マリカ様を、ミュールズさん達に預け、安堵したのもつかの間。
ぐらり、とリオン様の身体が崩れる様に傾きました。
「リオン!」
膝を付き、フェイ様が近寄って支えようとします。
その時に気付いたのですが、顔色は真っ青。息もなんだか苦し気です。
「本当に、大丈夫なんですか?」
「大丈夫……だ。今は、気を抜けない。
また魔王が出てきたら大変だからな。
これ以上……あいつに、この身体の主導権を盗られてたまるか……」
心臓の上に手を当てて、噛みしめる様に呟くリオン様。
「やはり、リオンの身体の中にはまだ『魔王』がいるのですね」
「ああ。元より切り離せるものじゃないんだ。
あいつは俺の大本で、俺はあいつから生まれた。一枚の紙の裏表みたいなものだからな」
「紙の裏表……」
その例えは、不思議なほど、スッと渡井の中に入ってきました。
まったく違う文章が書かれていたとしても、一枚の紙であることに変わりはないのだと。
「リオン。辛いとは思いますが、今までの状況や、これからの事を少し話して貰うことはできますか? いきなり、リオンが消えてから今日まで、僕達は本当に何をどうしたらいいのか、手探りだったのです」
「ああ、そうだな」
フェイ様の言葉に、リオン様が頷きます。
「無いに越したことはないが、また、俺が呑まれて魔王が出てくることもあるかもしれない。
その時の為に、俺達の今の状況について、話しておきたいと思う」
話を誰にも聞かれないように、神官長の自室へ移動する皆様方。
私は、マリカ様の元に戻ろうとしたのですが……
「カマラ。お前も一緒に話を聞いていて貰えないか?」
外ならぬリオン様がそう私を誘われたのです。
「私などが、重要な秘密を伺ってよろしいのですか?」
「むしろ、聞いて欲しい。また、同じような事が起きないとは、悔しいが今の現状では言えない。その時、マリカを支えて欲しいんだ」
「聞いたお話を伝えてもよろしいのですか?」
「直接問われたら、俺が話す。そうでなければカマラの判断に任せるよ」
深い信頼に感謝の思いで頭が下がります。
私は同行させて頂き、話を聞きました。
できるだけ、マリカ様に負担はかけない為に今は、積極的に話しにいくつもりはないそうです。
でも、いずれは知るべき事。
私は話を聞き、胸に刻み込むことにしたのです。
「まず、魔王が言った通り、俺の元々の生まれは『神』の所だ。この世界に介入する実態を持たない『神』の、現実で動く手足として作られた」
「『神』も『精霊神』や『星』と同種の精霊の支配者。強大な力を持つが故にこの世界に介入する肉体を持たない。ということでいいのですね?」
「ああ、そうだ。彼らは目に見えない『精霊』と同じ次元の住人。『精霊』に対して圧倒的な力を持つが現実にそのままで介入することはできない。介入する為にはこの世界の法則に合わせた肉体か、意思を組み働いてくれる手足が必要なんだ」
「手足……ですか?」
「一時的に、ほんの一部ならこの世界に合わせた器を作ることで力を行使することもできなくもない。でも、膨大な力がいるし、無から作ることもできない。
この世界の生命の理に即した人間の身体を自分の肉体として、この世に生み出すのには『神』達にも簡単な事では無い」
この場合の『神』達というのは、おそらく『精霊神』様やさらに上位存在であるという『星』も同じなのだという事なのでしょう。準備が無いと小さな精霊獣を作るのが精一杯。というのは聞いたことがあります。
それすらも、大いなる奇跡、ではあるのですが。
リオン様の話は続きます。
「『精霊神』は様々な問題を押しても一度、この世界に彼ら自身の肉体を作った。結果暫くの間、身動きができない程消耗し、自分達の人間型の手足を作る事さえできなくなった」
「それは何故? 肉体を再生させる事は『神』達の力を持ってすれば不可能ではないのでしょう?」
「肉体を生命として作り直すには元となる卵が必要だ。無から有は作れない。
肉体が滅びた後、複製を作るにも繊細な作業が必要。しかも男性体では、新しい卵を作ることができない。
人間として無理して自らが転生した『精霊神』は、新たな卵を得られず、肉体の複製にも失敗した、思っておくといい。
外にもいろいろと細かい事情はあるのだろうけれど」
「『精霊神』自らが、肉体を持った命として降りるにはそれだけの覚悟が必要だった。ということですね」
「逆に言えば、それだけの難しさがあっても、『王族』を作る必要があった、と」
理解できた、という顔で会話されるフェイ様やソレルティア様。私は多分、お二人に比べ解っていないのだろうな、と思いますがそれでも。
『神』達が簡単に人の世に肉体を持って降りることはできないのだということは納得できました。というか、そんなに『神』達がポコポコ地上に降りてこられても大変ですし。
「それに比べれば、俺やマリカのような『星の手足』はいくらか、融通が利く。自分の分身であり子どものようなものだから、言うことを聞かせやすいし、自分は無傷だから、細かい作業や指示もできる。
いざとなれば憑依して肉体を使う事もできる」
「憑依? それは昔『神』がマリカに降りた時や、『精霊神』の意思がマリカに宿るように?」
「ああ、あれは一時的なものだったけれど、物理的に接続され、なおかつ憑依される方に意識が無ければ完全に肉体を乗っ取ることも可能だ」
「意識が無ければ? 意識があれば乗っ取ることはできないのですね?」
「意識があっても本人が同意すれば、問題ないけれどな。意識と言うのは最終認証だ。相手が力を与えるに相応しいかどうかを判断する最後の確認でもある」
鍵に決断権を与えるというのは、なんだか非合理的な様な気がしますけれど、例えば悪人に酒蔵の鍵が渡った時、鍵に意識があって、この人物は扉を開ける権利が無い、と判断し開けないことができるなら、中身を守るには確かに有効なのかもしれません。
「今の俺は一つの身体に二つの意識がある。この肉体は『星』の精霊のものだから、俺は『精霊の獣』として『星』に関する精霊に命令し、従える権利がある。
一方で『神』の力はそこまで使えない。体内にある僅かな欠片を使って魔性退治に多少有利な事ができるだけだ。
『魔王』も同じ。『星』の精霊の肉体は居心地が悪く、『星』の精霊としての力は殆ど使えない。逆に体内の『神』の力を極大化させて、俺より器用に魔性の支配や、力の吸収ができる可能性はあるけれど」
「では、リオンは『神』と『星』両方の力を行使できるのですね?」
「どっちも中途半端だけどな。どちらかに完全に成ってしまえば簡単なんだが、そうしようとすればもう一つの意識が抵抗する。潰し合い、最悪は殺し合いになって最後に意識の無い身体だけが残る、なんてこともありうるから、なかなかどっちも決断できないっていうのが実情だ」
リオン様がおっしゃるには、もし、エルディランドでの戦いの時エリクス達に肉体を奪われていた場合は、エリクスと『神』どちらがリオン様の身体を所有することになったかでその後が変わっていたという事です。
「『魔王』は『神』の元に帰るつもりだった。だが、留守を守っていただけの筈のいわば偽魔王に殺してもいいくらいの勢いで身体を傷つけられた。あれはエリクスの独断なのか。それとも『神』がもう自分を見限ったのかと今は、悶々と落ち込んでいるな」
『神』が直接リオン様、いえ、正確には魔王を治療し、肉体を『神』用に作り替えていれば『星』の鍵を一部開けられる『神』の手足に戻っていただろう、ということです。
ただ『神』ではなくエリクスの手に落ちて利用、加工された場合『魔王』としての意識を殺され、リオン様の意識は封じられたまま、ただの鍵、道具として扱われていた可能性もあるというから怖い話です。
ですが、
「では、リオンの意識が戻っている今なら、魔王城でエルフィリーネや『星』の手によって完全な『星の精霊』になることも可能なのですか?」
「できなくもない。ただ時間がかかる。異物が混ざっているから、完全に除去しようと思うと抵抗もされてさらに手間取る。下手したら数週間とか時間がかかるかもしれない。その間、マリカを無防備のまま放っては置けないだろう?
加え『星の精霊』に完全に成ると、多分、魔王とは違う意味で、俺の意識も変わる。
今とは違う俺になる。
それに俺が『星の精霊』になってもマリカが奪われて『神の精霊』になってしまったら本末転倒だ。しかも俺が奪われるよりもマリカが『神』に盗られる方がもっと問題だからな」
私の耳にはもっと恐ろしい話が聞こえてきました。
「問題、というのは?」
「マリカは『星』の精霊の後継者として作られたモノだ。あいつを支配した者は『星』の力全てを操る権限を有することになる」
「え?」
「俺はあくまで『星の獣』
守り手で戦士に過ぎないけれど、あいつはいずれ『星』の後継者となる者。マリカを『神』に奪われ連れ去られたら、遠くない将来この星は滅びるだろう」
私がもし、主の護衛に失敗したら世界を滅ぼすことになるかもしれない。と。
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