私がお母様にして頂いたお化粧はそんなにド派手だった訳ではない。
中世異世界に元々、そんなにメイク用品も無いし。
無いから作ったわけだし。
髪を綺麗にし、つやを出すシャンプー。
手や肌に潤いを与え保湿する、オリーヴァオイルベースのクリーム。
それに葛粉をベースに金属粉などを使って色味を足したファンデーションとチーク。
それからロッサの花から抽出した化粧水と、エッセンシャルオイル。
後はやっぱりオリーヴァオイルベースの口紅くらいだ。
これを全部揃えて、使えるのは王侯貴族の中でもさらに特別な上流階級&伝手がある者のみ。王家とか、製作権者とか。
ただ、私もある程度は意見や提案をする代わりに試作品を貰ったりして使えるのだけれど。
「これは……勉強になりますね」
神殿の女神官長 マイアさんは、私がアルケディウスからしてきたメイクを見て、感心したように頷いた。そもそも貴重な化粧品なので、一般の人はなかなか使えない。
私の化粧品もほぼ儀式用で、しかも練習ができない上、使い方を教える私がメイクのテクニックなんか知らないから。
向こう風にいうならおざなりリップにおざなりファンデを教え、お付きの侍女や女神官さん達もそう使うようになってしまった。
でも、美の追求に余念のない女性達が集まる貴族社会。その頂点に位置する王族達は、新しく生まれた化粧品。その中世異世界ならではの研究しはじめたのだ。
化粧水で肌を整え、ファンデーションを塗る。その時、頬や目尻などに少し赤身の濃いファンデーションをチークの代わりに塗ると顔色が明るく見える。
あと、リップもただ塗るだけではなく、細い筆で輪郭を取ってから内側を塗るとくっきりとした感じになる。向こうの世界でも使われていたメイクの基本ではあるんだけれど、化粧品は作った後、完全放置だったのでお母様に言われて、少し考えなおした。
まだ若い、ピチピチ十四歳のお肌はファンデーション無しでもすべすべだけど、少し手を入れるとなんだか全体の彩度が増したような気がするのだ。
ドレスも、お母様が私に似合うように、と作ってくれたドレスだから、凄く、自分で言うのもなんだけれど。似合う。
「『神』にお仕えする神官としては、少々華美に過ぎるかと思いますが、マリカ様は皇女でもあらせられるので私的な場では、このようなドレスを纏われるのもアリでしょう」
マイアさんも怒らないでくれたのはホッとする。
ただ
「神官、特に『聖なる乙女』は『神の花嫁』。
その美で、男性を惑わすことはあまり褒められた事ではありません。
いえ、惑うのは男達の勝手ではあるのですが」
私が戻ってきて、帰還の挨拶にみんなの前に立った時、今までと、明らかに違う色と熱を帯びた目をした男達には、睨むような目を向けていた。
それはリオン、フェイも含めて皆。
自分では解らないけれど、そんなに身体の線を出したわけでもないドレスが、そんなに男性を悩殺するものなのだろうか?
「少なくとも『聖職』に在る間は『神』への献身に集中して頂きたいと思うのですが」
「恐れながら、マイア女官長」
「何です? リオン殿」
リオンが一歩、前に進み出て、マイアさんに向けて意味深な笑みを向ける。
あ、あれは『マリク』だ。と直感で思った。
『魔王』になってからのリオンは、同じように見えても私への態度は違っている。
私達と日々を積み重ねて
一緒にいよう。
共に生きよう。と誓って……キスをくれたリオンで無い事は解っている。
リオンは精霊の子どもができたら、母体も子どももどうなるか解らないから、絶対に誰も抱かないと決めている、と言った。
一方で、私には好意をもった相手に嫉妬したり、大切だと言ってくれたりしていた。
身体は求めない、という姿勢を変えた様子は無いけれど、私を本当に大事に思って守ってくれているのは解る。
リオンの容をした『マリク』は、私の命令には表向き忠実だし、丁寧なエスコートもしてくれている。けれど、私を見る度『やっぱり違う』という思いが視線に宿っていることを感じるのだ。
例えて言うなら、本命に好きな人がいたけれど、親の言いつけで年下の青臭い娘と婚約させられた、的な不満と下に見た態度。
私が『精霊の貴人』としての役目の記憶や力を取り戻していないからかもなのだけれど。
もしかしたら『魔王』にとっては私との結婚は主である『神』に命じられた政略結婚のようなものなのかもしれない。
「『精霊の獣』は『精霊の貴人』の番として作られた。惹かれ合うようにできている」
そんな言葉がふと、脳裏に蘇った。
「『聖典』には『神』が人の乙女を『花嫁』に迎えた、という記述はありません」
「そ、それは……」
普段、あんまり自己主張する方では無いのに、なんだか、今日のリオン(魔王)はなんだか弁論に熱が籠っている。
「王族と言う子孫を残す為とは言え、人に降り、人として子を成した好色な『精霊神』と違い、『神』は『聖なる乙女』を抱き犯したことは聖典の記述にもなく、歴史上も無い筈です。
『神』は子ども達の保護、育成に己が全てを捧げておられる。
であるなら、むしろ自分に仕える『聖なる乙女』の幸福を望んでおられるのでは?」
「リオン殿、貴方が言う『聖なる乙女』の幸福とは伴侶を経ての還俗ですか?」
「無理に眷属の必要は無いと存じますが、聖なる乙女のお力は、次代に繋げるべきかと」
「男性と交われば『乙女』ではなくなるでしょう? 『神』に仕える聖女『乙女』は清純、かつ純潔であるべきです」
マイアさんの言葉が荒くなる。
彼女は『神』に仕え生涯を捧げる誓いを立てた人だからね。
「『精霊神』と交わり、子を成した女性達は終生『乙女』と称えられたそうです。
子を成し、未来に命を、希望を繋ぐ。
無論、それが女性の役割の全てではありませんが、重要な役割の一つ。
また女性が美しく魅力的であること、あろうとすることを否定するべきではないと思います」
「別に否定はしておりません。
話をちゃんと聞いていましたか?
『神職』にある間は、節度のある態度と服装を。とお願いしただけでございます」
マイアさんは呆れたように息を吐きだす。
ここまで来るとなんだかリオン(魔王)からなんだか、妙な執着さえも感じる。
「男性に言い寄られる『乙女』。好色で周囲に男性を侍らす『乙女』を人々が、どのような目で見るか、考えなくても解ることでしょう?
清純で、貞淑に。それがマリカ様ご自身とお立場を守ることなのです」
「そうですね。失礼いたしました」
素直に頭を下げたリオン(魔王)だけれども、本当に納得したわけでは無さそうだ。
「おそらく『聖なる乙女』が愛する男性と結ばれたとしても『神』は愛し子たる『聖なる乙女』から『神職』の資格を剥奪されることは無いと存じますが」
「そのような記述や託宣が有るわけでもないのです。危険を犯す必要はありません。
貴方も、マリカ皇女の婚約者だったとしても慣習であり、規則です。
マリカ様が大神殿に在る間は、万が一にも許可なく、マリカ皇女の御身に触れること無きよう」
「承知しております。『神』の許可なくマリカ様に触れるようなことはいたしません。
『神』の忠臣。マイア女神官長」
え?
なんだか魔王マイアさんを睨んだ?
その眼力にマイアさんはビクリと身体を震わせ押し黙る。
ホンの一瞬前まで リオンと舌戦を繰り広げていたとは思えないくらい。
俯いてなんだか震えている。
「は、はい。差出口を申しあげましたが、私は神殿とマリカ様を思って……」
「『神』もそのお気持ちは理解しておいででしょう」
「ご、ご理解いただき、ありがとうございます」
私を置いてけぼりに……なんだか、熱の籠った舌戦が繰り広げられていたけど、終わった? つまり?
「『聖なる乙女』の美しさは『星』の宝だということです。
汚されることの無いように守っていくのが、我ら、臣下の務めですね」
神官長の纏めに、神官達が皆ザザッと、膝を付き、首を垂れる。
それぞれが私を見つめる目に、微かに宿る熱を残したまま。
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