【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 もう一人の転生者

公開日時: 2022年2月28日(月) 07:50
文字数:5,718

 舞踏会が始まったのは、比較的夕方に近くなってからだった。

 火の刻は過ぎていたと思う。

 で、ダンスをしたり、プラーミァと会談したり、隣国が挨拶に来たりして時間が過ぎて、気が付けば夜の刻の鐘が鳴っていた。

 閉会って何時頃なのかな、と思うのだけど、日が変わる頃には多分お開きになるだろう。

 

 こちらもかなり会話が弾み、長く滞在されていたフリュッスカイトの公主様が下がられた後、多分最後になるであろう会談にやってきたのは


「やれやれ、やっと、辿り着きましたよ。

 このままお話できぬまま舞踏会が終わってしまったら国の者達に何と言われていていた事か」

「こちらからご挨拶にも行かず失礼をしました。ホワンディオ大王」


 エルディランドの大王様。

 私の中では大王と書いて大王(おおきみ)と読む。

 エルディランドの君主様は、アルケディウスの皇王陛下よりまだ年上、70~80歳にはなっているのではないかな、というご老人だった。

 腰が曲がっている、という程ではないけれど杖を突いて、ゆっくり歩いていらっしゃる。

 雪のような白髪、長いサンタクロースのような髭、黒い瞳の大王を、40~50歳くらい?

 妙齢の女性が支えるように付き添っておられた。


 黒髪、黒い瞳の美しい女性だ。

 

「エル・トゥルヴィゼクス。

 シュヴェールヴァッフェ皇王陛下。

 随分と若返られたようで何よりです。新しい孫ができたからですかな? それとも『食』のおかげで在りましょうか?」

「ホワンディオ大王もお元気そうで。メイレン妃もお変わりなく」

「不老不死ですからね。

 良くも悪くも代わりの無い日々と思っておりましたが。

大王もおっしゃいました通り皇王陛下と皇王妃様におかれましては昨年までと比べると、見違えるようにお元気になられて。

 今回はその秘訣を伺いたく参りました」


 ホワンディオに、メイリン。

 エルディランドのお二方は、今までの完全異世界、異国ヨーロッパ風の名前から、一転してなんだか中華風だな、と私は思った。

 仕える方達の髪色も眼の色も、黒や茶色系が多い。

 イメージ的にアルケディウスがロシア系、フリュッスカイトがヨーロッパ、イギリス、イタリア系、プラーミァがハワイなど南国系、アーヴェントルクが北欧系だと思えばエルディランドは中国や日本系なのかもしれないと思う。

 なんだか、向こうを思い出してホッとする。


「ああ、それから新しい皇女様」

「あ、はい。エル・トゥルヴィゼクス。

 ホワンディオ大王様、メイレン妃様。新年の良き日にお会いできたことに感謝申し上げます」


 突然、話題を振られて驚いた私は、慌てて挨拶した後

 

「もしよろしければ、皇王陛下との会談の場にお付き合い頂けませんかな?

 国の者から、伝言を預かっておるのです」

「へ? 私に、伝言? お国の方から??」

 

 もっとびっくりして間抜けな声を出した。

 でも、仕方ないと思う。

 エルディランドは遠い遠い国だ。旅商人さんとかならともかく、はっきりと『エルディランドの方』と話すのも初めての話。


「ああ、驚かれるのも無理はありませんな。

 ご心配なく」


 大王、という名にそぐわず、大王様が腰低く柔らかい表情で笑って手を振ってくれた。


「以前、貴女がアルケディウスの印刷工房に『本』を注文なさいましたでしょう?

 その内容があまりにも見事であった上に、初めてとは思えぬ整った注文であったので、国の印刷工房の者達が感謝を込めて、エルディランドの本をお送りしたいと申しましてな。

 預かっておるのですよ。

 今後もどうぞ良きお付き合いを、と」


 ああ、そう言う話なら分からなくも無い。

 夏にアルケディウスの印刷工房に、食品取引基準と食材図録を注文した。

 見本印刷紙を一冊残してもいいか、という工房からの問いに頷き、食品図録の方は販売許可も出してある。

 エルディランドの人の目に留まる可能性もあるだろう。


「それは…ありがとうございます」

「では、マリカ。こちらに来なさい。メイレン妃のお相手はそちらで頼む」

「解りました」

「承知いたしました。

 メイレン様、どうぞこちらへ」


 メイレン様が女性用のテーブルに向かわれたのを見送って、私は国王の社交のテーブルの横に立たせて頂いた。

 足がだいぶ疲れたけど、あと少しの辛抱だ。多分。


「まずは、こちらを。

 国の者達から預かったエルディランドの本です。

 勇者伝説と、エルディランドに伝わる精霊の物語。

 どちらも人気があり、何度となく版を重ね、絵師を変えながら出版しております」

「どうぞ、姫君」

「ありがとうございます」


 側仕えの男性の方が私に布で包まれた本を渡して下さった。

 受け取ったのはミーティラ様だけど、中身を確認する為にテーブルの上に置き、布包みをゆっくり開き開けた先には鮮やかな色彩の『本』がある。


「うわあ、美しい本ですね」


 皮で装丁された豪華な羊皮紙の本は魔王城でも何冊も見た。

 でも、この本の『美しさ』はそういうのとベクトルが違う。


 ガリ版印刷で作られたと思しき本文、カラーの表紙は多色刷り。

 四人の勇者が描かれた表紙はシンプルな線だけれども生き生きと描かれていた。

 薄くて軽くて読みやすい。植物紙で作られ糸で閉じられた和綴じの本。

 こういう所も中華風というか日本風だと思うと、なんだか懐かしい。


「ほう、これは美しいな。随分薄くて軽いがこれが、植物紙で作った本、というものか」


 皇王陛下が私の手元を覗き込む。

 王宮にも羊皮紙で書かれた見事な手書きの本がいっぱいある。

 植物紙の本は、どちらかというと庶民向けだし滅多に見る事は無いのかもしれない。 


「多色刷りの表紙とは素晴らしいですね。手間がかかっておいででしょう?」

「お解り頂けるとはありがたい。」


 私が思わず話を振ると、大王様は子どもの言葉、と侮ることはされず、むしろ我が意を得たり、というように微笑んで下さった。


「高度な技術で作る高価で薄い紙を原紙として幾枚も使わなくてはならないのです。

 貴族用の特別な品でございます」


 軽くパラパラめくってみると綺麗な絵が一冊に四~五枚入っている。

 じっくり読んでみたいけれど今は我慢、そっと本を閉じて包み直そうとすると…


「あっ!」


 何かがコロコロ、と落ちた。

 小さな、丸いもの…。拾い上げてみると…


「え?」


 それは、豆、だった。小さな豆。

 ごくり、と喉が鳴る。これは、まさか…。


「どうした? マリカ?」

「お祖父様、ほんの少し、ご無礼をお許し下さい!」


 皇王陛下、ではなくお祖父様、と呼んで甘えて、私は出された菓子を摘みながらこちらを見る大王様に向かい合う。

 勝手に大王様に呼びかけるのは失礼だと思うけれど、それでも確認しないといけないことがある。


「大王様、この豆…植物はエルディランドの植物ですか?」

「いかにも。ソーハと申しましてな。エルディランドでは荒れ地のどこにでも生るよくある植物です。

 やはり、姫はご存知でしたか?」


 後半の言葉の意味がよく解らない位、私は興奮していた。

 ソーハ? やっぱり大豆?

 胸がバクバクして止まらない。

 この世界にも大豆があったんだ。なら、もしかしてお米とかもあったりする?


 私の様子に、大王様は毒見をしていた側近と顔を見合わせ、くすり。

 小さく笑った。


「このチョコレート、という菓子も素晴らしい甘さ、美味ですな。ですが、年寄りにはやや味と刺激が濃い」


 指に摘んだチョコレートを口に入れた大王様は


「ここだけの話ですが、アルケディウス皇王陛下。姫君」


 椅子から身を乗り出しテーブルに身体を寄せる。

 まるでて内緒話をするようなその仕草に、私達も真似て身体をそっと近づかせた。


「アルケディウスの『新しい食』が近年、わが国でも注目されておりますが、それより遙か以前から、実は我が国でも『食』の取り組みが行われている、と言って信じて頂けますかな?」

「なんと?」

「本当でございますか?」


 驚く私達に頷いて、大王様は身体を真っ直ぐに戻すと話し始める。


「今から少し昔、と言ってもまだ100年とは経てはおりませんが、エルディランドの貧民に一人の子どもが生まれまして。

 少年となった彼は不遇のよくある子ども時代を経て大人になる中、賢者とも呼べる知識でエルディランドに様々なものを齎しました。

 植物紙の作り方、印刷の方法、他にもいろいろありはしますが、一番浸透したのはリアとソーハの加工方法でしょうか?」

「リア?」

「姫君はもしかしたらご存知では無いですかな? 小指の先よりもなお小さな種でして麦のように一本の茎に穂をつけて実ります。

 皮を剥き、煮る事で小麦とは別の『食』の元になるのです」


 米だ!

 米が、エルディランドにある?

 思わず目を見開いた私を大王様はどう思ったかは解らない。

 静かに語るを止めず続けられる。


「後援者、協力者に恵まれた為、植物紙や印刷は比較的早くに受け入れられ、彼は巨万とも言える富を手に入れましたが、食品の加工にはさして注目も支援も集まらず、少年は印刷と植物紙の儲けを全て注ぎ込む形で研究を続けたそうです。

 結果、数十年の歳月をかけて彼は、黒い液体と透明な液体を手に入れました。

 ショーユ、と呼ばれる調味料と、サケと呼ばれる米酒でございます」

「醤油と…酒?」


 はい、と大王様は頷く。


「今の所、商人による国外への持ち出しを禁止しておりますので、今回はごく僅かしか持ってきておりません。

 ですが、多くの食材を美味にするショーユと、疲れを癒す酒精を持つサケは、徐々にですが国に広まってきております。

 最初は少年が作った一か所だけだった『醸造所』も今ではだいぶ増えてきておりまして、今後は国外への輸出も、と考えていたところに、アルケディウスが『食』の提唱を始めたのでご相談に上がった次第でございます」


「マリカ…『知って』おるのか?」


 ぶるぶるとみっともなく止まらない震えを必死で押さえながら、私は優しく問いかけるお祖父様に小さく頷くのが精いっぱいだった。

 余計な事は言えない。

 私は見知らぬ世界、見知らぬ知識を見る異能を持つだけの娘なのだから。


 ただ…どうしても聞きたかったことがある。


「その方は…今、どうして…」

「彼は…今はもうおりません。頑なに、死の直前まで不老不死を得る事を厭っておりました故。

 今、製紙印刷も、食料品の加工も彼が拾い、育てた子ども達が引き継いで行っております」

「そう…ですか」


 おそらくその少年は、私と同じ異世界からの転生者だったのだ。

 しかも酒と醤油を再現させたということからして日本人。

 もっと早く気付くべきだった。

 発音や言葉も日本とは全く違うこの世界で。

 ガリ版印刷、というこの世界では在りえない日本の造語が印刷業界の固有名詞になっているということは、日本の知識を持つ人間が、製紙印刷技術を作って広めたということなのだと。


「正直な所、彼は『物』を作る知識は持っていましたが、それを生かす技術をもっては居なかったようで、そのまま飲めるサケは、ともかく、ショーユはリアに卵をかけて食べるなど簡単なものに使われる以外はあまり使用されてはおりません。

 海辺や猟師などには採った魚や肉にかけて食する者もいるようですが。

 アルケディウスから輸入した燻製器を持ち込んだ商人が、燻製肉や腸詰にかけたところ、その美味が倍増したと評判になっております。

 高度な『料理』の知識と技術をお持ちの姫君なら、もっと上手くお使いになることが可能ではないでしょうか?」

「ぜひ、確かめたく思います。お譲り頂く事は可能ですか?」

「もし興味がお有りなら、お持ちしましょう。明日でも宜しければ」

「お祖父様…」


 私は狡く皇王陛下を呼び分ける。

 どうか、と眼で訴える私に呆れたように、諦めた様に肩を竦めて皇王陛下は大王に答えて下さった。


「もしよろしければ、明日の昼をご一緒致しませんか?

 食品の輸入、レシピの販売などについてお話をさせて頂きたく存じます。

 そのショーユとやらが我が孫、マリカ思う通りのものであるのなら、それを使って腕を振い『新しい食』をご用意するでしょう」

「はい。お許し頂けますならぜひ」

「承知いたしました。明日の朝一でアルケディウスにお届け致しましょう。

 昼は私と妻がお伺いさせて頂きます」


 話しを終え、大王様が立ち上がったのを見て皇王妃様と話をしておられたお后様も立ち上がりそっと寄り添う。

 

「今までエルディランドは距離もあり、あまりアルケディウスとは国交も無く過ごしてきましたが、これをご縁に良き関係を頂ければ嬉しく思います」

「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いいたします」


 皇王陛下、皇王妃様の後ろで私は丁寧にお辞儀をする。

 と、大王様の背後にいたお付きの方の一人と、目が合った気がした。

 凛々しい黒髪の男性は私に静かに会釈して下さる。

 顔立ちも日本人そのものだ。

 いつか、どこかで見たような。

 エルディランドの方は本当になんだか懐かしくて和む。


 そんな私の様子を読み取ったのだろう。


「其方が夢で見る『精霊の書物』というのはどんなものなのだ?」


 皇王陛下が頭を撫でながら聞いて来る。


「知らぬ世界の自分になって、知らない事を体験しているような感じです。

 カカオ豆やさっきのソーアも、その世界に生っていた植物でした。

 それとは別に、目の前に過去や未来と思しき光景が過る事もあるのですが…」

「なるほど、もしかしたら、エルディランドにも同じような異能を持っていた方がいたのかもしれぬな」

「私もそう思います」


 どんな人だったのだろう。

 どんな思いで一人この世界で生き、死んでいったのだろう。

 少し切ない気分になる。


「とりあえず、今日はこれで時間切れだ。シュトルムスルフトとヒンメルヴェルエクトとはまたの機会だな。

 明日はエルディランドとの昼餐に、プラーミァとの午餐。他にも予定が入るかもしれぬから忙しくなるぞ」

「アーヴェントルクやフリュッスカイトも食事を共にしたいと申しておりましたから。しっかりね。

 マリカ」

「はい」


 気持ちを切り替えようと目を閉じた私は、周囲が急に騒めいたのを感じて顔を上げる。

 カツカツと、固い床を弾く靴の音は、優美な男性を連れて私の前で止まった。


「姫君、本日のラストダンスを踊って頂けないでしょうか?」


 センチメンタルな思いは衝撃で全て吹き飛んだ。

 駆け寄るリオンと皇王陛下と皇王妃様。


 全てをいないもののように扱って、彼は、偽勇者エリクスは、私の前に跪いたのだった。 


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