぐに皇王陛下と父皇子は大神殿に抗議した。

 しかし、返事は


「神の御心は推し量ることが不可能」


 とにべもなく、さらには


「それに拒否されれば強制することはできなかった筈。

 本人の精神が、この場に在りたくないと思う程の負荷を受け、『神』の声を受け入れたからこそ、肉体から魂が分かれたのです。

『神』の国で直接お言葉を頂くことで、色々と考えが変わることもあるでしょう」


 これは、連れ去られた皇女が『神』の僕になっている可能性も示唆している。


「神殿は本気でマリカを手に入れようとしていたのだな。そして、心が弱っているところを狙ってきた……」

「マリカの心が弱っていた? 『精霊神様』負荷がかかっていたと申していたがもアレは何か悩んでおったのか?」


 悔し気な皇子の言葉に気付かなかった、と皇王陛下が眉を潜める。側近達も青ざめていた。様子がおかしいことに気付いてはいても悩んでいたとは思わなかった、と。


「……マリカは、自分の行動が他人に迷惑をかけることを気にしておりました。と、同時に自分の意志でやってきたと思っていたことが『使命』として与えられたものであったのはないかとも考えていたようです」

「何故、そのような事で悩む必要がある」


 ライオット皇子が言葉を選んでいるのが解る。

 この場にはミュールズ女史のように皇女が『精霊国女王』の転生者であることを知らない者もいる。


「まあ、行動は自重してほしかったが、好きなようにやれと言ってあった筈だ。使命の件にしても人は誰しも何かしら役割、使命をもっているものだ。特別な使命をもっていることは、誇りこそすれ、悩むべき事では無い」


 皇王陛下の言わんとすることは解らなくも無い。

 ただ転生者というのは私にはよく解らないが、彼女は生まれながらの特別な存在だという事なのだろう。選ばれ、求められ、役割を課せられていたということだ。

 幼いながらも流麗な外見、識者賢者も舌を巻く知性、『精霊神』どころか『神』さえも手を伸ばす能力はその為に必要であり授けられたものだった。


「ズルい……」

「ノアール?」

「いえ、なんでもありません」


 私から見れば、全てに恵まれていた人物が何を悩んでいたかなど理解できない。

 そもそも本人が何を考え、悩んでいたかは結局の所本人しか解らないし。

 こうなってしまった以上とやかく言ってなんとかなるものでもないと思う。


「とりあえず、リディアトォーラ。マリカのことは頼む。

 私は会議に行きマリカを失い動揺している各国と話を進めてこなくてはならない」

「かしこまりました」

「食事への招待はこの状況だ。中止にしても責められることはないだろう。

 いつ目覚めても大丈夫なように側についていてやってくれ」


 そう言って、皇王陛下は一人会議に向かった。

 護衛騎士も魔術師も、王子も皇女の元に残していく。

 心配と気遣いが見えるようだった。


 寝室だと、本来なら男子禁制。

 だから、皇女は着替えと身支度のあと、アルケディウス区画の応接の間に置かれることになった。

 置かれると言えば言葉は悪いが、今の彼女は殆ど、美しい人形と同じ。

 虚ろな目のまま倒れないように椅子の手すりを握らされ、ただ座っているだけだ。

 いつも、じっとしていない。くるくると動き回っている彼女を知っていると不思議、というかなんとも言えない気分になる。


 皇子は一度だけ、皇女を抱きしめた後魔術師を連れて、外出。ミーティラ様とユン様は各国との連絡係を努めている。

 そして。

 勇者の転生。

 護衛騎士団長リオン様は扉側で石像のように佇んでいた。

 いつ見ても、彼女から熱と後悔の宿った視線を離してはいない。


 傍らのテーブルには各国から見舞いにと送られた品や花が積み重ねられている。

 彼女が目を醒ました時の為に、と皇王の料理人が用意するスープや果物のジュース。甘い菓子の香りも。

 彼女の弟の楽師が眦に涙を貯めながら引き続ける音楽も絶えることはない。

 おそらく彼女には届いていないというのに。


「人形のようにしとやかに、皇女らしく微笑んでいて。

 いつもそう思うのですが、そんなあの子は、あの子ではないのですね」


 傍らで悲し気に皇王妃が呟く。

 おそらくみんながそう思っているのだろう。乾いた笑いが場に広がった。


「早く、お目覚めになって、いつものような笑顔を見せて下さい。

 マリカ様」


 祈るようなセリーナの言葉には完全に同意できる。けれど。

 ……こんな状況になって改めて思う。


 ズルい。と。

 彼女は、恵まれ、愛されている。


 それを羨ましく思う自分を、私は自覚していた。

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