シュトルムスルフトの大祭が終わった後、私はアルケディウスに帰国した。
七国大祭巡りの最後はアルケディウス。
打ち合わせと合わせて、少し早めにお休みを貰ったのだ。
シュトルムスルフトは秋とはいえ、なんだかんだで南国。ちょっと暑いくらいだったけれどアルケディウスは北国だから、ちょっと身震いするくらいに寒い、というかひんやりしている。
身が引き締まるなあ。
「お母様!」
「おかえりなさい。また、騒ぎを起こしてきたようだけれど……頑張ったわね」
「はい。頑張りました。フェイの件も落ち着きましたし。これで、後はアルケディウスだけですね」
久しぶりの帰宅。
お母様は玄関に出て、いつも通りの優しい微笑と、ちょっとした注意で出迎えて下さった。
まあ、いつもの事だ。注意は聞かなかったことにしてぺたりと甘える。
「ええ、もうアルケディウスの大祭も来週からよ。皆、準備に大忙しだわ」
「そうですね。街もなんだか騒めいている感じでしたし」
神殿から王宮までの僅かな間だけれども、町の人達が一生懸命準備をしているのが解った。各国からの移動商人も何人か着いているみたい。
きっと、今年の大祭は賑やかなものになるだろう。
「そういえば、貴方が帰国したら皇王陛下が直ぐに登城させるように、と言っていたの。
リオンと一緒に。
着替える必要は無いから、このまま行きましょう?
私も付いていきますから」
「え? リオンもですか?」
私は後ろに控えてくれているリオンと視線を合せながら首を捻った。
なんだろう。改まって。
「別に悪い事では無いから心配しなくてもいいわ」
「お母様は理由をご存じなんです?」
「ええ。陛下から聞いていますから。行きますよ。
お話が終わったら、城の保育室にいる子ども達を迎えに行って一緒に帰ってきましょう」
「はい」
悪い話では無い、というお母様の言葉を信じて私は城に向かう。
大祭の打ち合わせか何かかな?
アルケディウスの大城に付くと直ぐに私は謁見の間に通された。
にこにこと楽しそうな笑顔の皇王陛下が出迎えて下さる。
「長旅ご苦労であったな。各国からも感謝の言葉が届いている。
大祭は今までにない盛り上がりで大成功であったと」
「それは良かったです。お役に立てたのなら嬉しく思います」
「うむ。最後を締めくくるアルケディウスの祭りでは相応しい舞を期待している」
「全力を尽くします」
どの国で舞うにしても私は差をつけたりしない。
真摯に舞うのみだ。
それぞれに思いは込めるけれど。大好きなこの国での皇女としての最後の舞。
うん。全力は尽くそう。
「うむ」
私の返事に満足そうに頷いて後、皇王陛下はスッと右手を上げた。
護衛兵や文官さん達が外に出ていき、中は私達だけになる。
私達だけ、というのはタートザッヘ様とか、魔王城のことを知っている身内扱いの人ということだけど。
本当に何か改まった話があるのだろうか?
私の頭上に浮かんだであろう疑問符を当然、皇王陛下は気付いている筈。
「ところで、マリカよ。知っているか?」
「何が、でございますか?」
「ここ数年、アルケディウスの大祭は若干、盛り上がりに欠けている。
無論、トラブルが起きたとかそういうことではないが、精彩を欠いている印象があってな」
「そうなんですか?」
「民の努力が足りない、というわけでは無い。
新商品も多く開発されているし、各国から訪れる移動商人の数も増えている。
食事の屋台も多くなって、日々食事を楽しむとはいかぬ者達も、この日ばかりはと食べ歩きを楽しんでいるようだ」
「それは何よりです。では、盛り上がりに欠ける、というのは何故?」
「近年、祭りにおいて民が熱望しているある要素が無いからだ」
「ある要素、ですか?」
「そうだ。強制できるものではない、とは解っていても期待してしまい、最終的に無いとがっかりしてしまう。人気が高すぎるというのもやはり問題だな」
言葉の割に皇王陛下の顔は悲痛とか悩みの要素とは無縁だ。
むしろにやにやと愉し気で……。
「人気がありすぎるって……あ、まさか!」
「そうだ。『大祭の精霊だ』 其方らが神殿に入って以降アルケディウスの大祭に参加することは無かっただろう?
民は二回続けて来てくれたのに、今年は無理なのか? 次回は? と本当に期待してるようだ。大祭の精霊に似たドレス、飾り物、絵姿などは今も人気だぞ」
「私達が最後に祭りに行ってから五回以上の祭りがあったのに忘れてないんですね」
「忘れるにはあまりにも鮮烈でありますれば。あのお二人は」
タートザッヘ様も頷きながら私達を見る。
「でも、今はもう私達の姿、ほぼ大祭の精霊と同じくらいですよ。
まだバレてないんですか?」
「お前達が神殿に入ってから、アルケディウスの民の前に姿を出すことは殆ど無くなっただろう? 一部の金持ちは夏の礼大祭でお前達を見て、もしかしたら、と思っているかもしれんが、普通は不可逆の成長になかなか確信は持てぬものだ」
「なるほど」
「今年の舞で、お前は久しぶりに民の前に姿を現すことになるだろう。
お前の姿を見て、大祭の精霊を想像する者も多い筈だ。
来年からは、大神殿の大神官として立つことになる以上、他国の祭りにそう簡単に出ることもできまい。
故に、今年がドサクサに紛れて祭りに出してやれる最後の機会だ」
「え? 大祭に行ってもいいんですか?」
「ああ、アルケディウス皇王として『大祭の精霊』に祭りへの参加を要請する」
棚から牡丹餅、って感じ。
嬉しい! すっごく嬉しい!
結局、七国の大祭を回ったけれど、何処の国でも祭りそのものを見ることは叶わなかった。私の大祭の思い出はアルケディウスのものしかない。
結婚前の最後の思い出として、アルケディウスの大祭をリオンと二人で楽しめるなんて最高だ。
「民には、少し前からゲシュマック商会を通じて
「『大祭の精霊』が出ないのはきっと騒ぎになったからだろう」
「祭りで『精霊』を見かけても変に構わない方がいい。きっと祝福を授けてくれる」
と噂を流してある。
見つかっても多少は抑制になる筈だ。祭りの警備もその日は倍に増やす。
本当に大騒ぎになったら、その時はその時だが、お前達なら、なんとかできるな?」
「ありがとうございます!」
「衣装やその他については、ティラトリーツェ妃とライオット皇子が整えて下さるそうでございます。
お二人が身に着けるものが、またアルケディウスの新しい流行になるでしょう。楽しみですな」
「お母様が?」
「シュライフェ商会から、シンプルな服を取り寄せてあります。
あとは花の香りを纏えるペンダントとか。
身に着けるものについての準備は相談していきましょう」
「はい!」
お母様にも、話が行っていたのだろう。
はしゃぐ私に笑顔で頷いて下さる。
「こら、あまり気を散らすでないぞ。
大祭の舞に手を抜いたりするようなら、許可を取り消すが?」
「そんなことはしません! 全力で最高の舞を舞ってお見せしますから!」
「ならば良い。大祭が終われば冬。
だが、新年に向けて仕事は山積みだ。
魔王城の調査や成人式、結婚式の準備で遊ぶ間も気を抜く暇もなくなるだろう。
私からの最後の贈り物だと思って楽しんで来るがいい」
「はい!」
七国、大祭巡り。
仕事でしかなかったイベントが急に輝かしい光を帯びた気がする。
リオンとデートだ♪
思いっきり舞い上がった私は、お母様の浮かべたちょっと悪戯っぽい笑みに気が付くことができなかった。
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