シュライフェ商会との衣装打ち合わせの最中。
「ところで、シュライフェ商会はお仕着せを用意するようになったのかしら?」
ふと、気が付いたというようにお母様が仮縫いに来たお針子さん達を見て声を上げた。
じっくりと見て見れば、確かに皆、同じようなドレスを着ている。
シンプルで飾り気のないフレアスカートのワンピース。襟元もステンカラーのノーマルなものだ。
色合いはそれぞれだけど、同じデザインなのでお仕着せに見える。
全く違う服を着ているのは、リーダーであるプリーツェだけだ。
「すみません。そういう訳ではないのですが、最近この形のドレスが流行していて、若い娘たちが調子に乗って……注意はしたのですが……」
皇子妃に指摘されたことを叱責と受け取ったのかもしれない。
プリーツィエは微かに顔を顰めて頭を下げた。
「別に怒っている訳では無いですよ。珍しいと思っただけ」
お母様は微笑むけど。
あのドレスは……。
流行、と聞いて気付いたのだろうか。
ポンと手を叩いたのはミリアソリスだ。
「ああ、『大祭の精霊』のドレスですね。ウィンプルをしていないので気付きませんでした」
頭や髪をあまり人前に晒さないのが貴婦人のたしなみであるらしい。
外で見る女性は、明らかな戦士、騎士階級の他はカチーフやボンネット、ウィンプルのようなものを被っている事が多い。
でも、室内。しかも上位の女性の前で帽子をかぶるのはやはり失礼な様子で、針子達は全員ウィンプルを被っていなかった。
だから、気付くのが遅れたのだけれど。
「『大祭の精霊』? なんですか? それは?」
知らないよ? 何それ? 美味しいの? 風味で私は首を傾げた。
箱入りの皇女なら、知らなくても不思議はないよね?
私の態度に、若い針子さん達は目を輝かせた。
「姫様はご存知ありませんか? 今年の大祭に『精霊』が出たという噂を!」
「こら! 貴方達!」
教えてあげたいと顔に描いてあるワクワク顔の針子さん達にプリーツィエは眉根を上げるけれど、私はそれを手で制した。
「なんとなくは聞いていますが、詳しい話は知りません。
大祭の後、私はアーヴェントルクに出てしまったので。
良ければ『大祭の精霊』はどういうもので、どういう話なのか、教えて頂けますか?」
基本的にアルケディウスでは下位の者が上位者に話しかける事が許されていない。
子どもでも、皇女な私は上位者扱いなので、針子さん達は話かけられないのだ。
大祭からたっぷり一カ月あったのに、まだそのドレスが流行中ってどんなことになっているのだろう?
昨日のゲシュマック商会との打ち合わせの時にも思ったけど、当事者としてはどんな話になっているのか現場の声を聞いてみたい。
お母様に目線を送ると溜息をつきながらも頷いて下さったので話題を振ってみる事にしたのだ。
「『大祭の精霊』は大祭の初日に現れた男女一対の精霊です」
「どちらも黒髪と、夜の瞳。
息をのむほどに美しい存在であったそうですわ」
「へえ~」
別に外見の色は変えていないから、私は紫の瞳の筈だけどいつの間にそう言う事になったんだろう。
でも言わないよ。そんなこと。
まあ、夜だったし篝火はあったけど、凄く明るいという訳ではなかったからそう見えたのかもしれない。
「彼等は精霊の世界から降り立って、街で服装を整え、屋台を見て歩き、祝福を与えて歩いたそうです」
「服装を整え?」
「シュライフェ商会傘下の古着屋が、変わった服装をして閉店間際店に飛び込んで来た男女を覚えていたそうです。
彼らが選んだ服が、今、アルケディウス王都の流行になっているのですわ」
「へ、へえ~~~」
思わず声が上ずるけど知らんぷり。
でも、最初に服を買った店までもう割れてたのか。
怖いなあ。
「屋台で食べ物を買って食べ、露店で装飾品を買い、楽し気に過ごした彼らは最後に祭りの踊りの輪に入って踊り、最後に祭りに光の祝福を残して消えたそうです」
「精霊が買い物をした店は、初日完売。二日目以降も大人気だったそうで。
精霊と踊ることができた輪の者はほんの一握りでしたが、皆、その後良い事があったと聞いています」
「商売が上手くいったとか、良い仕事が見つかったとか、失せ物が見つかったとか、身体の痛みが取れたとか……。
精霊と踊った事で祝福して貰ったのだと大盛り上がりで……」
「そうなのですか? 私も『精霊』と踊ったのです。きっといいことが……。
あ、いえ、もうありました。確かに『精霊』の祝福はあったのですね!」
「カマラ……」
正体を教えたカマラが目を輝かせて私を見るけれど。
いやいやいやいや。
それは絶対プラシーボ効果。
私達そんな祝福を授ける力なんてないし、してないし。
「その後、自分達も『大祭の精霊』にあやかりたいと思う者達が、同じドレスや服を身に纏うようになりアルケディウスの流行になっているのですわ」
針子達の話を最後にプリーツィエが纏めてくれた。
どうやら彼女も『大祭の精霊』に興味がない訳では無い様で実に詳しい。
シュライフェ商会も多分『大祭の精霊』の服を売って稼いでいるのだろう。
「大祭から一月も経つのにまだ人気は衰えていないのですか?」
「はい。全く。
その後『精霊神』の復活が皇王家から告知されましたし皆で、色々噂をしています。
『大祭の精霊』は復活した『精霊神』が人々を祝福しに来たというのが、一番の定説です」
永遠の命に退屈している庶民の噂怖い。
……あながち間違ってはいないところがもっと怖い。
「同じ服やアクセサリーを身に着けていたり絵姿をもっていたりするだけでも、『大祭の精霊』『精霊神』の祝福は得られるとされていて、暫くはこの騒ぎ、続きそうですわね」
「そうですか……」
「商売をする方としてはとてもありがたい事ですが。
流行遅れと思われていた服が高値で売れるようになりましたから。
秋の大祭にも違う服で『大祭の精霊』が現れてくれるとなおいいと思いますが」
「そうなるといいですね」
出ないけど。
秋の大祭には絶対に出ないけれど。
「商魂たくましいギルド長の店ガルナシア商会は、幸運を呼ぶお守りとして精霊の絵姿や彫刻も販売し始めたようです。外見が似ている男女をモデルとして使っているあたり商売上手だと思います。
あと、伝手を使って少女精霊の髪飾りをフリュッスカイトから輸入。独占販売もしていて……。
輸入価格の三倍以上で売っているそうですわ」
「三倍? それは随分と暴利ですね」
「ええ、一般人の給料の一カ月分以上ですからね。でも女性に思いを伝える贈り物として今、大人気です」
えげつないなあ、とは思うけれど各自の商売の工夫に私はとやかく言えない。
アルケディウスの消費が拡大されるのは良い事だ。
と思っておくことにする。
「大祭が盛り上がった様なら何よりです。
私もいつかまた見てみたいものですが……」
「子どもの祭り見物は目立ちますものね」
「ええ、皇女となった以上覚悟はしていますが、あの賑やかな祭は大好きだったので残念です」
とりあえず、私達は大人の姿になっても下手に祭りには行けないのだということは理解した。
実際に大人になったら、もっと行けないだろう。
『大祭の精霊』そのものになっちゃって大騒ぎだ。
ということは、あれが最後のお祭りかあ。
ぐっすん。
どうせならもっと遊んでくれば良かった。
仮縫いの後、しょんぼり肩を落した私を気遣ってか、シュライフェ商会が私に『大祭の精霊』の服(子供用)を作って贈ってくれた。
「知らないってのは怖いな。
『大祭の精霊』に『大祭の精霊』の服を贈るか!」
お父様は大笑いしてたけど、私は逆に外との交渉や作業がある仕事の時はそれを来て歩く事にした。
「本当にそれを着て出歩くつもりですか?」
「堂々としてればバレませんって」
実際、皇女が『大祭の精霊』の真似っこをしていると、微笑ましく見られているようだ。
シンプルな服なので作業の妨げにならないのもいい。
何より。
あの日の事、リオンとの楽しい宵を思い出す様でちょっとお気に入りになったのだった。
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