火花が弾けるような衝撃と共に、私達の前に現れたのは朱い髪、紅い瞳。
燃えるような輝きを内側から放つ青年だった。
歳は外見で言うなら20代後半くらいに見える。
肌は褐色。額に紅い線のような模様。
紅のローブは装飾など殆どないシンプルなものなのにサテンのように艶やかで、彼の存在を周囲から浮き立たせている。
重力に逆らい、重さを感じさせず、オルクスさんの杖の上、空に腰かけるように浮かぶ青年に既視感がある。
はっきりと像を結んでいるのに、どこか透き通るような容。
これは、もしかして……立体映像?
「貴方は、まさか、オルクスさんの杖の?」
彼は腕を解き立ち上がる。
彼が動くと、周囲の空気に熱が宿るような気がする。
今まで、たくさんの精霊達と出会ってきたけれど、美しく作られた『精霊』
その特質がはっきりと感じられた。
彼はきっと高位の精霊。しかも火に属する者だ。
我が意を得たり、というように彼は、私達と目線を合わせ、胸に手を当て、優雅にお辞儀をする。
『我が名はフォルトシュトラム。魔術師の杖。
偉大なる王と『精霊神』。そして星の手足にて。どうかお見知りおきを…精霊の主たるものよ』
うっとり聞き惚れるような美声だけれど、どこか人の外にあるような違和感を感じる。
シュルーストラムやアーグストラムと会った時とは別の印象を感じるのは、私が色々と知りすぎたからだろうか?
「やっぱり。火の王の杖、ですね。
火の『精霊神』様が心配しておられましたよ」
『ご心配をおかけして申し訳ございません。姫君。
無論、『精霊神』様のおいでには気が付いていたのですが、つい最近まで意思を封じられていましたので表に出ることができなかったのです。『神』の力が封じられ、やっと動けるようになった次第』
「杖が、しゃべった?」
私達、アルケディウスの者はシュルーストラムや、アーグストラム、王家のアーベルシュトラムなどで慣れているから、そんなには驚かなかったけれど、ヒンメルヴェルエクトの皆さんは、心底ビックリした様子で、目を丸くしている。
一番驚いているのはオルクスさんだ。
「こ、これは一体?」
自分の杖なのに、放り出すように手を離して後ずさり。
完璧に引いているっぽい。
「力ある精霊石は意志を持っている者がいるのですよ。一種の人工知能が搭載されている、と言えばいいでしょうか?」
「人工知能」
オルクスさんとマルガレーテ様は、元二十一世紀のアメリカ人だから、この説明で納得して下さったのが助かる。
「お父様が与えて下さった杖に、まさか人格があったなんて……」
『私は『精霊神』様に仕える精霊だ。
元はプラーミァ王家を助ける為の存在だったが、王族の罪により王族から取り上げられ精霊国に託された。
その後、魔王との戦闘の際に主が死に、魔王の手に囚われた。『神』は私の意識を封じ、子の生命維持装置として私を与えたようだな』
つらつらと語る彼の姿に、私の知る杖達に似ている? ではない既視感を覚えた。
夢の中、地球で後に火の精霊神となる能力者。
シュリアさんに膝を付いた青年によく似ている。
彼のお父さんの部下、ハルドゥークさんと呼んでいたっけ。
でも『神』の子ども達は精霊が意思を持つことがあるって知らないのかな?
前に聞いた時、精霊は道具、意思が在る筈なんかないって言っていたのはしらばっくれじゃなくって本当に知らなかったのかも。
まあ、精霊の力がナノマシンウイルスって解っていればそう言う考え方になるのかも。
「君、いや、貴方は嫌々、私に仕えてくれていたのですか?」
伺うようなオルクスさんの問いかけに、どこか呆れ気味にため息をつくフリをしている。
私たちとオルクスさんでは態度がずいぶんと違うけど、フォルトシュトラムの彼を見る眼差しは優しい。
『本来であるのなら、我々は主を自分で決める選択権を与えられている。
一方的に主を決められ縛り付けられる、このような屈辱は堪えがたいのだが、まあ、子どもを守る為とあれば止むを得ん。
お前は見込みが無いわけでは無いし、当面は将来性を期待してこのまま仕えることに異論はない』
オルクスさんがフォルトシュトラムの返事に、ホッと、安堵の息を吐きだしたのが解った。
彼は魔術師待遇で王家に入っている。
杖が無いと精霊魔術が使えずに苦労することになるだろうからね。
『ただ、その自信の無さはなんとかせよ!
其方は私の主で、精霊の力を使うことを許された地球の子なのだ。
もっと覇気を持って行動することはできないのか!』
フォルトシュトラムに怒られて、オルクスさんが首をきゅっと潜めたのが見えた。
火の王の杖、フォルトシュトラムはかなり過激な性格だと聞いたことがある。選んだ主に逆らう事はしないけれど、間違っていると思えば平気で意見したりするそうだ。
生まれついてのものかな。それともアーレリオス様の調整の結果なのかは解らないけれど。
で、オルクスさんは自信があるように見えて、実はあまりない人なのかもしれない。
正体が知れてからは、どこか迷うような視線をすることが多い気がする。
説明もマルガレーテ様に任せていたし。
『さっきもそうだ。せっかくやりたいこと、できることは無いのか? と姫君が聞いて下さっているのだ。はっきりと言えば良かろう』
「? オルクスさん。何かやりたいことがあるのですか?」
「あ、いえ、そういう訳ではないですが……」
『サッカーをやりたい。はっきりとそう言え』
「!」
「サッカー!」
「何で君が知ってるの!」
『時々、呟いていたであろう?
ゴムができたのなら、いつかサッカーをできないかな、と』
思いもよらない言葉が出てきたけれど、そうか。地球移民なら向こうの世界でスポーツをやった経験や記憶がある人もいるんだ。
ちなみに、サッカーという言葉を聞いて、その場で理解できたのは私とマルガレーテ様だけ。カマラやアリアン公子は首を傾げているし、
「マリカ。サッカーってなんだ?」
「ゴムで作ったボールを蹴り合って競い合う遊び、というかスポーツね」
「スポーツ?」
「あー。後で説明する」
リオンも解らないらしい。
というかスポーツという概念そのものがこの世界に無かったのかも。
「オルクスさんは、サッカーの経験が?」
「……経験という程では、ないのですが、将来サッカー選手になりたいと、ジュニアリーグのクラブチームに入っていました。
続けていてもスポーツ選手になれたかどうかは解りません。マルガレーテ様のように将来を嘱望されていた、とかではないですから」
「でも、基本的な知識はお持ちなんですよね?
スポーツトレーニングの方法論とかルールとか」
「知識だけです。技術的なものについては昔はあったとしても今は、殆ど無いだろうと思います。スポーツは身体でやるものですから」
数千年の冷凍睡眠の果てに、身体は強張って思うようには動かなくなっている。
体を鍛え直したとしてもゴムもボールも無い状態ではサッカーはとてもできなかったろう。でも……。
「サッカー。悪くないと思います。
他の野球やテニスなどと違い、ボールが一つあれば基本的にいつでも、どこでもできますからね」
「ですが、貴重なゴムを遊び道具にするのは……」
「子どもの遊び道具は重要ですよ。健康増進にも役立ちますし、ボールを作ってサッカーを広める計画は検討に値する話です」
不老不死が無くなり、遊びで行われていた戦は今年取りやめになった。
お父様は凄くあれを嫌っておられたし、来年以降も無理に復活させる必要は無いと思う。
けれど、そうなると代わりに国同士で交流したり、競い合う何かが欲しくなる。
スポーツ、それもボール一つあれば、どこでも誰でもできるサッカーならその始まりに相応しい。
勿論、今まで戦に力を入れていた騎士や戦士の気持ちや別の熱の持って行き場は必要だと思うけれど、それを徐々にサッカーやテニス、野球などのスポーツに変えていくは有り寄りの有りだ。
「今度、プラーミァからゴムを分けて貰って、サッカーボール作りを試してみます。
上手く行ったら、子ども達に教えてみませんか?」
「この世界でも……サッカーが?」
今までと違い、瞳に明らかな喜色を宿すオルクスさんを見てフォルトシュトラムは笑う。
『ほらみろ。言ってみればなんてことはないだろう?
内に秘めているだけでは何も変わらないぞ。自信を持って自分はできると一歩を踏み出してみろ。失敗したら、その時はその時だ』
「簡単に言わないで下さい。地位や立場が上がると責任も増えるんですから」
『責任に応え、御してこそ人間というものだろう?
お前にはそれができる。前向きに進め』
フォルトシュトラムは、やっぱり部下だからかな。なんとなくアーレリオス様と物言いや考え方が似ている気がする。
少しおどおどしたオルクスさんを励ます姿はなんだか魔術師と杖というよりも、保護者と子どもの様だ。
実際、そんな関係なのだろうけれど。
『長い不老不死世では実感も湧かなかったろうが、この世に在る事そのものが、星の祝福、奇跡なだと理解して、悔いなく生きるがいい。
精霊はそれを助ける。
それが、命を持つ……生きる者の使命というものだ』
「が、がんばります」
あっという間に仲良くなった主従という名目の、優しい精霊と子どもを見ながら私は、ふとお父様とは違う、もう一人のお父様に会いたくなっていた。
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